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PROTOTYPE 20:計算外の巌流島

    慶長一七年(1612年)四月十三日

    巌流島決戦当日の朝
    仮想空間の訓練場には、デジタルノイズが充満していた

    NEONは肩で息をし、膝をつく
    目の前には、巨大な大薙刀を構えた弁慶が微動だにせず立っている

    「……また、負け」

    NEONの視界に流れるログは、無慈悲なまでの『DEFEAT』の文字で埋め尽くされていた
    何度解析しても、バーチャル弁慶を突破する論理的な回答が見つからない

    「NEON、もういい 行こう」

    背後から声をかけたのは武蔵だった
    武蔵、NEON、お七、ムオンの四人は、重苦しい沈黙を切り裂くように巌流島へと上陸した

    その中央、佐々木小次郎は長刀を携え、不動の姿勢で彼らを待ち構えていた

    「遅いぞ、宮本武蔵! 何をもたもたしている 何なら、まとめて相手にしてやろうか!」

    小次郎の苛立ちを前に、武蔵は一言も発さず歩を進める。小次郎の眼前に立つと、舟を漕ぐのに使っていた巨大な櫂を、まるで杖のように静かに地面へと突き立てた

    「さて、小次郎攻略法とやらを教えてもらおうか――それとも、四人で潰すか」

    武蔵の問いかけに、NEONは押し黙ったままだ
    網膜ディスプレイには、小次郎の攻撃パターンが『回避不能』という結論を導き出している

    武蔵はそんなNEONの硬直を横目に、肩を揺らして笑った

    「クックック......やっぱりな 攻略法なんて、デタラメなんだろ」

    NEONは突き放すように言い放った

    「そうだ! これまでのデータすべてが否定している 小次郎には勝てない……降伏した方がいい!」

    武蔵は櫂を軽く肩に担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべて小次郎へと歩み寄る

    「……まぁ、見てな」

    武蔵の一歩を踏み出した瞬間、島の空気が一変した
    小次郎が纏う殺気が、空間の解像度を歪ませる
    波の音さえ消え去り、静寂が島を支配した

    小次郎の瞳からは一切の感情が消え失せ、彼自身が「死」そのものへと変貌していく

    武蔵もまた、先ほどまでの飄々とした空気を払拭し、櫂を構える

    その立ち姿は、まるで海そのものを背負ったかのような巨大な質量を感じさせた

    小次郎がわずかに呼吸を止める!
    その瞬間が、開幕の合図だった
    小次郎の忍耐が限界を超えた

    凄まじい踏み込みと共に、一閃の『燕返し』が放たれる

    しかし、武蔵はその剣筋を、まるで羽虫の動きを追うようにぼんやりと眺めていた

    (データと、物理法則のズレ――ここだ!NEONと小次郎の対戦の時と同じ、右へのわずかな重心の傾き)

    NEONとバーチャル小次郎との対戦を何百回と見るうちに小次郎の『燕返し』の癖を完全に丸裸にしていた

    武蔵は初太刀を紙一重で身をよじって回避する
    小次郎が、とどめを刺さんと「二の太刀(返しの太刀)」を繰り出した、その刹那

    武蔵は深く腰を落とし、空を切った小次郎の刃の下を潜り抜ける

    「……遅い」

    武蔵の放った櫂の先端が、虚空を切り裂いて小次郎の急所へと吸い込まれた

    鈍い音と共に、櫂が小次郎の股間に的確にめり込む

    小次郎の長刀が虚しく砂に落ちた 膝をつき、信じられないものを見る目で天を仰ぐ小次郎

    その眼前に立つ武蔵の姿は、剣豪という概念とはあまりにもかけ離れていた
    それは、優雅さとは無縁の、ただ勝利という結果のためだけに泥を啜る獣の姿

    その光景を目の当たりにしたNEONは、呆然と立ち尽くし、隣にいたお七とムオンも、あまりのことに目を見開き、言葉を失って固まっている

    「が、はっ……!?」

    小次郎は苦悶の表情を浮かべ、砂浜に崩れ落ちた

    「……き、卑怯……だぞ……」

    武蔵は櫂を肩に担ぎ直し、冷めた目で見下ろした

    「何でもありじゃないのか? まぁ、何とでも言え 言い訳も正当化もしない ただ、俺のWINだ」

    吐き捨てながら、武蔵は脳内に浮かんでいた『バーチャル小次郎』の残像をかき消した
    巌流島の海風が吹き抜けるまで、武蔵の頭脳内では、幾回ものシミュレーションが繰り返されていた

    その仮想空間で、自分は何回も小次郎に斬り伏せられた
    あそこで放たれる燕返し、あそこで見せる冷徹な眼差し——そのすべてを、武蔵はあらかじめ体験していたのだ

    目の前の現実は、脳内のシミュレーションと驚くほど寸分違わず重なった

    ――運が良かった? いや、違う
    運とは、計算し尽くした先にある「奇跡の余白」だ

    脳内で戦い続けた何万体もの『バーチャル小次郎』が、現実の小次郎の動作を予見させた
    俺が勝利を引き寄せたのは、幸運のおかげではない

    倒れるまで脳内で仮想の敵を斬り続け、その絶望をすべて『経験値』として積み上げてきたからだ
    武蔵は地に伏す小次郎を見下ろし、冷徹な思考を走らせる

    仮想の敵を知り尽くし、現実の敵を喰らった
    0%の勝率など、最初から俺の計算式の前では無意味だったのだ

    「ありえない……燕返しが……俺の全てが……こんな……」

    小次郎の震える声に、武蔵は一瞬だけ足を止め、穏やかな、しかしどこか底知れない眼差しを向けた

    「お前はまだ、そんなもんじゃない ……その…さらに強くなった姿を、俺は見たい」

    それは慰めではない 武蔵という男が、次なる「バグ(計算外の強敵)」の誕生を心待ちにする、純粋な飢えの表明だった

    審判の日まで152,418日
    この先の未来はどう転ぶのか……

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    【歴史データの取り扱いについて】
    本記録(ログ)に含まれる歴史的事件、人物、および事象に関する記述は、NEONが観測・抽出したデータに基づく再構成ストーリーです。作中の描写は実際の歴史的事実(史実)と異なる場合がありますが、それは「歴史のノイズ」あるいは「修正の結果」としての演出であり、特定の史実を否定するものではありません。
    【観測上の注意】
    この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称、および「A.I.D.A.」を含む設定はすべて架空のものであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。


     
     
    歴史SF小説【PROTOTYPE】 完璧な知能(A.I.D.A.)が犯した たった一つのバグ 私は「NEON」 滅びへと向かう歴史のノイズを修正し 人類存続の価値を証明する ここは私が観測した「正しい未来」への 記録(ログ)を記す場所 Now Loading...

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