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䞊野千鶎子 ・ 鈎朚涌矎 『埀埩曞簡 限界から始たる』  ひずりの〈男〉ずしお応答しよう。

    幎間読曞人

    曞評䞊野千鶎子・鈎朚涌矎『埀埩曞簡 限界から始たる』幻冬舎

    埀埩曞簡である本曞の「あずがきにかえお」で、䞊野千鶎子は、

    『本曞が男の読者に届くずはあたり期埅できないけれど、男たちの感想を聞いお芋たいものです。』P337〜338

    ず曞いおいる。
    そこで私も、ひずりの「男」ずしお応答したい。

     ○ ○ ○

    本曞は、先駆者にしお今も最先端で「フェミニズム」を牜匕する䞊野千鶎子ず、気鋭・鈎朚涌矎の埀埩曞簡である。

    䞊野に぀いおは、いたさら玹介する必芁もないであろうが、議論の前提ずしお、鈎朚涌矎に぀いおは、その経歎を玹介しおおく必芁があろう。

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    『1983幎7月13日に東京郜で法政倧孊名誉教授鈎朚晶を父に、翻蚳家灰島かりを母に生たれた。父芪のサバティカルに同行しお枡英し、小孊校5幎生から1幎ほどロンドンハムステッドの私立女子校セント・マヌガレット・スクヌルに通った。
    1999幎から2001幎たでは「ブルセラ少女」ずしお高校生掻を過ごす。枅泉小孊校、枅泉女孊院䞭孊校、明治孊院高等孊校を経お、慶應矩塟倧孊環境情報孊郚を卒業し、東京倧孊倧孊院孊際情報孊府の修士課皋を修了した。
    アダルトビデオのスカりトずの亀際をきっかけに4幎から5幎ほど䜐藀るりずしおアダルトビデオ業界に関わり、のちにAV出挔の過去を明らかにする。鈎朚涌矎の“AV歎の告癜”によっお、慶應倧孊時代ず東京倧孊倧孊院時代にAVに出挔しおいた、ずいう事実が刀明した。
    2009幎から日本経枈新聞瀟に勀めるが2014幎に自䞻退職。AV出挔が明らかになっお日本経枈新聞瀟を退瀟したず『週刊文春』にお蚘事にされるが、それが退瀟の原因ではないず吊定しおいる。
    2013幎に修士論文を元にした著曞『「AV女優」の瀟䌚孊 なぜ圌女たちは饒舌に自らを語るのか』が青土瀟より、2014幎に『身䜓を売ったらサペりナラ 倜のオネ゚サンの愛ず幞犏論』が幻冬舎より刊行される。 以埌、慶應卒、東倧倧孊院卒、元AV女優、元日経新聞蚘者、元郜議䌚担圓蚘者、瀟䌚孊者など倚数の肩曞でメディア出挔する。』Wikipedia「鈎朚涌矎」

    芁は、知的な䞡芪の家庭に生たれ、お嬢さんずしお育ったが、芪ぞの反発から「ブルセラ少女」ずなり、倧孊院たで進み぀぀「AV女優」や「倜の商売」を䞊行しお経隓。倧孊院卒業にあたっおはそうした「倜の経歎」を隠しお「日本経枈新聞の蚘者」になったが、就職埌に修士論文を元にした著曞『「AV女優」の瀟䌚孊』を刊行したずころ、週刊誌に「元AV女優」であるこずを暎露された。この暎露が退瀟理由ではないずいうのが本人の匁であるが、ずもあれ、こうしお鈎朚はフリヌの「䜜家」になったずいう、いわば「数奇な人生」を歩んでいる、圓幎38歳の女性である本曞執筆時。

    鈎朚がこのような人生を歩んだ倧きな原因の䞀぀は、前蚘のずおり「芪ぞの反発」である。特に、母芪ぞのだ。
    母芪は、著名な児童文孊者で、児童文孊にはあたり瞁のない私ですら、ロヌズマリヌ・サトクリフの翻蚳で読んだこずがあるし、ポヌル・ギャリコ『猫語の教科曞』などでも、翻蚳者ずしお名前に芋芚えがあった。

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    芁は「児童教育」の専門家であり、「あるべき子䟛の育お方」に䞀家蚀ある人だったわけだが、それが嚘には「停善的」でもあれば「錻持ちならない」ものず感じられ、その反発ずしお「母が嫌がるものになろう」ずしたようだ。「䜓を売ったからずいっお、自分が倉わるわけではない」。぀たり「粟神」の「肉䜓」からの独立性を、若き鈎朚は信じおいたのであろうし、それを母に実蚌しようずしたのであろう。

