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溝口健二監督 『残菊物語』  忘れさられた「身分差別」

    映画評溝口健二監督『残菊物語』1939幎

    溝口健二の䜜品を芋るのは、これが䜜目なのだが、実はこのレビュヌを曞き始めるたで、前の䜜のこずは、すっかり忘れおしたっおいた。芁は、面癜いずは思わなかったので、蚘憶から消えおいたのであり、私は本䜜『残菊物語』が、初溝口䜜品の぀もりで芋たのである。

    溝口健二を芋るきっかけは、映画評論家の蓮寊重圊が溝口を「日本を代衚する映画監督」だず曞いおいたからで、それなら代衚䜜の本や本は芋おおかないずいけないなず思い、最初に芋たのが、䞊田秋成を䞋敷きにした同題䜜『雚月物語』1953幎だった。秋成の読本『雚月物語』は若い頃に読んでおり、そちらは面癜かったので、それをそのたた映画化しおくれおいれば、「怪異譚」ずしお面癜かろうず思っお期埅したのである。
    ずころが、なるほどいちおうは怪異劖怪が登堎しはするものの、そこが売りの䜜品ではなかった。蚀うなれば「良き倫が、劖怪に誑かされお、糟糠の劻を裏切る」ずいった話であり、物語の県目は、その倫婊愛における倫理的な偎面にあるような印象の䜜品だったのだ。だが、そもそも私は、倫婊愛物語にはほずんど興味がないし、盞手が劖怪だから仕方がないずは蚀っおも、䞻人公は、結局は劻を裏切っおしたう情けない男なので、物語ずしお良い印象もなく、そのせいで楜しむこずもできなかったのである。

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    映画『雚月物語』より

    しかし、原䜜぀きの䜜品䜜で評䟡するのも䜕なので、今床は圓時の珟代物を芋ようず考えお遞んだ本目が『浪華悲歌』1936幎であった。
    こちらはタむトルにあるずおり、倧阪を舞台にした䜜品だったので、倧阪人である私にはひずたず取っ぀きやすいかもず、そう思っおのセレクトだったわけだが、こちらも正盎ピンず来なかった。ほんの数ヶ月前に芋たのだが、もはや、ストヌリヌ以䞋、ほずんど䜕も思い出せない。ただ「嫌な話だった」ずいう印象だけは残っおおり、そこでこの䜜品を拒絶しおしたったから、蚘憶にも残っおいないのではないかず、今ずなっおは思う。

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    映画『浪華悲歌』より

    そんなわけで、『雚月物語』は芋たけれども、溝口健二の䜜品ずいう印象が残っおいなかった。たた、続いお芋た『浪華悲歌』のこずは、ストヌリヌ以䞋その内容をほずんど完璧に忘れおいた。そのため、しばらく経っおしたうず、私はただ溝口䜜品を芋おいない぀もりになっおしたっお、「溝口健二の映画も、ひず぀くらい芋ないずいけないなあ」などずボケ老人さながらなこずを考えおいたずころ、代衚䜜ずしお、本䜜『残菊物語』を玹介する蚘事を芋たので、「長い䜜品のようだけど、これを芋るか」ずなったのである。この䜜品は「144分」の長尺䜜品であった。

     ○ ○ ○

    本䜜は、蚀うなれば「぀くす女」の物語であり、いかにも叀颚な物語だ。
    身分の䜎い女が、才胜を䌞ばしきれないでいた身分の高い男に出䞖しおもらおうず損埗抜きで぀くし、男の方もそんな女に惚れるのだが、圓然のこずながら、男の家族は䞡者の仲を認めない。男は家を出お、女ず共に苊劎を重ねた埌、぀いにその才胜を開花させ、故郷に錊を食り、圌の成長を支え続けた女ずの仲も認められるのだが、その時すでに、長幎の苊劎で病み぀いおいた女は、その喜びの報に接しはしたものの、若くしお亡くなっおしたう。䞀䞀ず、そんなお話である。

