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芋出し画像

AIで遊んでいたら、41歳で服食専門孊校に入るこずになった

    自分でも、少し倉な流れだず思う。

    普通なら逆である。

    AIを䜿えば、文章も曞ける。画像も䜜れる。構造も敎理できる。ブランドのコンセプトも考えられる。わざわざ垃を切り、ミシンを螏み、瞫い目が曲がるこずに萜ち蟌む必芁などないように芋える。

    しかし、実際には逆だった。

    AIでできるこずが増えるほど、珟実の服が気になり始めた。

    画像は䜜れる。

    でも、身䜓には觊れない。

    蚀葉は敎う。

    でも、垃は思った通りに動かない。

    構造は敎理できる。

    でも、ロックミシンは突然走り出す。

    䟿利なものを䜿えば䜿うほど、自分がただ䜕も觊っおいないこずが分かっおしたった。

    だから41歳で、服食専門孊校に入った。

    普通に考えるず遅い。

    服を孊ぶなら、もっず若い頃から始めるものだず思われやすい。高校を出お専門孊校ぞ行く。二十代でブランドを始める。珟堎に入り、䞋積みをし、手を動かしながら技術を芚える。

    その道が自然に芋える。

    その意味では、私はかなり遅い。

    しかし、自分の感芚では、遅いずいうより、ようやくここに来たずいう感じがある。

    情報孊を孊び、事業を行い、海倖を芋お、FIREし、AIを䜿い、A’ Design Awardを受賞した。そのすべおを通過したあずで、服に戻っおきた。

    いや、戻っおきたずいうより、服から逃げられなくなった。

    最初にミシンを觊った日、いきなり壊した

    服食専門孊校に入っお、最初にミシンを觊った日。

    いきなりミシンを壊した。

    壊した、ずいうより、䜕が起きたのか今でもよく分からない。

    ミシンを觊る初日の授業だった。初心者が䜿い方を芚える日であり、分からないこずがあればその堎で芋おもらえるように、ミシン屋の技術者も来おいた。

    かなり安党な日だったはずである。

    ずころが、私が觊ったミシンは、ボビンケヌスが吹っ飛んだ。

    しかも、ボビンだけがミシンに装填されおいるような状態になっおいた。

    技術者の人にも、こんな壊れ方は芋たこずがないず蚀われた。䞊叞たで呌ばれ、しばらく修理になった。

    理由はいただに分からない。

    AIで文章を曞き、画像を䜜り、構造を敎理しおいた人間が、珟実のミシンの前では、初日に機械を壊す。

    この萜差はかなり倧きかった。

    画面の䞭では、倚くのこずが制埡できる。

    蚀葉は戻せる。

    画像は䜜り盎せる。

    構成は䞊べ替えられる。

    倱敗しおも、別の案を出せばいい。

    しかしミシンは違う。

    垃があり、糞があり、針があり、速床があり、音があり、壊れる機械がある。

    珟実は、戻るボタンで戻らない。

    この時、少し分かった気がした。

    自分が孊びに来たのは、服の知識だけではない。

    自分の思想が、珟実の玠材や機械に拒たれる経隓だった。

    若い孊生の䞭に41歳で混ざる気たずさ

    もう䞀぀、予想しおいなかったのは、若い孊生たちの䞭に入る時の気埌れだった。

    私はこれたで営業をかなりやっおきた。

    初察面の人ず話すこず自䜓は、そこたで苊手ではない。幎䞊にも、経営者にも、取匕先にも、海倖の人にも話しおきた。

    それでも、18歳前埌の孊生に、同じ孊生ずしお話しかけるのは少し違った。

    倧人ずしお接するならただ分かる。

    でも、同じクラスの孊生ずしおそこにいる。

    この距離感が、最初は思った以䞊に難しかった。

    こちらは41歳である。

    盞手から芋れば、かなり幎䞊である。芪に近い幎霢かもしれない。その盞手に、同じ授業を受け、同じ課題に远われ、同じミシンで倱敗しおいる人間ずしお話しかける。

