
退魔師だけど質問ある?第1章 ③
③とある動画配信者について
男の声が、暗い照明の中、響く。
──どうも、"突撃!都市伝説チャンネル"のエイトです。
今日はね……ちょっと、あんまり喋りたくない話、します。
(間)
──これ、僕自身がネットで拾ったやつなんだけど……正直、ちょっとヤバいかもしんない。
──あ、恒例の現場検証は次回やるんで。今回は概要だけ。ね。
画面が写真に切り替わる。
真っ暗な建物の輪郭だけが浮かぶ。
──ここね。場所は"都内某所"としか言えないんですけど……
まあ、有名だから知ってる人は知ってるかも。通称"黒病院"って呼ばれてる場所です。
カメラがエイトと名乗る男の顔に戻る。
その声が、ほんの少し低くなる。
──昔ね、山の近くでやってた精神科の病院があって。
それが閉まってから、施設がずっと放置されてるんですよ。
地元じゃ廃墟扱いで、フェンスだけ立ってて、中は完全に真っ暗。だから"黒病院"。
みんなも、心霊スポットとして聞いたことあるんじゃない?
モザイクのかかった地図アプリが示されるが、地名は分からない。
──で、今回の話は……"ある噂"について。
"触れたら消える! 神隠しをおこす謎の影"
そんなテロップが大きく映し出される。
──えーと、噂の流れはだいたいこんな感じで。
夜中に、廃墟に……大学生のグループが入ったらしいんですよ。肝試し的な、ね。
で、そのうちの一人が、"影"に触れられた。
この影ってのは……人の形、とかじゃなくて……なんていうか、影そのもの?
空間に、ぽっかり浮かんだ黒い染み……みたいな?
どこから現れたのか分からない。
こっちがまばたきした、そのわずかな間に“そこにいた”感じ。
それがそっと伸びて、そいつの肩に──ぽん、と触れた。
それが、物陰からそっと現れて、グループの一人に、ぽん、って触れた。
その瞬間は"ものすごく嫌な感じ"がしたらしい。
──でも、それ以外に大きな被害はなくて。
一通り廃墟を探検して、解散した。
カメラが彼に少し寄る。
──異変が起こったのは、その後。
いつも通り、そのグループで集まるんだけど……
全員が、なんとなく、"そいつ"……影に触れられたヤツの話題が出てこないのを感じた。
彼は眉をひそめる。
──これ、ちょっと分かりにくいよね。
本人たちが言うには、その人の名前を出そうとしても、なぜか思い出せない。
過去の写真を見返しても、『あれ、この時誰と来たんだっけ?』ってなる。
それなのに、写真には"写ってる"とか、なんとか……
苦笑いが彼の顔に浮かぶ。
──いや、僕も"意味わかんない"と思ったんだけどね。
でもさ、徐々にそいつの存在が……確実に消えていったらしい。
記憶だけじゃない。SNSや学籍簿からも消えて、そのうち誰の目にも映らなくなった。
──じゃあ、誰がこの話を投稿したのか、って?
それがさ……そのグループの中の一人、らしいんだけど。
影に触れられたヤツの……自称"親友"。
(間)
でも、その投稿者も、書き終わる頃には……
『あれ、俺なんでこの話書いてんだっけ?』
ってなったらしい。
(苦笑い)
……意味、わかんないよね。
──ほんと、意味わかんない。
怪異とはいえ、触ったぐらいで、誰かの存在が"消える"なんて。
厳密に言えば、これは神隠しとは違う。
……でも、この現象を表す言葉が、他にないんだよね。
存在を消すなんて……神にしかできない所業だろ?
沈黙があった。
──どう? みんな。興味出てきた?
今日はそんな概要だけ。
来週、実際に現地に行ってきます。
いままで通り、ただの噂だと思うけど……
(間)
……一応、何か知ってる人はコメント欄で教えてください。
──じゃあまたねー!
あっ、高評価とチャンネル登録をお忘れなく!
小さなノイズ音が走る。
画面がフェードアウトしていく。
動画は終わった。
□
イヤホンを外すと、周りの空気が妙に重く感じた。
もう一度、画面を見る。
コメント欄は荒れていた。
"次回はいつ?"
"突撃するんじゃないの?"
"更新遅すぎ"
"フェイク?"
"消えた説ワロタ"
概要欄には、2週間前の投稿日が示されている。
他の動画は3日おきに更新されているのに、この動画以降は——完全に止まっていた。
(まさかな)
最初はそう思った。
なぜなら、同じような情報は、これまでいくらでも耳に入ってきたからだ。
まるでこちらを嘲笑うかのように、目眩しのように。
そのほとんどが、創作かフェイクだった。
けれど、今回は違う。
なぜか確信があった。
エイトが語った投稿者の証言や、影の描写…その全てから漂うものが、過去の経験に重なる。
何かの力が、無意識の隙間からそっと"存在感"だけを抜き取っていくような気配
――そう、あの時と、同じ。
家族が消えた、あの日。
誰もが彼らの存在を忘れていった。
写真は残っていたのに、名前が思い出せなくなった。
声も、顔も、記憶の中から抜け落ちていった。
同じ"神隠し"が始まっている。
ぞくり、と背筋が震えた。
怯え、ではない。
怒りだった。
(ついに……)
僕の中に炎が光る。
業火ではない、静かに地を這うように燃え広がる青い炎。
(ついに、見つけた)
手のひらの中でスマホが軋む。
無意識に強く握りしめていた。
「せーんぱい!」
突然、声をかけられる。
不覚にも、心臓が跳ねあがった。
振り返ると、水谷が立っていた。
その手には饅頭がいっぱい握られている。
「…怖い顔して、どうしたんすか?」
怪訝そうな表情。
――怖い顔?
自分でも気づかなかった。
怒りが、表に出ていたのか。
「なんかあったんすか?」
「いや、ちょっとな」
意識的に声のトーンを落ち着かせる。
彼女を、巻き込むわけにはいかない。
「これ食べて元気出してくだ──あれ?」
何かに気づいたように、俺の手元を覗き込む。
「それ……◼◼病院ですよね?」
「知ってるの?」
「しってるもなにも、地元です。人が消えるとか、怪しい人がいるとか…なんかこわい噂がたえなくて、大体の人は夜、道変えますよ」
軽く笑っている。
だけど、その軽さが、いまは耳に馴染まない。
「…微妙な話っすよねー。あ、どうぞ!」
軽い声とともに、溢れるほどの饅頭を両ポケットに押し込み、さっさと目の前から去っていく。
足音が消えた後、画面を見下ろす。
コメント欄には、エイトの更新を待ち望むものもいる。
残念だが——たぶん、彼はもう、戻ってこない。同じ気配が彼に忍び寄っている。それを感じる。
そして彼らもいずれ、エイトのことを忘れる。
彼が存在したことを、誰も思い出せなくなる。
——家族が消えた時と、同じように。
“こちら”から境界を越えるのはリスキーだ。
昨夜の連中のように“向こう”から来るのとは訳が違う。
もちろんこちらに呼び込むこともできなくはないが…
ポケットの中で、饅頭の包みが冷たい。
水谷の声が、まだ耳に残っている。
――彼女たちを、巻き込むわけにはいかない。
そして何より、僕は行かなければならない。
境界を越えて、“その存在”がいる場所へ。
奪われたものを、取り戻すために。