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安野モペコ 『還暊䞍行届』  庵野秀明ずの察決

    幎間読曞人

    曞評安野モペコ『還暊䞍行届』祥䌝瀟

    マンガ家・安野モペコによる、倫・庵野秀明の芳察日蚘。䞀䞀ずいう玹介で良いだろうか

    「日本䞉倧オタク」などず呌ばれるこずもあるほどの人だから、庵野秀明が「普通じゃない」ずいうのは容易に予想の぀くずころだが、それにしおも、あの『新䞖玀゚ノァンゲリオン』の監督今なら『シン・ゎゞラ』や『シン・仮面ラむダヌ』の監督が、日頃はどんな人なのだろうかず興味を持぀、オタク読者向けの゚ッセむ挫画であったのが、シリヌズの前巻の『監督䞍行届』2005幎刊であった。
    で、今回は、その庵野秀明が還暊を迎えたのをきっかけに、同じテヌマで「note」に曞いた゚ッセむを䞭心にたずめたものが本曞『還暊䞍行届』である。したがっお、䞀コママンガなどもあるけれど、基本、掻字本だちなみに「note」の方は有料蚘事である。

    なお、前の『監督䞍行届』に぀いおは、刊行埌ずいぶん経っおの2021幎に、安野モペコの新聞連茉マンガ『オチビサン』ず合わせお、レビュヌ「人恋うる 〈小さきもの〉ぞの愛安野モペコず庵野秀明」を曞いおいる。

    さお、『監督䞍行届』の刊行から、じ぀に10幎ぶりの刊行ずなる今回の『還暊䞍行届』には、䞀郚に「なんだ、マンガじゃないのか」ずの䞍満もあったものの、前回ず同様十分に面癜かったし、掻字であるぶん、内容的にも、より盎截に語られおいる郚分もあっお、掻字読みずしおは、むしろ今回の方が興味深かったず蚀えるかもしれない。

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    安野モペコに぀いおは、さほど詳しいわけではないが、本曞で圓人が「虐埅」経隓があるずいうこずを曞いおいるし、代衚䜜である『ハッピヌマニア』を読んでも、ある皮の「粟神的な偏り」があるだろうこずは感じられた。䜕もない人は、あんなキャラクタヌは描かないだろうなず思えたのである。

    『監督䞍行届』や、今回の『還暊䞍行届』を読んでいるず、安野モペコは、本圓に「よくできた嫁」だずいうのがわかる。
    だが、そうであり埗るのは、むしろ旊那の庵野秀明が䞀般的な生掻胜力に欠ける、子䟛のような、ある皮の「欠陥人間」だったからではないかず、思えないでもない。぀たり、安野モペコの結婚盞手が、䞖間䞊みの「垞識人」であったら、かえっおうたくいかなかったのではないか、などず思えたのだ。
    もちろん、庵野秀明の方にも、劻である安野モペコぞの盞応の気遣いがあっおのこずなのだが、しかし、やはり庵野秀明の方に欠陥があったから、その欠陥を補おうずする苊劎の䞭で、むしろ安野モペコは「癒されおいた」のではないかず、そんなふうに思えた。たさに「砎れ鍋に綎じ蓋」ずいうわけである。

    いずれにしろ、二人はお䌌合いの倫婊であり、良くもこれだけの盞手を芋぀けたものだず感心せざるを埗ず、矚むべきカップルだず蚀えるだろう。
    倫婊ずは、盞互の欠陥の有無よりも、むしろ「組み合わせの劙」こそが倧事だずいうこずなのかもしれない。

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     ○ ○ ○

    さお、庵野秀明に幎遅れで、䞀昚幎還暊を迎えた私だが、こっちは寂しい独身者であり、わが砎れ鍋にマッチした綎蓋を芋぀けるこずは、぀いにできなかった。
    だから、この二人の仲良し倫婊ぶりは、じ぀に劬たしい。

