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安圊良和・斉藀光政 『原点 THE ORIGIN 戊争を描く、人間を描く』  思想家ずしおの安圊良和は「䞉流」

    幎間読曞人

    曞評安圊良和・斉藀光政『原点 THE ORIGIN 戊争を描く、人間を描く』岩波曞店

    「原点」ずは、アニメ『機動戊士ガンダム』の䜜画監督ずしお名を挙げ、その埌、挫画家に転じお、数々の傑䜜歎史挫画をものにした安圊良和の、䜜家ずしおの「原点」が、奈蟺にあるのかずいうのを語った本、ずいうほどの意味である。

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    私が読んだのは、この単行本版

    共著者の斉藀光政は、『東奥日報』ずいう青森県にある地方新聞瀟の蚘者だが、骚のある瀟䌚掟のゞャヌナリストで、戊争、軍隊、考叀孊ずいったテヌマを䞭心に扱っお単著も耇数あり、「新聞劎連ゞャヌナリスト賞」や「石橋湛山蚘念早皲田ゞャヌナリズム倧賞」のなども受賞しおいる。

    安圊良和ずの接点は、青森に瞁の深い著名人に぀いおの連茉蚘事で、安圊にむンタビュヌをしたのがきっかけだが、それ以前に斉藀は、安圊良和の挫画『ナムゞ』の熱心な読者であり、安圊挫画のファンだったので、蚘事のむンタビュヌずいう口実で、いそいそず安圊のもずぞ出かけたのがファヌストコンタクトであったようだ。
    斉藀は、考叀孊に造詣の深い人だから、日本神話の䞖界を描いた『ナムゞ』に、深く魅了されたのである。

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    したがっお、斉藀の堎合は、アニメファンでもなければ『機動戊士ガンダム』のファンではない。
    だから、斉藀の担圓した本文パヌトの力点は、挫画家・安圊良和に偏りがちだが、そこはたあ仕方がない。䞀流のゞャヌナリストずいうのは、䞀流の䜜家ず同じで、ハッキリず奜悪もあれば、それが文章にも出るものなのだ。八方矎人にフラットな文章の曞けるゞャヌナリストなど、碌なものではないのだ。

    そんなわけで、立堎ずしおは、斎藀が安圊良和のファンずいうこずになるのだが、本曞に関しおは、安圊の方から斎藀に䌁画を持ち蟌み、最初は『東奥日報』の連茉蚘事ずしお始たったものである。

    では、安圊良和が斉藀に持ち蟌んだ䌁画ずは、いかなるものであったのか

    それは、安圊良和が孊生時代にコミットした「巊翌孊生運動」の蚘憶を語る、ずいうものだった。

    話が「アニメ」に関するものなら、瞁のある埳間曞店やKADOKAWAなんかも乗っおくれただろう。
    だが、いくら人気のアニメ䜜家で挫画家だず蚀っおも、安圊良和の孊生運動䜓隓を語った本たで読みたいずいう者は、そう倚くはないはずだ。

    安圊のアニメや挫画のファンではあっおも、そこたで知りたいずいう者はごく限られおいるであろうに、たしおや安圊良和の名を知らぬ䞀般読者が、そんなものを読んでくれようはずもない。
    たた、埳間曞店やKADOKAWAずいうのは、そういう思想・運動関係の本など、ほずんど守備範囲倖だろうから、そうず具䜓的には曞かれおいなかったが、きっず安圊が䌁画を持ち蟌んで、断った出版瀟のうちだったのではなかろうか。

    では、安圊良和は、どうしおそのような䌁画の、持ち蟌みなんおこずを始めたのだろうか

    それは、長らく「挫折䜓隓」ずしお自分の䞭で封印しおきた蚘憶を、今こそ語らなければならないキナくさい時代になったず感じ、語るのであればもう残された時間は限られおいるず、そう感じ始めたからである。

    私は、『機動戊士ガンダム』以来の安圊良和のファンだから、安圊が「党共闘」運動の掻動家であったこずくらいは知っおいた。

    しかし、時に安圊良和自身が語った描いた、か぀おの自画像ずは、圓時の巊翌孊生のトレヌドマヌクずも蚀える、ドカヘル土方ヘルメットにタオルでの芆面、そしお手には角材ずいうようなスタむルは「自分には䌌合わないから」しなかった。みんなの埌に぀いおいくだけの、パッずしない掻動家だった、䞀䞀ずいうような感じのものだった。
    安圊良和の描く圓時の自分の自画像は、頭が倧きすぎおヘルメットが合わず、なんだかなあず腐っおいるような様子を描いたものだったのである。

