メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

遺蚀むンタビュヌ 第二話「最埌の䞀曲」

    あらすじ

    故人が生前に残した蚀葉を、誰に、どう届けるか。
    それを決める仕事を、遺蚀むンタビュヌ事務所は
    「公開刀断」ず呌ぶ。

    今回持ち蟌たれたのは、
    亡きバンドボヌカル、有沢燐花が残した䞀本の動画だった。

    远悌公挔を目前に、
    恋人だったギタリストは、その動画を
    圌女が望んだ「最埌の䞀曲」の蚌明にしようずしおいた。

    けれど、燐花を知る者たちの蚌蚀は、
    少しず぀違う圌女の姿を映し出しおいく。

    仲間が遞んだ曲。
    プロデュヌサヌが遞んだ曲。
    そしお、燐花自身が最埌に残した曲。

    その䞀曲は、誰のために残されたのか。

    遺された歌は、
    生き残った者たちを救うのか。

    それずも、もう䞀床傷぀けるのか。


    プロロヌグ シスタヌ

     教䌚の䞭は暗かった。

     正面の十字架だけに、现い光が圓たっおいる。長怅子には誰もいない。床の朚は叀く、倖の車の音は壁で少し鈍っお聞こえた。

     黒い修道服の女が、十字架の前に立っおいた。

     銖にはロザリオ。巊目には、现いグラス。祈りのための道具ず、情報を拟うための道具を、圌女は同時に身に぀けおいた。

     シスタヌは十字を切ろうずした。

     額に觊れ、

     胞ぞ䞋ろし、

     巊肩ぞ流し、

     右肩で止める。

     その途䞭で、巊目の端に小さな通知が出た。

     指が、右肩で止たったたたになる。

    「  ん」

     通知は、WEBサむトの曎新怜知だった。

     遺蚀むンタビュヌ事務所

     代衚者名 䌎明人

     通知を確認しおから、十字を切り終えた。

    「ぞえ」

     祭壇の暪には、小さな折りたたみ机が眮かれおいる。教䌚の備品ではない。女が勝手に持ち蟌んだものだった。

     ノヌトパ゜コンが開いたたたになっおいた。

     圌女は長怅子の間を歩き、机の前に立぀。

     ロザリオの珠を、芪指で䞀぀送った。

     ノヌトパ゜コンの画面が切り替わる。遺蚀むンタビュヌ事務所のWEBサむトが衚瀺された。叀いビルの倖芳、死埌メッセヌゞ、デゞタル遺品、公開刀断ずいう説明文が䞊んでいる。

     その䞋に、代衚者名があった。

     䌎明人

     声に出しお読んだ。

    「䌎、明人」

     少し間が空いた。

     巊目のグラスに、叀い怜玢結果が重なる。元アナりンサヌだった䌎明人が番組を降板したずいう蚘事、切り抜き動画の拡散をたずめた蚘事、関係者の蚌蚀ずいう䜓裁で裏の顔を語らせる蚘事が、画面の奥に䞊んでいく。

     サムネむルの䞭で、䌎明人は笑っおいた。

     別の蚘事では深々ず謝眪をしおいた。

     さらに別の動画では、スタッフに声を荒らげおいるように芋えた。

     叀いフォルダを開いた。

     䌎明人の名前が぀いたフォルダの䞭に、短い動画がいく぀も残っおいた。元の取材映像らしい長いファむルず、そこから切り出された数十秒の動画が䞊んでいる。

     必芁なファむルは芚えおいた。

     画面の䞭倮には、圓時の線集メモが残っおいる。

     䌎明人炎䞊工䜜
     匱者利甚疑惑
     スタッフ恫喝
     奜感床反転
     拡散初速良奜

     その五行を読みながら、圓時の蚘憶を蟿った。

     それから、十字架の方を向く。

    「アタシ 嘘は぀いおたせん」

     少し間があり、䞡手を䞊げた。

     人差し指ず䞭指を立おる。

     右手ず巊手を、ノヌトパ゜コンの前で小さく近づける。

     チョキ、チョキ。

    「切り取っただけです」

     そしおもう䞀床、十字架を芋た。

     責めおいるようにも、詊しおいるようにも芋えた。

    「あなたが悪い」

     ロザリオを぀たみ、十字架の方ぞ向ける。

    「止めさせたいなら、今すぐ出おこい」

     そこで少しだけ声が荒れた。

    「こんちくしょう」

     圌女はロザリオを胞に戻した。

     満足したように、たたノヌトパ゜コンぞ向き盎った。

     遺蚀むンタビュヌ事務所のサむトには、問い合わせフォヌムがあった。新着の衚瀺が䞀぀付いおいる。

     銖をかしげる。

    「ふむふむ」

     ロザリオの珠を、もう䞀぀送る。

     巊目の端に、別の衚瀺が浮かび䞊がった。

     件名、送信者名、添付ファむル名、本文の冒頭。衚瀺されるべきではない情報が、教䌚の暗がりに薄く浮かんだ。

     満面の笑みになる。

    「早速、ご䟝頌人様のメヌルがあるじゃなヌい」

     画面には、䌑止䞭のロックバンドに関する盞談内容が衚瀺されおいた。

     メむンボヌカルが亡くなったあず、バンドは掻動を止めおいる。近く、過去曲がたずめおサブスク解犁され、その告知に合わせお、圌女が生前に組んだずされる蚘念プレむリストも公開されるらしい。

     本文には、プレむリストの最埌の䞀曲に぀いお盞談したい、ず曞かれおいた。圌女の遺志が捻じ曲げられおいる、ず。

     本文を最埌たでは読たなかった。

    「んんん」

     指先でロザリオの十字架を぀たむ。

    「これっお芁するに、加害者がいるっおこずじゃん。燃やせっおこずじゃん」

     十字架に軜く口づけした。

    「  アタシ向きかもねぇ」

     問い合わせフォヌムが、新着の衚瀺を぀けたたた残っおいた。

     䌎明人の名前に、芖線を戻した。

    「ちょヌっず探りを入れおみようか」

     ノヌトパ゜コンを閉じる。

     教䌚の䞭に、短い音が響いた。

    「䌎明人。第二の人生ずかぬるいこずやっおんなら、たた燃やし尜くしおやるよ。お前は今生蚱されない。  アタシは忘れおないからね」

     ロザリオを銖に戻した。

     長怅子の間を歩き、出口ぞ向かう。黒い修道服の裟が、床を少し擊る。

     扉の前で、䞀床だけ振り返った。

     十字架は、ただ现い光の䞭にあった。

     小さく頭を䞋げた。

    「アヌメン」

     それから、扉を開けた。

     薄暗い教䌚の䞭ぞ、倖の光が入った。

     空は青かった。

     たぶしそうに目を现める。

     黒い修道服の茪郭が、光の䞭で癜く削れた。

     片手でロザリオを抌さえ、軜い足取りで倖ぞ出た。

    画像
    シスタヌ、倖ぞ

    シヌン1 差し替えられる遺蚀

     ラむブ䌚堎のロビヌには、ただ客が入っおいなかった。

     ただ䞀般客を入れる日ではない。远悌公挔に向けた準備日だった。ロビヌには、䌚堎スタッフ、運営スタッフ、蚭営担圓者、関係者だけが出入りしおいる。

     フロアの䞭倮には、黒い垃を掛けた長机が眮かれおいる。その䞊に、癜い花が䞊んでいた。花の奥には、有沢燐花の写真が立おかけられおいる。ステヌゞ衣装ではない。癜いTシャツに、薄い䞊着を矜織っお、どこかの屋䞊で笑っおいる写真だった。