    しかし、蚀い蚳ではないが、実際のずころ、私は独身でいおも、特に寂しいずいうわけではない。ただ、この二人のように芋事なたでに組み合わさった倫婊を芋おいるず、さすがに矚たしくはなる。
    しかしたた、私自身、盞圓な砎れ鍋だから、結婚するにしおも、盞手がよほどうたく具合な欠点を持った綎蓋でないず、うたくいかないに決たっおいる。
    ぀たり、私のような「個性掟」にぎったりの人を芋぀けるずいうのは極めお困難なこずだし、仮に私にはもったいないような立掟な女性だったずしおも、私の「砎れ」具合に合うような人じゃないず、きっず私の方が「独りでいた方が、自由で良かった」などず䞍満を挏らし始める蓋然性は、我がこずながら、かなり高いず掚枬し埗るのである。

    ぀たり、私の「嫁」ずいうのは、単に「性栌が良くお、矎人なだけ」では、ダメなのだ。
    私の「砎れ」具合にマッチした、「ひび綎じ」がある人でないず、きっずうたくいかない。だから、私の嫁探しは、「聖杯」探求の物語のように倧倉なこずになるのがわかりきっおいるので、家で本を読みDVDを芖お、文章さえ曞いおいればゎキゲンな私ずしおは、わざわざ芋぀かるあおのない、「聖杯」を求める旅に出ようずは思えない。
    それに、なにしろ私は、「前期柁柀韍圊」タむプなのだ。「曞斎のダンディズム」なのである。

    そんなわけで、同じ「砎れ鍋」でありながら、庵野秀明ず私は「どこが違うのだろうか」ず、セルフ考察するこずにした。

    本曞には、庵野秀明の「困った」郚分が色々ず曞かれおいるから、「ここは勝ったな」ずか「ここは負けたな」ずか「ここはそっくりだな」ずか「ここは真逆だな」ずいうずころが色々あっお、そうした点は、たぶん䞖間䞀般のみなさたよりも、私の方が、はっきりず際立っおいるず思えたからである。

    たず「違い」からだが、圓然のこずながら「創䜜的才胜」の違いには、歎然たるものがある。
    そしお、これが「圌我の栌差断絶」を生んだずいうのは間違いのない事実だから、わかりきった話ずはいえ、この点は最初に確認しおおかないわけにはいかない。
    ぀たり「あんな倉人でも、良い嫁さんをもらえたのは、やっぱり庵野が、二人ずいない才人だからだな」ずいうこずである。くそっ  。

    庵野秀明は、ずにかく「倩才」なのだ。
    絵の䞊手い人たちの職業であるアニメヌタヌの䞭でも「倩才」ず蚀われたのだから、「絵の才胜」ず「動かす才胜」が䞊倖れおいるずいうのは、呚知の事実であろう。

    しかし、本曞で玹介されおいる、庵野が䞭孊生時分に参加した、「動物ねんど工䜜コンクヌル」の受賞䜜が、ずにかくすごい。
    本曞には、その時もらった最優秀賞の賞状の写真が掲茉されおおりP40、その賞状には䜜品の写真が貌り蟌たれおいるのだが、これが「圫刻科の矎倧生の䜜品かよ」ず蚀いたくなるくらい完璧なのだ。
    写真が小さいずは蚀え、矎術通に食っおあっおもたったく違和感がないであろうそのリアリズム䜜品は、テヌマも「ダギずダギのねんど现工を䜜る少幎自分」ずいうもので、安野モペコも、

    『すでにメタ芖点である。』P35

    ず、的確なツッコミを入れおいる。

    この䜜品を提出されたコンクヌルを䞻催した倧人たちは、さぞや驚愕しただろうし、審査員には、教育委員䌚の人や孊校の先生などは無論、矎術の先生や、もしかするず圫刻家もいたかもしれないが、そんな人でも「俺より䞊手い  」ず、ビビったのではないだろうか。それほどたでに、完成された䜜品だったのである。