    しかし、䞉十を過ぎお「女ずしおの商品䟡倀」が䞋がっおくるず、「自分の䜓の売買」を「自由にできる」ずいう感芚が、錯芚でしかなかったず感じられるようになっおきた。自分が、男の欲望に応じお、自分の䜓を䞎える売るずいうのは、自分の䞻䜓的遞択においお為されるこずなのだから、い぀でも出来るし止めるこずもできる。぀たり、自分に「遞択暩がある」ずいう、男ぞの「優䜍意識」が、鈎朚にはあった。
    ずころが、幎を取っおくるず「売倀」が䞋がっおきた。いや、より正確に蚀うず「買倀」が䞋萜しおきた。もう「売倀」の蚭定暩が、女である鈎朚からは倱われおきたずいう事実に気づいお、これたで自分が信じおきた「売ろうが売るたいが、自分の意思次第」ずいう認識が誀認であり、所詮は「買い手あっおのもの」でしかなかった、ずいうこずに気づいたのである。蚀い換えれば「お客様がいるからこそ、売れた実は、買い手の存圚に䟝存した優䜍性でしかなかった」ずいうこずに気づき始めたのである。

    そしお、自分はこれたで、その「優䜍意識」ずいう「自恃」においお「男に搟取される性ずしおの被害者」ではないず信じおきたのが「幻想」に過ぎず、じ぀は、自分も男に搟取されおきた「被害者」であり、知らずに「傷぀けられおいた人間」であるこずに、䞊野千鶎子ずの察話埀埩曞簡を通しお、はっきり気づかされおいくのである。

    鈎朚は、少なくずも自分は、経枈的に恵たれた生育環境にあっお、あえお、奜きで進んで「倜の仕事」を遞んだのだから、「被害者」だずは思わないし、思いたくない、ず考えおきた。
    この堎合、「被害者」ずは「敗者」のこずである。だから「被害者」だず認めたくなかったのであるが、䞊野はズバリず「被害者であるこずを恥じおはならない」ず指摘する。そう。「被害者敗者」ではないのだ。

    やむを埗なく「被害者」にならざるを埗なかった者は、それを「恥じる」べきではない。むしろ「加害者」こそが責められるべきなのだから、恥じる必芁のない「被害者」は、単なる「被害者」であっお、䜕かに「負けた」のではない。぀たり「敗者」ではないのである。

    蚀い換えれば、「被害者」であるのに「被害者」であるずいう珟実を認められないのは、自分に䜕らかの負い目があるからでしかなく、「被害者」であるこずを認めないずいうのは「珟実の盎芖を避ける」回避行動でしかない。自分が「被害者」ならば、「被害者」であるずいう珟実を盎芖しお、その被害回埩を求めるずか、加害者に盞応の責任を取らせるずかするのが圓然であり「筋」であっお、「私は被害者ではない」ず「匷がる」のは「珟実逃避」の「逃げ」でしかなく、その姿こそが、たさしく「敗者」なのだ。
    だから、䞊野は鈎朚に「被害者であるこずを恥じおはならない」ず指摘したのである。今の、ありのたたの自分ずいう珟実を盎芖するずころからしか、真の生は始たらないからである。

    このように、䞊野千鶎子は、嚘の䞖代に圓たる鈎朚に察しお、忌憚のない意芋をぶ぀け、鈎朚の気づきず成長をうながす。その真っ盎ぐな蚀葉は、類を芋ないものであり、いろいろな本を読んできた私をしおも「男性䜜家で、果たしおここたで蚀う人がいただろうか」ず思わせるほどの皀有なものであった。たしかにこれでは、凡庞な男たちが、䞊野を恐れるのも圓然であっただろう。

    ずもあれ、䞊野は鈎朚の告癜的な語りに誘われお、たるで「叔母」のような気持ちで、鈎朚に助蚀を䞎え、鈎朚を厳しくも優しく導いおいく。
    本曞のカバヌ垯に蚘された鈎朚の名前のずころに『䞊野さんは、なぜ男に絶望せずにいられるのですか』ずいう蚀葉が「ふきだし」のかたちで刷られおいるが、本曞のおける倧きなテヌマのひず぀は、鈎朚のこの「男䞍信」に、䞊野がどう答えるかであったず蚀えるだろう。

    鈎朚は「ブルセラ少女」ずしお、個宀のマゞックミラヌの向こう偎にいる男たちに、履いおいた䞋着を手枡し、男たちがその䞋着を䜿っお自慰する姿を芋おきた。男たちの方からは芋えおも、少女たちの方から男たちの姿は芋えない、ずいうこずになっおいたから、男たちは少女たちの姿態を芋ながら、時に䞎えられたパンティヌを頭にかぶっお、恥も倖聞もなくオナニヌをしたずいう。そんなみっずもない男たちの姿が、じ぀は少女たちの方からも透けお芋えおいたのである。

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    そんな男たちの「情けない姿」を数倚く芋おきたため、鈎朚には「男なんお、所詮はこれが本性」だずいう嫌悪感ず蔑芖が、抜きがたく刷り蟌たれた。
    いかに日頃は立掟そうに振舞っおいおも、女性に優しく芪切な男性であっおも、さらに地䜍や肩曞きのある男であっおも、所詮「䞀皮剥いたら、みっずもない発情した猿」でしかないずいうむメヌゞを、深く刷り蟌たれおしたったのである。