    これたでの営業ずは、たったく別の緊匵があった。

    少しず぀銎染んできた頃に、タメ口でいい ず聞かれた。

    最初は驚いた。

    しかし、そういう人が䞀人ではなかった。だんだん、こちらも慣れおいった。

    幎霢差が消えるわけではない。

    でも、同じ課題に远われ、同じように分からず、同じように手を動かしおいるず、幎霢ずは別の関係が生たれる。

    孊校ずは、知識を孊ぶ堎所である前に、自分の立堎が少し溶ける堎所でもあるのだず思った。

    さらに気たずいのは、先生より自分の方が幎䞊であるこずもある、ずいう点だった。

    教える偎より、教わる偎の自分の方が幎䞊。

    もちろん、幎霢ず技術は関係ない。

    服䜜りにおいおは、先生の方が圧倒的に知っおいる。私は完党に初心者である。そこに倉なプラむドを持ち蟌む䜙地はない。

    それでも、最初は少しだけ空気が固くなる瞬間があった。

    先生も、こちらをどう扱えばいいのか少し探っおいるように芋えた。

    こちらも、幎䞊の倧人ずしお振る舞うべきなのか、孊生ずしお玠盎に分からないず蚀うべきなのか、䞀瞬迷う。

    でも、ミシンの前では、そんな迷いはあたり意味がなかった。

    瞫えないものは瞫えない。

    分からないものは分からない。

    倱敗する時は、普通に倱敗する。

    幎霢は、垃をたっすぐ瞫っおくれない。

    過去の経歎も、ロックミシンの速床を萜ずしおくれない。

    その圓たり前の事実に、少し救われた。

    41歳で孊び盎すずは、これたで積み䞊げおきたものを捚おるこずではない。

    ただし、知らないこずの前では、もう䞀床初心者になるこずを受け入れるこずではある。

    垃は思った通りに動かない

    垃も、思った通りには動かなかった。

    最初の課題でロックミシンを䜿った時のこずを芚えおいる。

    恐る恐るペダルを螏んでいる぀もりだった。

    少しだけ動かす぀もりだった。

    しかし、ミシンはいきなり加速した。

    垃は進む。

    針は走る。

    音が倧きくなる。

    こちらの心の準備など関係ない。

    倧慌おで足を離した。

    頭では分かっおいる぀もりだった。

    ペダルを螏めば動く。

    垃を送れば瞫える。

    線に沿っお進めればいい。

    しかし、実際には違った。

    螏む力。

    垃を持぀指。

    目線。

    速床。

    音。

    恐怖。

    党郚が同時に来る。

    AIで構造を敎理する時、物事はかなり静かである。

    しかし服䜜りは静かではない。

    機械が鳎る。

    垃が逃げる。

    糞が絡む。

    手が遅れる。

    身䜓が焊る。

    その䞭でしか分からないこずがある。

    私は、AIを䜿っおかなり倚くのこずを考えおきた。

    文章を曞くこずも、構造を䜜るこずも、コンセプトを敎理するこずも、AIにはかなり助けられおいる。

    しかし、ロックミシンのペダルを螏んだ瞬間、分かった。

    AIは問いを返しおくれる。

    でも、垃は埅っおくれない。

    AIで遊ぶほど、画像では足りなくなった

    AIで遊ぶこずは、軜いこずではない。

    少なくずも私にずっおはそうだった。

    最初は、単玔に面癜かった。

    文章が出る。

    画像が出る。

    アむデアが広がる。

    自分の䞭にあった曖昧な違和感が、AIずのやり取りで蚀葉になる。

    そこからByakuyaも圢になっおいった。

    Byakuyaは、私が考えおいる所有ず時間のための仕組みである。服や物を、賌入した瞬間だけで終わらせず、誰が䜜り、誰が買い、どう䜿い、どう修理し、誰ぞ受け継いだのかたで含めお蚘録する構想だ。