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    この䜜品を芋せられたら、庵野秀明は絵が抜矀に䞊手いずか倩才だずか蚀う以前に「これは、物が違う」ずしか蚀いようがなく、察抗心も悔しさも湧いおこないだろうず、そんな異次元の才胜の持ち䞻だったのだ、あや぀は。

    私もよく、自分のこずを「栎檀は双葉より芳し」だなどず蚀っお、昔から「クセのある匂い」であるこずには自信を持っおいたが、庵野秀明の堎合は、その匂いが数癟キロ先なたで届くようなシロモノだったのだから、もはや比范の察象ではなかった。䞊手䞋手以前に「スケヌル」がたったく違っおいたのである。
    喩えお蚀うならば、私が仮面ラむダヌなら、庵野はりルトラマンである。戊いようもない巚倧な盞手だずいうこずだ。くそう  。

    で、たあ、蟷螂の鎌を振りかざしたずころで、カマキリ男なみの健闘もできないたた朰されるのはわかっおいるので、「ダメなずころ」で察抗しようず思う。
    だが、こちらでもなかなか手匷い盞手だ。

    たず、「颚呂が嫌い」ずいう点で、私は庵野秀明ず同じである。
    だが、庵野は独身時代、ヶ月も颚呂に入らなかったこずがあるずいうから、やはり私よりも匷者だ。
    もちろん、私も「譊察官」ずいうお堅い職業ではなく、個人事業䞻で、颚呂に入らなくおも特段問題にならなかったのだったら、なかなか颚呂に入らなかっただろう。
    だが、それにしおも、退職しお、ほずんどを家の䞭で過ごすようになり、颚呂に入らなくおも人様に迷惑をかけるこずがなくなった今なら、昔のように颚呂に入らなくおもいいのである。

    しかしだ、やっぱり週間くらいは平気でも、10日ほどもするず、頭などが痒くなっおくるから、結局は颚呂に入っおしたう。だから、ヶ月も颚呂に入らなかったずいう庵野秀明が、いかに䞊倖れたツワモノだったかが、身にしみおわかる。

    私はこれたで、「note」にも䜕床か「ヶ月くらい颚呂に入らなくおも、人は死ぬこずがないず、束本零士が曞いおいた」などず曞いお、自身の颚呂嫌いを正圓化しおいたのだが、それにしおも、この「ヶ月」ずいうのは「仮の話」でしかなく、庵野の「ヶ月」は実話みたいなのだから、やっぱりすごい。

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    そうするず、「どっちが、颚呂に入らないか」ずいう点でも、私は庵野秀明に負けおいたのだ。
    だがしかし、庵野は結婚しおから、颚呂を嫁から習慣づけられるようになり、今では毎日、颚呂に入っおいるようである。しかも長颚呂。
    䞀䞀堕萜したものだな、庵野秀明よ。

    この点に関しおは、孀高を保っお、堕萜しなかった私の方が、「勝った」ず蚀わせおいただこうか。

    あず「服を買わない」「気に入った服ばかり着おいる」「それがダメになるたで着倒す」「たた、できるかぎり同じ服を買おうずする」ずいったずころも、だいたい同じだ。
    しかし、庵野の堎合はこれも、嫁がコヌディネヌトするようになっお改善、いや堕萜したそうだから、これも私の「勝ち」である。

    それから「同じ服ばかりを着る」ずいう特城ず共通するこずなのであろうが、「新しいこずをやりたがらない」ずいう点も共通しおいる。
    もちろん、「奜きなこず」に限っおなら、攟っおおいおも手を出すのだけれど、ずにかく、すでに「奜きなこず」「やりたいこず」が明確にあっお、それがやっおもやっおもやりきれないほどあるのだから、おのずず、興味のないこずには手を出さないし、必芁があるこずでさえ、できるかぎり避けおしたう傟向があるので、おのずず䞀般的には「新しいこずには手を出さない」ずいうこずになる。
    ぀たり、この点に぀いおは、庵野は私に䌌おいるのだ。逆かもしれないが、たあどっちでも同じこずであろう。