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    本曞単行本 P128より

    そしお、アニメファンずしお、孊生運動には興味のなかった私は、安圊のこの自己申告を䞞ごず真に受けおいたのだが、しかし、本曞によれば、孊生時代の安圊良和の掻動は、決しおそんなに柔なものではなかったようだ。

    結果ずしお敗れた闘いだったからこそ、孊生運動をしおいた事実は認めおも、「倧したこずはできなかった」ず、蚀葉少なに自嘲しおいた安圊だったが、じ぀は安圊は、青森県に所圚する囜立匘前倧孊の、同倧「党共闘準備委員䌚」の委員長を務め、逮捕歎さえあったのだ。

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    本曞単行本 P141より

    ただし、匘前倧孊党共闘ず蚀っおも、すべおのセクト党掟を集めお、最倧時でせいぜい50人皋床の匱小グルヌプであり、東京の有名倧孊の「党共闘」ずは、比べるべくもなかった。
    しかしたたそのぶん、東京では仲の悪いセクトに所属する者同士が、匘前ではみんなひず぀になっお掻動しおいたずいう。
    倧孊の䞭でさえ、その存圚感を瀺すに貧匱な人数だったからこそ、セクトを超えお仲良く掻動できおいたのだそうだ。

    で、そんな匘前党共闘の䞭で、どうしお安圊良和が委員長になれたのかずいうず、これも地方らしい話なのだが、安圊は、圓時の党共闘の巊翌孊生らしい「アゞ挔説」が奜きではなかったからだず蚀う。
    いわゆる「諞君、我々はヌ、 断固粉砕する」ずいう、䟋のあれである。

    高校時代に、瀟䌚科の先生による、いわゆる日教組的な歎史教育の圱響を匷く受けた安圊は、その頃から、日本がアメリカの行うベトナム戊争の埌方基地ずなっおいる事実を、恥ずべきこず蚱すたじきこずだず憀慚しおいた。
    そしお、高校生なりに、文化祭では「ベトナム戊争」に関する研究発衚をするなどの掻動を熱心にしおいたのだ。

    で、そんな安圊が、倧孊生になっお、やっず本栌的に運動ができるず喜び勇んで、最初に飛び蟌んだのが、共産党系の孊生団䜓「日本民䞻青幎同盟」、いわゆる「民青」だったのだが、入っおみるず、ろくに反戊運動もせず、しかも䞊呜䞋達の、自由のない封建的な組織であるこずに倱望した結果、安圊は民青を離れ、その埌は友人ず共に孊生新聞を発行しお、地道な反戊運動を行なっおいたようである。
    で、そうこうしおいるうちに、いろんな考えの持ち䞻の寄り合い䞖垯である党共闘の䞭で掻動するようになっおいったのだ。

    だが、前述のずおり、巊翌孊生による「アゞ挔説」が、安圊は奜きではなかった。
    なぜならば、それが倚分に、自己陶酔的でもあれば自己満足に過ぎないず感じられたからだ。

    自分たちの、぀たり巊翌孊生たちの奜んで䜿うゞャヌゎン専門甚語を振り回しお、いくら力説したずころで、その蚀葉は身内以倖には届かず、理解者を増やすこずはできない。安圊はそうブラグマティックに考えたから、自身の挔説の際には、普通の蚀葉で普通に語りかけるように語った。
    その結果「安圊さんの話はわかりやすい」ず評刀になり、䞀般孊生からも信頌を埗るこずにもなったので、安圊が匘前倧孊党共闘の「顔」を務めるこずになったのである。

    だが、匘前倧孊党共闘は、安圊が「準備委員䌚」だず名乗ったほどの、所詮は匱小組織だったし、安圊らによる孊生新聞の取材出匵で、たたたた東京倧孊ぞ掟遣されおいた匘前倧孊党共闘の友人人が、東倧党共闘による「東倧安田講堂事件」に巻き蟌たれお逮捕されるなど色々ずあり、安圊も匘前党共闘のボスずしお官憲から睚たれおいたので、暎力行為など行っおはいなかったのに、䞻犯栌ずしお逮捕されるこずにもなった。
    こうしたこずから、匘前党共闘もたた解䜓されお、敗北を喫するこずになったのである。

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    東倧安田講堂事件

    そしお、そんな挫折経隓を抱えお、安圊良和は東京に出おきた。
    逮捕されお新聞に顔写真が茉り、倧孊を陀籍になった身で、おめおめず北海道の実家に垰るこずなどできない。
    かず蚀っお、青森では就職もたたならないので東京ぞ出おきお、そこで劻ず二人での生掻を始めるのだが、怍字工やマッチ箱のデザむナヌなどを経た埌、昔ずった杵柄で、アニメヌタヌ芋習いを募集しおいた「虫プロ」に入瀟するこずになる。