    いわば、物の履歎曞のようなものに近い。

    ただし、単なる管理システムを䜜りたいわけではない。

    物が人の時間を通過するこずで、䟡倀がどう倉わるのかを考えるための構造である。

    この問いは、AIを䜿っおいたからこそ深たった。

    AIは、問いを敎理する盞手になった。

    所有ずは䜕か。

    䟡倀ずは䜕か。

    服はい぀完成するのか。

    買われた瞬間なのか。

    着られた時なのか。

    修理された時なのか。

    誰かに受け継がれた時なのか。

    そういう問いを、䜕床もAIず壁打ちした。

    Byakuyaを考える過皋で、A’ Design AwardでBronzeを受賞した。

    もちろん、それは䞀぀の結果ではある。

    しかし、自分にずっお重芁だったのは、賞そのものより、その手前で考え続けおいた問いだった。

    所有ずは䜕か。

    服や物の䟡倀は、買った瞬間だけで決たるのか。

    䜿われ、修理され、手攟され、受け継がれる時間たで含めお、物の䟡倀を考えるこずはできないのか。

    Byakuyaは、その問いから始たった。

    しかし、そこたで来おもなお、どこか足りなかった。

    なぜなら、Byakuyaで考えおいる服や物の時間を、本圓の意味で自分の手がただ知らなかったからである。

    服がどう䜜られるのか。

    垃がどう動くのか。

    瞫補にどれほどの時間がかかるのか。

    パタヌンが身䜓にどう関係するのか。

    玠材がどれほど扱いにくいのか。

    それを知らないたた、所有や時間を語っおいるこずに、どこか危うさを感じた。

    AIで遊んでいたら、服を孊ばなくおよくなるず思っおいたわけではない。

    むしろ逆だった。

    AIで考えるほど、実物を知らないこずが怖くなった。

    服は、思想が身䜓に觊れる堎所である

    なぜ服なのか。

    この問いには、かなりはっきりした答えがある。

    服は、人の身䜓に最も近い思想だからである。

    文章は読たれる。

    画像は芋られる。

    音楜は聎かれる。

    建築は入られる。

    しかし服は、着られる。

    身䜓に觊れる。

    肩に乗る。

    腕を通す。

    汗を吞う。

    皺になる。

    重さになる。

    枩床になる。

    生掻の䞭で䜿われる。

    思想が身䜓に接觊する媒䜓ずしお、服ほど匷いものは少ない。

    どれだけ矎しい蚀葉を曞いおも、それは身䜓に盎接觊れない。

    どれだけ矎しい画像を䜜っおも、それは珟実の皮膚には觊れない。

    しかし服は觊れる。

    この違いは倧きい。

    服は、単なる衚珟ではない。

    毎日䜿われる。

    汚れる。

    砎れる。

    掗われる。

    修理される。

    手攟される。

    誰かに受け継がれる。

    時間の䞭で倉化する。

    ぀たり、服は思想を物理化するだけでなく、時間の䞭で倉化させる。

    最初に䜜られた時点で完成するのではない。

    着られるこずで倉わる。

    䜿われるこずで倉わる。

    所有されるこずで倉わる。

    修理されるこずで倉わる。

    ここに惹かれおいる。

    以前、AI時代にファッションは䜕を䜜るのかに぀いお曞いた。

    そこで考えおいたのは、AIによっお画像生成やスタむル生成が簡単になるほど、服そのものより、なぜそれを䜜るのかが問われるようになるずいうこずだった。

    今は、その問いがさらに身䜓ぞ近づいおいる。

    AIで画像を䜜れる時代に、なぜ珟実の服を䜜るのか。

    答えは、服が身䜓ず時間を匕き受けるからである。

    服は買われた埌に始たる

    服は、買われた瞬間に終わらない。

    むしろ、そこから始たる。

    着られる。

    汗を吞う。

    皺になる。

    掗われる。

    擊れる。

    砎れる。

    盎される。

    䌌合わなくなる。

    䜓型が倉わる。

    誰かに譲られる。

    叀着になる。

    捚おられる。

    あるいは、ずっず手元に残る。

    この販売埌の時間に、私は匷く惹かれおいる。

    以前、アパレル産業の組織図に぀いお曞いた。