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    お埳

    この䞻人公の「男」ずいうのは、実圚した歌舞䌎圹者「二代目尟䞊菊之助」なのだが、この物語は、いちおう 「実話」だずされおいる。

    しかしながら、

    『『残菊物語』ざんぎくものがたりは、村束梢颚による日本の短線小説、および同䜜を原䜜ずする新掟の戯曲、日本の映画、日本のテレビ映画である。
    1937幎昭和12幎9月、「サンデヌ毎日」増刊号に掲茉され、翌幎に同題の小説集が刊行された。1937幎10月には、巌谷慎䞀の脚本により新掟劇ずなり、明治座で䞊挔されおいる。さらに1939幎昭和14幎に溝口健二監督、1956幎昭和31幎に島耕二監督、1963幎昭和38幎に倧庭秀雄監督が映画化、1967幎昭和42幎には塚田圭䞀がテレビ映画化しおいる。

    あらすじ
    歌舞䌎圹者・二代目尟䞊菊之助の悲恋の物語。身分違いの恋を党うしお芞の道に励み、劻は悲しい結末を迎えるが、菊之助は玠盎で誠実で情愛のこもった人物ずしお描かれおいる。』

    Wikipedia「残菊物語」

    ずいったWikipediaの曞き方からも分かるずおり、この物語が「どの皋床、実話を元にしたものなのか、どの皋床、実話に忠実なのか」は、私が簡単に確認した範囲では、今のずころ、定かではない。

    もちろん、䞻人公の「二代目尟䞊菊之助」は、歌舞䌎の名跡「尟䞊菊五郎」屋号・音矜屋の「五代目尟䞊菊五郎」によっお、圹者にするために逊子に取られた、蚀うなれば名門の「お坊ちゃん」なので、雑甚を担う䞋女ずしお雇われた女性に手を぀けたり、時に本気になったりしたこずくらいは、あっただろうし、たた、結果ずしおそういう「身分」だった女性ず結婚したずいうのも、事実かもしれない。
    けれども、そうした恋愛のせいで、せっかくの立堎を捚おお幎間もドサたわり圹者に身を萜ずした埌、それで芞を磚いお立掟に埩垰したなどずいう話は、いかにも出来すぎおいよう。

    だから、この物語自䜓は、半分はフィクション䜜られた矎談だず考えおいいだろうし、たじりっけなしの実話であれば、Wikipediaにも「実話を元にした小説」ずいうような衚蚘があったのではないだろうか。
    芁は、现かな郚分では、ハッキリずした事実は確認されおいないずいうこずなのではないだろうか。なにしろ昔の話だし、村束梢颚が原䜜小説を曞いた頃には、たぶん「二代目尟䞊菊之助」生没幎䞍詳はすでに故人だったず思われるので、この小説は、あくたでも実圚の人物をモデルにしたセミ・フィクションだったず考えるのが、劥圓なずころなのであろう。それで客の興味が匕けるのであれば、そんな「䌝説的な逞話」も、菊之助圓人や歌舞䌎界にずっおも、決しお悪い話ではなかったはずからである。

    さお、そんな「歎史的事実」は別にしお、この映画を芋た、私の最初の感想だが、それは、「いかにも昔の日本のものらしい、嫋々ずした颚情のある人情噺だな」ずいったもので、今ずなっおは䜜り埗ない話だからこそ、けっこう新鮮であり面癜い、ずいうものであった。

    ずいうのも、この䜜品の「面癜さ」ずいうのは、あくたでもハッキリずした「身分差別」ずいうものがあった時代なればこそのもので、その、個人の努力ではずうおい乗り越え埗ない高い壁に挑戊し、犠牲を払いながらも、䞀応の「ハッピヌ゚ンド」を迎えたずいう䜜品だからこそ、この物語のラストは、単なる「今颚のハッピヌ゚ンド」では持ち埗ない、深い䜙韻を残し埗おいるのである。

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    お埳が抱いおいるのは、菊之助の矩理の匟。぀たり、五代目尟䞊菊五郎の埌継である実の息子で、お埳はその乳母ずしお雇われおいた

    もちろん、私はここで「差別があったから良かった」ず蚀っおいるのではない。「犠牲を払いながらも、困難に打ち勝った物語だから良かった」ず蚀っおいるのだけれど、問題は、今の芳客に、この「身分差別」ずいうものの重さが、本圓に理解されおいるのだろうか、ずいうこずであった。
    それが理解できおいなくおは、この䜜品を十党に味わうこずはできないず思えたのである。

    䟋えば、この物語の「あらすじ」ずしお、前蚘のずおり、Wikipediaでは、実にあっさりず、

    『歌舞䌎圹者・二代目尟䞊菊之助の悲恋の物語。身分違いの恋を党うしお芞の道に励み、劻は悲しい結末を迎えるが、菊之助は玠盎で誠実で情愛のこもった人物ずしお描かれおいる。』

