メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

䞭井玀倫 『山手線のあやずり嚘』  豊かな時代の゚ロティシズムず すれ違う時代

    幎間読曞人

    曞評䞭井玀倫『山手線のあやずり嚘』波曞房

    SF䜜家・䞭井玀倫の、1992幎初刊の短線集である。

    画像

    本曞収録䜜はいずれも、今はなきSF小説誌『SFアドベンチャヌ』埳間曞店に掲茉されたものだが、本曞の版元は「波曞房」ずいう、聞いたこずのない、たぶん小出版瀟である。
    Google怜玢しおみおも、出版瀟のサむトがヒットしないずころからするず、すでに同瀟は存圚しおいないかも知れない。

    そもそも、埳間曞店の小説誌に掲茉されながら、どうしお同瀟で単行本化されなかったのか、その正確なずころはわからないけれども、たぶんこれは、いわゆる「SF冬の時代」ず呌ばれた時期に関係しおいるのだず掚察される。

    私の堎合、本曞刊行圓時は、バリバリのミステリファンだったので、SF方面に぀いおはあたり詳しい蚘憶はないのだが、おおよそその頃、SF小説界が沈滞しおいたような蚘憶はある。

    ずいうのも、折からの「新本栌ミステリ」ブヌムに乗っお、山田正玀のような実力掟のSF䜜家がこの時期ミステリ小説にシフトしたり、倧森望のようなSF評論家がミステリの曞評をしたりしおいたからだ。
    ぀たり、ミステリファンの私から芋おも「SFでは食えないようだ」ずいう感じだったのである。

    実際、本曞の「あずがき」にも、次のずおりある。

    『 本曞および先に䞊梓した短線集『ブリヌフ、シャツ、犏神挬』に収めた䜜品は、ほずんどが「SFアドベンチャヌ」誌に発衚したものである。
     その「SFアドベンチャヌ」が季刊になっおしたった。この「あずがき」を曞いおいるずきに曞店に䞊んでいるのが、月刊圢態の最終号ずなった。
     廃刊でこそないが、十幎以䞊も月刊で続いおきた雑誌であるから、やはりひず぀のピリオドを打ったのだず考えるほかはない。読者ずしおは創刊号以来の、䜜家ずしおも䞞四幎の぀きあいになるから、ずおも淋しい気持ちがしおいる。』P232

    日本のSF小説誌ず蚀えば、たずは今に続く老舗『SFマガゞン』早川曞房が有名だが、その『SFマガゞン』誌に察抗する新勢力ずしお『SFアドベンチャヌ』誌が登堎しおきたずいう蚘憶が、私にはある。

    ずいうのも、『SFアドベンチャヌ』誌は、映画『スタヌ・りォヌズ』の第䜜目や、アニメ『宇宙戊艊ダマト』などの倧ヒットのよっお、日本で空前「SFブヌム」が巻き起こった時期の刊行だず、そう蚘憶しおいたからだ。

    画像

    本曞『山手線のあやずり嚘』の刊行が1992幎で、その『十幎以䞊も月刊で続いおきた雑誌』ずいうこずであれば、『SFアドベンチャヌ』誌の創刊は1980幎前埌実際は1979幎ずいうこずになるが、『スタヌ・りォヌズ』の公開が1978幎、『宇宙戊艊ダマト』のテレビ攟映は、それ以前の1974幎。

    ぀たり、『宇宙戊艊ダマト』が初攟映では振るわなかったものの、その埌「総集線映画」版で倧ブレむクし、それ以降の「ダマトブヌム」は無論、『宇宙戊艊ダマト』の原案やキャラクタヌデザむンなどに関わった挫画家・束本零士のSF挫画『銀河鉄道999』や『宇宙海賊キャプテンハヌロック』なども次々ずアニメ化される䞭で「SFアニメブヌム」が巻き起こり、『宇宙戊艊ダマト』の次の゚ポックメむキングである『機動戊士ガンダム』の初攟映が、『スタヌ・りォヌズ』の翌幎1979幎なのである。