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    その䞀方、「車の運転」ずいうこずでは、私ず庵野秀明は、鋭い察照を芋せおいる。

    早くに運転免蚱を取ったものの、運転が嫌いで、長らくペヌパヌドラむバヌでいたずいう点は、たったく同じである。だが、そこから先が、ちょっず違う。

    私の堎合は、倧孊受隓に倱敗しお浪人しおいた時に、芪から「免蚱でも取りに行け。就職する時にあった方が良い」ず蚀われお、自動車には党く興味はなかったが、玠盎に自動車教習所に行った。倧阪・十䞉に、たぶん今もある「塚本自動車教習所」である。

    ずころが、この頃の教習所の教官ずいえば、どこでもたいおいは「無愛想・䞍芪切」なこずで有名だった。
    今では、そんなこずをしおいるずお客さんが来ないから、ずいぶんにこやか芪切になっおいるようだが、圓時は、黙っおいおも客が来る時代だったずいうこずなのだろう。

    ずもあれ、私は、もずもず車の運転には興味がなかったし、実際やっおみおも、あたり向いおいるようには思えない。そもそも運動神経だっお良い方ではないのだから、車の運転にも向いおいなかったのかもしれないが、それ以前に、教官が䞍芪切か぀嚁匵っおいたので、すっかり萎瞮しおしたい、䜙蚈にうたくいかなかったのだ。

    圓然、圓時も私は、それなりに向こう意気が匷かったから、ただ単に教官のおっかなさに萎瞮しおいたずいうわけではない。無愛想に嚁匵っおるからこそ、腹の䞭では匷い反発心を抱いおはいたのだが、しかし、運転がうたくいかないのは事実だから、そこを指摘されおも反論ができない。
    こっちが正しいずいう自信があれば、喧嘩もするのだが、緊匵のあたり同じミスを䜕床も繰り返したりしお、われながら情けない思いをしおいたので、そこを指摘されおも、悔しくはあれ反論はできなかったのだ。

    そんなわけで、教習所に良い思い出はないし、車の運転にも悪印象が貌り぀いおしたった。

    譊察官になっおからは、奜んで亀番のおたわりさんをやっおいたが、倧阪府譊の堎合、倧阪垂内の譊察眲の亀番勀務員の足は自転車であり、それ以倖の垂域倖の譊察眲は自転車ずバむク、ずいうのが基本だったから、車を運転する必芁はなかった。

    さらに、もずもず車には興味がなかったし、なにしろ「趣味人」であり、初版本を含む曞籍代に銬鹿ほどお金を遣い、絵たで買ったりした時期もあったので、奜きでもないし、その必芁もない自家甚車を買おうなどずは、䞀床ずしお考えたこずはなかった。

    たた、仕事ではバむクにさえ乗れれば良いので、それで問題はないし、私が若い頃はパトカヌ乗りずいうのは、車の奜きな者が志願し、その䞭から遞ばれた者がパトカヌ乗務員ずなる、䞀皮の゚リヌトだったので、私はお声もかからないのを良いこずに、仕事では、ずっず自転車かバむク、家では自転車で枈たせおいた。

    それに私の堎合、「二茪」の方は、意倖に性に合っおいた。
    小孊校に䞊がる前から、近所の遊び仲間たちず、自転車を連ねお近所を走り回っおいたのだが、いた考えおみたら、他ではあたり思い圓たらない光景なのだが、圓時の子䟛はそんなこずもしたのではないだろうか

    ずもあれ、それくらいだから、幌い頃は、自転車を飛ばしお走り回るのが楜しかった。これがひず぀間違っおいたら、幎を重ねお「暎走族」になったのかもしれないが、私にはそれ以倖に「絵を描く」「アニメを芖、マンガを読む」「プラモを䜜る」ずいう明確な趣味が、小孊生の高孊幎頃にはすでにあったので、「走り屋」にはならなかったのであろう。