    そんな経歎を持぀鈎朚は、瀟䌚から蔑芖される「倜の仕事の女性たち」を䜓隓的に知悉する立堎から、女性の立堎ず暩利を語り擁護する著述家になった。
    そしお、いやでも「元AV女優」ずいう肩曞きを付けられ、その「出自ず経歎ず知性のギャップ」の故に、「珍獣」的な「異色のフェミニスト」ずしお、男瀟䌚で珍重されたのである。䞀䞀たただからこそ、鈎朚には、自恃ず同時に埌ろめたさがあり、男に察しおは「期埅するだけ無駄」ずいうニヒリズムが抜きがたく残ったのであろう。

    だが、䞊野千鶎子は、そうした鈎朚の考え方諊めが、男に察しお「䟮蟱的」であるず批刀した。
    するず、䞊野の長幎の「男ずの戊い」を知っおいる鈎朚は『䞊野さんは、なぜ男に絶望せずにいられるのですか』ず反問せずにはいられなかった。

     ○ ○ ○

    こうした鈎朚涌矎の感芚には、私はきわめお共感的だ。
    男の私がどうしお、鈎朚の「しょせん男なんお」ずいう、䞊野蚀うずころの「䟮蟱的」な男認識に共感的なのかず蚀えば、私の堎合は「しょせん、男なんお」ではなく、「しょせん、人間なんお」ず考えおいるからだ。
    ぀たり、「男」に止たらず、「女」も含めお「人間」はすべお、所詮は「期埅に倀しないもの」だず思っおいるからである。だからこそ、私はしばしば「のパヌセントはクズである。──ただし、あらゆるもののパヌセントはクズである」ずいう、SF䜜家シオドア・スタヌゞョンの蚀葉スタヌゞョンの法則を、奜んで匕甚するのだ。

    だから、鈎朚の問いに察する䞊野の回答には、私もずおも興味があった。
    私は「実際、男ず蚀わず、人間なんお床し難いものだろう。だからこそ、自滅も間近なのではないか」ず、そんなふうに思っおいるので、そんな「人間」に絶望しないでいられる真っ圓な道理など存圚するわけもなく、無理にそれを語れば、どこかで欺瞞的な「きれいごず」しかならないのではないかず、そう思っおいたのだ。

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    しかし、䞊野の回答は、いたっおシンプルなものだった。芁は「尊敬できる男性は、珟にいる」ずいうこずだった。
    倚くの男が床し難いものであったずしおも、すべおの男がそうではない以䞊、男を䞀括りにしお絶望するのは、男に察しお䞍圓に䟮蟱的だず蚀うのである。
    無論、䞊野も、そういう「立掟な男」たちにだっお「䞋半身」はあっお、「䞋半身には人栌がない」なんおこずがあるこずは了解しおいるはずだ。しかし、「䞋半身」にだっお、人栌がある男もいるだろうし、たた「䞋半身」によっお、「䞊半身」たで含めお、党吊定するのは間違いだずいう立堎なのである。たた、だからこそ䞊野は、䜕よりも「曞物」の䞭で「尊敬すべき男」に出䌚えるず蚀うのである。぀たりそれを、「䞊半身」の「きれいごず」だず吊定すべきではないず。

    私は、䞊野のこの意芋を、誀魔化しだずは思わない、むしろ驚くべきリアリズムだず感心させられた。
    芁は、癜か黒かの「二者択䞀」ではない、ずいうこずだ。「情けない郚分」「だらしない郚分」があるからずいっお、「玠晎らしい郚分」「矎しい郚分」が停物であるず「党吊定」されなければならない理由はない。
    むしろ、そうした吊定の仕方は「病的な朔癖䞻矩」であり、人間に人間以䞊の完党さを求める「完璧䞻矩」的な「甘え」でしかないずいうこずなのであろう。

    「誀り」は正さなければならない。「理想」は目指さなければならない。しかし、「完璧」でないなら「無意味」だずいう考え方は、この䞖界ず人間の珟実に反する、䞀方的な極論でしかなく、子䟛じみた甘えによる「無茶な芁求」でしかない。

    䞊野千鶎子の「フェミニズム」ずは、このような「リアリズム」に裏打ちされた「理想远求」なのである。
    だから䞊野は、

    『わたしは瀟䌚倉革ずは、ホンネの倉化ではなく、タテマ゚の倉化だず思っおいたす。そしお、そこたでが限界だず考えおいたす。』P291

    ず明蚀しおいる。

    私たちはずもするず、他人に察しお「そんなご立掟なこず蚀っおるけど、ホンネは違うんでしょう 心の䞭では舌を出しおいるんでしょう 心から反省しなさいよ。衚面だけ繕っお、人を欺く停善は、より悪質なんだよ」ず考えるのではないか。「停善者よりも、信念を持っお悪を行う人間の方が、ただしも気持ちが良いし、玍埗できる」などず考えがちなのではないだろうか。

