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ロンドンの猫

    コロナのオミクロン株が世界的に流行っていた頃、私は語学学校通いとライターの仕事のためにロンドンにいた。
     
    都心部から少し離れた、緑豊かな住宅街の一軒家に下宿先をみつけた。そこには2匹の猫がいた。

    イギリス人大家さん夫妻が知り合いの獣医さんから譲り受けたという姉妹猫は折り合いが悪く、よく喧嘩をしていた。

    この国では、猫に人間の名前をつけるのがスタンダードである。私が特に仲良くなった妹猫を仮にローラと呼ぶ。ファニーフェイスの彼女は、おてんばで好奇心旺盛なキジ猫で、おっとりとした姉と気が合わないのも分かる気がした。

    私がキッチンでひとり食事をしていると、よくローラがやってきて、自分のエサをがつがつ食べた。まるで一緒に食事をしてくれているようだった。

    学校から帰ってくると、彼女は私の部屋のドアの前で横になっていて、素通りできないようにしていた。

    ひとしきり撫でたりしてから部屋に入ると、彼女も続いて入って来ようとする。自分の部屋には入れたくなかったので、外からドアをがりがりされてもダメだと断って、部屋の外で遊ぶようにしていた。

    あるとき、デスクに向かって勉強の合間に放心していると、椅子のひじ置きに彼女が突然飛び乗ってきた。私は絶叫した。音もなく忍び寄ってきていたのでまったく気づかなかった。いつの間に入ったのか。お手洗いかなにかで部屋の外に出たとき、しっかりドアを閉めていなかったのだろう。

    またあるとき、何気なく振り返り、洋服ダンスの上にローラを発見したと思ったら、止める間もなく、次の瞬間にベッドの上に飛び降りた。潔癖症の私が一番守りたかったベッドゆえに叫んでしまった。彼女はかなり長い間、静かに潜んでいたのである。

    夜中に小さなライトをつけてベッドの上で横向きになってスマホをいじっていたら、ふいに床からベッドに飛び乗ってきたときもあった。このときは私も時間帯を意識してか、息を吸い込むだけで声にならなかったのだが。

    このように、いつもいつも彼女にはびっくりさせられていた。大家さんも、ほかの下宿人もいるなかで、なぜそんなに私の部屋に執着するのかと不思議がるくらいだった。

    逆に彼女がいるところに訪問することもあった。この家のバスルームには床暖房がある。冬の時期、しばしばローラはそこで寝ていた。夜中にやってきた私が電灯をつけると、目をしょぼしょぼさせていたのが、申し訳なくもかわいかった。

    完全な家猫ではないので、庭にも出るし、近所に出かけもする。大家さん夫妻が1週間旅行に行ったとき、家に帰ってこない日があり、庭にやってくるキツネにやられてしまったのかと心配でたまらないときもあった。

    私がコロナのオミクロン株にかかってしまったときは、感染させないように触らないようにしていたのだが、庭で食事をとっていると撫でろと寄ってくる彼女たちに、今は無理だと言っても伝わらない様子だったのも辛かった。

    ちなみに、猫ならではの吐き戻しを誤って踏んで、廊下で滑って転びそうになったことも何度かあった。

    半年が過ぎ、家を出るときに一番辛かったのはローラとの別れだった。どこまで理解できるか分からないながらも、もうすぐ帰国すると日々説明する作業を重ねていった。

    そしてその日がやってきた。大家さんに挨拶をするとき涙が出てしまい、お姉さん猫の方が、これはただごとではないとぎょっとした顔をしたのが見えた。

    ただローラがいない。最後に挨拶しないで出ることになるとは。残念だけれどもう行かないととリビングを出た瞬間、階段の上から、見たことのないほどのゆったりとした足取りで降りてきた。なんという女優っぷり!

    日本に帰る前に立ち寄ったイタリアでは、宿の最寄り駅が「ローラ駅(仮)」で、彼女との縁を感じた。

    大家さんに連絡すると、ローラは元私の部屋の前で、よくスフィンクスのように佇んでいると教えてくれた。

    つぎに旅行で訪れた際、日本で大人気の猫のおやつを持っていったら、彼女がドはまりしたのもうれしかった。

    大家さんが「猫とはなんと美しい生き物なのか」と言っていたのが印象的だったが、彼女との思い出は本当に楽しくも美しい。


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    ライター。イギリスにトータル2年半ほどノマド&留学、イタリアに半年留学。Airbnbは2015年から5か国34軒・276泊の滞在経験あり。海外での小さな発見を発信しています。Yahoo!ニュース アクセスランキング(総合)1位を2度経験。

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