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䞉䞊智恵 『蚌蚀 沖瞄スパむ戊史』  戊地における 〈加害者ず被害者〉

    曞評䞉䞊智恵『蚌蚀 沖瞄スパむ戊史』集英瀟新曞

    たず匷調しおおかなければならないのは、本曞が「十幎に冊」玚の、じ぀に玠晎らしい本であるずいう事実だ。
    すでに先行のレビュアヌたちが指摘しおいるにもかかわらず、私があえお繰り返すのは、本曞がそれほど砎栌に優れたものであるからで、圓然のこずながら、今幎2020幎刊行の「人文曞のベスト本」であるこずは疑い埗ないあえお指摘しおおくが、人文曞ランキングにおいお、本曞の版型が䞍利に働くこずは蚱されない。

    本曞の凄さは、その情報量ではなく、䞭身の濃さであり、にもかかわらず、決しお読みにくいこずはない。そしお、本曞は単に「これたで知られおいなかった沖瞄戊の隠されおいた偎面を暎く」だけには止たらない点だ。

    隠されおいた「スパむ戊諜報戊のこずではなく、非正芏秘密戊のこず」の実態を培底的に远及しおいく䞭で、著者が芋いだしたのは「戊堎においおは、被害者ばかりが被害者ではなく、加害者に圓たる人もたた、戊争のために加害者ずならざるを埗なかったずいう意味においお、深く傷぀けられた被害者であった」ずいう「珟実」である。
    戊堎においおは、そこにいる誰もが「戊争被害者」ずなっおしたうずいう「戊争の本質」が、関係者ぞの培底取材によっお明らかにされおいく。

    本曞は、倧きく぀のパヌトに分かれる。
    スパむ戊芁員ずなった少幎兵たちの蚌蚀
    沖瞄でのスパむ戊を組織し指揮した、陞軍䞭野孊校卒の若き将校たちの肖像
    スパむ容疑による民間人虐殺の実態
    虐殺した偎の肖像ず論理

    では、これたで隠されおいた「被害者」の実態が玹介される。では、少幎たちをゲリラ兵に仕立おあげた、蚀わば「加害者」である若き将校たちの「本来の人ずなり」が玹介されお、圌らもたた「被害者」であったこずが明らかにされる。
    では、再び「被害者」たちの姿が描かれ、では、「加害者」ずなっおしたった人たちの措かれた「ゲリラ戊䞋の疑心暗鬌」ず「圓初からの、軍の方針」が玹介され、圌らが個人ずしお単なる「珟地民間人を人ずも思わない冷血な軍人やその協力者」ではなかったずいうこずが玹介される。

    ぀たり、本曞はずで玹介された「被害者」を掘り起こしただけではなく、それらに぀いおの「加害者」にあたるずの人たちもたた、決しお「悪人」や「冷血挢」ではなかったずいう事実が玹介されるのだ。

    䟋えばで玹介される、少幎たちを「護郷隊」に組織し、その指揮官ずなった、陞軍䞭野孊校卒の村䞊隊長ず岩波隊長の二人が、先頭に立っお匕っぱるタむプず沈思黙考の軍人らしからぬタむプずいう、タむプの違いはあっおも、いずれも少幎隊員たちからの尊敬を䞀身に集めおいた事実ず、それが戊埌になっおも続いた、ずいう事実が玹介される。

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    「諜報戊」や「ゲリラ戊」などの「非正芏戊のプロ」を逊成した、スパむ孊校である「陞軍䞭野孊校」の卒業生ず蚀えば、それは「頭脳明晰で、人たらしの達人」ではないかず、倚くの人がそう考えるだろう。じじ぀、䞭野孊校では、軍人的な「恫喝」ではなく、あくたでも真摯な人栌的亀わりにおいお、盞手を心の底から心服させるように、ずの「人栌」教育がなされおいた。
    そうでないず、損埗抜きの忠誠心が求められる「スパむ戊」は、ずうおい「保たない」からである。

    そんなわけで、沖瞄の「護郷隊」でも、少幎たちは「この゚リヌトたちにたんたず誑し蟌たれ、戊埌にいたるたでマむンド・コントロヌルされおいたのではないか」ず考える人も少なくないだろう。
    かく蚀う私も、本曞を読み進めるたではそう考えおいた。圌らは「スパむ戊のプロずしおの冷酷な、裏の顔」ず「無私で寛容な人栌者ずしおの、衚の顔」を芋事に䜿い分けおいた「プロの二重人栌者」ではないかず疑っおいたのだ。
    だが、村䞊、岩波䞡隊長の、戊前・戊䞭・戊埌の姿を远っおいった結果、圌らは決しお「停の人栌者」ではなかったこずが明らかになっおくる。圌らは確かに「人栌的にも優れた奜青幎」だったのである。
    しかし、そんな圌らが「冷培なスパむ戊のプロ」ずしお動いおいたずいうのも、たた事実であり、圌らは時に「冷培」にもなった。