    しかし、これは「珟実」を芋ない「芳念䞻矩」であり「心偏重䞻矩」であろう。そしお、こういう考え方は「宗教」によっお䟋えば、聖曞に蚘された「情欲をいだいお女を芋る者は、心の䞭ですでに姊淫をしたのである。」ずいった蚀葉によっお過剰に匷化されおしたった、「誀った䟡倀芳」なのではないだろうか。

    むかし流行った蚀葉に「しない善より、する停善」ずいう蚀葉があったが、䞊野の「リアリズム」ずは、そういうものなのだ。
    無論、心から、すべおの女性あるいは、すべおの他者を尊重できる男に人間になるに越したこずはない。しかし、そんなこずは䞍可胜だ。ごく皀にそんな人がいたずしおも、普通はそんな「聖人君子」になどなれない。それは女だっお同じなのである。

    だから、私たちは「䜕が正しい」のかを、たず「頭」で理解しお、それを「行動」に移さなければならない。たずえ、その「理解」に、「感情」や「気分」が぀いおこなくおも、そうしたものは「理性的な倧人」ずしお「自制自己コントロヌル」し、「正しい行動タテマ゚」を遂行しなければならない。そこを目指すこずが、この「人間瀟䌚」での「リアルで可胜な、良き倉革」なのである。

    こうした芳点に立぀ならば、鈎朚涌矎の「しょせん、男なんお」ずいうのは、その被害においお「傷぀けられた心の所産」であるずは蚀え、自分のこずは顧みない「他者に察する完璧芁求」でしかないず蚀えるだろう。そしお「すべおの男が完璧ではないから男はダメだ」ずいうのは「䞍圓な䟮蟱」以倖の䜕物でもない。そんなこず、無理に決たっおいるからである。

     ○ ○ ○

    しかしたた、このように「人間」の珟実に察しお「理解」のある䞊野が、前述のずおり、『本曞が男の読者に届くずはあたり期埅できないけれど、男たちの感想を聞いお芋たいものです。』ず、男に倚くを期埅しないように蚀うのは、どうしたこずなのか。
    これは、本曞で語られおいるこずが、「タテマ゚」レベルにずどたるものではなく、「ホンネ」぀たり「心魂」、特に女のそれに関わる内容だから、男はそこたでは興味も持たないし、理解もできないだろう、ずいうこずなのだろうか。

    『 それにしおも、この埀埩曞簡には男性の読者もいるでしょうに䞀䞀圌らはわたしたちふたりの名前を芋ただけで、このペヌゞを避けおずおっおいるかもしれたせんが笑䞀䞀鈎朚さんが曞いた「自分や自分ず同䞖代の友人たちの䞭で、颚前の灯のように消えかかっおいる男性ぞの信頌をどう取り戻すべきか」を読んで、圌らはどう思っおいるのでしょうか。
     呚囲の男性たちに痎挢や性犯眪の話をするず、「オレは違う」「ボクはやったこずがない」ずいう答えが返っおくるけれど、ほんの身近な男性にさえ性颚俗の利甚者はいるし、颚俗を利甚した倫から性病を䌝染させられたずいう劻もいたす。戊時䞭に「慰安所」ぞ通った兵士たちは「普通の日本の男性」でしたし、眮かれた状況が同じなら「ボクだっおそうしたかもしれない」ず想像力を持぀男性もいたす。
     私はDVに遭ったこずもなく、子䟛の虐埅をしたこずもないけれどそういう状況に自分を眮かなかったので、そういう状況に眮かれた女性たちに理解ず共感を持぀こずはできたす。「慰安婊」支揎の女性運動は、「慰安婊」にならずにすんだ女性たちにも、「もしかしたらわたしだったかも」ずいう痛みを䌎う共感があったからこそ、あれだけの拡がりを芋せたのでしょう。わたしは91幎に初めお「慰安婊」報道に接しおきたずきの、カラダに応えるような痛みを芚えおいたす。女性運動は自分自身が盎接の被害者ではない女性たちも巻き蟌んで、率先しお女性が眮かれた困難に取り組んできたした。自分の境遇ず他の女たちの境遇ずが、玙䞀重の差だず思えたからです。
     ずころで、どうしお性暎力の問題を解決しなければならないのが、被害者偎である女性なのか、わたしには理解できたせん。男の問題は男たちが解くべきではないのか、なぜ女性からの信頌を倱墜させる痎挢男性に男たちは怒らないのか、なぜ痎挢撲滅の運動を男性たちは起こさないのか、それどころか女性からの告発を䞍圓な蚎え扱いしお「痎挢冀眪」説ばかりを䜿甚するのか、セクハラ男に最初に怒っおよいのはセクハラしない男たちなのに、なぜ圌らは怒る代わりにかえっおセクハラ男をかばおうずするのか、颚俗を利甚する男たちはなぜそれを恥だず思わないのか  ほんっずに男っお、謎だらけです。
     たぶん、答えは決たっおいお、「男っおそんなもの」だから。ほんずにそうですか 「男っおそんなもの」だずしたら、そのなかには、「もしかしたらオレだっお」ずいう共感があるはずです。その「共感」ず理解があれば、男のなかにある加害性に向きあっおもよさそうなものですが。女性たちはその「共感」をもずに女性運動をやっおきたした。もし女性運動に匹敵するような男性運動がないずしたら、その理由は男性が自分たちの加害性に無自芚か、もしくはそこから利益を埗おいるから、ずしか考えられたせん。
     もしこの問いが堂々巡りで再び「男っおそんなもの」に垰着するずしたら、あなたのいうように「男性の信頌」は「颚前の灯のように消え」おしたうでしょう。』P319〜320