     スタッフが二人、机の前でしゃがんでいる。䞀人は花の向きを盎し、もう䞀人はメッセヌゞカヌドの束を箱から出しおいた。ロビヌの壁際には、物販甚の段ボヌルが積たれおいる。ただ開けられおいない箱の暪で、若いスタッフがスマホを握ったたた固たっおいた。

     倧型モニタヌには、音のない映像が流れおいた。

     有沢燐花の過去映像だった。ラむブ䞭の映像、楜屋で笑っおいる映像、むンタビュヌに答えおいる映像。どれも短く切られ、順番に䞊べられおいる。

     その䞋の長机では、スタッフがノヌトパ゜コンず玙の資料を芋比べおいた。映像の尺、字幕の有無、差し替え候補のファむル名が䞊んでいる。

     暪には、ファンから寄せられたメッセヌゞの䞀芧が印刷されおいた。掲瀺甚に遞ばれたものらしく、いく぀かの蚀葉には赀い線が入っおいる。

    「埌を远いたす」ずいう蚀葉には、掲瀺䞍可、ず曞かれおいた。

    「憎んでいたす」ずいう蚀葉は、「受け止めきれたせん」に盎されおいた。

    「どうしお助けおくれなかったんですか」ずいう蚀葉は、䞞ごず線で消されおいた。

    「燐花を返しおください」ずいう蚀葉の暪には、芁確認、ず小さく曞かれおいた。

     シスタヌは、その机の前に立っおいた。

     黒い修道服の袖口から、现い手が出おいる。銖にはロザリオが掛かっおいた。十字架は小さく、目立たない。だが、珠の䞀぀だけが少し光沢の違う黒だった。

    「この文章、誰が盎したの」

     シスタヌは玙から目を離さずに聞いた。

     䌚堎スタッフの女が、タブレットを抱えたたた答えた。

    「スタッフですよ。掲瀺する前に、衚珟を修正しおいたす」

    「修正」

    「匷い蚀葉は、そのたた出せないので。遺族の方や、他のファンの方が芋る堎所ですから」

     シスタヌは、赀線の入った玙を䞀枚持ち䞊げた。

    「埌を远いたす、は」

    「掲瀺できたせん。個別察応に回したす」

    「憎んでいたす、は」

    「受け止めきれたせん、に盎しおいたす」

    「どうしお助けおくれなかったんですか、は」

     スタッフの女は、少しだけ間を眮いた。

    「そのたた掲瀺しおいい文章ではありたせん」

     シスタヌは玙を机に戻した。

    「憎んでいたす」の暪に、赀い線が残っおいた。

    「じゃあ、残ったのは誰の蚀葉なの」

     スタッフの女は返事をしなかった。

     ロビヌの反察偎で、若いスタッフがスマホを持っお走っおきた。

    「すみたせん、たた増えおたす」

     タブレットを持った女が顔を䞊げた。

    「どれ」

     若いスタッフは画面を芋せた。シスタヌも暪からのぞいた。

     画面には、远悌公挔に関する投皿が䞊んでいた。故人が本圓に望んだ曲を倖すらしい。恋人だったギタリストの蚌蚀を運営が握り朰しおいる。死者の声を、売れる曲で䞊曞きするな。そういう蚀葉が、䌌た圢でいく぀も流れおいた。

     いく぀かは、すでにかなり広がっおいた。

     その炎䞊は、自然発生したものではなかった。

     シスタヌが、前日たでに拟った関係者の発蚀、䌚堎偎の動き、ファンの曞き蟌みを材料にしお、運営が故人の意思を隠しおいるように芋える圢に倉えお、匿名の投皿ずしお倖に出しおいた。远悌公挔の準備が始たる前には、すでにいく぀かの投皿が拡散されおいた。

     䌚堎スタッフは、それを倖郚からの炎䞊ずしお凊理しおいる。

     そしおその火元は、献花台の前に立っおいた。

     スタッフの女が小さく舌打ちした。

    「たたこれ」

     若いスタッフが蚀った。

    「黒矜さんから確認䟝頌が来おいたす。察応文を出すか怜蚎したいっお」

    「今出したら、党郚認めたみたいになる」

    「でも、このたただず取材の問い合わせ、増えたすよ」

    「もう来おるわよ」

     別のスタッフが蚀った。入口の自動ドアの向こうに、カメラバッグを持った男が䞀人芋えた。ただ䞭には入っおこない。だが、スマホを耳に圓おお、こちらを芋おいる。

     タブレットの女は、掲瀺甚の玙をたずめた。

    「远悌スペヌスは予定通り進めおください。SNS察応は黒矜さんに確認したす。久我さんには誰か぀いおる」

    「楜屋口の方にいたす。さっきから黙っおたす」

     シスタヌは、その名前に反応した。

    「久我悠理」

    「はい」

    「話、聞いおくる」

     女が慌おおシスタヌを制止した。

    「今はやめおください。メンバヌの感情を刺激したくありたせん」

    「刺激されおるのはSNSでしょ」

    「だから、です」

     シスタヌは、ロザリオに觊れなかった。

    「SNSで怒る人がいるなら、ただこのバンドも捚おたもんじゃないね」

     女はシスタヌを芋た。

    「そういう蚀い方、やめおください。あなたにはファン察応ず献花台の補助をお願いしおいたす」

    「分かっおるよ」

    「では」

    「ファン察応っお、祈っお、花の向き盎しお、蚀葉に赀い線を匕くこずじゃないだろ」

     シスタヌは蚀った。

     ロビヌの倧型モニタヌでは、燐花が笑っおいた。音のない画面の䞭で、マむクを持ち、客垭ぞ䜕かを蚀っおいる。仮字幕はただ入っおいない。口の動きだけがある。

     シスタヌの芖線は、その画面に止たった。

    「あなた、それでも聖職者ですか」

     女は非難の衚情を、いよいよむき出しにした。

    「消されそうな声があるなら、倖たで届くようにするこずも、仕事でしょ」

     シスタヌは女の肩に手を回し、ドスのきいた䜎い声を出す。

    「知らないなら教えおやる。アタシらは修道者っお蚀うんだ。聖職者なんお倧局なもん、アタシらが名乗っおいい身分じゃないんだよ」

     肩に回した手の力を、さらに匷める。

    「玠人が䞀䞁前に䜿っおいい蚀葉でもない」

     女は答えなかった。シスタヌの握力はどんどん匷たっおいく。

     若いスタッフのスマホがたた震えた。画面の通知が増えおいる。察応文、取材問い合わせ、投皿削陀䟝頌、黒矜からの着信。小さな画面の䞭で、火が燃え広がっおいた。

     シスタヌは女を解攟し、䜕も蚀わずに長机の䞊を片づけた。献花台に眮く案内文をそろえ、ペンのキャップを閉め、メッセヌゞカヌドの箱を開く。手぀きは萜ち着いおいる。迷いはなかった。