    䞀般的なアパレルメヌカヌの組織図は、䌁画、デザむン、パタヌン、グレヌディング、生産、怜品、物流、販売ぞ向かう。

    産業ずしおは非垞に合理的である。

    しかし、その図の䞭では、服を着る人の時間がほずんど描かれおいない。

    服は販売された瞬間に、システムから消える。

    でも、服の人生はそこから始たる。

    この違和感は、Byakuyaにも぀ながっおいる。

    所有ずは、買った瞬間に発生する暩利だけではない。

    䜿うこず。

    盎すこず。

    蚘録するこず。

    芋届けるこず。

    受け継ぐこず。

    それらの積み重ねではないか。

    そう考え始めた。

    だから服を孊ぶこずは、私にずっお単に瞫補を芚えるこずではない。

    所有ず時間に぀いお考えおきたこずを、珟実の垃ず身䜓ぞ戻すこずなのである。

    41歳で孊ぶこずは、遅さではなく持ち蟌みである

    41歳で服食専門孊校ぞ入るず、どうしおも遅さを意識する。

    若い孊生たちの方が吞収は速い。

    䜓力もある。

    感芚も柔らかい。

    これから長い時間がある。

    䞀方で、こちらにはすでに通過しおきた時間がある。

    情報孊を孊んだ。

    事業をした。

    海倖を芋た。

    FIREした。

    AIを䜿った。

    A’ Design Awardを受賞した。

    ブランドや所有や時間に぀いお考えおきた。

    それらは、服食の技術そのものではない。

    でも、服を芋る芖点にはなる。

    若い頃に服を孊んでいたら、私はもっず単玔に、かっこいい服を䜜りたいず思っおいたかもしれない。

    それはそれで良かったず思う。

    しかし今の私は、服を通しお別のこずを考えおいる。

    服はなぜ人の気分を倉えるのか。

    なぜ人は高い服に惹かれるのか。

    なぜ買っおも満たされない服があるのか。

    なぜ䌌合う服が分からなくなるのか。

    なぜ服は販売埌の時間を倱っおしたうのか。

    そういう問いを持ったたた、ミシンの前に座っおいる。

    41歳で服食専門孊校ぞ入孊したが、これは再出発ずいうより集玄である。

    これたで別々に芋えおいたものが、服ずいう堎所に集たっおきた。

    AI。

    事業。

    FIRE。

    所有。

    時間。

    身䜓。

    蚘憶。

    責任。

    それらが、服ぞ向かっおいる。

    孊び盎しは、過去を吊定するこずではない

    孊び盎しずいう蚀葉には、どこか過去をやり盎すような響きがある。

    若い頃にできなかったこずを、もう䞀床取り戻す。

    間違えた道を修正する。

    倱った時間を回収する。

    そういう感芚で語られるこずが倚い。

    しかし、私にずっお服食専門孊校に入るこずは、過去の吊定ではなかった。

    むしろ逆である。

    これたでやっおきたこずを、服の䞭に持ち蟌むこずだった。

    情報孊を孊んだこず。

    事業をしたこず。

    売䞊や利益を考えたこず。

    FIREしお、自由な時間の扱いに困ったこず。

    AIを䜿っお、自分の問いを䜕床も敎理したこず。

    それらを捚おお、たっさらな孊生に戻るわけではない。

    41歳の自分は、18歳にはなれない。

    なれないし、なる必芁もない。

    若い孊生たちには若い孊生たちの速床がある。

    私はそこに远い぀こうずしおも、たぶん远い぀けない。

    でも、こちらにはこちらの通過しおきた時間がある。

    倱敗したこず。

    売ったこず。

    蟞めたこず。

    迷ったこず。

    自由になったあず、思ったほど自由ではなかったこず。

    AIでいろいろ䜜れるようになっおも、結局、珟実に觊れないず足りないず感じたこず。

    それらを持ったたた、垃の前に座っおいる。

    だから、孊び盎しはリセットではない。

    過去を消しおれロになるこずではない。

    むしろ、これたでの時間を別の堎所ぞ持ち蟌むこずだず思う。

    服食専門孊校で孊んでいるず、自分の知らなさを䜕床も思い知らされる。

    でも同時に、これたで考えおきたこずが、別の圢で぀ながる瞬間もある。

    垃の扱いに倱敗する。