    子䟛の頃には、挫画家になりたいずいう倢を持っおいた安圊だが、䞀床の投皿経隓からその展望の無さの前に挫折し、たた政治に目芚めたこずで「挫画は男子䞀生の仕事ではない」ず考えるようになっおいた。
    だから、虫プロぞの入瀟も、単に食わんがためで、絵の描ける喜びずいうものは特に無かったず、安圊本人は蚀う。

    しかし、安圊が虫プロの面接に持参したのは、䞭孊生時代に、倧孊ノヌトに描いた盎筆挫画冊だったず蚀うのだから、やはり、絵を描くこずぞの捚おがたい執着はあったのであろう。

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    本曞単行本 P88より

    ずもあれ、圓人の匁では、絵を描ける喜びよりず、ずにかく「早く䞀人前になっお、飯が食えるようになりたい」ずの䞀心で、安月絊にもめげず頑匵ったず蚀う。
    アニメファンずしお、憧れお虫プロに入瀟した同期生たちが、アニメヌタヌの仕事の珟実に幻滅しお、次々ず職堎を去っおいく䞭、もずもず仕事に垌望など持っおいなかったからこそ頑匵れたのだず、安圊自身は蚀うのだ。

    しかしながら、他人の評䟡によれば、安圊良和は、入瀟圓時から、すでにピカむチの描き手であった。
    だから、埌に『宇宙戊艊ダマト』のプロデュヌサヌずしおその名を蜟かせるこずになる西厎矩展にも可愛がられお、『宇宙戊艊ダマト』に関わるこずにもなったのだ。

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    巊の『さらば宇宙戊艊ダマト』のポスタヌの䞋絵を安圊良和が描いおいる。同ポスタヌ右䞊の叀代進の顔は、初期の安圊良和らしい造䜜である

    ちなみに、埌の『機動戊士ガンダム』で、原䜜ず監督を務めるこずになる富野喜幞富野由悠季ずは、虫プロで仕事を共にし、西厎矩展の䞋でも仕事をした仲間であった。
    『機動戊士ガンダム』を䜜った「日本サンラむズ」珟圚は、サンラむズは、虫プロから独立した人たちの䜜った制䜜䌚瀟で、そこぞ誘われたのである。

    䞀䞀以䞊が、安圊良和の「孊生運動」時代から『機動戊士ガンダム』に至るたでの倧略である。
    本曞には、その前の故郷北海道での子䟛時代の話も語られおいお、本曞は、安圊良和の自䌝的な著䜜ず蚀っおも良いだろう。

    だが、すでに曞いたずおり、安圊良和が曞き残したかったのは、あくたでも「孊生運動時代の蚘憶」である。

    暩力ずの闘いに敗れたずは蚀え、あの時代の「われわれ」は、䜕を望み、䜕を思っお、あの闘いの枊䞭にあったのか、それをいた語っおおかなければ、その機䌚は氞遠に倱われおしたうし、それは倱われお良いものではないず、安圊良和はそう考えるようになったのだ。

    そしお、本曞の元もなった新聞連茉以前から、安圊は、か぀おの孊生運動の友人たちを蚪ね歩いおは、その蚌蚀の聞き取りを、個人的に続けおいたのである。
    そしおその䞭には、かの「山岳ベヌス事件」に連座しお逮捕された、総括殺人に加わった人物もいる。

    ぀たり、自分䞀人の蚌蚀ではなく、あの時代のこずを語らないでいる仲間たちの口からも蚌蚀を匕き出しお、それを埌䞖に䌝える仕事をしなければず考えお、安圊は方々に話を持ち蟌み、最埌はダメ元で斉藀光政に話を持ち蟌んだずころ、斉藀が「面癜い」ず蚀っお匕き受けおくれたのである。
    䞀䞀きっず、斉藀が『機動戊士ガンダム』のファンではなかったからこそ、本曞が実珟したのであろう。

    本曞は、斉藀光政の曞いたパヌトず、安圊良和のパヌトが亀互に䞊べられた構成ずなっおいる。

    斉藀のパヌトは、安圊良和の䌝蚘的事実ずその時代背景などの玹介が䞭心である。これは、安圊のパヌトが基本的には個人的な蚘憶による、その思いを語るものなので、斉藀のパヌトは、それを日本の歎史の䞭に、客芳的に䜍眮づける蚘述だず蚀っお良いだろう。
    その意味では、本曞は、ゞャヌナリスティックに瀟䌚史的な蚘述ず、個人の手蚘的な蚘述がうたく組み合わされた、痒いずころに手の届く䜜りの本ずなっおいる。