    ぀たり、SFアニメを䞭心に、広くSF䜜品が受け入れられお玠地の出来たずころに、ハリりッドから『スタヌ・りォヌズ』などの本栌SFスペヌスオペラ映画が茞入公開されお、その完成床の高さに、日本でも倧ヒットした䞀䞀ずいうような流れであり、そうした盛り䞊がりの䞭で、埳間曞店がSF小説の専門誌刊行に乗り出した、ずいうこずになるのであろう。

    なお、䞊の玹介が、アニメずの絡みに偏っおいるず感じられた方もいるかも知れないが、決しおそうではない。
    私が、アニメファンだから、こんなふうに曞いたのではなく、そもそも埳間曞店は、アニメ専門『アニメヌゞュ』を刊行しお倧成功した出版瀟なのである。
    䟋えば、かの「スタゞオゞブリ」の初代瀟長は、埳間曞店初代瀟長・埳間康快なのだ。

    画像

    ぀たり埳間曞店は、アニメ誌での倧成功ずその人脈があった䞊で、もりあがり芋せる「SFブヌム」を前にしお、SF小説界でも勝おるずいう公算の䞋に新芏参入しおきたず、そう芋お、たず間違いないのである。

    画像

    ずころが、そのSFブヌムも10幎ほどしか、もたなかった。

    しかも、そうしたブヌムの予想倖の短呜だけではなく、SF小説界では、老舗の『SFマガゞン』を刊行する早川曞房ず、殎り蟌みをかけたかたちの『SFアドベンチャヌ』の埳間曞店ずの間で、埳間曞店の第33回たで埌揎した「日本SF倧賞」の第回受賞䜜1980幎である、堀晃の『倪陜颚亀点』の刊行単行本は早川曞房だったが、受賞で刊行された文庫版は埳間曞店からのみだったをめぐる「か぀おのトラブル」の遺恚が再燃し、それたでは良かれ悪しかれ、村瀟䌚的に䞀枚岩だったSF䜜家たちの間に亀裂が入っお、早川掟ず埳間掟に分かれお、どちらか䞀方の版元でしか本が出せない、ずいうような状態に立ち至っおしたったようなのだ。

    画像
    画像

    た、このあたりが「未来のこずがわかりたす」みたいな顔をしがちなSF界の、いかにも人間くさい、ひず぀の珟実であろう

    そんなわけで、䞻に埳間曞店の『SFアドベンチャヌ』に執筆しおいた䜜家は、SF䜜家でありながら早川曞房からは著者が刊行できず、かず蚀っお、SFブヌムがすぎお、埳間曞店がSFから埐々に撀退し始めるず、本が出せなくなるずいう危機的な状態に立ち至ったのである。

    なお、前述のずおり、本曞は1992幎の刊行で、その「あずがき」に、『SFアドベンチャヌ』誌が、月刊から季刊になったず曞かれおいるが、案の定、その埌たもなく同誌は廃刊になっおしたう。

    『1992幎3月号をもっお月刊での刊行は終了。季刊のポップカルチャヌ誌ぞ転身し、刀型を倧刀に倉えお4号続くも、1993幎倏号で杜絶した。ちなみに最終号の衚玙はダりンタりンの顔をポップアヌト颚にしたものであった。埳間曞店のSF雑誌ずしおは、2000幎から新たに『SF Japan』が創刊されおいる。』

    Wikipedia「SFアドベンチャヌ」

    芋おのずおり、『SFアドベンチャヌ』誌が1993幎に廃刊ずなっお、再び埳間曞店が『SF Japan』誌を刊行するのは幎埌の2000幎であり、『SFアドベンチャヌ』廃刊の数幎前から「SF冬の時代」が始たっお、2000幎頃には倚少状況が奜転しおいたのだずすれば、「SF冬の時代」は10幎あたり続いたこずになる。

    したがっおその玄10幎間は、『SFマガゞン』ず『SFアドベンチャヌ』が䞊立しおいた時代に、『SFアドベンチャヌ』の方で曞いおいたSF䜜家や、たしおや『SFアドベンチャヌ』出身のSF䜜家たちは、SF専門誌での執筆が、実質䞍可胜になっお、䞭間小説誌に、䞭間小説に寄せた䜜品を曞くなどの工倫が匷いられおいたずいうわけである。芁は、SFSFした䜜品が、売れないから曞けない時代だったのだ。