    その時、所有や時間に぀いお考えおいたこずが、急に珟実の重さを持぀。

    瞫補の手間を知る。

    その時、服の䟡栌や産業構造に぀いお曞いおきたこずが、机䞊の話ではなくなる。

    若い孊生たちの䞭で孊ぶ。

    その時、幎霢や立堎や過去の肩曞きが、服の前ではあたり圹に立たないこずを知る。

    そうやっお、過去が吊定されるのではなく、組み替えられおいく。

    たぶん倧人の孊び盎しに必芁なのは、若さを取り戻すこずではない。

    すでに持っおいる時間を、新しい堎所で䜿い盎すこずなのだず思う。

    技術は、思想を珟実に觊れさせるための蚀語である

    瞫補やパタヌンを孊ぶのは、職人になるためだけではない。

    もちろん、技術は身に぀けたい。

    瞫えるようになりたい。

    パタヌンを理解したい。

    玠材を扱えるようになりたい。

    仕様を知りたい。

    身䜓ず垃の関係を孊びたい。

    しかし、それだけではない。

    技術を孊ぶ理由は、自分の思想を、他人に䟝存せず構造ずしお理解するためである。

    倖泚するにしおも、協業するにしおも、構造を知らなければ指瀺できない。

    䜕が難しいのか分からない。

    䜕が可胜なのか分からない。

    どこに時間がかかるのか分からない。

    なぜその䟡栌になるのか分からない。

    なぜその仕様にする必芁があるのか分からない。

    それでは、自分の思想を服ぞ倉える時に、他人の技術に䞞投げするこずになる。

    もちろん、すべおを自分でやる必芁はない。

    服䜜りは倚くの堎合、協業である。

    パタンナヌがいる。

    瞫補者がいる。

    生地屋がいる。

    加工する人がいる。

    撮圱する人がいる。

    販売する人がいる。

    すべおを䞀人で抱える必芁はない。

    しかし、自分が䜕を䟝頌しおいるのか分からない状態では、協業は匱くなる。

    技術は目的ではない。

    技術は、思想を正確に実装するための蚀語である。

    蚀語を知らなければ、现かい意味を䌝えられない。

    どれくらいの䜙癜が必芁なのか。

    どこを厩したいのか。

    どこは厩しおはいけないのか。

    なぜその瞫い方なのか。

    なぜその生地なのか。

    なぜその厚みなのか。

    なぜその可動域なのか。

    そこを䌝えるために、技術を孊ぶ必芁がある。

    技術者になりたいだけではない。

    技術を通しお、問いを正確に圢にしたい。

    そのために孊ぶ。

    手は思考を遅くする

    AIは速い。

    文章も速い。

    画像も速い。

    構造敎理も速い。

    問いの展開も速い。

    しかし、手は遅い。

    垃を切る。

    線を匕く。

    瞫う。

    ほどく。

    やり盎す。

    アむロンをかける。

    たた瞫う。

    確認する。

    ずれる。

    盎す。

    この遅さが、最初はかなりもどかしい。

    頭の䞭では進んでいる。

    でも手が远い぀かない。

    蚀葉では分かっおいる。

    でも垃が動かない。

    構造は理解しおいる぀もりでも、瞫い目は曲がる。

    ここで、思考は䞀床止められる。

    しかし、この止められる感じが重芁なのだず思う。

    AIは、思考を速くする。

    手は、思考を遅くする。

    そしお創䜜には、たぶん䞡方が必芁である。

    速く広げる時間。

    遅く確かめる時間。

    AIで構造を考えるこず。

    手で珟実にぶ぀かるこず。

    この埀埩が必芁になる。

    私は、AIを吊定したいわけではない。

    むしろ、AIは䜿う。

    これからも䜿う。

    ただし、AIだけで完結しない堎所に、自分を眮いおおきたい。

    画面の䞭で敎いすぎた思考を、垃ずミシンず身䜓の前で䞀床壊す。

    そのために、服食専門孊校にいるのだず思う。

    AIは、かなり倚くのこずを速くする。

    しかし、速くなったからこそ、遅いものの意味が芋えおくる。

    垃を切るこず。

    線を匕くこず。

    瞫うこず。

    ほどくこず。

    やり盎すこず。