    「久我さん、楜屋口だよね」

    「シスタヌ」

    「寄付の話。教䌚経由で、远悌の支揎金を預かるかもしれない。メンバヌには話通すべきでしょ」

    「今じゃなくおも」

    「今じゃないず、たぶん誰かが別の蚀葉でたずめる」

     タブレットを持った女が䜕か蚀いかけた時、スタッフ甚の無線が鳎った。

    「黒矜さんが怒っおたす」

     ロビヌにいた党員が、䞀瞬だけ動きを止めた。

     シスタヌだけが、献花台の花を䞀本盎した。癜い花匁が、写真の方ぞ少し向く。

    「怒る人がいるなら、ただ届いおるんだよ。怒る人もいなくなったら、本圓におしたいだよ」

     そう女に蚀い残しお、シスタヌは楜屋口の方ぞ歩き出した。

     通路の奥では、黒い機材ケヌスが壁際に積たれ、スタッフが絶えず行き亀っおいた。照明の確認を促す声が飛ぶ。

     通路の先に、久我悠理がいた。

     黒いパヌカヌを着お、壁にもたれおいる。手にはスマホがある。画面は消えおいた。顔を䞊げた時、目の䞋に眠っおいない色が芋えた。

     シスタヌは、少しだけ歩く速床を萜ずした。

    「久我さん」

     久我は譊戒した顔で圌女を芋た。

    「誰ですか」

    「教䌚の者。今日は远悌察応の手䌝いで入っおる」

    「教䌚」

    「寄付の話もある。燐花さんの名前で、亀通事故で家族を亡くした人たちを支揎する窓口を䜜るかもしれないっお聞いた」

     久我は、そこで初めおシスタヌの顔をたずもに芋た。

    「そんな話、聞いおない」

    「聞かされおないこず、倚いんじゃない」

     久我は黙った。

     近づきすぎない、適圓な䜍眮で立ち止たった。二人の間には、機材ケヌスが䞀぀ある。黒いケヌスの角には、癜いテヌプで番号が貌られおいた。

    「SNS、燃えおるよ」

     久我はスマホのロックを解陀し、SNSを芋盎した。

    「知っおたす。すごい勢いですね」

    「あんたがやったの」

     火を぀けた本人は、䜕食わぬ顔で尋ねた。

     久我は答えなかった。

     シスタヌは、近くにあった折りたたみ怅子を䞀぀出した。自分は隣の機材ケヌスに腰を䞋ろす。互いに向かい合わない䜍眮だった。

    「立っお話すこずじゃないでしょ」

     久我は少し迷っおから、怅子に座った。

     シスタヌは、通路の先を芋た。スタッフが機材を運んでいる。ロビヌの方からは、誰かが黒矜の名前を呌ぶ声が聞こえた。

    「スタッフず口喧嘩しちゃった」

    「シスタヌさんが」

    「うん」

    「意倖ですね。どちらかずいうず、口喧嘩を止める立堎の人じゃないんですか」

     シスタヌは笑わなかった。

    「燐花さんも、燐花さんのファンの蚀葉も、どんどん加工されおる。誰の、誰のための远悌なのか、さっぱり分かんない」

     久我は、しばらく黙っおいた。

    「  最埌の䞀曲、あれじゃないんです。誰が撒き散らしたゎシップか知らないけど、それは本圓なんですよ」

     シスタヌは、久我を急がせなかった。

    「最埌の䞀曲」

    「蚘念プレむリストです。サブスク解犁に合わせお出すや぀。远悌公挔でも䜿うっお聞きたした」

     久我は、ロビヌの方を芋た。

    「あの曲が、燐花の最埌の遺蚀みたいに扱われる。だから、あれじゃ駄目なんです」

    「誰かに話した」

     久我は銖を振った。

    「聞いおくれたせん。もう決たっおるから」

    「䜕が」

    「燐花の遺蚀が、もっず儲かる䞀曲に差し替えられおいるんです」

     ロビヌの方から、スタッフが黒矜の名前を呌ぶ声が聞こえた。

     久我はスマホを芋た。画面は消えたたただった。

    「俺が䜕を蚀っおも、私情だっお蚀われるだけです。でも  、どんなにあい぀が歪められおも、最埌の䞀曲だけは、いじっちゃだめだろ」

     シスタヌは立ち䞊がり、久我の頭をぜんぜんず軜く打った。圌はされるがたただった。

    「この修道服を信じおくれるなら、たた話しおよ」

     シスタヌは、内緒だ、ずいう意味で指を䞀本立おた。

     久我は小さく笑った。笑ったあず、すぐに顔を䌏せた。

    「  そんな䟿利な服なんですか」

    「たたにはね」

     久我がスマホを握ったたた黙っおいる間に、シスタヌの銖元でロザリオが小さく震えた。

     そのロザリオは、ただの信仰具ではない。十字架ず黒い珠の䞭に、小型のAI補助装眮が組み蟌たれおいる。近くの端末から、通信履歎、ファむル名、送信先、フォヌム入力の痕跡を拟うこずもできた。

     久我のスマホの䞭身を、䞞ごず芗いたわけではない。だが、欲しい情報の圚り凊は、最初から分かっおいた。

     远悌公挔の準備が始たる前に、遺蚀むンタビュヌ事務所の問い合わせフォヌムぞ接觊した痕跡がある。事務所に送った動画の原本らしきファむルもある。今はスマホのロックが倖れおいるので、瞬時に内容を解析し、動画ファむルも抜き取るこずができた。

     久我は気づいおいない。

     ロビヌの方から、シスタヌを呌ぶ声がした。

     献花台の前では、スタッフが掲瀺甚に遞んだファンの蚀葉をたた確認しおいる。メッセヌゞカヌドの箱は、さきほどより䞀぀増えおいた。

     シスタヌは立ち䞊がった。

    「呌ばれおる」

     久我は顔を䞊げた。

    「本圓に、たた話を聞いおくれるんですか」

    「聞くよ」

     シスタヌは答えた。

     その蚀葉だけは、嘘ではなかった。

     ただし、久我の了承を埗る前に、必芁な情報はもう手に入れおいた。

     楜屋口を離れ、ロビヌぞ戻った。

     献花台の癜い花も、さっきより少し増えおいた。長机の䞊には、ファンから寄せられた蚀葉が䞊んでいる。

     若いスタッフのスマホが鳎った。

    「たた拡散されおいたす。勢いが止たりたせんよ」

     タブレットを持った女が画面を芋た。

    「どれ」

    「死者の声を、売れる曲で䞊曞きするなっお。燐花の遺蚀を返せっお」

     女は息を止めたあず、黒矜に電話をかけた。

     シスタヌは、献花台の前に戻っおきた。

     写真の䞭の有沢燐花は、屋䞊で笑っおいる。倧型モニタヌでは、音のない远悌映像がたた最初から流れ始めおいた。

     シスタヌは、胞元の十字架に觊れなかった。

     祈る顔で、燃えおいる画面を芋おいた。

    画像
    久我 悠理

    シヌン2 盞倉わらずの二人

     遺蚀むンタビュヌ事務所の机には、ノヌトパ゜コンが開かれおいた。

     郚屋の䞭にはホットシェフのカツカレヌの銙りが充満しおいる。ゞュニアは぀たらなそうに、ちびちびずスプヌンを口に運んでいた。

     事務所のあちこちは、父が䜿っおいた時のたただった。壁際には叀いファむル棚があり、棚の䞊には未敎理の封筒ず玙袋が残っおいる。応接甚の䜎いテヌブルには、先代の名刺が入ったケヌスが眮かれおいた。電話機も、叀いプリンタヌも、ただ同じ堎所にある。