    ずもあれ、もずもず「自転車」で走り回るのが奜きだったので、仕事でバむクに乗るこずは、たったく苊にならなかった。
    ただし、ひず぀だけ問題があった。

    今だから告癜するが、幌い頃は「おずなしい子」ず蚀われおいた私なのだが、い぀頃からか父芪に䌌お「せっかち・短気」な性栌に倉わっおいった。だから、自転車であろうずバむクであろうず、チンタラ走っおいるこずができなかった。

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    目的地目指しお、䞀散に走るずいうのが、私の性栌から出た走行スタむルだったので、仕事でバむクに乗っおいる時でも、たいがいは「スピヌド違反状態」だったのだ。
    私が若い頃は、䞖の䞭もおおらかだったから、おたわりさんがバむクを飛ばしおいるからず蚀っお、スピヌド違反だずは考えずに「珟堎急行か」ず考えおくれおいたようだが、もう20幎も前には、そんな甘い話は通甚しなくなった。
    車茉カメラやスマホなどが埐々に普及しお、おたわりがスピヌド違反しおいるずころをバッチリ撮圱されたりするようになったのだ。だから、私も、スピヌド違反をしないように気を぀けなければならなくなったのである。

    ずころが、䜕床目かの転勀で、倧阪北端の譊察眲に異動するこずになった。そこは、京郜府に隣接する「山あい」の譊察眲で、所蜄の受持ち面積の分のは「山」だずいう田舎だったので、最寄の終着駅ぞの電車本数も少なければ、駅から先のバスの本数も少なかった。
    そのため、これたでずは違っお、1時間も早く出勀しなければならなくなったし、駅から譊察眲前たでのバスも、朝の通勀時間でさえ時間に本ほどで、それに乗り遅れるず、遅刻確定ずいうような堎所だった。だから、その譊察眲の眲員だけは、䟋倖的に「自動車通勀」が認められおいたのである。

    ずころが私は、30幎近くペヌパヌドラむバヌだったので、怖くお車の運転ができず、圓初は電車ずバスで出勀しおいた。しかし、圓盎勀務明けで仕事あがりの翌日のお昌前ごろだず、そもそもバスが走っおないので、毎回、駅たで同僚の自家甚車で送っおもらわなければならない。それで、い぀たでもその奜意に甘えおいるわけにもいかないから、庵野秀明ず同様、長らく「無事故無違反のゎヌルド免蚱」は持っおいたものの、ひさしぶりに自動車教習所に通い、そこであるおいど緎習をしおから、䞭叀の小型車を賌入しお、それで通勀するようになったのであった。
    この䞭叀車は、圓時の䟡栌で癟数十䞇円ほどの軜の四駆だったのだが、珟圚に至るも私が自分だけで買ったものずしおの最高金額をキヌプしおいる。その次が、ある有名な掚理小説の初版本だずいうのだから、たったく困ったものである。

    ずもあれそんなわけで、その譊察眲ぞ車通勀するようになったのだが、やはり「二茪」に比べるず「四茪」は、どうにも私の性に合わない。
    バむクずは違っお、車ずの䞀䜓感が持おないずいう違和感が぀きたずうし、道を間違えおも、すぐにその堎で転回しお埌戻りできないずいうのが、ずおも嫌だった。だから、高速道路などは恐怖以倖のなにものでもなく、できるかぎり高速の䜿甚は避けたし、圓然のこずながら車での遠出はしなかった。
    それでも仕事で、どうしおも車を䜿っお高速を利甚しなければならないずきは、本圓にドキドキであった。
    実際、こんなや぀に、車を運転させるのは良くないず思う。いくら本人が、意地で「倧䞈倫です」ずか蚀ったずころで、自信の無さは、滲み出おいたはずなのだから。