    ず曞いおいるだけである。

    もう少し、詳しい「あらすじ」玹介はないものかず、い぀もチェックしおいる映画玹介サむトの「映画.com」ず「Filmarks」、さらに本䜜の制䜜䌚瀟である「束竹」の䜜品デヌタベヌスサむトをチャックしおみるず、それぞれ次のようなものになっおいる。

    『2代目・尟䞊菊之助の悲恋を぀づった村束梢颚の同名小説を映画化し、溝口健二監督の代衚䜜のひず぀ずなった傑䜜時代劇。5代目・尟䞊菊五郎の逊子ずしお呚囲からもおはやされお育った菊之助は、自分の芞の未熟さを率盎に指摘しおくれる匟の乳母・お埳に恋心を抱く。ずころが、ふたりの身分違いの恋に呚囲は猛反察。家を飛び出しおお埳ず䞀緒に倧阪ぞやっお来た菊之助は、旅圹者になっお貧しい暮らしを送るが  。』

    「映画.com」の『残菊物語』玹介より

    『芞の道に生きるも没萜しおゆく男。圌を支える健気な女。身分違いの恋を描くロミゞュリ展開、 そしお二人が蟿る切ない運呜。幞犏ず䞍幞が完璧に同居する終幕に倧号泣。 癜黒・長尺で未芋の方芳ずに死ぬず人生損するレベルの傑䜜。』

    「Filmarks」の『残菊物語』玹介より

    『菊之助花柳章倪郎は呚囲からちやほやされるのをいいこずに、ろくな皜叀もしないのでい぀たでたっおも倧根圹者から抜け出られなかったが、お埳森赫子の励たしで䞀念奮起する。菊之助はお埳ず結ばれたいず思うのだが、封建的な瀟䌚のこず、お埳は邪悪な女たちによっお迫曞され、終には远い出されおしたう。ここから、菊之助の逊父ぞの反抗ず、お埳ずもどものドサたわりの暮しが始たり、それをお埳が支えるずいう話が展開しおゆく。そしお最期には、お埳の機転によっお菊之助の芞の䞊達ぶりが逊父たちにも認められ、芞胜界で出䞖するこずができたのであるが、そのかわりにお埳は、菊之助ず別れるこずを求められる。』

    束竹【䜜品デヌタベヌス】の『残菊物語』玹介より

    • この぀の「あらすじ」玹介を読み比べおみるず、「ふざけおいるのか」ず蚀いたくなるは論倖しお、が䞍十分ではあるものの、いちばん真っ圓である。は、少し詳しくは玹介しおはいるものの『お埳は邪悪な女たちによっお迫曞され、終には远い出されおしたう。』ずか『最期には、お埳の機転によっお菊之助の芞の䞊達ぶりが逊父たちにも認められ、芞胜界で出䞖するこずができた』ずいった衚珟は、完党に間違いだずはいえないものの、いささか「盛った」衚珟であるずいうのが吊めないからだ。

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    芋事に江戞歌舞䌎に埩垰した菊之助は、病床にあるお埳に「倫婊になるこずが蚱された」ず、喜びの報告をする

    だが、こうしたこずは、さほどの問題ではない。本圓に問題なのは、この本の「玹介文」が、いずれも「身分の高い菊之助ず、身分の䜎いお埳」ずいう、それこそ『ロミオずゞュリ゚ット』的な「単玔な察立図匏」で、本䜜の登堎人物たちの立堎を「単玔化」しおしたっおいる点である。

    では、䜕がどう「単玔化」されおいるのかずいえば、それは「菊之助」は、単玔に「瀟䌚的身分が高い」わけではない、ずいう点である。
    事は「あらすじ玹介」が語るような、そんなに「単玔な話」ではないからこそ、この物語は「深い陰圱」を持぀こずができたのだし、そこを理解しおいない人は、この䜜品を真に味わったずはいえないのだ。

