
退魔師だけど質問ある?第1章 ②
②研究室にて
翌日。
図書館の窓から差し込む陽射しが、開きかけの本のページを照らしている。
昨夜の冷えた空気が嘘のような、穏やかな昼下がり。
調べ物をしていると、ポケットの中でスマホが振動した。
"全員集合だよー!"
研究室のグループチャットからだ。
差出人は"ミー"。
まぁ、あいつだろう。唐突な召集はいつものことだ。
こっちは教授から押し付けられた資料整理に追われているというのに……まったく。
開きかけの本を閉じ、席を立つ。
移動しつつ、頭の中にあるのは、昨夜の"あの連中"たちの姿。
首長女の目つき。
愛煙家の、どこかあてどない佇まい……
気のせいだろうか?
けれど、なんとなく――嫌な予感がする。
⚪︎
研究室に向かうエレベーターの前で、佐伯と鉢合わせた。
昨日と同じ柄のシャツ。よれた襟に増えた皺。
にもかかわらず、本人の肌だけは妙にツヤがある。
「泊まりか?」
そう聞くと、佐伯はおおげさに肩をすくめた。
「おぉ、そうだ。なんで分かった?」
「服」
「あっ、そういやそうだな」
「生活がバレバレだ」
「お前こそ、いつも全身真っ黒でカラスみたい」
「これは僕のユニフォーム」
軽口で会話を終わらせる。
佐伯は、この言葉の「本当の意味」を知らない。知らないままでいてほしい。
彼は普通の人間で、僕は――まぁ、そこそこ普通じゃない。
回数表示が目的の階に近づいたところで、佐伯が何か思い出したように顔を上げた。
「そういやさ、お前の研究に役立ちそうな動画見つけたぜ」
「どこで?」
「ようつべ」
「眉唾」
「いいから見てみろって。あとでリンク送っとくから」
ちょうどその言葉と同時に、エレベーターのドアが開いた。
⚪︎
研究室の中は、すでにちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
フィールドワーク組が持ち帰った文献の写しや、怪しげな民芸品、土地の菓子類。そのあいだを、紙コップが行き交っている。
「寺尾くん、佐伯くん、久しぶり」
ソファから手を振るのは柳田さんだ。
白い指先。揺れるロングヘア。
旅焼けの気配はないが、頬だけがふわりと上気している。
「お土産は早い者勝ち!」
ショートヘアの水谷が声と一緒に飛び込んできて、僕の手に何かの箱を押し付ける。さっきのメッセージの送り主も、たぶんこいつだ。
「今回は大量でございました」
メガネの八代が、ゆっくりした口調でそう付け加えた。
「ああ、そうみたいだな……」
佐伯は半ば呆れたようにそう言い、ソファの空いた端にどさりと腰を落とす。
水谷、八代、そして柳田さんは、各地に残る民話や風習を題材に調査・研究を行う"因習村"チーム。
長い長いフィールドワークを終えた三人は、疲れ半分、達成感半分といった顔つきをしていた。
⚪︎
研究室は、土産物をつまみにした即席パーティー会場と化した。
口の中がやけにパサつくスナック菓子を押し付けられたが、その賞味もそこそこに、僕は彼らが持ち帰った文献を物色し始める。
ざっと見渡すだけでも、「大量」という八代の言葉が誇張でないことが分かる。
半分は趣味旅行だろうと高をくくっていたが、どうやらきちんと仕事もしてきたらしい。
蠱惑的な一次資料の束に、思わず目を奪われる。
「寺尾くん、これ」
ふいに、柳田さんが僕の隣に腰を下ろした。ふわりと石けんの香りが立ちのぼる。
「現地で見つけたんだけど……君が好きそうかなと思って」
そう言って差し出されたのは、一冊の茶けた冊子だった。
"◾️◾️村風土記"
表紙には、かろうじてそう読める文字。
かなり古びた見た目だが、保存状態のせいらしく、奥付には平成の年号が記されている。廃村になるにあたってまとめられた、その村の歴史書のようだ。
ぱらぱらとめくってみても、よくある郷土誌的な内容以上のものは、見当たらないようだった。
だが――
何気なく目を滑らせた目次の端に、気になる一行があった。
"◾️◾️山 神隠し伝説について"
吸い寄せられるようにそのページを開き、記された文字を追う。
"この地方では、何年かに一度、◾️◾️山に怪しき存在が集まる夜があり、それを【いみかげ様の日】として忌み、夜の外出を固く禁じた。村の古老たちは「いみかげ様に連れ去られるぞ」と子どもを脅したが、実際に行方不明となる者も少なくなかったという――"
紙面から顔を上げ、柳田さんを見る。
彼女は、微かな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
その表情には、表面に出ている以上の意味が、いくつも含まれているように見えた。
「……ありがとうございます」
そう言うと、柳田さんは小さく頷き、また土産物の輪へ戻っていった。
(怪しき存在、神隠し、いみかげ様)
いくつかの言葉を反芻する。
よくある民間伝承の一つ――そう片付けられなくもない。
それなのに、胸のどこかで引っかかりを覚える。
そんなことを考えていると、メッセージアプリの通知音が鳴った。
差出人は佐伯。動画共有サイトのリンクだけが貼られている。さっき言っていたやつだろう。
当の佐伯は、水谷に饅頭のようなものを無理やり押し込まれていて、露骨にうんざりした顔をしていた。一瞬、目が合う。
僕は視線だけで礼を言い、騒がしい室内を抜けて廊下に出た。
ポケットからイヤホンを引っ張り出して耳に挿す。
リンクをタップすると、すぐに動画が立ち上がり、おどろおどろしいBGMが流れだした。
画面に、配信者の姿が浮かびあがる。
暗めの照明。フードを被り、大きめのマスクで顔をおおっており本人の表情は殆ど見えない。
声だけが、やけに高く響いてきた。
『みんな――やばい、マジでやばい情報を手に入れちまった……』
声色に滲む切迫感。
やがて、カメラ側に乗り出すようにして語り始める。