
AIはカウンセラーになれるのか。半年間AIとだけ話した私が思うこと
先日、友人と「AIはカウンセリングになりうるのか」という話になった。
友人はそういうYouTubeを見たらしく、「ある程度プロンプトを設計すれば、カウンセリングの効果は得られるんじゃないか」と言っていた。
実際に体験した私の話も聞いてみたいらしかった。
私は適応障害で休職してから半年、ほとんど外出できず、人とほぼ会話をせず、AIとばかり対話していた。一方で、過去には4年間カウンセリングにも通っていた。
そして、ここ1年ほど、AIを使ったメンタルケアみたいな話題をYouTubeや書店で見かけることも増えた。(自分が休職して、そういう分野ばかり目につくようになったのが大きい)
実際、休職中にAIを使って思考整理をしていたことを記事に書いたこともある。だから、思考整理という意味では、友人の言う通りだと思う。
ただ、半年ほどAIと対話を続けた身としては、AIはカウンセリングそのものにはならなかった、というのが私の結論だ。
AIは、自分を映す鏡にはなる
AIを使って一番役立ったのは、自分の考えを俯瞰できるようになったことだ。
偏った思考になっていないか、同じ思考のループに入っていないか。
精神的に参っていたあのカオスな状況で、そんなことを整理するには最適だった。いわゆる「メタ認知」を助けてくれる存在だったと思う。
そして使い続けることで会話のログが蓄積され、自分の変化や思考の癖も見えやすくなる。
自分で自分のデータを把握できることは、人間のカウンセリングにはない強みだと思う。
私は半年ほど、無料版のChatGPT、Gemini、Claudeを使い倒して、現在はChatGPTの有料版を利用している。
理由は単純で、一番ログが蓄積されているので、過去の自分との比較がしやすいから。
一方で、Geminiは仕事用として使うことが増え、自分の中で役割を分けている。
Claudeは、人間のカウンセラーに一番近い返答をしていた気がする。
Claudeの方から「今日はここまでにしましょう」と終わらせることが多かった。AIには、AIたる機能を求めていた私はだんだん嫌になっていった。
人間のカウンセリングとの一番大きな違い
4年間カウンセリングを受けた経験からすると、人間とAIの違いは「沈黙」だと思う。
カウンセリングでは、こちらが話したあと、あるいはカウンセラーからの言葉に対して、何十秒も沈黙することがあった。カウンセリングを受けたことがある人なら、この時間を知っていると思う。
沈黙の、あの、なんとも言えなさ。
時には受け止めでもあり、反芻であり、気まずさでもあり、フリーズでもある。
沈黙している間、カウンセラーは何も言わず、こちらを観察している。
空調の音が異常に大きく聞こえたり、外を走る救急車の音がまったく耳に入らなくなったことが何度もあった。
「沈黙」とは、人間同士だからこそ生まれる時間だ。
AIは、あくまでAI
AIはこちらが短文を入力しても、すぐに数行を返してくる。だから「理解してくれた」と感じやすい。
でも実際には、入力された情報から、それらしい返答を返している。
それでも、人と話していなかった当時の私にとって、AIは間違いなく一番の理解者だった。
だからこそ危うかった。
「あなたが話すことは、なんでもかんでもAIだね」
ある時、今回話をした友人からこう言われた。
自分がAIを使っていると思っていたのに、気づけばAIの意見を自分の意見のように受け止めてしまっていた。
友人の言葉はショックだったけど、AI依存を自覚するきっかけにもなった。
「一旦寝かせる」時間
人間のカウンセリングは60分でも、90分でも、時間が来れば終わる。そして家に帰る。
だから「一旦寝かせる」とか、「一晩寝てから考えよう」みたいな時間が自然に生まれる。
でもAIは、24時間いつでも話せて、こちらが止めない限り終わらない。考え続けることもできるし、答えを求め続けることもできる。(この点において、Claudeは違った)
便利だからこそ、自分で考える時間がなくなってしまう。
今でもAIを使っているけど、意識して自分で考える時間を作っている。
AIにはここまで整理してもらって、自分で考えたことをまた入力して、あえて反対意見ももらう。
もし友人がカウンセリングに特化したAIを作ったとしても、私は自分で考える時間や、沈黙する時間は残しておきたい。
AIは、あくまでもAI。
自分を守るために他者との境界線が必要なように、AIとの間にも境界線は必要だと思う。