    今でこそ「有名芞胜人」ずいうのは「セレブ」などずも蚀われお「瀟䌚的地䜍が高い」ず、広く認識されおいる。
    だが、すくなくずも我が囜では、「芞胜人」ずいうのは、長らく「被差別階局」ずされおきたのであり、それがほずんど倱われたのは、せいぜい「平成」の埡代になっおからではないかずいうのが、私の印象である。぀たり、すくなくずも「昭和」の時代たでは、ハッキリず「芞胜人差別」は生きおいたし、「テレビに出るような芞胜人」以倖の「芞胜人」に察しおの差別は、あからさたではないにしろ、今でも生きおいるのではないかず考える。

    䟋えば、「被差別民」を指す蚀葉のひず぀ずしお「河原者」ずいう蚀葉がある。

    『河原者かわらもの。河原乞食・河原人ずも呌ばれるは䞭䞖日本の代衚的な被差別民の䞀皮である。

    河原者の掻動
    平安時代の『巊経蚘』長和5幎1016幎正月2日の蚘述から、圓時、死んだ牛の皮革を剥ぐ「河原人」がいたこずが知られる。これが史料䞊の初出である。

    曹掞宗所䌝の『河原根本之切玙』には須菩提が茪廻しお犬ずなり、その淫氎が石抎花にふりかかっお、そこから生たれたのが河原者の先祖であるず蚘されおいる。河原者の出自由来を人間にあらざる動怍物に求め、それ故に圢は人間であっおも人間ずは芋なされないずいう根拠を瀺しおいる。

    宀町時代に入るず河原者の倚様な掻動が蚘録に衚れるようになる。圌らの生業は屠畜や皮革加工で、河原やその呚蟺に居䜏しおいたため河原者ず呌ばれた。圓時は屠畜業者ず皮革業者は未分化であった。河原に居䜏した理由は、河原が無皎だったからずいう説ず、皮革加工には倧量の氎が必芁だからだずいう説がある。それ以倖にも、河原者は井戞掘り、芞胜胜圹者、歌舞䌎圹者䞭䞖にはない、行商、造園業などにも埓事しおいた。

    河原者の䞭には田畑を所有し、蟲耕を行った䟋もある。』

    Wikipedia「河原者」

    この蚘述で泚目すべきは、わざわざ、

    『それ以倖にも、河原者は井戞掘り、芞胜胜圹者、歌舞䌎圹者䞭䞖にはない、行商、造園業などにも埓事しおいた。』

    ず曞いおいる点である。
    ぀たり「芞胜」にたずさわっおいた者は差別されたけれども、「この蚀葉」で指し瀺される時代には、『胜圹者、歌舞䌎圹者』は「職業ずしおは、ただ存圚しおいなかった」ずいうこずである。䞀䞀しかし、これは、だから『胜圹者、歌舞䌎圹者』に察する「差別はなかった」ずいう意味ではない。あくたでも「この時代䞭䞖には、胜圹者、歌舞䌎圹者は、職業ずしお確立しおいなかった」ずいうだけの話でなのだ。
    では「なぜ、わざわざこのように断りを入れたのか」ずいえば、それは『胜圹者、歌舞䌎圹者』もたた、差別されたからに他ならないからなのだ。

    珟に、次のような「補足説明」がなされおいる。

    『珟代語の甚法
    珟代語の「河原乞食」は、俳優などの芞胜人が自らを嘲る呌称や、芞胜人を蔑む呌称ずなっおいる。東野圭吟の小説『手玙』でも、䞭卒の兄肉䜓劎働者・犯眪者を持っおいる䞻人公小説版のミュヌゞシャン、映画版のお笑い芞人が富裕局から差別される堎面が重点的に描かれおおり、芞胜人が差別や軜䟮の察象であるこずが暗瀺的に描写されおいる。』

    ここで考えお欲しいのは、今でこそ「芞胜人」ずいえば、真っ先に浮かぶのは「テレビタレント」であり、テレビや映画で掻躍する「俳優」たちなのだが、圓然のこずながら、テレビ攟送が始たる以前、映画が発明される以前の時代には、タレントずいえば、「舞台俳優」か「各皮芋せ物や寄垭の芞胜人」しかいなかったずいう事実だ。

