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トークンが尽きる日②

    第二章 トークン

    会社の営業フロアは、静かだった。

    以前は違った。電話の声が飛び交って、印刷機が動いて、誰かが誰かに資料を持っていく。そういう騒がしさがあった。今は違う。皆が画面に向かって、静かにキーボードを叩いている。会話は減った。打ち合わせも減った。AIが調整して、AIが資料を作って、AIが議事録を取る。人間がやることは、判断だけになった。

    判断できる人間と、できない人間の差が、静けさの中で際立っていた。

    ハジメの一日は、トークン残量の確認から始まった。

    会社から毎月付与されるトークンの上限は、スコアに連動していた。スコアが高い社員ほど多くのトークンが配分される。タカギのような上位層は、ハジメの三倍以上のトークンを持っていた。トークンが多ければ多いほど、AIに多くの仕事をさせられる。アウトプットが増える。スコアが上がる。さらにトークンが増える。

    その循環に、ハジメは入れなかった。

    今月の残量は、月初めから三割減っていた。フジワラに回した分が響いていた。フジワラからの要求はその後も続いた。断り方がわからないまま、毎月少しずつトークンを削られていた。

    午前中、ハジメは顧客向けの提案書を作ろうとした。

    AIに入力した。顧客の業種、課題、予算規模、競合状況。それだけ打ち込んで、提案書を作ってくれと指示した。返ってきた文章は悪くなかった。ただ何かが足りなかった。顧客の顔が浮かばなかった。先月の打ち合わせで担当者が言っていた言葉、社長が気にしていた数字、会議室の空気。そういうものが入っていなかった。

    入力していなかったのだから、当然だった。

    何を入力すればいいのかが、わからなかった。

    タカギが隣のブースで独り言のように何かを呟いていた。画面に向かってではなく、空中に向かって話しかけているような口調だった。AIとの会話が音声ベースになっていた。三十秒ほどで止まった。画面を一度だけ確認して、席を立った。上司のデスクに向かった。上司が画面を見て、すぐに頷いた。

    ハジメにはタカギが何を言ったのか聞き取れなかった。ただ結果だけが、三十秒で出ていた。

    ハジメは自分の画面に目を戻した。キーボードに指を置いて、また止まった。何を入力すればいいのかが、わからなかった。タカギが三十秒でやったことを、ハジメは一時間かけてもできなかった。道具は同じだった。使い方が、違った。

    昼過ぎ、フジワラがデスクに来た。

    「今月もちょっといいか」と言った。

    ハジメは画面を見たまま、「今月は厳しいです」と言った。

    「そうか」とフジワラは言った。少し間があった。「来月の案件、お前にも声かけようと思ってたんだが」

    ハジメは答えなかった。

    フジワラは少しの間立っていたが、何も言わずに自分のデスクに戻った。

    夕方、トークン残量を確認した。午前中の提案書作成で、想定より多く消費していた。今月の残りは二週間あった。このペースでは月末まで持たない。

    画面を閉じて、窓の外を見た。

    夕暮れの都心が広がっていた。ビルの窓に光が反射していた。どこかで誰かが、今この瞬間もトークンを消費して、アウトプットを出して、スコアを上げていた。その循環の外側に、ハジメはいた。

    翌日、石垣の現場に向かった。

    #創作大賞2026 #お仕事小説部門

     
     
    思いついた未来像を物語にしています。AIと労働、人間と仕事、社会の静かな変化。「新卒が消えた」など、近未来の日本を舞台にした連作を投稿中。ディストピアというより、すでに始まっている話として読んでもらえると嬉しいです。

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