    この、䞀芋「矛盟」ず芋える事実を、私たちはどう考えればいいのだろうか。
    䞀䞀これが本曞の県目だず蚀っおもいいだろう。

    結局、いったん「戊争」ずいうものが起こり、「ひずたず勝たなくおはならない」ずいう珟実を受け入れおしたうならば、どんなに人柄の良い「人栌者」であっおも、同時に「民間人を犠牲にしおも動じない、冷培な軍人」になっおしたう、ずいうのが、この䞖の珟実なのである。
    蚀い倉えれば、「心優しい人栌者」であるこずず「冷酷な人殺し」であるこずは、「戊争」においおは矛盟しないのだ。「真面目」に「戊争」を生きた人ほど、この矛盟を䞡立させおしたったのである。

    しかし、だからこそ「戊埌」においお、村䞊隊長ず岩波隊長は、その死の時たで苊しむこずになる。「戊争」に勝぀ためには必芁䞍可欠だず信じお行なったこずだずは蚀え、少幎たちを過酷なゲリラ兵ぞず仕立お、倚くを死に远いやり、生き残った者にも深い心の傷を䞎えおしたったずいう、癒されるこずのない「自責の念」に、圌らは終生ずらわれ苊しんだ。その「優れた人栌」に由来する「責任感」の故にである。
    そしお、そういう意味においお、二人もたた「被害者」であった。単なる「被害者」ではなく、「加害者」であるず同時に「被害者」であるずいう、救いのない立堎に措かれたのが、圓時二十代前半の若者でしかなかった、圌らの「悲劇」だったのである。

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    このように本曞は、「被害者」ず「加害者」ずいう、衚面的でわかりやすい構図においお䞡者を二分し、「被害者」に同情し、「加害者」を匟功する、ずいったようなものではない。
    「殺し殺される」ずいう珟実ず吊応なく向き合わざるを埗ない「戊堎」に立った者は、その誰もが、どこかで「加害者」ずならざるを埗ない郚分があり、そしお党員が「被害者」ずならざるを埗ない。これが「戊争」の「戊堎における珟実」なのである。

    そこから、逃れるためには「城兵を忌避しお、収監されるか殺される戊堎に立たない」か、あるいは「戊堎に出ないで、埌方で指揮をしおいれば枈む、特別に高い立堎に立぀」か、しかない。
    しかし、蚀うたでもなく、前者は容易なこずではなく、誰にでもできるようなこずではない。そしお、埌者はごくごく限られた人にしか保蚌されない特殊な立堎であるし、その立堎に立぀ためには、それたでの過皋で、かならずや倚くの人を螏み぀けし、時に死なせおきたこずだろう。぀たりこれもたた、普通の人には望み埗ない、特殊に限定的な立堎なのだ。

    だから、いったん「戊争」になれば、私たちの倚くは、吊応なく「兵隊」ずなっお「戊堎」に立たざるを埗ない。そしお「加害者」ずならざるを埗ない、「被害者」なのである。だからこそ「戊争」は、絶察に是認できないのだ。

    あなたが「城兵を忌避しお、収監されるか殺される」あるいは「戊堎に出ないで、埌方で指揮をしおいれば枈む、特別に高い立堎に立぀」こずができる、皀有な人間だず蚀うのであれば、「戊争もやむなし」ずいう考え方を是認するこずもできるだろう。自分の手で、身も知らぬ人を殺す必芁もなく、それを傍芳するか、遠目に指揮するかすれば枈む立堎に立おるからだ。
    しかし、繰り返すが、そんなこずが蚱されるのは、ごくごく䞀郚の人間でしかなく、私たちのほが党員は、「䞀郚の䟋倖的・特暩的人間」のために、「戊堎ずいう珟堎」で専ら「汚れ仕事」をしなければならない、「その他の人間」なのである。

    だから、「戊争」ずいうものを「戊蚘」や「歎史研究曞」や「小説」などを読んで、「悲しいこずだけど、人間の避けられない珟実なんだよね」などず蚀っおいられる人は、「自分の珟実」がたったく芋えおいないのだ。所詮は、芳念でしか「戊争」を捉えおいないのである。

    「戊争」ずは、隣近所のおじさんやおばさんあるいは、子䟛たでを、その手でくびり殺すこずも、時に必芁ずなるようなものなのだ。
    それは、それたで「隣人」ずしお仲良く共存しおいた、ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人の「垂民」が殺し合うこずになった「ボスニア・ヘルツェゎビナ玛争」が、そのわかりやすい実䟋だろう。
    必芁ずあれば、芪であろうず恋人であろうず、殺さなければ生き残れない。それが「戊争」なのである。

    本曞は、そんな「戊争」の本質を、隠されおいた事実を䞹念に掘り起こすこずによっお、残酷なたでに鮮やかに描き出した、皀有な歎史研究曞である。

    「沖瞄のスパむ戊」は、「戊争」ずいうものが、「倧矩名分」などではずうおい正圓化され埗ない、結局は「個人の手」で行なわれるものであるこずを、よく瀺しおいる。
    他人を、撃ち殺し、刺し殺し、くびり殺し、あるいは、死地に远いやる。それが「戊争」の「珟実」であり、頭の䞭にあったり、図䞊に描かれおいたりするような「戊争」は、「戊堎のリアル」からすれば、「戊争ファンタゞヌ」でしかないずいう事実を、本曞は説埗的に教えおくれる。

    だから、「戊争のリアル」に぀いお「無知な人」は無論、「頭でっかちな人」も、是非、本曞ず向き合うべきなのである。

    初出2020幎5月16日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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