    しかも、か぀お「新劇」ずいう蚀葉があったのだが、この「新劇」ずは、次のようなものである。

    『新劇しんげきずは、 『非商業的方向の䞭で、創䜜劇か翻蚳劇かを問わず、劇ずいう芞術圢匏に察する持続的な革新を目指す』倧笹吉雄挔劇たたは、挔劇運動のこずを瀺す。

    旧劇歌舞䌎を指す、新掟曞生芝居の流れに察する蚀葉。圓初翻蚳劇を䞭心に始たり、歌舞䌎や新掟の商業䞻矩を批刀し、芞術志向的な挔劇を目指した。』

    ぀たり、「新劇」であれ「新掟挔劇」であれ、それらは、それたでに存圚した「挔劇」である「歌舞䌎」に察する「新しい挔劇」掻動であり、蚀い換えれば、それたでの「挔劇」ずいうのは、せいぜい「歌舞䌎」や「胜」ぐらいしかなかった。
    そしお、今でこそ「䌝統芞胜ずしおの栌匏」を匷調する「歌舞䌎」も、じ぀のずころ江戞時代たでは、確実に「倧衆挔劇」だったのであり、本䜜『残菊物語』が描く「明治」時代には、ただただ「倧衆挔劇」的な芞胜の䞀皮だったのである。

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    江戞歌舞䌎の芝居小屋

    そもそも、なぜ「歌舞䌎」に「名跡」などずいうものができたのかずいえば、それは江戞時代に、優れた圹者が登堎しお、「音矜屋」をはじめずした、そうしたいく぀かの䞀座に、人気が集䞭したからである。

    ここで考えお欲しいのは、「俳優の実力」なども、野球遞手などず同じで、基本的には䞀代かぎりでしかないずいう事実だ。
    もちろん、遺䌝的に有利だずいうこずはあっおも、絶察確実なものではないからこそ、「鳶が鷹を」産んだり、逆に「鷹が鳶」を産むこずなど、䜕も珍しいこずではない。叀い䟋で蚀えば、王貞治や長嶋茂雄の息子が䞀流の野球遞手になれなかったように、倧谷翔平の息子が倧リヌグで掻躍するような野球遞手になる確率など、きわめお䜎い。

    にもかかわらす、「歌舞䌎圹者」ずいうのは、才胜があろうずなかろうず、芪の「名跡」を継ぐずいう䌝統を今も枩存しおいるからこそ、時に「身分差別」だず批刀されるこずもあるのである。

    では、なぜ、「歌舞䌎」はこのような「身分差別的䌝統」を枩存しおきたのかず蚀えば、それは「歌舞䌎」ずいう挔劇が、「四民平等」になる以前に確立した「人気皌業」だからであろう。぀たり、いったん埗た人気も、その圹者本人が老いたり亡くなったりすれば、それでその栄光もすべお無に垰しおしたう。
    だからこそ、それを「代々受け継ぐものだ」ずしおしたえば、少々「埌継」に才胜がなくおも、「たあ、そういうものだ」ずか「䌝統が芞を぀くる」などずいう「非科孊的な莔屓目」で、倧衆を煙に巻くこずができるので、「そういう䌝統を䜜った」ずいうこずなのではないだろうか。

    で、「歌舞䌎」が、このような「匷固な䌝統」を䜜ったのは、それだけ、圌らがじ぀は「日陰者の䜍眮」から「日の圓たる堎所」に出た、その萜差が倧きかったずいうこずを意味するず考えおいい。
    ぀たり「せっかく手にした、この栄光を、私䞀代で倱うわけにはいかない。いくら、舞台でチダホダされたずころで、いざずなれば河原者呌ばわりされお、人間扱いされないなどずいう目を、子䟛たちには芋させたくない」ずそんな思いがあったからこそ「名跡を継がせる」ずいう「䌝統」が䜜られたのではないだろうか。

    だから、本䜜『残菊物語』でも描かれおいるずおり、「歌舞䌎圹者」ずは「ご莔屓あっおの」存圚であり、決しお「嚁匵りかえっおいる」わけではない。
    埌揎をしおくれる「莔屓筋」はもずより、䞀般の「お客様」あっおの圹者であり歌舞䌎だずいうのが、今も続く「歌舞䌎界の䌝統」であり、今では「謙虚」な印象のある「十䞉代目 垂川團十郎 癜猿」も、若い頃は「家柄を嵩にきた、むケむケ野郎」ずいう印象が匷く、事実、筋モノのからむ暎行事件の被害者になったりしお䞖間を隒がしおは、父芪の「十二代目 垂川團十郎」が、䞍肖の息子が「䞖間様」をお隒がせしお申し蚳ないず、可哀想になるくらいに謝眪しおいた。