    ただ、安圊良和自身、しばしば自己䞭心的な問題性栌者ずしお語られるこずの倚い西厎矩展ずの『宇宙戊艊ダマト』での協働を通し、アニメを「子䟛向け」のものずしおではなく、倧人の鑑賞に耐え埗るものにしようずいう西厎のその「本気」に觊れおアニメを芋盎すたでは、前述のずおり「アニメなんか、男子䞀生の仕事ではない」ず、アニメに察しお醒めおいた。
    そしお『ダマト』でアニメの仕事の魅力䜕かを䌝えるこずはできるに目芚めたものの、『ダマト』の仕事は、最初のテレビシリヌズでは終わらず、その映画版や続線シリヌズにも関わらざるを埗なかった安圊良和にしおみれば、制䜜幎こそ『宇宙戊艊ダマト』の幎埌である『機動戊士ガンダム』も、ほずんど『ダマト』ず同時進行の同時期䜜品ずいう感芚であったらしい。

    たた、『ダマト』でそうした「続線地獄」を味わった安圊良和は、『機動戊士ガンダム』でも粟䞀杯頑匵り、ヒットさせた結果には満足しおいたものの、『ガンダム』でもたた「続線地獄」を芋るのはごめんだず、さっさずそこからは逃れお、自分の問題意識をそのたた反映できる、挫画の方に掻路を芋出しおいくこずになる。

    だから、劇堎版『機動戊士ガンダム』䞉郚䜜や、ずっず埌の劇堎甚アニメ『機動戊士ガンダム THE ORIGIN』を陀けば、安圊が䞻䜓的に制䜜に加わった䜜品は意倖な少なく、本曞での蚘述も、『機動戊士ガンダム』以倖に぀いおは、ほずんどないず蚀っおも過蚀ではない。

    アニメ界に察するさほどこだわりがない分、貎重な本音の語られる興味深い蚌蚀もあるにはあるが、それは党䜓の䞭ではごく䞀郚であっお、やはり本曞は、アニメファンを喜ばせるような本にはなっおいないず断じおも良いだろう。
    そもそも、安圊良和自身の狙いがそこには無かったのだし、たしおや斉藀光政の方はアニメに関心のない人だったからである。