    そんなわけで、『SFマガゞン』誌䞻催の「ハダカワ・SFコンテスト」の出身者でありながら、『SFアドベンチャヌ』の埌期に、同誌を䞭心に執筆しおいた䞭井玀倫は、䞍運にも、かの時代の業界内察立構造の煜りをもろに受けお、割を食っおしたった、ずいうこずのようである。

    埳間曞店は、他の出版瀟がそうであるように、売れなくなったSF小説の単行本を赀字芚悟で出す気などないし、いたさら小束巊京を䞭心ずした「埳間掟」の䜜家を、早川曞房が助けおくれるわけもない。
    それでやむなく、単行本化しおくれる出版瀟を探しお、䞭井玀倫の堎合は「波曞房」ずいうマむナヌ出版瀟からの刊行ずいうこずになったのではないだろうか。

    これは私の憶枬に過ぎないが、たぶん本曞は、初版発行郚数が䜎く抑えられ、印皎率もおのずず䜎かったのではないかず掚察される。たた、たぶん本曞は、増刷もなく、「初刷」で終わっおいるはずだ。ちなみに通垞は、単行本単䟡の割が印皎。

    しかしながら、こうした「SF冬の時代」がやっず過ぎお、新たなSFブヌムず呌べるものが巻き起こったのは、せいぜい2010幎代埌半になっおからであろう。

    その頃には、もう『SFアドベンチャヌ』のこずも『SF Japan』のこずも知らない人が増えたため、この日本SF史におけるミッシングリンクずも蚀うべき「SF冬の時代」に割を食ったSF䜜家たちの再評䟡をする動きも出おきた。

    そしお、そうした動きの代衚的なものが、SFマニアで気鋭の䜜家・䌎名緎の遞になるアン゜ロゞヌ「日本SFの臚界点」党冊である。
    そしおここで、新城カズマ集、石黒達昌集ず䞊んで線たれたのが、䞭井玀倫集ずなる『日本SFの臚界点 䞭井玀倫 山の䞊の亀響楜』 だったのだ。

    この「䞭井玀倫集」のレビュヌにも曞いたずおりで、私個人は、䞭井玀倫の存圚に぀いおは、1989幎にハダカワ文庫の冊ずしお刊行され星雲賞受賞の衚題䜜を含む短線集『山の䞊の亀響楜』で知っおいたのだが、同短線集もたた買いはしたものの、積読の山に䜕床も埋もれさせおしたい、結局は『日本SFの臚界点 䞭井玀倫 山の䞊の亀響楜』 で、初めお䞭井玀倫を䜜品に読むこずになった。

    画像

    そしお、同曞を読んだ埌「他の短線も読んでみたいな」ず思い、同アン゜ロゞヌの線者・䌎名緎の「解説」で本曞の存圚を知り、玄幎かかっお、やっず本曞を入手しお読んだずいうわけである。
    無論、電子曞籍版では読めたのだが、たあ、すぐに読たなければならないわけでもないので、元の「玙の本」が廉䟡で手に入るのを気長に埅っおいたのだ。

     ○ ○ ○

    そんなわけで、本曞に収録されおいるのは、衚題䜜「山手線のあやずり嚘」ほか、次のような短線&掌線である。

    ・暎走バス
    ・山手線のあやずり嚘
    ・うそのにおい
    ・思い出のノァギナ
    ・明日を思い出す
    ・二本足のンダ
    ・剃刀嚘
    ・むかし聎いた曲
    ・倏の圌女
    ・薔薇の通
    ・祖父の物語
    ・発䜜
    ・改札口の女
    ・隣人

    この䞭から、巻頭篇「暎走バス」ず「山手線のあやずり嚘」が、䌎名緎線『日本SFの臚界点 䞭井玀倫 山の䞊の亀響楜』に採られおいる。
    衚題䜜の「山手線のあやずり嚘」は無論、本曞巻頭の「暎走バス」が、本曞を代衚する䜜品だったずいうこずだ。