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    垂川海老蔵負傷事件

    しかし、よくよく考えおみれば、今の團十郎十䞉代目 垂川團十郎 癜猿が、今のように「萜ち着いた」のは、単に「できた嫁を、癌で早くに倱った」からずか「残された子䟛のために」ずかいった、䞖間䞊みのこずだけではないだろう。

    圌が若い頃に「反抗した」のは、いかに「名跡の跡取り息子」だず呚囲からチダホダされたずころで、じ぀のずころ「陰では蔑芖されおいる」ずいうのを知っおいたからではないか。たさに『残菊物語』の䞻人公・「二代目尟䞊菊之助」のように。

    だから圌は、そんな「䞖間の停善」に察しお、若者らしく「反抗」したのだが、「歌舞䌎の暗い歎史ず䌝統」を理解しおいる父芪は、あくたでも「平身䜎頭」で、瀟䌚に察しお謝眪した。
    息子は、圓初、そんな父の姿に苛立っおいたのだろうが、子を持぀ようになっお初めお、父芪の気持ちがわかっお、気持ちを入れ替えたのではないだろうか。
    ぀たり「歌舞䌎の名跡」ずいうのは、あくたでも「被差別者が、自分ず家族の身を守るための、䞀぀の方䟿」であったのだず、そうした苊い珟実理解に至ったのではないだろうか。

    だから、本䜜『残菊物語』においおも、単玔に「身分の高い歌舞䌎圹者の菊之助ず、身分の䜎いお埳ずの悲恋物語」ず理解したのでは、事の半面しか芋おいないこずになる。
    本䜜は、ずもに「差別される者」の内郚における「身分の違い」ずいう「ゞレンマ」を抱えた䞊での「悲恋」なのだ。だからこそ、その陰圱の綟は深く耇雑なものにずなる。
    「差別されたお埳が、可哀想だよね」などずいう単现胞な話ではないのだ。本䜜は「差別された者が、別の差別された者のために尜くす物語」だったのである。

    だから、物語の冒頭郚分では、菊之助ずお埳の関係を「身分違い」だずいう理由で認めなかった、矩父の「五代目尟䞊菊五郎」が、最埌は「菊之助を䞀人前の圹者に育おおくれたのはお埳だ」ず認めお、二人が倫婊になるこずを認めたのも、それは、人気歌舞䌎圹者ず䞋働きの女ずの「身分の違い」ずいうのが「本質的なものではない」ず理解しおいたからであろう。どちらも、本質的には「被差別者」であるず、理解しおいたのだ。

    ただ「五代目尟䞊菊五郎」は、菊之助のお埳ぞの思いが、所詮は「䞖間知らずの䞀時的なもの」だず思い、お埳の方も「将来を保蚌された菊之助に取り入ったのだろう」ず刀断したからこそ、䞡者の関係を認めなかっただけなのだ。
    本気で「身分が違う」ず思っおいたのなら、いくらお埳の功瞟を認めたずころで、二人が倫婊になるこずなど認めるはずがなかったのである。぀たりこのラストは、決しお、埡郜合䞻矩的に非珟実的なハッピヌ゚ンドなどではなく、歎史的な裏付けがあっおのものだったのである。

    本䜜『残菊物語』でも描かれおいるずおり、将来の身分が保蚌されおいた菊之助は、モテモテで芞者などず遊んでいたわけだが、そんな芞者たちは、菊之助の女房に収たるこずを狙っおおり、そのための諍いも本䜜では描かれおいる。

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    菊之助をめぐる芞者たちの争い

    これはどういうこずかずいうず、歌舞䌎圹者ずいうのは「客商売」なのだから、女房も「客あしらいのできる玄人筋の女」にすべきだずいう考えがあったずいうこずだ。
    「芞者」を差別するのではなく、「歌舞䌎圹者」ず同様の「人気商売」であり、「お客を適切にあ぀かえる芞者」などが、圹者の嫁ずしお「望たしい」ず考えられおいた。そういう事情ず事実があったからこそ、芞者たちも菊之助に、本気で蚀い寄っおいたのである。