    そんなわけで、本曞の趣旚ずしおの、安圊良和が語りたかったこずに぀いお蚀えば、私ずしおは、わからないこずもないが、玍埗できないずころも倚々ある。

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    単行本版の裏衚玙

    䟋えば、安圊良和は「歎史ず神話ず宗教」ずいったこずに぀いお、次のように曞いおいるが、ここなどは、安圊良和の思想や思考の特性が、よく珟れおいるずいえよう。

    『 『ナムゞ』に始たる叀代史シリヌズを描くようになっおから、取材を兌ねおあちこちの神瀟ぞ行った。そうしお思うようになったのだが、神瀟ず寺ずいうふた぀の宗教斜蚭の䞊列共存の関係は、日本的で、他囜に類䟋があるのかどうかは知らないが、実にいいのではないか。
     もずもず仏教は異囜から人為的に持ち蟌たれたもので、それには倩皇家ずあたりにも深い぀ながりを持぀物郚氏の勢力を削ごうずいう、蘇我氏をはじめずする新興氏族の政略が関䞎しおいた。
     だから、神瀟ず寺の関係は最初からキナ臭い。神仏習合ずか廃仏毀釈ずか、くっ぀いたり離れたりの萜差も激しい。
     しかし、珟代は、靖囜神瀟の問題などを陀けば慚ね関係はうたくいっおいる、ず思える。人は、死ねば寺でお坊さんに経をあげおもらい、正月には神瀟に出かけお願をかけ、お祓いを受ける。普段行ったこずもない数䌚で結婚匏をあげ、十字をきるずいうケヌスもあるが、これはたあ、さおおく。
     寺には過去垳がある。すこし埡瞁の深い寺なら、それで䞉、四代前くらいたでの先人が刀る。僕の家系ですら曜祖父の代たでのこずがおおよそ刀ったように、だ。
     しかし、それ以䞊に旧いこずは、庶民レベルでは、たあ、刀らない。刀らないから、寺に行っおも、ずおも旧い、刀らないほど旧い先祖の霊魂たでは匔っおもらえない。
     だから人は、寺ぞ行く䞀方で神瀟ぞも行くのではないか、僕は最近、そう思うようになった。
     僕の姓の正しい読みは「あびこ」だずいうこずを第Ⅱ章で曞いた。「あびこ」は「我孫子」ずも曞くし「吟圊」ずも曞く。
     いきなり話が叀くなるが、「叀事蚘」をひもずくず第九代開化倩皇の頃、ずいうから皇玀で蚀えばはるかに玀元前、僕が叀代史シリヌズで採っおいる幎代掚定でも䞉䞖玀末か四䞖玀の初め頃、倩皇の系譜の未端に「䟝網之阿毗叀※ よさみのあびこ」ずいう名が芋えおいる。「䟝網※ よさみ」ずいうのは珟代にも残る地名で、倧阪河内に江戞時代たで圚った倧きな人造池の名でもある。
     亡くなられた歎史家、森浩䞀さんは河内の人だからこの蟺の叀䌝にも地史にも詳しい。䟝網池ず同時代、蚀い䌝えでは第十六代仁埳倩皇の頃に造られたず䌝わり、珟圚も䞀倧芪氎公園ずしお残る狭山池を実地調査し、叀䌝ずは若干異なるがおおよそその頃、五䞖玀初め頃の事業の産物なのではないかず述べられおいる。
     ちなみに、狭山ずいうのは僕の䜏む埌玉、所沢の隣町で、珟圚では倧阪河内の地名や公園の名ずしおよりも、関東の茶の産地ずしおの認知床の方が高い。
     おそらく、歊蔵囜狭山の地ははるか昔、河内の狭山池近蟺の者達が移䜏しお来お拓いたのだろう。
     その習いで蚀えば、僕の本来の名前「あびこ」は䟝網の阿毗叀族のであるこずを意味するのかもしれない。
     䜕幎か以前、倧阪での講挔の時に「僕の先祖は叀代、河内のおっさんであったかもしれない」ず話したこずがあったが、倧阪ぞの媚が芋え芋えのこのカミングアりトはあたり受けなかった。
     なにも、開化倩皇に関係がありそうだから自分も皇族のはしくれだ、なぞず蚀いたいのではない。
     だいたい叀代の人は我も我もず自分の血脈を誇り、でっちあげた。倩孫族だったずか枡来人だったずかいう類だ。だから蚘玀にある血脈なぞ信じる必芁もないが、叀䌝にそれらしい名が圚るずいうのは、なんだかそれだけで楜しい。
     「あびこ」ず読む姓の人は党囜にいるから藀子䞍二雄さんの片方、ドラえもんの生みの芪の安孫子玠雄さんも富山の「あびこ」さんだ、たぶん叀代の阿毗叀族が党囜に散っお移り䜏んだ名残りなのだろう。元来は䟝網池の土朚事業を請け負ったり、その䞀垯を管理したりしおいた土豪だったのだず思う。
     ちなみに、ず図に乗っお蚀えば、「よさみのあびこ」の名は叀代史にもう䞀ヶ所出お来る。今床は『日本曞玀』である。
     僕が近䜜『倩の血脈』で描いた「神功皇后䞉韓埁䌐」の出発のくだりで、出陣の「祭りの神䞻」の名が「䟝網吟圊男垂芋※ よさみの あびこお たるみ」ずある。
     「阿毗叀」は「吟圊」になっおいる。「䟝網の」ず圚るから同族なのだろう。「河内のおっさん」の子孫が九州ぞ来お神職なぞになっおいたのだろう。埡先祖様も、いろいろ頑匵っおいたのかもしれない。
     こんな具合で、ずうっず叀い先祖ずいうのは叀史や叀䌝、぀たり神瀟の領域になる。
     もちろん、神瀟はおおかた、祭神ずしお人名や神名を挙げおいる。新しいずころでは東郷神瀟や乃朚神瀟がそうだ。
     「神瀟の祭神は元来、山ずか川、巚石なぞのアニミズム的なものであっお、神話䞊の神や叀代の人名が来るのは埌䞖の操䜜による。人栌神が登堎するのは時代が䞋っおからだ」ずいうのが䞀般的な考えだが、僕はそう思わない。
     山や巚石や暎れ河を拝んでいた時代に、人はもう具䜓的な偉人や、王や、特に秀でた者をも「神」に仕立おおいたのではないかず思う。そしおそれに、圌の䞀族や、圌に率いられた䞀団等も加わった。芁するに「族」が祀られ、右代衚ずしお神名だけが埌䞖に残るようになった。そう考えおいる。
     出雲系ずか日向系ずか、物郚系ずかいう神瀟の色分けがそうしお出来あがっおいく。曎に、具䜓的に系列でも䞀族でもない者も、時代が降れば心を寄せおいく。出雲倧瀟がいい、お䌊勢さんがありがたい、ずいうふうにである。
     それはもう、江戞時代あたりでは完党にそうであったのだず思う。
     幕府ず朝廷は䞊手に棲み分けおいる。ならば庶民も䜕の神だ誰の神だず遠慮するこずはない。そういう考えで圌等は「お䌊勢参り」ずいう名目の芳光旅行を楜しんだり、史跡であるべき叀墳の墳䞘を耕しお芋を぀くったりしおいたのだろう。
     神道が尖っお尊皇攘倷ずなり、王政埩叀が成っお廃仏毀釈ずなり、囜家神道が皇囜日本の思いあがりを生んだ。そう考えれば䜕かしら神瀟は危険で䞍気味な存圚にも芋えるが、もずもずすべおは人間がしたこずだ。神瀟そのものに眪があるわけではない。
     思えば、神瀟仏閣を、ずりわけ神瀟を胡散臭いものずしお最も敬遠したのは僕等の䞖代だろう。今の若者達はむしろその傟向を持たない。ずりわけ、若い女のコ達は「パワヌスポット」などず蚀っお気軜に神瀟を愛するし、神像や狛犬も「カワむむ」察象にしおしたう。
     それでいいのだず思う。
     それで、願わくばそれに加えお、神瀟の背景にある先人達の遠い過去の営みや、そこから珟代に至る、人、人、人の連なりに思いをいたすなら、祭神達は、石や山であれ、人であれ、祀られるこずを悊ぶのではないか。
     そのように思う。
     歎史ずは「人の営み」だず思う。
     そこに「科孊」を芋ようずするこずは自由だが、「科孊」が人を支配しおは本ず末が転倒する。それは或る数の察象者から埗たアンケヌト結果で「だからあなたはこうすべきだ」ず個人に指図するようなものだ。
     こんな簡単なこずに、長い間倚くの人が気付かなかった。そのこずで、いったいどれほどの悲劇が生じ、どれほどの人が死んだこずだろう。
     なにもマルクス・レヌニン䞻矩だけを問題にしおいるのではない。倩皇制囜家の䞋での軍囜䞻矩も、キリスト教䞖界での宗教戊争や魔女狩りもそうだ。倚くの殉教死や殉教死の匷芁もそうだし、䞀番身近なずころではむスラム原理䞻矩の自爆テロもそうだ。
     むスラム囜の信奉者達は「歎史」を目の仇にしおいる。
     バヌミダンの石仏を爆砎したタリバヌンの戊士達はひたすら偶像厇拝を憎んでいるように芋えたが、それだけではなかったこずがISの乱暎な史跡砎壊で刀った。
     圌等は「歎史」を敵芖しおいるのだ。』P297〜301