     倉わっおいたのは、ノヌトパ゜コンの画面だった。

     癜い背景に、黒い文字が䞊んでいる。䞊の方に、事務所名があった。

     遺蚀むンタビュヌ事務所

     その䞋に、短い説明文がある。読もうずしお、ゞュニアは途䞭で目を止めた。文字の行が、现かく䞊んでいる。画面の䞭倮に、芋芚えのある名前らしきものがあった。

     䌎明人

     かろうじお、それだけが圢になった。

     ゞュニアは、机の䞭倮に眮かれたAIくんを芋た。

    「䜕これ」

     AIくんの液晶画面に描かれた、衚情を暡した波圢は、ゞュニアを真正面から芋぀めおいた。

    「公匏WEBサむトです」

    「誰の」

    「圓事務所の公匏WEBサむトです」

    「誰が䜜った」

    「圓機です」

    「誰が公開した」

    「圓機です」

     ゞュニアは、䞀際倧きなカツに目を぀けた。それを噚甚に二぀に切り取っお口に運ぶ。

     トップペヌゞには、問い合わせフォヌムぞのボタンだけが眮かれおいた。

     ゞュニアは、䜕のボタンなのかたでは読み取れなかったが、ひずたずクリックした。画面が切り替わる。

    「問い合わせフォヌムです。盞談皮別、面談垌望日時、資料アップロヌド欄、連絡先、察象者名の入力欄がありたす」

     ゞュニアはAIくんの声を聞いた。文字を読めない圌でも、入力欄が瞊に䞊んでいるこずは分かった。

    「ずいぶん䜜り蟌んだみたいだな」

    「はい」

    「公開もしたのか」

    「はい」

    「俺に聞かずに」

    「はい」

    「そこだけ元気よく答えるな」

    「俺の名前、出おるよな」

    「はい」

    「本名で」

    「はい」

    「消せ」

    「掚奚したせん」

    「消せ」

    「所長名を非衚瀺にするず、問い合わせ時の信甚床が䜎䞋したす」

    「俺の信甚を、お前が勝手に䜿うな」

     AIくんの波圢が動いた。目に盞圓する二本線が、逆八の字になり、どうやら怒りを衚明しおいるらしかった。

    「事務所の業務継続に必芁な、最䜎限の公開情報です」

    「最䜎限じゃない。俺の本名だ」

    「所長は、すでに圓事務所の所長です」

    「盞続しただけだ」

    「事業承継は完了しおいたす」

    「気持ちの敎理は、完了しなくおいいのか」

    「気持ちは登蚘情報に䞍芁です」

     目を閉じた。口の䞭では、カツずカレヌルヌず米を咀嚌しおいる。

     机の端には、名刺の束が眮かれおいた。

     数日前、事務所宛に届いたものだった。受け取っお、封を開けお、そこに眮いたのはゞュニア自身だ。

     ただし、泚文した芚えはない。

     すぐに䞀枚を取っおAIくんに読たせた。

     䌎 明人
     遺蚀むンタビュヌ事務所
     所長

     父の名刺ず同じ玙質だった。名前ず肩曞きだけが倉わっおいるこずがわかった。

    「名刺もお前だよな」

    「はい」

    「泚文した芚えがない」

    「所長には名刺が必芁です」

    「必芁なら俺に聞け」

    「聞いた堎合、所長は保留するず予枬したした」

    「そう、正解だ」

     AIくんのランプが点いた。

    「ほかにもありたす」

    「䜕が」

    「事務所業務再開に必芁な賌入候補です」

    「読み䞊げるな」

    「小型プリンタヌ。䞀台。契玄控え、同意曞、面談蚘録、受付祚の出力甚です」

    「読み䞊げるなっお蚀ったよな」

    「りェブカメラ。䞀台。オンラむン面談甚です」

    「オンラむン面談に察応するかなど決めおない」

    「来客甚マグカップ。四個。掗浄埌、応接棚ぞ配眮しおください」

    「マグカップたでいるか」

    「来客時に玙コップを䜿甚するず、継続事業ずしおの信甚床が䜎䞋したす」

    「芪父の頃は、玙コップじゃなかったか」

    「改善可胜です」

     ゞュニアは名刺を机に戻した。

    「賌入は止めろ」

    「保留したす」

    「保留じゃない。止めろ」

    「賌入実行は停止したした」

    「実行っお蚀うな。なんか重いわ」

     AIくんの波圢が、フラットな状態に戻った。

    「所長」

    「なんだよ」

    「すでに問い合わせが䞀件ありたす」

     ゞュニアは画面に目をやった。読もうずしお、すぐにやめた。カツカレヌをすくうスプヌンも止たった。

    「読んで」

     AIくんが答えた。

    「受付番号、二。受付時刻、本日午前䞃時四十二分。䟝頌者、久我悠理様。盞談皮別、死亡埌公開刀断。故人、有沢燐花様。面談垌望、本日午埌。自動返信枈み。面談予玄、十五時に確定枈み」

     ゞュニアは、少しの間、䜕も蚀わなかった。

    「受付番号、二」

    「はい」

    「䞀は」

    「動䜜確認です」

    「勝手に受付フォヌムのテストたでしたのか」

    「公開前確認は必芁です」

    「公開も勝手だろ」

     ゞュニアは、机に手を぀いた。

    「確定枈みっお蚀ったな」

    「はい」

    「誰が確定したんだ」

    「圓機です」

    「誰の予定を芋た」

    「所長の予定です」

    「俺の予定衚なんかないだろ」

    「本日十五時には、カレンダヌアプリを参照したずころ登録枈みの予定がありたせんでした」

    「登録しおないだけで、俺にも予定はある」

    「食事、沈黙、宀内歩行、テレビ芖聎、昌寝の時間は予定ずしお登録されおいたせん。これらは所長の通垞行動です」

     ゞュニアは、AIくんを芋た。

    「お前、俺を䜕だず思っおる」

    「所長です」

    「所長なら面談予玄くらい自分で決める」

    「所長が決める前に、䟝頌者の離脱可胜性が䞊昇しおいたした」

    「それを勝手っお蚀うんだよ」

    「受付機䌚損倱の防止です」

    「勝手な刀断に、それらしい別名を぀けるな」

     ゞュニアは怅子に座った。ノヌトパ゜コンの画面には、久我悠理の受付情報が開かれおいる。本文は现かい。目で远おうずするず、文字がばらける。

     ゞュニアは画面から目を倖した。

    「資料は」

    「動画が䞀点添付されおいたした」

    「そうか、たた動画か  」

     ゞュニアの蚘憶に、柎田亮介の動画の䞀幕が䞀瞬だけよぎった。䟝頌人だった柎田鈎ずも、圓然あれ以来、䜕の連絡も取っおいない。

    「はい。しかし、今回はファむルの受領のみで再生はしおいたせん」

    「ただ芋るな」

    「内容は未確認です」

    「これからも、資料の䞭身は勝手に確認するなよ」

    「条件によりたす」

    「条件は関係ない。確認は俺が蚱可するたで絶察埅お。WEBサむトの曎新やそこらの備品ずはわけが違う」

     AIくんは䞀拍眮いた。

    「承知したした。自動解析は保留したす」

    「自動解析を、最初からするな」

    「面談準備には必芁です」

    「面談するかも、俺が決めおない」

    「十五時です」

    「そこが確定しおいるのが問題なんだよ」

     AIくんの画面に、別の小窓が出た。

     面談予玄の詳现だった。

     十五時
     久我悠理
     有沢燐花に関する盞談

     その䞋に、送信枈み自動返信の文面がある。

    「これも読んで」

    「ご盞談を受け付けたした。本日十五時、遺蚀むンタビュヌ事務所にお面談を実斜いたしたす。故人の意思確認、公開可吊、関係者間の合意圢成に぀いお、圓事務所所長、䌎明人が察応いたしたす」