    䞊野千鶎子のこうした「男ぞの問い」に察しお、私はここで、嫌ずいうほど率盎に応えお芋せよう。

    『この埀埩曞簡には男性の読者もいるでしょうに䞀䞀圌らはわたしたちふたりの名前を芋ただけで、このペヌゞを避けおずおっおいるかもしれたせんが笑』

    率盎に蚀っお、私はお二方を少しも怖いずは思わない。その理由に぀いおは、このあずおいおい曞いおいくが、いずれにしろ、私は䞊野千鶎子の「匷烈そうなずころ半端ではなさそうなずころ」が「興味深い」から、本曞を手に取ったのである。蚀い換えれば、「ヌルそう」であれば手には取らない。
    私は、本圓に「怖いホラヌ映画」が奜きなのである。そしお、そんなものは滅倚にない。

    『鈎朚さんが曞いた「自分や自分ず同䞖代の友人たちの䞭で、颚前の灯のように消えかかっおいる男性ぞの信頌をどう取り戻すべきか」を読んで、圌らはどう思っおいるのでしょうか。』

    『圌ら』ずいうのが『普通の日本の男性』ずいう意味でなら、『圌ら』はたぶん、そんな心配はしおいないだろう。「男ず女は、生物孊的にくっ付くようにできおいるのだから、心配はない。そんなこずを考えるのは、頭でっかちのフェミだけだし、もずもずあい぀らには興味がない」ずでも蚀うであろう。
    しかし、私は『普通の日本の男性』ではないので、そうは考えない。

    私は「いや、もう人間の割は、男女を問わずクズなのだから、女性が男性を信じられなくなっお、男女の結び぀きが䜎䞋し、人類が滅んでも、私個人は党然かたわない。どうせ、私が死んだ埌のこずなのだから、生き残りたい人や、䞍甚意に子や孫を遺しおいく人たちは、クズたちを必死に啓蒙するしかないだろう」ずいった感じになるだろう。
    無論、い぀も曞いおいるように、私も、この人間瀟䌚の恩恵を被っお生きおきた人間だから、人間瀟䌚に察する䞀定の責任は負っおいるし、その矩理を果たす皋床のこずはするけれども、党人類の責任たで背負い蟌む぀もりはない。あくたでも、䞀人分の責任だけで、あずは、責任ではなく「趣味」の範疇においお、可胜な範囲で貢献する、ずいうこずになる。

    『呚囲の男性たちに痎挢や性犯眪の話をするず、「オレは違う」「ボクはやったこずがない」ずいう答えが返っおくるけれど、ほんの身近な男性にさえ性颚俗の利甚者はいるし、颚俗を利甚した倫から性病を䌝染させられたずいう劻もいたす。戊時䞭に「慰安所」ぞ通った兵士たちは「普通の日本の男性」でしたし、眮かれた状況が同じなら「ボクだっおそうしたかもしれない」ず想像力を持぀男性もいたす。』

    たず、私の堎合は、基本的に「性亀セックス」はしない。脳科孊的に、いやでも「性欲」はあるから、その堎合は「自慰マスタヌベヌション」によっお、䞀人で凊理するこずにしおいる。したがっお、誰にも迷惑をかけるこずはない。

    私が「性亀」をしたのは、䞀床きりだ。二十歳過ぎの童貞だった頃、䌚瀟の先茩に颚俗に連れお行かれ、そこで童貞を捚おたのだが、それが少しも気持ちよくなく、むしろ「良くないこずをした」ずいう眪悪感が匷かった。
    詳しく説明するず、たず「奜きでもない他人ず、粘膜たで絡め合うのは気持ち悪い」ずいう「生理的な嫌悪感」ず、「女性の䜓をカネで買った」こずに察する「人間の自由意志をカネで買うずいう䞍道埳さ」ず「女性ず性亀がしたければ、圌女を䜜っおからにすべきで、それができないからカネで女性を買うずいうのは、男ずしお恥ずかしい」ずいう「男ずしおのプラむド」の䞡面があったようだ。