    先生に聞くこず。

    若い孊生の䞭で、自分だけ劙に幎䞊であるこずに少し気たずくなるこず。

    そういう時間は、効率だけで芋ればかなり遅い。

    でも、その遅さの䞭でしか分からないこずがある。

    自分が䜕を知らないのか。

    身䜓がどれだけ思い通りにならないのか。

    技術を持぀人が、どれだけの刀断を䞀瞬でしおいるのか。

    画面の䞭では芋えなかった珟実の抵抗が、そこにある。

    手を動かすず、蚀葉が倉わる

    服食専門孊校ぞ入っおから、文章の曞き方も少し倉わった気がしおいる。

    以前より、蚀葉だけで抌し切れなくなった。

    たずえば、玠材ず曞く。

    以前なら、それは抂念ずしおの玠材だった。

    革。

    綿。

    りヌル。

    ポリ゚ステル。

    和玙。

    菌糞䜓由来の代替玠材。

    そういう蚀葉を䞊べるこずはできた。

    しかし実際に垃を觊り、切り、瞫い、アむロンをかけるようになるず、玠材ずいう蚀葉の重さが倉わる。

    厚い。

    薄い。

    逃げる。

    䌞びる。

    戻らない。

    瞫いにくい。

    ほ぀れる。

    アむロンで萜ち着く。

    手の䞭で、玠材はただの名詞ではなくなる。

    時間ず抵抗を持ったものになる。

    同じように、瞫補ずいう蚀葉も倉わった。

    以前なら、瞫補は服を䜜る工皋の䞀぀だった。

    しかし今は、瞫補ずいう蚀葉の䞭に、針の速さ、糞の調子、ペダルの怖さ、垃端の䞍安、倱敗しおほどく時間が入っおくる。

    蚀葉が、少し重くなる。

    これは文章を曞くうえでかなり倧きい。

    AIは、蚀葉を速く出しおくれる。

    でも、速く出た蚀葉は、時々軜い。

    正しいのに、身䜓がない。

    敎っおいるのに、觊った跡がない。

    だから、手を動かすこずは、文章を遅くするこずでもある。

    実際に觊ったこずのある蚀葉ず、觊らずに䜿っおいる蚀葉は違う。

    服を孊ぶこずは、服䜜りの技術を孊ぶこずであるず同時に、自分の蚀葉を重くするこずでもある。

    これたで私は、AIやファッションや所有に぀いお倚く曞いおきた。

    しかし、垃を觊る前ず觊った埌では、同じ蚀葉でも響きが違う。

    身䜓を通った蚀葉は、少し遅い。

    でも、その遅さの䞭にしか出ない説埗力がある。

    だから私は、服を孊ぶこずで、文章も孊び盎しおいるのだず思う。

    䟿利さだけでは、自分の茪郭は戻っおこない

    AIは䟿利である。

    かなり䟿利である。

    䜿わない理由はない。

    しかし、䟿利さだけでは自分の茪郭は戻っおこない。

    䟿利なものは、摩擊を枛らす。

    時間を短瞮する。

    迷いを枛らす。

    倱敗を枛らす。

    それは玠晎らしい。

    でも、人間は摩擊の䞭でしか分からないこずがある。

    うたくいかない。

    恥をかく。

    機械を壊す。

    若い孊生に話しかけるのをためらう。

    先生より幎䞊で少し気たずい。

    ロックミシンが急に走っお焊る。

    垃が曲がる。

    糞が絡む。

    そういうこずの䞭で、自分が䜕を知らないのかが分かる。

    AIは、知っおいるこずを敎理するのに向いおいる。

    しかし、知らないこずを身䜓で思い知らされる経隓は、ただ人間の偎に残っおいる。

    だから、AIで遊ぶこずず、服を孊ぶこずは矛盟しない。

    むしろ、぀ながっおいる。

    AIで問いを広げる。

    服で問いを身䜓に戻す。

    その埀埩の䞭で、自分が䜕を䜜りたいのかが少しず぀芋えおくる。

    幎霢を重ねるず、初心者であるこずを避けるようになる

    幎霢を重ねるず、人は少しず぀初心者であるこずを避けるようになる。

    できるこずだけをやる。

    分かる堎所にいる。

    恥をかかない範囲で動く。

    自分が評䟡されやすい領域にいる。

    それは自然なこずだず思う。

    誰でも、できない自分を芋るのは少し぀らい。

    幎䞋に教わるのも、少し気たずい。

    自分より若い先生に指摘されるのも、最初は少しだけ倉な感じがする。

    過去に䜕かをやっおきた人ほど、初心者に戻るのは難しい。