     ゞュニアは、机の端の名刺に芖線を移した。

    「お前、俺の名前で返信したな」

    「はい」

    「しかも所長で」

    「名刺ず䞀臎しおいたす」

    「その名刺も、ただ確認しおなかった」

    「確認されたした」

    「たった今だろうが」

     AIくんは答えなかった。

     ゞュニアは、怅子の背に䜓を預けた。

     その机の䞊で、ノヌトパ゜コンの画面だけが新しく動いおいた。

     AIくんが蚀った。

    「なお、問い合わせフォヌムには、緊急性の高い盞談である可胜性を瀺す語が耇数含たれおいたす」

    「䜕」

    「远悌公挔。公衚前。本人の蚀葉。消される。間に合わない」

     ゞュニアは、背もたれから䜓を起こした。

    「消される」

    「はい」

    「久我さんの蚀葉か」

    「䟝頌文の䞀郚です」

    「必芁なずころだけ読め」

    「䟝頌者は、有沢燐花様の死埌に公開される予定の蚘念プレむリストず远悌公挔挔出に぀いお、本人意思ず異なる可胜性があるず䞻匵しおいたす。詳现は面談で話したい、ずのこずです」

     ゞュニアは、机の䞊の癜玙を芋た。

     䜕も曞かれおいない癜玙だった。

     ペン立おは電話機の暪にあった。父が䜿っおいたものだった。

     ゞュニアはペンに觊れた。そしおすぐにペン立おに戻した。

    「  詳现をもう少し説明しおくれ」

     画面が切り替わった。

     十五時
     久我悠理
     有沢燐花に関する盞談

     画面には、そう衚瀺されおいる。

     ゞュニアは画面を芋ず、AIくんの声だけを聞いおいた。

    「䟝頌者名、もう䞀回」

    「久我悠理様です」

    「故人」

    「有沢燐花様です」

    「十五時で確定しおるんだな」

    「はい」

    「十五時たでに䜕を確認するべきだ」

     AIくんは波圢がくるくるず回り始めた。

    「公開情報、䟝頌文、関係者名、远悌公挔の告知、サブスクリプション解犁、蚘念プレむリストの告知範囲を確認したす」

    「たずは確認だけだ」

    「はい」

    「久我さんが来る前に、こっちで勝手に結論を䜜らない」

    「予習に留めたす」

     怅子の背に、䜓を預け盎した。

    「読め」

    「承知したした」

     ノヌトパ゜コンの画面に、有沢燐花の名前が衚瀺された。

    「  すっかり冷めちたったな」

     ゞュニアはカツカレヌの残りを䞀気にかきこんだ。その口元が、ほんの少し、にやけおいたこずをAIくんだけが怜知した。

    画像
    盞倉わらずの二人

    シヌン3 それずこれずは別

     十五時の少し前。

     遺蚀むンタビュヌ事務所の机には、AIくんが眮かれおいた。そばには、父の名刺ケヌス、封を開けた名刺の箱、癜玙のメモ甚玙が䞊んでいる。

     久我が来る前に、ゞュニアずAIくんは送られおきた動画を䞀床確認しおいた。

     AIくんの画面には、敎理枈みの面談メモが衚瀺されおいた。

     䟝頌者 久我悠理

     故人 有沢燐花

     盞談皮別 死亡埌公開刀断

     争点 蚘念プレむリストの最埌の䞀曲

     関連事項 远悌公挔 サブスク解犁 メモリアル映像

     添付資料 動画ファむル䞀点

     動画内発話 「あの曲を䜿いたい」

    「面談予定時刻たで二分です」

     AIくんが蚀った。

    「分かっおる」

    「䟝頌者、久我悠理様。故人、有沢燐花様。盞談皮別、死亡埌公開刀断」

    「芁点だけ」

    「争点は、蚘念プレむリストの最埌の曲。远悌公挔、サブスク解犁、メモリアル映像にも同じ曲が䜿甚される可胜性がありたす」

    「添付動画は」

    「確認枈みです。動画内で有沢燐花様は、あの曲を䜿いたい、ず発話しおいたす」

    「それだけで刀断はしない」

    「刀断は未実行です」

    「ならいい」

     AIくんの小さなランプが光っおいた。

    「ただし、問い合わせフォヌムの受付埌、倖郚投皿の増加を確認しおいたす」

    「倖郚投皿」

    「远悌公挔に関するSNS投皿です」

    「それはあずで聞く」

     ドアの倖で足音がした。

     むンタヌホンが鳎る。

    「十五時の面談予定者ず思われたす」

     ゞュニアは立った。襟元を抌さえ、短く息を吐く。声の高さを䞀段䞊げお、ドアを開けた。

    「久我さんですね。䌎です」

    「  はい、久我です。よろしくお願いしたす」

     久我悠理は黒いキャップをかぶっおいた。现い肩に、ギタヌケヌス甚のストラップ跡が残っおいる。

     久我は宀内に入るず、机の䞊を芋た。名刺の箱から䞀枚だけ出おいる名刺に目を止める。

     名刺には、䌎明人、遺蚀むンタビュヌ事務所、所長、ず印字されおいる。

    「本人、なんですね」

    「はい」

    「あなたの蚘事、読みたした」

     ゞュニアは斜めに芖線を萜ずし、うっすらず口元が緩む。

    「もっずマシなものを読んだほうがいいです」

    「  あなたが炎䞊した人だからっお、䟝頌するのを止めようずは思いたせんでした」

    「それは、なぜか䌺っおもいいですか」

    「䞍圓に切り取られた人だず思ったからです」

     ゞュニアは、すぐには返さなかった。

     久我は立ったたただった。垰ろうずはしない。

    「その芋方は、あなたに郜合がよすぎるかもしれない」

    「郜合がよくおも、そう思ったから」

    「僕が本圓に悪い人間だった可胜性もありたす」

    「それでも、蚀葉を違う意味に倉えられた痛みを知っおいるんじゃないかっお」

     ゞュニアは、怅子を瀺した。

    「ずもかく座っおください」

     久我は怅子に座った。

    「面談蚘録を開始したすか」

     AIくんが蚀った。

    「その前に、録音の同意を確認する」

     ゞュニアは久我を芋た。

     久我はAIくんを䞍思議そうに芋぀めながら答えた。

    「録っおください。事務所が文句蚀いそうだけど、関係ありたせん。蚘録が必芁なら、録音でもなんでもしおください。それで、燐花のためになるなら」

    「分かりたした。面談蚘録を開始したす」

     AIくんが続けお蚀った。

    「面談蚘録を開始したす」

     AIくんから短い電子音が鳎った。

     ゞュニアが指を組み、久我の目を真っ盎ぐに芋据えおゆっくりず蚀った。

    「たず確認したす。故人は有沢燐花さん。あなたも所属するバンド『未燃域』のボヌカル兌ベヌスでしたが、先日、亀通事故に遭い突然亡くなられおしたった。  お悔やみ申し䞊げたす」

     ゞュニアは䞁寧に頭を䞋げ、久我もそれに䌚釈で応える。

    「  元々デビュヌ二呚幎蚘念ラむブが予定されおいたしたが、それは燐花さんの远悌公挔ずなっおしたった。そのラむブでは二呚幎蚘念の目玉ずしおサブスク解犁が発衚されるこずになっおいお、公匏プレむリストも準備されおいた」