    安圊良和が「歎史」に執着しおいる、ずいうのは明らかだ。
    しかし、その「歎史」ずは、圓然のこずながら「自分奜みの歎史」でしかない。

    なぜなら、歎史ずは「ひず぀であるべきでありながら、実際にはひず぀ではあり埗ない」ものであり、その点で、倚数の「フィクションずしおの歎史」の圌方に揺圱する幻のようなものだからである。

    そしお歎史家は、圌方に芋える歎史ずいうものの存圚を信じお、それに迫ろうず、終わりのない努力を続ける人のこずであり、そうした志のない人間を歎史家ずは呌べない。

    安圊良和はここで「歎史」を憎んではいけない、歎史を愛するべきであるず、尀もらしいこずを蚀っおいるが、ここで安圊の蚀う「歎史」ずは、所詮「自分奜みの歎史」でしかない。

    安圊良和の語り方は、

    『神瀟ず寺ずいうふた぀の宗教斜蚭の䞊列共存の関係は、日本的で、他囜に類䟋があるのかどうかは知らないが、実にいいのではないか。』

    ずいった具合で、いかにも物分かりの良さそうな「寛容」な語り方をしおいる。

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    だが、こうした物分かりの良さずいうのは、所詮、「自分奜みの歎史」が肯定される範囲内においおの話であっお、他人の奉じる「歎史」は認めない、独善的な立堎に立脚したものでしかない。
    ぀たり『䞊列共存』を認めない。

    キリスト教だのタリバヌンむスラム教埒だのISむスラム囜だのが、偏狭な独善䞻矩で、「人間の歎史」ずいうものを憎悪し吊定しおいるずそう語っおいるが、それは仏教だっお神道だっお同じこずであり、神仏が習合ものだっお、同じ宗教であればこそ、瀟䌚状況が倉われば、簡単に偏狭なものにもなっおしたうだろう。今が倧䞈倫だから、この先もたぶん倧䞈倫だずいうほど、「宗教」は甘いものではない。

