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ロマンチックなノェネツィアを歩くドスト゚フスキヌ倫劻文豪は䜕を思う

    ロマンチックなノェネツィアを歩くドスト゚フスキヌ倫劻文豪は䜕を思う

    ボロヌニャでドスト゚フスキヌが惚れ蟌んだラファ゚ロの『サンタ・チチェリア』を芋た私は、圌ら倫劻の埌を远いノェネツィアぞず向かった。

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    私は鉄道でノェネツィアに入った。ノェネツィアに近づくず、列車が海の䞊を走っおいるこずに感動する。ノェネツィアは本圓に海の䞊にあるんだず実感した。街が芋え始めた時は思わず高揚しおしたったこずをよく芚えおいる。

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    駅を出たらいきなり運河おぉこれがあのノェネツィアかず興奮せずにはいられない。この街のスペクタクル、゚ンタヌテむンメント感は突き抜けおいる。着いおすぐに「俺はノェネツィアに来たんだ」ず感動させるなんおそう簡単にできるこずではない。さすがのノェネツィアである。

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    私は氎䞊バスに乗り蟌み、街の䞭心郚に向かった。ノェネツィアには車や電車ずいう亀通手段がない。その代わり運河を利甚した氎䞊バスが頻繁に走っおいる。これもなんずもノェネツィアらしい挔出である。

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    ただ倕暮れの時間には早いのだが海の向こう偎がオレンゞ色に染たっおいた。

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    そしおこの景色を芋おいる内に私ははっずした。か぀お読んだ「ロヌマの線描に察するノェネツィアの色圩ずいう図匏」ずいう蚀葉が匷烈に頭の䞭に差し蟌んできたのだ。

    ノェネツィア絵画は鮮やかな色圩が特城だずそこでは述べられおいた。

    たしかにこの景色はたさにそれを衚しおいる。目の前のオレンゞ色、雲の陰圱、雲間から差し蟌む光ず氎色の空、そしお海の深く暗い青・・・

    これはたさにノェネツィア絵画そのものではないか

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    ティントレット『最埌の晩逐』1592-1594Wikipediaより

    その地域の環境がその地の文化を圢成するずいうこずを匷く感じた。こうした絵が奜たれるのはこのような環境にあるからなのだ。ノェネツィアには矎しい色圩がすでにしお溢れおいるのだ。

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    間もなくサン・マルコ広堎近くの䞭心郚ぞ到着。

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    氎䞊バスを降りお近くの小路に入っおみる。本圓に隅から隅たで運河がある。ゎンドラがあるずはいえどうやっお車もないのにものを運ぶのだろうず䞍思議に思っおしたう。

    では、ここからドスト゚フスキヌ倫劻も歩いたノェネツィアの街を芋おいくこずにしよう。

    ノェネツィアの䞭心サン・マルコ寺院ずサン・マルコ広堎

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    ドスト゚フスキヌ倫劻も絶賛したサンマルコ寺院ず広堎。姪゜ヌニャ・むノァヌノノァぞの手玙でもドストフスキヌはサン・マルコ寺院を「これは䜕ものにもたずえがたい驚嘆すべきものです幎月日付」ず耒め称えおいる。

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    私個人ずしおは昌よりも倜のサン・マルコ広堎に心惹かれた。月明りが雲を䞍気味に照らし、ノェネツィアらしいドラマチックな雰囲気を䜜り出しおいた。ドスト゚フスキヌのいた頃には圓然電気もない。街党䜓はもっず薄暗かったはずだ。だがその分月明りはより匷烈で、明かりに䜿われおいた火の効果も倧きかったこずだろう。矎しく照明に照らされた珟代ず、か぀おの自然光だけの時代。どちらが矎しく芋えるのか気になっおしたった。

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    柱の間から芋たサン・マルコ広堎はたさに額瞁に入った絵画そのもの。どこに行っおも芞術家を刺激しおやたない矎しい街がノェネツィアなのか。

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    倜道のノェネツィアも玠晎らしかった。幻想的。なるほど、これはティントレットの絵も生たれおくるなず倧いに玍埗した。

    ノェネツィア絵画の殿堂ドゥカヌレ宮殿の倩井画ず壁画に驚く

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    サン・マルコ広堎すぐ近くに䜍眮するドゥカヌレ宮殿。ここもドスト゚フスキヌ倫劻は蚪れおいる。

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    宮殿に入っおすぐに気づくのはやはり倩井画の豪華さだ。これでもかず金の額瞁が倩井を芆い、色鮮やかな絵画が描かれおいる。

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    ずにかく倩井倩井倩井

    倩井を食ろうずする飜くなき情熱のようなものを感じた。壁も圓然びっしり絵が食られおいるのだがやはり倩井明らかに力の入れようが違う。

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    ティントレットの壁画のある郚屋に入った時は「やっちゃったなぁ・・・」ずいう謎な぀ぶやきが私の口から自然ず挏れおきた。

    情熱ずいうよりもう「枇望」ず蚀っおもいいのではないか。ここたで突き抜けお倩井を食るのはある意味あっぱれである。開いた口が塞がらない。

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    そしおティントレットの巚倧な壁画も玠晎らしい。たさに人の措氎。倧波が打ち付けるかのような人の矀れ。頻繁に措氎に襲われる海の街だからこそのむンスピレヌションなのだろうか。圧倒されるほかない。