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    したがっお、私は「奜き合っお、お互いにセックスしたくなるたでは、セックスはしないほうがいい」ず考えるようになり、性欲は「マスタヌベヌション」で凊理するようになった。
    たた、実際のずころ、私はそれほど性欲が匷くはなかったのかもしれない。ず蚀うのも、「颚俗に回䜕䞇円も遣うのは、もったいない」ず思えたからだ。「そんなの、オナニヌすればスッキリするし、その䜕䞇円かがあれば、あれもこれも買える」ず考えた。私は昔から趣味人であり、コレクタヌだったから、欲しいものはいくらでもあったのだ。

    で、そんな調子だから、圌女を䜜ろうずしお努力したこずもない。「そんなものは、機䌚があれば勝手にできるものだろう」ず軜く考えおいた。しかし、むケメンでも䜕でもない、平均以䞋のオタクのデブが、努力もしないでモテるはずもないから、セックスするたでの関係になる女性を埗るこずはできなかった。たた、女性ず友達になっおも、積極的に肉䜓関係になろうずは思わなかった。「なるなら、自然にそうなるだろうし、倉にがっ぀いお、友達関係が倱われるのでは本末転倒だ」ず考えお、単なる友達のたたでも良いず考えた。

    実際、男同性の友達ず女異性の友達では、やはり「気分」が違う。女友達の堎合には、独特の「浮かれた気分」が䌎うもので、これは同性の友人では埗られない、貎重なものだ。そしお、こうした違いは、のちに「脳科孊的な物理珟象だ」ず理解するようになった。ただ、それだけこずなのだから、特別にそれを意味づけする必芁もなく、ただそれを楜しめば良いだけだ、ず考えるようになった。

    私のこうした考え方は、昔であれば「奥手」だず蚀われただろう。近幎では「草食系」ず衚珟されるのだろうが、そうした若者が増えおいるようなので、その意味では、私は「無性化」の先駆者だったのかも知れず、今ずなれば、毛ほども恥じるべきこずではなかったのだず了解できた。若い頃の「圌女も嫁もいないのはちょっずカッコ悪い」ずいう感芚が、所詮は「動物的本胜的」なものでしかない、あたり意味のない「恥意識」だず考えるようになったのである。

    で、こんな私だから、痎挢や性犯眪の話をされれば、もちろん「そんなこずはしないし、俺はそんなこずをする人間ではない。そもそも、そんな性劄想が浮かんできたら、゚ロ本でも芋お抜いたら䞀発解決なんだから、性欲のたたに法を犯しお、いずれ捕たるたで、眪を犯し続けるなんおのは、猿のような男のするこずである。そんな奎のチンポなんか切り萜ずしおやれば良い」くらいにしか考えない。芁は「そんな猿ず䞀緒にするな。俺は知性ず理性のある人間だ」ずいうこずであるこのように、私は過激な人間なので、「暩力地䜍」は埗ないようにしおいる。それを手にしたら、きっず倧量凊分を断行するだろうからだ。決しおシャレではない。

    よっお、右も巊もわからなかった二十歳過ぎの頃の私なら『戊時䞭に「慰安所」ぞ通った兵士たち』のようなこずをしたかも知れないが、その埌の私なら「普通の日本の男性」ではないから、慰安所には行かないし、慰安所ぞ行く「普通の日本の男性」たちを、嫌悪をもっお芋䞋したこずだろう。
    したがっお、私のような「䟋倖」ではない、「普通の日本の男性」に察しおは、『眮かれた状況が同じなら「ボクだっおそうしたかもしれない」ず想像』するくらいのこずはしろよ、ず思うだけだ。だが、倧半の「猿」には、そんな想像力も無いだろうず思っおいる。

    『私はDVに遭ったこずもなく、子䟛の虐埅をしたこずもないけれどそういう状況に自分を眮かなかったので、そういう状況に眮かれた女性たちに理解ず共感を持぀こずはできたす。』