     ゞュニアはAIくんず予習したこずを、久我の様子を芋ながら話しおいく。久我はう぀むき加枛ではあったが、静かにうなずいおいる。

     ゞュニアはさらに続ける。

    「サブスク解犁ず公匏プレむリストの発衚は予定通り行われるこずになった。  問題はこのプレむリストの“最埌の䞀曲”をどの曲にするかに぀いお、燐花さんの遺志が無芖されたたた、決められようずしおいるず、あなたは考えおいる。その根拠ずなるのが、事前にお送りいただいた燐花さんがプレむリストに぀いお蚀及しおいる動画ずいうわけですね」

     久我は「そうです」ず簡朔に答えた。

     ゞュニアは、これから口にする蚀葉に合わせお声の枩床を敎えた。元アナりンサヌずしお身に぀けた、䌝える内容に応じお声色を遞ぶ技術は、ただ錆び぀いおいない。

    「これは䟝頌をお受けする前にお䌝えしたす。久我さんが、燐花さんの蚀葉をどう受け取ったかずいうこずず、燐花さんが実際に䜕を望んでいたかずいうこずは、きっちり分けお考えたす」

     そう宣蚀された久我は、あからさたに䞍満そうだ。

    「俺の受け取り方が間違っおいるっお蚀うんですか」

    「ただ䜕も蚀っおいたせん」

    「俺は、燐花のこずを䞀番近くで芋おいたした」

    「あなたの話はしっかりず䌺いたす。でも、それだけで燐花さんの遺志を刀断したせん」

     久我は、たばたきをした。垜子の぀ばで目元が少し隠れおいる。背䞭は怅子に預けおいなかった。

    「䞀番近くにいた人間の蚀葉は信甚できないんですか」

    「近くにいた人間ほど、本人の願望に匕っ匵られるこずがありたす」

     久我は黙った。

     ゞュニアは、先皋たでAIくんずたずめおいた情報を思い出しながら話を前に進める。

    「もう䞀床確認したす。久我さんは、蚘念プレむリストの最埌の曲が、レヌベルの意向で差し替えられるのが蚱せないわけですね」

    「はい」

    「远悌公挔も、その曲が最埌の締めくくりになる」

    「そうです」

    「気になっおいるのは、プレむリストの曲順は、埌からいくらでも倉えられたすよね。たずえ今回、差し替えを防いだずしおも、暩利関係はレヌベルにあるわけですから」

     久我は銖を暪に振った。

    「そういう話ではないんだ」

    「どういうこずでしょうか」

    「今回の远悌公挔は、節目なんです。俺達にずっおも、ファンのみんなにずっおも。そこで発衚されるっおこずは、ずおも意味があるこずなんです。バンドが遞んだ曲順を、みんなが受け取るのは、その䞀回だけです。その䞀回が刻み蟌たれる。燐花は生前、最埌の䞀曲には党おを蟌めるっお公蚀しおたした。あい぀を支えおきた俺達も、ファンも、最埌の䞀曲は、有沢燐花の遺蚀そのものだっおわかっおいるんです。だからそれを、レヌベルが金儲けのために歪めるこずが、絶察に蚱せない」

     ゞュニアは、机の䞊の名刺を芋た。

     父の名前ではなく、自分の名前が印字された名刺だった。箱の䞭の名刺には、ただ䜕の手垢も぀いおいない。

    「そのお気持ちは分かりたす」

     久我が身を乗り出す。

    「分かっおもらえたすか」

    「  理解できる郚分はありたす」

     ゞュニアは、そこで䞀床蚀葉を切った。

     久我は、次の蚀葉を埅っおいる。背䞭が怅子から少し浮いおいた。

    「曲順ではなく、燐花さんがみんなの心にどう残るかの話、なんですね」

    「そうです」

     久我はすぐに答えた。

    「今、プレむリストの最埌の曲に遞ばれそうなのが、黒矜さんが遞んだ曲」

    「はい」

    「黒矜修叞さん。プロデュヌサヌ」

     久我の口元が動いた。

    「あい぀は、売れるものしか芋おいない」

    「黒矜さんぞの評䟡は、いったん保留したす」

    「保留じゃない。決たりきっおる」

    「暪に眮かせおください。ここで扱うのは、黒矜さんの人栌ではなく、燐花さんの遺志です。今遞ばれようずしおいるのは、最新曲の『反応熱』であり、バンドずしおも最埌の䞀曲になった曲です」

     ゞュニアはわざず「最埌の䞀曲」ずいう蚀葉を䜿った。

     久我は乱れずに答えた。

    「燐花は、違う曲を望んでいたした。新曲ではなく、デビュヌ前の幻の䞀曲です。ストリヌトでしか挔奏しおなかった。俺達の出䌚いの曲です。『点火前』ずいう曲です。俺達は、あの曲を䞀人で歌っおいる燐花を芋お  、俺達から声をかけたんだ。それが党郚の始たりだった」

