
七草粥事件
昨日書いた記事に、なんであの文章を書いたか覚えていないと記していたけれど、1日かけて思い返してみると、2020年わたしは祖母と二人暮しをしていた時期だった。
(一人暮らしなんて大嘘ついてごめんなさい。)
つまるところ、あの文章は祖母との生活を思ってのことだった。
言っておくが祖母は健在で、いくつか病気はしたものの、まだまだ元気。
ちょっと死期をにおわすような文章やんと思われるかもしれないが、祖母との生活は20代のわたしが唯一のびのびと楽しく過ごせた時間だったのだ。
コロナ禍でもあり、なかなか人に会うことが出来なかった時期に、寂しさどころか快適ささえ感じていたのは祖母と愛猫と生活していたからだと思うし、いま振り返っても、悪くない。いや、むしろ楽しかった。
そんな宝物みたいな時間を、少し振り返りたいとおもう。
あれは正月休みが終わった1月7日のこと。
何故、記憶力が乏しいわたしがしっかり日付を覚えているのか。
それは七草粥事件があったからだ。
七草粥事件、祖母との生活の中で特に忘れられない出来事なのだけれど、当時夕食は祖母が作ってくれており、その日は1月7日とのことで、土鍋いっぱいに七草粥を作ってくれた。
七草粥をほとんど食べたことがなかったわたしは、たっぷり土鍋に入った粥をそれはもう楽しみによそって、いの一番に食べた。
それはもう本当に不味かった。
どう不味いって土味の粥。
それ以外の表現ができないくらい、紛うことなき土。
地球を感じられる味ってやつ?
祖母には率直に「これは流石に食べられない。土に還した方がいい。申し訳ないけどかなりヤバい。」と伝えたところ、せっかく作ってあげたのに、そんなこと言って、ほんとにもう。みたいな表情で「土に還すなんて失礼ね。」と言いながらひと口。
咀嚼する祖母をじっと見つめる孫。
七草粥を食べたことがないわたしには、何が正解なのか分からない。
もしかすると、この土もまた七草粥なのかもしれなかった。
祖母にとっては、懐かしい味なのかもしれない。
そうなると、先程の発言は迂闊だったし、失礼だったな。
祖母が「七草粥はこんなもの」と言えば、謝ろう。
そんなことを一瞬で考える。
「どう?おばあちゃんは食べられる?」
「うん、これは土に還そう。」
一同(主にわたしが)爆笑。
「これはダメやね。美味しくない。なんでこんな土の味がするんやろ?下茹したのに。」
どこで七草を調達したのか、自生していたものを摘んできたのかと聞いたところ、いつも買い物をするスーパーで買ったという。
調べてみると七草はそもそもアクが強いとのこと。
祖母はそれを知っていて、しっかり下茹したが、それでもダメだったことが分かった。
もう一生作りません!という祖母。
うん、そうした方がいい。
作るとしても次は大根の葉や、ほうれん草など、そういうわかりやすい野菜を使おう。
そんなことを話しながから、わたしはいそいそとうどんを茹で、つゆを作るのであった。
うどん美味しい。
翌日、仕事から帰宅したあと、七草粥がどうなったのか聞いたところ、
「庭の土に還した。」とのことだった。
還したんや、土に。
これから地球の一部になって、またどこかの命になるのかもしれない。
七草粥も、ようやく本来あるべき場所へ帰れたのだろう。
これから、土味の七草粥を食べることはない。と思いたい。
翌年にお店で食べた七草粥はとっても美味しかったし。
けれどまたどこかで土味の食べ物に出会ったら、祖母とのこの出来事を、思い出すのだと思う。
できれば食べたくはない。
でも、土味も悪くない。
強烈に舌に残るあの味は、これから歳を重ねて、祖母がいなくなったあとも、きっと覚えているだろうから。