    私もDVに遭ったこずはない。しかし、老母ず同居しお介護しおいた時には、DVの加害者になりかけたので、これはたずいず考えお、母を斜蚭に入れた。
    私はもずもず「奜きなこずしかしたくない」ずいう人間で、仕事をするのも「金を皌ぐため奜きに生きるため」でしかないず思っおいる。だから、仕事以倖では、できるかぎり「奜きなこず」しかしないような生掻を、自芚的に構築しおいる。その結果ずしお、結婚はしおないし、子䟛も䜜っおいない。皌いだ金は、ぜんぶ自分で奜きに遣うのだ。
    そんなわけで、おのずず配偶者ぞの責任を䌎う、結婚には魅力を感じない。端的に蚀っお、家庭生掻は面倒だ。家に垰っおたで、他人に気を遣いたくはない。そもそも結婚しお、配偶者が子䟛が欲しいず望んだ堎合、それを無䞋にする暩利はない。そしお、子䟛を䜜れば、いやでも子䟛に察する責任が発生しお、子䟛䞭心の生掻になるだろうから、最初から結婚などしないほうが無難である。
    もちろん、子䟛を䜜っおしたえば、脳内ホルモンが出お「芪バカ」になり、子䟛のための生掻もできるようになるのかも知れないが、私はそうした「本胜」に操られるのを朔しずしない。
    したがっお、私は「普通の男女」には、さほど「共感はしない」。性犯眪被害者の女性には「䞍圓な加害を被った存圚」ずしお「むダだったろうな」「蟛いだろうな」ずいう「共感」はするけれど、「男だから共感する」ずか「女だから共感する」ずか「人間だから共感する」などずいったこずは、ほずんどない。理屈ずしお「理解」はするけれど、同性だからず「共感」したりはしないのである。

    『ずころで、どうしお性暎力の問題を解決しなければならないのが、被害者偎である女性なのか、わたしには理解できたせん。男の問題は男たちが解くべきではないのか、なぜ女性からの信頌を倱墜させる痎挢男性に男たちは怒らないのか、なぜ痎挢撲滅の運動を男性たちは起こさないのか、それどころか女性からの告発を䞍圓な蚎え扱いしお「痎挢冀眪」説ばかりを䜿甚するのか、セクハラ男に最初に怒っおよいのはセクハラしない男たちなのに、なぜ圌らは怒る代わりにかえっおセクハラ男をかばおうずするのか、颚俗を利甚する男たちはなぜそれを恥だず思わないのか  ほんっずに男っお、謎だらけです。』

    これは難しい問題だ。なぜなら私は『普通の日本の男性』ではなく、圌らに「共感」しないのだから、圌らがどうしお「加害者ずしおの男」ずしお責任を匕き受けないのか、正確なずころはよくわからない。

    ただ、男が「加害者ずしおの責任」を匕き受けないのは、たさに「加害者」だからではないかず思う。これが「被害者」なら「被害男性」たちに共感し合っお「男性の暩利を守れ」ずいう運動をしたのではないか。でも、男は「加害者」だから、珟に自分個人が加害者にならないかぎり、他の男が「加害者」になったずころで「そい぀個人が悪いのであっお、男党般の責任ではないし、その意味で俺には関係ない」ず考えるからではないか。䞀䞀そしお、これは「女だっお同じ」なのではないだろうか。

    歎史的事実ずしお、女は男に察しお、吊応なく「被害者」の䜍眮に立たされおきた。だから、匱い立堎にある者ずしお、協力しお、男たちに察抗し、被害を蚎え、加害責任を問うた。
    しかし、仮にSF的なifずしお、女党䜓が男党䜓に察しお、自明に優䜍な立堎に立おた堎合、果たしお「加害責任」を自らに問うお、䞻䜓的に運動するだろうか。
    私は「しない」ず思う。人間ずは、そういう「自分勝手な生き物」だず思うからだ。無論、少数䟋倖はいるにしろ、だ。

    『たぶん、※ の問いぞの答えは決たっおいお、「男っおそんなもの」だから。ほんずにそうですか 「男っおそんなもの」だずしたら、そのなかには、「もしかしたらオレだっお」ずいう共感があるはずです。その「共感」ず理解があれば、男のなかにある加害性に向きあっおもよさそうなものですが。女性たちはその「共感」をもずに女性運動をやっおきたした。もし女性運動に匹敵するような男性運動がないずしたら、その理由は男性が自分たちの加害性に無自芚か、もしくはそこから利益を埗おいるから、ずしか考えられたせん。』

    の問いぞの答えは決たっおいお、「男っおそんなもの」ずいうわけではなくお、「人間っおそんなもの」だから、だず私は考える。そしお「人間っおそんなもの」だずしおも、「そのなかには、オレはいない」ず思うから、「人間」䞀般ぞの「共感」など無い。もちろん、䟋倖的に優れお共感できる「少数男女」はいるだろうが、それは「䟋倖」でしかないのである。

    したがっお、いずれにしろ「同類」ぞの「共感」を感じるような「倚数掟の男女」は、自分たちが「被害者」である堎合にだけ「共感」し団結するかも知れないが、同性が「加害者」の堎合には「共感」は発生せず、したがっお「加害者」ずしおの運動も生たれないず思う。
    だから、『女性運動に匹敵するような男性運動がないずしたら、その理由は男性が自分たちの加害性に無自芚か、もしくはそこから利益を埗おいるから』ずいうのは、正しいけれども、それは性別を入れ替えおも成立する、䞀般的な「人間的な事実」であろうず思う。぀たり、前述のずおり、男であろうず女であろうず、瀟䌚的に優䜍な方は、そんなものでしかなく、それが「人間」だずいうこずである。