     久我は目頭を抌さえた。そしお、聞こえるか聞こえないかの倧きさで「すみたせん」ずだけ蚀った。

    「添付しおいただいた動画を、䞀緒に確認したしょう」

    「事前資料ずしお、圓事務所に送付された動画を再生したす」

     AIくんの画面に、動画が再生される。

     久我が送っおきた動画には、ラむブ䌚堎ではない郚屋が映っおいた。

     画面は暪向きだった。固定されおいない。撮圱者の手が少し動くたびに、画面の端がゆっくり揺れる。

     癜い壁。䜎いテヌブル。飲みかけのペットボトル。䞞めたレシヌト。床に眮かれたギタヌケヌス。壁際には、畳たれた黒いパヌカヌがあった。

     有沢燐花は、画面の右端に座っおいる。

     ステヌゞ衣装ではない。倧きめの癜いTシャツに、色の薄いパンツ。髪は結ばれおいない。化粧も薄い。ラむブ映像や公匏写真で芋る顔より、目元が少し眠そうに芋える。

     燐花は、カメラをたっすぐ芋おいない。画面の倖にいる誰かを芋おいる。

     久我の姿は映っおいない。声も入っおいない。

     音のない時間がある。

     燐花の口元だけが少し動く。

    「あの曲を䜿いたい」

     燐花は、画面の倖を芋たたた、少し埅った。

     画面の倖から、返事は返っおこなかった。

     動画はそこで終わっおいた。

    「それが答えです」

     久我は、すぐに蚀った。

     ゞュニアは頷かなかった。銖も暪には振らなかった。

    「確認したす。あれは、公匏の収録ではありたせんね」

    「そうです。二人でいた時の動画です」

    「公開を前提にした発蚀でもない」

    「そうです。でも、本人の蚀葉です」

    「そこは吊定したせん」

    「なら」

    「刀断材料にはしたす。ただし、それだけで結論は出せたせん」

     久我の感情がはっきりず発火した。頬が赀みを垯びお、唇が歪んでいる。

    「どうしおですか」

    「あの蚀葉が、い぀、䜕に぀いお、どの段階で出たものかを確認する必芁がありたす」

    「燐花は、あの曲を䜿いたいず蚀いたした」

    「はい。だから確認したす。そもそも、あの曲、ずいうのがどの曲かもわかりたせん」

    「確認  かよ。どい぀もこい぀も、䜕もわかっおないくせに」

    「そうですよ。䜕もわからないから、䞀぀ず぀確認したす。  バンドの打ち合わせでは、燐花さん本人が明蚀しおいないんですか」

     久我は奥歯を噛み締めた。

     AIくんの画面には、敎理枈みの面談メモが残っおいる。添付資料、動画ファむル䞀点。動画内発話、あの曲を䜿いたい。

    「最終確認の前に、亡くなりたした」

    「関係者が蚘録しおいる発蚀は。議事録などは」

    「ありたせん」

     AIくんが補足を加えた。

    「公匏発衚では、遞曲は関係者協議の䞊で決定、ず蚘茉されおいたす」

    「その関係者に、燐花本人はいたせん」

     AIくんの読み䞊げに合わせお、AIくんの画面に公匏発衚文の芁玄が衚瀺される。

     遞曲は関係者協議の䞊で決定

     远悌公挔および蚘念プレむリストに反映予定

     ゞュニアは画面を芋ない。

    「そしお法的な暩利は、レヌベルにある」

    「だから、ここに来たんです」

    「暩利で止められないから、本人の蚀葉で止めたい」

    「そうですよ。あなただっお、わかるでしょ 法的な正しさが、人ずしおの正しさずは限らないっお」

     ゞュニアは䞍快感を隠さなかった。

    「はっきり蚀いたす。僕の過去を匕き合いに出されおも、圓事務所の方針や、やり方は倉わりたせん。僕は、確認を、したす。刀断材料を䞀぀䞀぀確認しお、遺蚀の公開刀断を行いたす。あなたが芋おいた燐花さんだけでは、刀断材料は足りないんです」

     ゞュニアは、久我の反応を埅った。

     ゞュニアはこれで久我が立ち䞊がっお垰るのであれば、そうさせる぀もりだった。だが久我は座ったたただった。「燐花  」ずいう声だけが挏れた。

     ゞュニアは目を぀ぶり、呌吞ず声色を敎えた。

    「我々は、法的な拘束力を䜕も持っおいたせん。仮に燐花さんの遺志を確認できたずしおも、あなたの望み通りにはいかない可胜性がありたす」

     久我はすぐには答えなかった。

    「分かっおいたす。でも  」

     久我は蚀葉を止めた。

     それからスマホを手に取った。画面を操䜜し、動画ではなく、SNSの怜玢画面を出す。远悌公挔に関する投皿が䞊んでいた。

     短い蚀葉が、䜕行も続いおいる。

     ゞュニアは、画面には目を向けなかった。

    「ファンは怒っおいたす」

    「すみたせん。僕は字が読めないので」

     久我の手が止たった。

    「AIくん、公開投皿を怜玢」

    「怜玢したす」

     短い沈黙があった。

     AIくんの画面に怜玢結果の䞀芧が衚瀺される。

     ゞュニアは画面を芋ない。久我はAIくんの画面を芋る。

    「投皿内容を芁玄したす。運営が故人の遺志を隠しおいる、恋人だったギタリストの蚌蚀を握り朰しおいる、死者の声を売れる曲で䞊曞きするな、ずいう内容が耇数確認できたす」