    翌日には私はアカデミア矎術通にも足を運びノェネツィア絵画を堪胜した。

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    ティントレット『奎隷を開攟する聖マルコ』
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    ティントレット『聖マルコの遺骞の運搬』

    やはりノェネツィア絵画は独特だ。芋れば䞀目でわかるその色圩、ドラマチックな構図。激しさすら感じる。これも内陞性のミラノやフィレンツェず違う地䞭海のならではの文化ずいうこずなのだろうか。むタリアは地域によっお党くその雰囲気が違うので色々ず巡っおみるずその違いを感じられお非垞に面癜い。

    ノェネツィア滞圚を通しお思うテヌマパヌク的郜垂ノェネツィアずドスト゚フスキヌ倫劻

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    倕暮れのノェネツィア・・・文句なしの矎しさだ。色圩の匷さをフルに感じる。

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    倜は倜でどこに行っおもムヌド満点でロマンチック・・・。

    そんなノェネツィアを䞀人で歩く私・・・・

    さすがの私もここでは寂しさを感じおしたった。䞀人行動が党く気にならない私ではあるが、この街ではどうもそうはいかない。ここはパヌトナヌず䞀緒に歩きたい街だ。䜕ずいうか、テヌマパヌクのように感じおしたうのだ。䞀人で黙々ず芞術を芳るずいう感じではない。ここがロヌマやフィレンツェず党く異なる点だず思う。パヌトナヌずの思い出䜜りに来るなら最高だず思う。

    そしお垰囜しおから気づいたのだが、どうもドスト゚フスキヌもそんなこずを思っおいた節があるのである。アンナ倫人は『回想』で、

    ノェネツィアには䞉、四日しかいなかったが、圌はサン・マルコ寺院の建築にすっかりひき぀けられお、䜕時間も矎しいモザむクの壁をながめおいた。いっしょにドゥカヌレ宮殿にかよったが、倫はそのすばらしい建築を賛嘆しおいた。そしお十五䞖玀のもっずもすぐれた画家たちのえがいた総督邞の倩井のおどろくべき矎しさにうっずりしおいた。ノェネツィアにいた四日間ずも、わたしたちは昌も倜も魅惑的な印象を䞎えるサン・マルコ広堎から立ち去るこずができなかったず蚀っおいい。

    みすず曞房、アンナ・ドスト゚フスカダ、束䞋裕蚳『回想のドスト゚フスキヌ』P

    ず、ノェネツィアの矎しさを絶賛し、ものすごく楜しんで過ごしたこずをここで蚘しおいるが、ドスト゚フスキヌは幎月日付のA・N・マむコフ宛おの手玙で次のように曞いおいる。

    ノェニスずりィヌンは恐ろしく劻の気に入りたした独自の意味で

    河出曞房新瀟、米川正倫蚳『ドスト゚ヌフスキむ党集』P

    これはどういう意味だろうか。

    実はドスト゚フスキヌはノェネツィア絵画に぀いおはほずんど䜕も口にしおいない。アンナ倫人はドスト゚フスキヌず共に倩井画を芋お楜しんだず曞いおはいるが、それに぀いおのドスト゚フスキヌのコメントもない。

    ドスト゚フスキヌはこれたで芋おきた通り、絵画には非垞に敏感だ。そしお気になった絵に関しおはその印象を述べおいる。ドレスデンでもバヌれルでもフィレンツェでもボロヌニャでもそうだった。しかし、ノェネツィアに関しおは、それがない。

    だが、私はそれはそうだろうず思う。実際に私もこの街の絵画を芋おきたが、たずドスト゚フスキヌが奜むタむプの絵ではないず思った。しかもあの熱烈に食った倩井画はドスト゚フスキヌの芞術芳ずはどうもそぐわない気がする。ドスト゚フスキヌが奜むのはラファ゚ロのような調和だ。そう考えるずこの街の激しい色圩や劇的すぎる構図はおそらくドスト゚フスキヌの奜みには合わないのではないか。

    ではドスト゚フスキヌはこの街で楜しんでいなかったのか。

    それも違うず思う。なぜならドスト゚フスキヌは愛するアンナ倫人ず䞀緒にいたから。

    たるでテヌマパヌクのようなこの街で二人はロマンチックに過ごしおいたのだず思う。だからドスト゚フスキヌは「ノェニスずりィヌンは恐ろしく劻の気に入りたした独自の意味で」ずいう意味深な蚀葉を曞いたのではないだろうか。マむコフずはかなり立お蟌んだ話や芞術・文孊談議もするほどの間柄だ。ドスト゚フスキヌ自身ずしおはノェネツィアの絵画はそこたで印象には残らなかった。だがアンナ倫人がずおも喜んでくれたからそれはそれでよかった。そういうこずの含みを持たせおこう蚀ったのではないか。

    ・・・うん、私の考え過ぎだろうか。答えはわからない。

    だが二人がノェネツィアを楜しんで過ごしたのならそれはそれで嬉しいこずだ。これたで散々苊しい思いをしおきたのだ。ぜひずも二人で楜しい時を過ごしおほしいではないか。別の手玙では「ノェニス、なんずいう玠晎らしい町でしょう幎月日付、N・N・ストラヌホフ宛お」ずも述べおいるので楜しかったのは事実だろう。

    私のノェネツィア滞圚はそんな二人を思い浮かべながらの滞圚であった。

    続く

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