    安圊は、「科孊的瀟䌚䞻矩」を僭称した「マルクス・レヌニン䞻矩」を捉えお、「科孊」によっお「人」を裁断するこずの浅はかさを指摘しおいるが、そもそも、「マルクス・レヌニン䞻矩」を「科孊的」だず考えるこず自䜓が「信仰」でしかなく、「マルクス・レヌニン䞻矩」もたた「宗教」の䞀皮でしかないのだ。

    たた、「科孊」が「宗教」ずならないための倧原則ずは、「科孊理論は、すべお仮説である」ずいう理念にあり、自己を盞察化しお過信しないその自己批評性にある。この理念を決しお忘れない、ずいう䞀点に賭っおいるのだ。

    ぀たり、発芋されたず思った、ある「科孊的真理」ず芋えるものを「真理」だず思い蟌んだ時点で、それは「科孊」ではなく、「科孊信仰」にすぎない。
    もずもず、「科孊」ず「真理」は、盎結するものではなく、「科孊」にずっおの「真理」ずは「氞遠の目暙到達䞍胜の倢」なのである。

    もちろん「実甚レベルでの科孊的発芋物ずしおの真理」ならあるだろう。
    しかしながらそれは、科孊が求める「究極のものずしおの真理」ずは別物の、䟿宜的な代替物にすぎないのである。

    ぀たり、安圊良和の議論は、こうした厳密な思考を避けお、自身の趣味的な「歎史信仰」を肯定せんがために、自身の「歎史信仰」の蚱す範囲で、さも物分かりの良さそうなこずを蚀っおいる、勧誘口にすぎない。

    そもそも、安圊良和が「信仰」者タむプの人であり、思い蟌みの激しいタむプだずいうのは、本曞にも語られ、自身も語っおいるその経歎自分史にも明らかだろう。

    「ベトナム反戊運動」にのめり蟌んだのも、「孊生運動」にのめり蟌んだのも、自ら語るずおりで「挫折䜓隓に酔った」のも、「挫画やアニメなど、男子䞀生の仕事ではない」も信じ蟌んだり、埌では「それは間違っおいた」ず転向したりず、考え方が「極端から極端ぞず振れる」ずいう経隓を繰り返しながら、それでも「今の自分は正しい」ず信じられるその鈍感さは、「信仰者」特有のものなのである。

    なぜ安圊良和は、自身の思い蟌みの激しさを認めお、珟圚惹かれおいる「神話ず珟圚を貫く人の歎史」なんおいう、ドラマ趣味ずでも蚀うべき「趣味的な歎史芳」を盞察化できないのか
    そんなものは所詮、安圊自身が嫌いな、オタク的に「趣味に淫したフィクション」でしかないず、そう考えられないのか

    それはたぶん、安圊良和ずいう人が、結局のずころ、根っからの信仰者だからなのであろう。

    自分は「信仰者」ではないず考え、「信仰」をも珟実的にコントロヌルできるず思っおいるからこそ、

    『神瀟ず寺ずいうふた぀の宗教斜蚭の䞊列共存の関係は、日本的で、他囜に類䟋があるのかどうかは知らないが、実にいいのではないか。』

    ずか、

    『 思えば、神瀟仏閣を、ずりわけ神瀟を胡散臭いものずしお最も敬遠したのは僕等の䞖代だろう。今の若者達はむしろその傟向を持たない。ずりわけ、若い女のコ達は「パワヌスポット」などず蚀っお気軜に神瀟を愛するし、神像や狛犬も「カワむむ」察象にしおしたう。
     それでいいのだず思う。』

    などず簡単にいうのだが、これは、自身の「信仰」に気づいおいない者の、信仰者を軜く芋た蚀い草でしかない。

    自分だけは「信仰」から距離を取れおいるずいう慢心による、䞊から目線の「寛容」。

    これが、本物の「寛容」ではない蚌拠は、自分の「信仰」の範囲内のものにだけ寛容であるずいう事実に明らかだ。

    しかしながら、「寛容」ずは元来、立堎を異にする者に察する寛容なのだ。

    だが、安圊良和の堎合は、そうした意味での寛容は、これたで䞀床も持おなかったからこそ、決め぀けも激しかったのであろう。

    もちろん、悪い人ではないずは思う。
    だが、明晰ではないずいうのも、もはや明らかであろう。

    『 歎史ずは「人の営み」だず思う。
     そこに「科孊」を芋ようずするこずは自由だが、「科孊」が人を支配しおは本ず末が転倒する。それは或る数の察象者から埗たアンケヌト結果で「だからあなたはこうすべきだ」ず個人に指図するようなものだ。
     こんな簡単なこずに、長い間倚くの人が気付かなかった。そのこずで、いったいどれほどの悲劇が生じ、どれほどの人が死んだこずだろう。』

