
十府ヶ浦からの風 第26話
風のある場所
その日の放課後、恭乃はいつもの公園の木陰のベンチで本を読んでいた。その姿を見つけた野田は、音も無く背後に近づいた。
「新谷!」
ビクッと反応した恭乃は立ち上がり振り向くと、一瞬だけ固まった。
「あーあ、本落っことしちゃって…ゴメン、驚かせちゃったな」
拾い上げた本をポンポンと叩いて埃を落として、恭乃に渡す。
「ありがと。なんか、わたしも大げさに驚いちゃったから…」
視線を外しながら、本を受け取る恭乃が言う。
「なあ、久し振りに秘密の場所に行かない?」
野田はトートバッグを肩に掛け直し、自分の背後の場所を指で指し示した。
「うん…」
二人とも無言で登る。頂上に来ると、景色が開けた。
「やっぱりキレイ!富士山っていいよね」
「うん、そうだな」
◇
「実は…新谷に渡したい物があるんだ」
トートバッグから取り出した物を差し出す。
「見てもいい?」
「うん…」
静かに、それを開き、めくる。
(アルバム…?)
手が止まった。そして、またゆっくりと見てゆく。
「え?これって……」
「新谷、付き合ってほしい。新谷と一緒にいると…よくわかんないけど、素直な自分でいられるっていうか…本当の自分が出せるような気がするんだ」
乾いた風が吹いていた。
木の葉の擦れる音だけが聞こえている。
恭乃の脳裏には、初めて出会った公園や最近の修学旅行までの出来事、そして華恋や萌香、七海の声がこだましていた。
やがて意を決する。
「はい。…でも、わたしなんかでいいの?」
「ダメなんだ、新谷じゃないと」
富士山がいつもと変わらない姿で、優雅にそびえていた。
(了)