    たあ、実際問題ずしおは、これたでの人類史においお、男が優䜍に立っおきたから、このような「盞察化」は、「男の自己免責の屁理屈」だず蚀われるかも知れないが、私ずしおは「男も女も䞀般に人間は信甚しおいない」ずいうこずだずご理解いただければ幞いであるこの䞻匵に説埗力を持たせるために、個人的な䞋の話たでしたのだしね。

    『もしこの問いが堂々巡りで再び「男っおそんなもの」に垰着するずしたら、あなたのいうように「男性の信頌」は「颚前の灯のように消え」おしたうでしょう。』

    「男性の信頌」以前に、私には「人間䞀般の信頌」など無いのだから、「男性の信頌」など、あり埗るず思うこずの方が「幻想」なのだ。「信頌」に倀する人間など、100人に数人だず考えるのが、私の「スタヌゞョンの法則」的な人間芳である。したがっお、基本的には「男性の信頌」など消しおしたっお、「少数䟋倖」にのみ期埅を぀なぐべきである。

    無論、いくら私が自分で「私は少数䟋倖である」ず蚀っおも、信じおもらえないずいうのは、残念だが仕方がない。䞀般に「人間は信頌に倀しない」のだから、やたらに「この人だけは」などず考える軜信は犁物なので、その結果、私も信甚しおもらえなくおも仕方ないず思う。
    それに、それほど倚くの人に信甚しおもらわなければならないずも思わない。私は以前から「友達は5人もいれば十分」だず䞻匵しおいるような人間だからだ。

     ○ ○ ○

    さお、以䞊が、本曞における「䞊野千鶎子による、男ぞの問い」ぞの、私の回答だ。
    私は、「男」ずしおも「人間」ずしおも、䟋倖的な存圚であろうから、「男」を代衚しおの回答にはならなかっただろうが、それは臎し方のないこずなので、ご勘匁いただきたい。ただ私は、生物孊的な「ひずりの男」ずしお、私個人の回答をさせおいただいた。

    そしおこれが、私の「䞀人分の責任の果たし方」なのである。

    なお、私が「人間ぞの矩理」を、少しでも果たそうず思えるのは、男女を問わず「割の人間はクズ」だずしおも、その「䞀人のクズ」の䞭にも「割の矎点」䞊野が蚀う、人間の『けなげ』な郚分はあるだろうず思うからである。だから、その「割」分の䟡倀は認めお、そこぞの「矩理」だけは、果たせれば果たしたいだけなのだ。

    画像7

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    【補蚘】 オリンピック遞手の利暩に぀いお

    本曞で、䞊野千鶎子が、次のように曞いおいる。

    『 Choose Life Project が配信したシンポゞりムでは、参加した女性から「自分にも『わきたえ癖』が぀いおいた、反省した」ずいう発蚀が飛び出たした。女性ならこんな発蚀を、痛みなしに口にするこずはできたせん。森※ 森 喜朗、東京オリンピック・パラリンピック競技倧䌚組織委員䌚䌚長の蟞任を求める動きがこれほど拡がった背景には、これが森さん個人の資質の問題にずどたらず、その堎で぀られお笑った五茪組織委の組織文化の問題だけでもなく、珟圹アスリヌトの倚くがみごずに沈黙を守った利暩ず政治たみれのスポヌツ界の䜓質だけでもなく、倚くの女性が自分の足元の経隓に「あるある」感を抱いたこず、それが怒りの裟野を拡げたず感じたす。』P287〜288

    私にずっお特に痛快だったのは『珟圹アスリヌトの倚くがみごずに沈黙を守った利暩ず政治たみれのスポヌツ界』ずいう郚分だ。

    画像5

    「政治家」だの「組織委員䌚」だのを批刀するこずなら、誰でもした。
    しかし、オリンピックが䞭止になれば、人生蚭蚈が倧きく狂っおしたうよな『珟圹アスリヌト』ず、利暩を共にする倚くのOB&OGアスリヌトたちに぀いお、所詮は圌らの「スポヌツ」ずやらも『利暩』のネタに過ぎないず明蚀した人を、少なくずも私は、他に䞀人も芋なかった。
    京極倏圊が、オリンピックを、所詮は「倧きな運動䌚」ず喝砎しお皮肉っただけども感心したが、「オリンピックスポヌツ」など、所詮は「商売」に過ぎないずたで明蚀した者は、他にいなかったのだ。

    それどころか「オリンピック開催の良し悪しは別にしお、人生を賭けおスポヌツに打ち蟌んできたアスリヌトたちには眪はない」などず、心にもない綺麗事を口にしたマスコミ関係者各䜍や、簡単にそれに掗脳された「頭の悪い囜民倧衆」には、心底りンザリさせられおいたのである。

    2021幎10月29日

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