    だから、今回初めお読むこずになった、残り䜜品はおおむね、巻頭の䜜に芋劣りする䜜品であった。

    だが、それでも「二本足のンダ」などは、ある皮の「恋愛小説」でもあれば、「ファヌスト・コンタクトSF」の倉皮ずも蚀える䜜品で、ずおも印象的な䜜品だった。

    そしお、本曞党䜓を通しお蚀うならば、「二本足のンダ」もそうであるように、䞭井玀倫の個性ずいうのは、『日本SFの臚界点 䞭井玀倫 山の䞊の亀響楜』のレビュヌで指摘した、「すれ違い」にあるずいうのを、再確認するこずもできた。

    『本曞を読んで感じるのは、䞭井玀倫が「この䞖界」を静かに醒めた目で盞察芖しおいる、ずいうこずである。蚀い換えれば、「この䞖界」は絶察的ではなく、この䞖界ず同等の䞖界がある、ずいう「実感」だ。‚そしお、䞭井玀倫の堎合、その「別の䞖界」を、積極的に垌求するのではなく、むしろこの宇宙の「盞察性」においお、「この䞖界」を儚んでいる、ずころがあるように思う。぀たり「この䞖界」を愛し、「この䞖界」に執着しおいるのだが、そのあたりが、他のSF䜜家ずは少し違ったずころで、䞭井玀倫の䜜品が「䞀般性」を持぀ずころでもあるのではないだろうか。

    䞭井玀倫の堎合、「亀差する二぀の䞖界の葛藀」を描いおも、決しおそれを「圓事者」ずしお語らない。どちらかに肩入れしたり、どちらが正しいのか刀定を䞋そうずはしない。どちらにしろ、それはそういうものずしお存圚するのだずいう事実を、静かに受け入れる立堎を遞んでいるようである。』

    䞊のレビュヌでは、「すれ違うもの」に察する、䜜者䞭井玀倫の「䞀歩退いたような、それでいお感傷的な芖点」ずいうようなこずを指摘した私だったが、今回、本曞『山手線のあやずり嚘』に収録されおいる䜜品を読んで気づいたのは、䞭井玀倫の描く「すれ違い」には、しばしば「性愛」の匂いがする、ずいう点だった。

    本曞の所収の䜜品には「恋愛・性愛・偏愛」的な題材を扱ったものが倚くお、どうやら著者・䞭井玀倫の基本的な興味も、そのあたりに発するものなのではないかず感じられた。

    だが、ではなぜ『日本SFの臚界点 䞭井玀倫 山の䞊の亀響楜』では、そこたでは感じられなかったのかず蚀えば、それはたぶん、線者である䌎名緎の趣味が反映した結果だず掚察できた。

    ずいうのも、本曞から採られた䜜「暎走バス」ず「山手線のあやずり嚘」は、どちらも、䟋倖的に「男女の性愛の匂い」がしない䜜品だからである。

    画像

    「暎走バス」では、恋人同士は「時間」によっお匕き裂かれおいるし、「山手線のあやずり嚘」では、小孊生くらいの女の子の姿で登堎するのは、どうやら、地球人の蚀葉を話せない「宇宙人」か䜕かのようなのだ。
    その結果、「あやずり」によるコミュニケヌションによっお、語り手の男性が、たたたた誀解含みでその宇宙人らしき女の子に奜かれるずいうお話なのだが、幌い子䟛の姿圢をしおいるから、性愛的な感じがほずんどしないのである。

    私の印象からしおも、「宇宙人ずの恋愛」ずいう際どい問題を扱っおはいおも、「山手線のあやずり嚘」の堎合は、幌い女の子の姿をしおいるから、プラトニックな印象を䞎える。

    ずころが、同様に「宇宙人ずの恋愛」を扱っおいおも、その宇宙人が、ロボットを思わせる機械生呜䜓ではあっおも、マネキンの䞋半身だけを思わせるフィティッシュずも蚀える姿圢を持぀個䜓「二本足のンダ」の堎合は、かなりはっきりず゚ロティックな印象を䞎える。

    そしお私の芋たずころ、短線「二本足のンダ」は、「山手線のあやずり嚘」に決しお劣らない䜜品なのである。

    ではなぜ、䌎名緎は「暎走バス」や「山手線のあやずり嚘」を採っお、「二本足のンダ」を採らなかったのかず蚀えば、それはたぶん、䌎名緎は「男女の性愛」的な匂いの濃厚なものが、奜みではなかったからだず掚察される。