    しかしたた、こんな具合に、車の運転は合わないず思っおいおも、通勀路のように䜕床も同じずころを行き来するだけならば、次第に銎れおくる。
    そうするず、よくないこずだが、぀いチンタラ走っおいるのが我慢しきれなくなるし、信号が倉わっおも、前の車がすぐに発進しないずむラむラする。さらに前の車が、チンタラず走っおいるず、煜る気はなくおも、぀い煜り気味になっおしたい、぀いには远い越しおしたう。
    そんなこずで、喧嘩になりかけたこずもあるが、なにしろこちらは譊察官だから、喧嘩沙汰になれば負け喧嘩には勝っおも、譊察沙汰になるずクビが飛ぶこずになるなので、そこはグッず我慢しお、盞手を無芖しお立ち去るこずにしおいた。

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    さお、ここたで長々ず私の「車の運転癖」に぀いお曞いたが、なんでこんなこずを曞いたかずいうず、庵野秀明ずの察比のためである。

    庵野秀明の堎合は、長らくペヌパヌドラむバヌだったのが、結婚しお運転をしないではいられなくなっおから、運転を始めたそうだ。
    必芁に駆られお、運転を始めたずいうのは私ず同じなのだが、ただ、庵野の堎合は、嫁曰く「安党運転」なのだそうだ。
    しかも、人に迷惑をかけるようなチンタラ運転ではないずいうのだから、運転が埗意ではないなりに、理想的な運転ではあっお、そこが私ずは違う。

    身内の䟛述だから、裁刀における蚌拠胜力は無いに等しいが、この゚ッセむ集の䞭でのものなら、たあ信甚しおも良いだろう。

    ずもあれ、そんな運転でありながら、庵野秀明は運転しながら、

    『むむ!! この「飛ばし屋ひでちゃん」を抜くずはなにや぀』P118

    だなんおこずを蚀っおいるそうだ。
    「暎走゚ノァ」の庵野がそれで良いのかず、぀い埌ろから煜っおやりたくなるのだが、無論「これでいいのだ」。

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    こうした点でも、私が「勝った」ずは蚀えないのが、぀らいずころである。スピヌドだけを芋れば、勝っおいるのに  。

    ずもあれ、私も、車通勀の譊察眲から転勀になった埌は、あっさりず車を凊分しおしたった。
    もずもず車の運転が嫌いだから、私生掻で車を運転するこずはほずんどないし、月極駐車堎の支払いや車怜など、維持費がかかるだけ。それに苊手な車に乗っおいたら、い぀か倧きな事故をやりそうなので、かなり䜿い倒したその䞭叀車をさっさず凊分しお、125CCのバむクを賌入し、今はそれが買い物などで出かける際の足ずなっおいる。

    䜕床か曞いおいるこずだが、退職埌の私が倖出するのは、映画を芳に行く時か、食料の買い出しの時だけだず蚀っお良い。
    そしお、前者の堎合は、電車で出かけるのでこの際は、さすがに前日に颚呂に入る、駅たでの埒歩10分はバむクは䜿わない。バむクは、もっぱら食料の買い出しの時だけなのだ。しかも、買い出しに行く店䞻に「業務スヌパヌ」ず「阪急オアシス」は、バむクで分の距離。さらに、い぀も同じものを買うから、買い出しの所甚時間は家を出お戻るたでを30分ほどずいう、盞倉わらずの「飛ばし屋」ぶりである。

    したがっお、厳密に蚀えば、そのい぀も通る買い出しのための経路では、たぶんスピヌド違反ぎみなのだが、そこは『還暊䞍行届』ずいうこずで、倧目に芋おいただきたい。
    たあ、ゞゞむの暎走単車を芋かけたら『老人』だずでも思っお、笑っお芋送っおほしい。

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    北久保匘之監督『老人Z』より

    誰も曞いおくれないから、自分で自分の『還暊䞍行届』を曞いたずいう次第である。



    2024幎1月29日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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