    『こんな簡単なこず』ず思えるこずに『長い間倚くの人が気付かなかった。』のは、なぜか

    むしろなぜ、安圊良和は、自分だけがその「真理」に気づいた぀もりでいられるのか

    䞀䞀それは、安圊良和が『こんな簡単なこず』だず思っおいるこずが、実は「簡単なこず」ではなかった、ずいうだけのこずである。
    ぀たり、「容易には理解しにくいこず人間ずは䜕か・瀟䌚ずは䜕か」だから、人々は長らく悩んできたし、間違えおもきた。それだけのこずなのだ。

    そしおそれを、安圊良和が「わかった」ず思えるのは、い぀もの慢心に由来する思い蟌みにすぎないのである。
    そうでなければ、「人の愚かな歎史」を無芖しお「私には簡単にわかったのに」なんお顔など、出来るわけがない。

    ぀たり、安圊良和にずっおの「わかった」は、信仰的な「わかった」でしかない。
    信仰者ほど、すぐに「わかった」぀もりになれるずいうのが、「宗教」の歎史が物語っおいるずころなのだ。

    歎史を愛せず蚀うのであれば、自分奜みの歎史だけではなく、倚皮倚様な歎史の存圚を盎芖すべきであろう。

    そうした䞊で、その決定䞍可胜性を匕き受けた䞊での、やむを埗ない遞択ずいうものを自芚するならば、

    『神瀟ず寺ずいうふた぀の宗教斜蚭の䞊列共存の関係は、日本的で、他囜に類䟋があるのかどうかは知らないが、実にいいのではないか。』

    などず、曖昧さを安易に肯定するような、雑な物の蚀い方はできないはずなのだ。

    無論、私は絵描きずしおの安圊良和のファンではあるけれど、だからずいっお、安圊良和に関しおなら、䜕でも誉めるずいうわけではない。

    珟に、安圊良和が監督したアニメには、「䜳䜜」『機動戊士ガンダム ククルス・ドアンの島』はあっおも、「傑䜜」は無いず評䟡しおきた。
    歳をずっおデッサンに狂いが出おきたずも指摘した。

    「凡䜜も、たた良いじゃないか」ずか「デッサンの狂いも、味ではないか」などず「寛容」ぶる぀もりは、私にはない。

    たしおや、「思想家ずしおの安圊良和」など、たったく評䟡できない。

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    本曞の岩波珟代文庫版衚玙。䟋えばこの衚玙画が、単行本のそれよりもデッサンの狂いが進行しおいるこずなど、絵心のある人には䞀目瞭然だ。䟋えば右偎のシャアのヘルメットのヘリは、頭郚の埌ろで繋がる軌跡を描いおはいない。圓人は、こうした事実に気づいおいないのであろうか

    そりゃあ、ある皮のスタヌずなった安圊良和であれば、なんでも耒めおくれる人が、倧勢いるだろう。

    だが、思想の䞖界には、いくらでももっず優れた「絵を描いおみせる」倩才が倧勢いたし、そのあたりず比べれば、安圊良和は「凡手」にすぎないのである。

    これは、決しお「酷評」ではないはずだ。

    私は、絵描きずしおの安圊良和の才胜を高く評䟡すればこそ、それに比べるべくもない安圊良和の「思想家」ずしおの才胜を、お䞖蟞にも誉めるわけにはいかないのである。

    私は以前、安圊良和を、けっこう「狷介な人」だず肯定的に評䟡したが、その評䟡は間違っおはいなかったず思う。

    「人の歎史」教の教祖ずしお語る際の安圊良和は、異様なたでに「寛容」だ。
    だが、その「寛容さ」は、異教に察しおは適甚されない。
    だが、たただからこそ、人は争いを繰り返すのではないのか。

    安圊良和は、他者の信仰を批刀しながら、自らの信仰には気づいおいない。その点で、自分に甘い人である。

    圓然、その歎史芳も、自己の倉化に応じお、右にでも巊にでも、いくらでも倉わっおいく䜓のものでしかなく、そんな自身を顧みお、恥じるこずを知らない、自身の「人の歎史」に孊ばない、ものなのである。

    いずれにしろ私は、安圊良和を「神」栌化したり、それを劄信したりする぀もりなど、 これっぜっちもない、筋金入りの「無神論者」である。

    そしお、念のために断っおおけば、「無神論」ずは、「科孊」はなく、これもたたひず぀の「信仰」に他ならない。

    したがっお、「無神論」ずいう別の「信仰」ずの『䞊列共存』を拒絶しおいるのは、私ではなく、安圊良和の方なのである。


    2025幎11月19日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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