    なぜなら、䌎名緎の䜜颚ずは、ほずんど「性愛」性を感じさせない「癟合小説」に代衚される、極めおプラトニックなものが倚いからである。

    そんなわけで、䌎名緎の線んだアン゜ロゞヌ収録の䜜品からだけは感じ取りにくかった偎面を、私は本曞『山手線のあやずり嚘』所収の䜜品から感じるこずができ、䞭井玀倫ずいう䜜家の個性を、より正確に理解できたず、そう満足しおいる。

    収録䜜党䜓の氎準は、たずたずずいったものでしかないが、䞭井玀倫の䜜家性を、より正確に知るこずができたのが、個人的には収穫であり、その点での満足があったのだ。

    そしお、本曞でのもうひず぀の収穫だったのは、䞭井玀倫の個性ずは別に、䜜品党䜓に挂う「時代の空気」に気づけた、ずいう点であろう。
    はっきり蚀えば、本短線集から挂っおくるのは、いかにも「昭和」の匂いなのである。

    無論、本䜜の道具立おや登堎する小道具が「昭和」的だずいうのもあるのだが、それだけではない。

    私が本曞所収の䜜品ず、昚今のSF小説ずの違いずしお感じるのは、

    情報量の少なさ
    気持ち偏重

    ずいった点だ。

    この二぀は、たず間違いなく䞀察のもので、に぀いおは、たぶん「むンタヌネット普及以前」だからこそ、情報入手に限床があった為であろうず思うし、その結果、「情報」ではなく「感情内面」䞭心のアむデアSFになったのではないかず、そう掚察された。

    たた、さらに穿っお蚀うならば、バブル経枈期に曞かれた小説だからこそ、「気持ち心」䞭心になったのではないだろうか。
    経枈・生掻的には豊かで、囜内的には平和な時代であったればこそ、目の前のリアルな珟実よりも、心の問題がクロヌズアップされた、そんな「心の時代」の䜜品。

    画像
    NHKテレビ番組『こころの時代』

    「物の豊かさよりも、心の豊かさ」
    「本圓の自分を探す、自分探しの時代」
    「終わりなき平凡で退屈な日垞を生きろ」

    そんな時代の空気を反映しおいるので、今の時代の䜜品より、どこか空気が柔らかい感じがする。
    蚀い換えれば、尖っおもいなければ、荒んでギスギスしおもいない、どこかナむヌブな感じがするし、そこが今ずなっおは、いささかゆるくも感じられるのである。

    今の私たちからすれば、経枈的な豊かであった時代の人たちの悩みが、芳念的であり「甘い」ものず感じられるずいうのず、これは同様の感芚なのではないだろうか。

    ただし、今の私たちは、あの圓時の人たちの悩みを実感するこずは、基本的に出来ないのだずいうこずも、忘れおはならないずも思う。

    䟋えば、「金持ちの悩み」ず「貧乏人の悩み」であれば、普通は埌者の悩みの方が深いず、「客芳的」に考えおしたいがちなのだが、「悩み」ずは元来、䞻芳的なものだ。
    だから、貧乏人が貧乏人なりに楜しみを芋぀けお生きおいるのに察し、金持ちが貧乏人に転萜した結果、時に自殺したりするのは、人の「悩み」ずは、盞察的なものであり䞻芳的なものであるずいう、ひず぀の蚌巊なのである。

    金持ちには金持ちの悩みがあり、豊かな瀟䌚には豊かな瀟䌚なりの深い悩みがあったのだが、それが今の我々には、たぶん実感共感できなくなっおいる郚分が、確実にある。

    しかしたたこれも、䞭井玀倫的な「すれ違い」の䞀皮なのかも知れない。
    「昭和」の時代の私たちず、珟圚の「什和」の埡䞖の私たちは、完党には分かり合えない。

    かく蚀う私自身、か぀おの私自身の感芚を、完党に正しく理解するこずなど、たぶん出来ないのであろう。


    2025幎11月17日


     ○ ○ ○







     ● ● ●


    ・


     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    ・

    ・



     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    」

    ・

     ○ ○ ○


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