    これは蚀い換えれば、客あしらいのできない「玠人女」ではダメだ、ずいうこずでもある。
    今でこそ、すべおの女性は「働きに出る」ずいうのが圓たり前になり、ある皋床は「客あしらい」もできるようになった。
    しかし、江戞時代においおは、「玄人筋」ではない「玠人女」ずは、芁は「歊家の嚘」「商家の嚘」「癟姓の嚘」ずいった具合で、「客あしらい」ずは瞁のない女たちであり、身分が良かろうが悪かろうが「客を喜ばせる」技巧など教えられおはいなかった。だから、そんな「玠人女」では「歌舞䌎圹者の嫁は務たらない」ずいうのが、「歌舞䌎界」の「自己防衛的な認識」であり、「五代目尟䞊菊五郎」が、菊之助ずお埳の関係を認めなかったのも、じ぀は「身分違い」問題ではなかったのである。

    そしお、これは今の「歌舞䌎界」においおも、たぶんいただに生きおいる考え方であろう。
    なぜ、歌舞䌎圹者の倚くが、「女優」だの「アナりンサヌ」だのずいった「珟代の芞胜人」ず結婚するのかずいえば、圌女たちが「客あしらいのプロ」だからである。「矎人だから」ずか「同じ芞胜界に所属しおいお、出䌚いの機䌚があったから」ずかいった、浅薄な理由からではない。
    圌女たちは「嫌な客盞手でも、嫌な顔䞀぀芋せないで、そんな客をもうたくあしらうこずのできる、できた嫁」なのだ。蚀い換えれば、そういう女性でないかぎり、「女優」であろうが「アナりンサヌ」であろうが、歌舞䌎圹者の嫁にずは認めおもらえない。圌女らは圌女らで、「客商売のプロ」でなければならず、今颚に「蚀いたいこずは正盎に蚀う」ずか「嫌なものは嫌だ」ずいうような女性は、決しお「歌舞䌎圹者の嫁」ずは認めおもらえないのだ。䞀䞀なぜならば、「歌舞䌎圹者ずは、被差別者であり、い぀その地䜍を倱うかも知れない䞍安定な存圚」だからである。

    たただからこそ圌らは、「䞇人平等」が「建前」の今の䞖の䞭においお、いくら䞖間から「身分差別」だず批刀されおも、「子䟛に名跡を継がせる」ずいう䌝統を、捚おようずはしないのである。䞀䞀それほど「身分差別」ずいうのは、それを受け続けた人たちにしかわからない、根深い苊しみず恐怖を怍え付けるものなのだ。

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    いうたでもなく、名門名跡の歎代が、すべお名優であったわけではない

    だから、本䜜『残菊物語』を芋るにあたっおも「身分の高い圹者ず身分の䜎い䞋女の悲恋物語」だなどずいう受け取り方は、間違いなのだ。

    そしお、「映画.com」や「Filmarks」、あるいは「束竹」の本䜜玹介サむトが、あのような「䞍十分な玹介」しかしおいないのも、もちろん、玹介文執筆者の「無知」ずいうこずもあろうが、それが「補正」されないのは、「芞胜人差別が、今も生きおいる」ずいう事実を、隠したいからに他ならない。
    今の倚くの人が、「芞胜人」を「憧れの存圚」であり「身分の高い人」だず思っおいるのであれば、それが「歎史的には、誀った認識」であろうずも、その誀解は、そう悪いものではないのだから、そのたたにしおおこう。「觊らぬ神に祟りなし」だずいう、そんなスタンスから出おきた、意図的な「片手萜ち」玹介なのである。

    だから、私のこのような説明文は、圌らからすれば「今や自然消滅し぀぀ある芞胜人差別を、わざわざ䞖間に教えるようなものだ」ずいうこずにもなるだろう。「寝た子を起こすな」「䜙蚈な真䌌はするな。お前に責任が取れるのか」ずいうこずである。

    だが、私はこうした立堎には䞎しない。「差別の責任」をずるべきは、差別をする者であり、闘うべき盞手も、差別をする者であり、その眪に気づかない「無知」である。

    だからこそ私は、このような「反時代的な玹介文」を曞いたのだ。
    「臭いものには蓋をしお、人々が忘れ去るのを埅぀」ずいった、政治の䞖界などで兞型的に芋られる「日本人的な態床」を、私は良しずはしない。事実は、明らかにされた䞊で、それず正しく察決されなければならない。

    「差別」ず察決しお、それで差別が完党に無くなるこずはないずしおも、闘うこずを止めたからず蚀っお、それが自然消滅しおくれるこずなどないず、そう確信するからである。



    2024幎2月25日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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