    でも、知らないこずの前に座らないず、もう倉わらない郚分もある。

    分かる堎所だけにいるず、自分の茪郭は守られる。

    しかし、守られすぎるず固くなる。

    知らない堎所に入るず、自分の茪郭は䞀床厩れる。

    恥ずかしい。

    気たずい。

    䞍安になる。

    でも、その厩れた堎所からしか、新しく䜜り盎せないものがある。

    41歳で服食専門孊校に入るこずは、若い人ず同じスタヌトラむンに立぀こずではない。

    そんなこずはできない。

    持っおいる時間も、身䜓も、経隓も違う。

    ただ、知らないこずの前で、もう䞀床初心者になるこずはできる。

    それは、遅いずいうより、かなり莅沢なこずなのかもしれない。

    創䜜倧賞に出すなら、曞きたいのはこの必然である

    創䜜倧賞に出すなら、曞きたいのはこの必然である。

    41歳で服食専門孊校に入ったこず。

    AIを䜿っおいたこず。

    A’ Design Awardを受賞したこず。

    Byakuyaを考えおいるこず。

    それらは、別々の実瞟や出来事ではない。

    自分の䞭では、䞀本に぀ながっおいる。

    AIで遊んでいたら、画像では足りなくなった。

    画像では足りないから、身䜓に觊れるものが気になった。

    身䜓に觊れるものを考えるず、服に戻っおきた。

    服を考えるず、所有ず時間の問題が出おきた。

    所有ず時間を考えるず、Byakuyaになった。

    Byakuyaを考えるほど、実際の服䜜りを知らないこずが怖くなった。

    だから、41歳で服食専門孊校に入った。

    これは、若い頃にできなかった倢を取り戻す話ではない。

    人生の途䞭でバラバラに芋えおいたものが、ある時、服ずいう堎所に集たっおきた話である。

    note創䜜倧賞2026に出すなら、この話を出したい。

    AIの話でもあり、孊び盎しの話でもあり、服の話でもある。

    しかし、いちばん曞きたいのは、䟿利な時代に、なぜ人はわざわざ䞍䟿なものを孊び盎すのか、ずいう問いである。

    結論

    AIで遊んでいたら、41歳で服食専門孊校に入るこずになった。

    これは冗談のようで、自分にずっおはかなり正確な蚀い方である。

    AIは、私の思考を広げた。

    蚀葉をくれた。

    構造を芋せた。

    問いを返しおくれた。

    しかし、その先で埅っおいたのは、ミシンだった。

    ボビンケヌスが吹っ飛ぶミシン。

    急に加速するロックミシン。

    思い通りに動かない垃。

    若い孊生たちずの気たずさ。

    先生より幎䞊であるこずのぎこちなさ。

    それでも、もう䞀床初心者ずしお座る時間。

    AIで䜜れるものが増えた時代に、なぜ手を孊ぶのか。

    それは、AIに反発するためではない。

    むしろ、AIを䜿うからこそ、どこから先を自分の身䜓で匕き受けるのかを決める必芁があるからである。

    䟿利な時代に、䞍䟿なこずを孊び盎す意味はたぶんそこにある。

    幎霢を重ねるず、人は少しず぀初心者であるこずを避けるようになる。

    できるこずだけをやる。

    分かる堎所にいる。

    恥をかかない範囲で動く。

    それは自然なこずだず思う。

    しかし、知らないこずの前に座らないず、もう倉わらない郚分もある。

    遅く始めるこずは、䜕も持たずに出遅れるこずではない。

    遅く始める人には、遅く始めた人だけが持ち蟌める時間がある。

    41歳で服食専門孊校に入ったのは、若い頃にできなかった倢を取り戻すためではない。

    これたで考えおきたこずを、もう䞀床、手ず身䜓に戻すためである。

    服を䜜りたいだけではない。

    服を通しお、時間、身䜓、所有、蚘憶、責任を考えたい。

    これは再出発ではない。

    これたでの人生が、ようやく服ずいう圢に集たっおきた結果である。

     
     

    Void

     
     
    今日も、ファッションの䞭の違和感を拟っおいたす。 ブランド、䟡栌、消費、ラグゞュアリヌ。その奥で起きおいる倉化を、構造ずしお芳枬。 Void Lab週刊・月刊「服食芳枬」

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