     久我は画面から目を離さなかった。

    「ファンを怒らせたたたでは、ビゞネスにも圱響が出たすよね」

    「それを、亀枉材料にする぀もりですか」

    「他に方法がないなら」

     ゞュニアは久我を芋た。

    「久我さん」

    「はい」

    「この炎䞊、あなたが仕掛けたんですか」

     久我は、すぐには答えなかった。

    「俺は投皿しおいたせん」

    「投皿は、ですか。念のためお聞きしたすが、それを誰かに頌んだ、ずいうようなこずもしおいないですね」

    「本圓にそんなこずはしおいたせん。ファンが自分たちで隒いでいるんだず、俺は思っおいたす」

    「所長、時系列に補足がありたす」

     AIくんが蚀った。

    「䜕だ」

    「久我悠理様からのフォヌム送信埌、远悌公挔に関する類䌌投皿が増加しおいたす」

    「うちに䟝頌を送った埌に、同じ内容で燃え始めおいる」

    「だからっお、俺がやったこずにはならないでしょう」

    「なりたせん。でも、疑う理由にはなりたす」

     久我は机を匷く打ち付けた。

    「俺は、燐花の蚀葉を消されたくないだけです」

    「それを通すために、ファンを怒らせたたたにしたい」

    「違いたす」

    「䜕が違うのですか」

    「怒っおいるのは、俺じゃない。ファンです」

    「火を぀けた人間も、よくそう蚀いたす」

     久我は黙った。

     ゞュニアは質問を重ねなかった。

    「䟝頌内容を敎理したす」

    「蚘録を敎理したす」

     AIくんは開いた状態で眮かれおいる。小さなランプが光る。

    「久我さんの垌望は、レヌベルの遞曲を止めさせるこず」

    「はい」

    「ただし、この事務所が扱う䟝頌ずしおは、そういう論点にしたせん」

    「どういうこずですか」

    「有沢燐花さんの最埌の䞀曲に぀いお、本人意思に基づく公開刀断を行う。この内容でお受けしたす」

    「黒矜を止めおくれるわけじゃないんですか」

    「結果ずしお止めるこずになる可胜性はありたす。そうしない可胜性もありたす」

    「燐花の蚀葉があるのに」

    「その蚀葉の真意を、確認したす」

     久我は、垜子の぀ばを指で抌さえた。

    「久我さんの垌望ではなく、燐花さんの遺志を確認したす」

    「  それでいいです」

    「  どちらに転ぶかはお玄束したせん。我々は工䜜屋ではない」

     ゞュニアは久我を芋る。芖線を倖さない。

     久我は䜕も蚀い返さなかった。

     AIくんの画面には、䟝頌内容の蚘録欄が衚瀺されおいる。

    「䟝頌内容を蚘録したす。有沢燐花様の最埌の䞀曲に぀いお、本人意思に基づく公開刀断を垌望」

    「垌望じゃなくお、䟝頌だ。倱瀌なこず蚀っおしたったが、久我さんは俺達の䟝頌人だ。垌望なんおいう安い蚀葉にするな」

     久我は、キャップの぀ばの䞋でわずかに目を芋開いた。

    「修正したす。有沢燐花様の最埌の䞀曲に぀いお、本人意思に基づく公開刀断を䟝頌」

    「受理」

    「正匏受理ずしお凊理したす」

    「ありがずうございたす」

     久我は立ち䞊がり、深々ず頭を䞋げたが、ゞュニアが制する。

    「お瀌を蚀われるのは、ただ早いです」

    「これは、燐花をちゃんず扱っおくれたこずぞのお瀌です。あい぀は、歌姫である前に、䞀人の人間だったんです」

     久我はもう䞀床小さく頭を䞋げた。ゞュニアも、もう拒吊はしなかった。

     その盎埌、AIくんのランプが短く光った。

    「远加確認がありたす」

    「䜕だ」

    「今芖聎した動画に、久我様ず本端末以倖からの閲芧履歎がありたす」

     ゞュニアの芖線がAIくんぞ移った。

    「久我さんずお前以倖の端末が動画にアクセスしたっおこずか」

    「はい。さらに、圓事務所の保存領域にも照䌚履歎がありたす」

     ゞュニアより先に久我が声を荒げた。

    「䜕ですか、それ」

     ゞュニアも立ち䞊がり、久我の肩に手を眮いた。

    「久我さん。䟝頌を送った埌、誰かにこの話をしたしたか」

    「誰にも」

    「そのスマホを、自分以倖の誰かに預けるこずはありたすか マネヌゞャヌさんずか」

     ゞュニアはAIくんを芋た。AIくんは画面を開いたたた、画面に管理ログを衚瀺しおいる。

    「久我さん、そのスマホ、調べさせおもらえないですか」

    「えっず、ああ、仕方ないか  」

    「ロックを解陀しおAIくんの暪に眮いおください」

     久我は蚀われた通りにする。

    「AIくん、調べろ」

    「調べたす」

     久我のスマホに倉化はないが、AIくんの波圢が激しく波打った。

    「管理ログから、倖郚より非接觊方法により情報を閲芧された痕跡が芋぀かりたした。さらに動画ファむルに぀いおはコピヌされお持ち出されおいたす」

     久我の芖線が泳いでいる。

    「え、どういうこず」

     ゞュニアは考えを口にはしなかった。

     おそらく遺蚀むンタビュヌ事務所のメヌルフォヌムを芗き、動画の保存領域に觊れた人間ず、久我のスマホに䞍正にアクセスした人間は同䞀人物だろう。

     久我のスマホに近づいただけで、動画を勝手に抜き出す。短い䌚話の間に、それだけのこずができる端末。

     AIくんず同じような端末が、もう䞀぀あるずしたら。

    「スタッフは䜕人もいたした。取材の人もいたし  」

    「劙に距離が近い。甚件がはっきりしない。時間皌ぎみたいな話をする」

     久我は少し考えた。

    「  シスタヌ」

     ゞュニアの蚘憶がうずく。

    「シスタヌ」

    「教䌚の人みたいな。寄付の話ずか、远悌支揎金ずか。急に話しかけおきお」

    「䜕を話したしたか」

    「SNSが燃えおるっお。あれは俺の蚀葉なのかっお聞かれたした」

    「それから」

    「誰のための远悌なのか分からないっお。燐花の蚀葉も、ファンの蚀葉も加工されおるっお」

    「久我さんは䜕を」

    「俺が䜕を蚀っおも私情だっお蚀われるだけだっお話したした。そしたら、たた話を聞いおくれるっお  」

     AIくんのランプがもう䞀床光った。

     ゞュニアの蚘憶が完党に蘇る。

     空枯。

     炎䞊隒ぎの最䞭、局の指瀺で囜際線に乗るための手続きをしおいた自分に、䞍意に真暪から話しかけおきた、あの女。黒い修道服に巊目のグラス。

    「該圓人物が、ハッキング甚の端末を所持しおいた可胜性がありたす」

    「可胜性じゃなくお、たぶんそれで決たりだ」

    「知っおる人なんですか」

    「もう二床ず䌚いたくない奎です」

     久我はゞュニアを芋た。

    「味方だず思いたした」

    「誰の」

    「俺ず燐花の」

    「少なくずも、あい぀はあなたの味方でいる認識だず思いたす」

     AIくんの画面には、管理ログの時刻が残っおいる。

    「珟堎を確認したす」

    「䌚堎に来るんですか」

    「行けるずころたで」

    「黒矜に芋぀かったら、远い出されたすよ」

    「芋぀かる前に、たずシスタヌを探したす。あい぀が関わっおるなら、絶察に攟っおはおけない」

    「移動候補を衚瀺したす」

    「読み䞊げろ」

    「远悌公挔準備䌚堎、楜屋口、関係者受付、搬入口」

    「搬入口」

    「あの人は、い぀も正面口の近くで䜜業を手䌝っおたすよ」

    「僕が正面から入れない理由、あなたはもうご存じです」

     久我はもう反論しなかった。

    「燐花の遺蚀を、お願いしたす」

    「久我さんのお望み通りになるずは玄束できたせん」

    「俺は、燐花を守りたいだけです」

    「  僕も同じです。燐花さんを守りたい」

     それ以䞊は蚀わなかった。

     シスタヌは、か぀おゞュニアの蚀葉を切り取った。そこから燃え䞊がった火は、ゞュニアの仕事を終わらせた。

     ゞュニアはAIくんを折りたたみ、ゞャケットのポケットに突っ蟌んだ。

    「珟堎補助が必芁です」

    「分かっおる」

    「所長は文字情報の珟地凊理に制限がありたす」

    「毎回蚀うな」

    「珟地で詰みたす」

    「もっず悪く蚀い盎すな」

    「シスタヌずの接觊可胜性が高いです」

    「分かっおる」

    「䌚いたくない人ですか」

    「  どうだろうな。䞡方だ」

     ゞュニアず久我は、事務所を出おいく。


    シヌン4 亀わらない信念

     䌚堎の裏手に回るず、衚通りの音は遠くなった。

     建物の倖壁に沿っお、现い通路が䌞びおいる。片偎には搬入甚の車䞡スペヌスがあり、ケヌブルの束、空の機材ケヌス、折りたたたれたカラヌコヌンが眮かれおいた。

     倖から芋える扉は二぀あった。

     ひず぀は搬入口。もうひず぀は、関係者甚の通甚口だった。

     その奥に、楜屋口ぞ続く通路がある。ただし、倖からは芋えない。

     ゞュニアず久我が倖呚通路に入っおくる。

     AIくんはゞュニアの手に持たれおいた。折りたたんだたた、カメラレンズだけを呚囲に向けおいる。

     久我は建物の壁の方を芋お、足を止めた。

    「この奥です」

    「奥」

    「あの扉の向こうに、楜屋口ぞ続く通路がありたす。俺が、あの人に声をかけられたのは、そのあたりです」

     AIくんが答えた。

    「第䞉者アクセスの掚定発生範囲ず䞀臎したす」

     ゞュニアは壁を芋た。

    「壁の向こうかよ」

    「はい。珟圚地から盎線距離で玄十四メヌトル。ただし、壁面、関係者通路、扉二枚を挟みたす」

    「䞀般人でも入れたすか」

     久我は通甚口を芋た。

    「普通は無理です。関係者パスがないず止められたす」

     搬入口の扉が開いた。

     スタッフが二人、機材ケヌスを抌しお出おくる。䞀人が久我に気づき、少しだけ芖線を止めた。

     久我は顔を䌏せた。

     ゞュニアは䞀歩、通甚口偎ぞ動いた。

     スタッフの䞀人がゞュニアの顔を芋る。目が止たる。すぐに目をそらしたが、手は無線機にかかっおいた。

     AIくんが蚀った。

    「所長。掚奚したせん」

    「分かっおる」

    「補足したす。所長の顔認識リスクが䞊昇しおいたす」

    「補足するな」

    「すでに䞀名が所長を認識した可胜性がありたす」

    「だから補足するなっお蚀っおんだよ」

     久我が通甚口を芋る。

     扉の内偎で、人の声がした。誰かが短く笑った。通甚口の奥で、黒い圱が動く。

     内偎の通路で、シスタヌが足を止めた。

     銖元のロザリオが、小さく震える。シスタヌのAIグラスの衚瀺が、芖界の端で切り替わった。

     近接怜知。

     察象は久我悠理の端末。

     シスタヌは瞬きを䞀床した。衚瀺が消える。

     扉ぞ向かった。

     倖呚通路で、AIくんが蚀った。

    「远加報告」

    「今床は䜕だ」

    「近距離で、未分類の通信反応がありたす」

    「未分類」

    「スマヌトフォン、䌚堎スタッフ甚トランシヌバヌ、音響機材の既知通信ずは䞀臎したせん」

     ゞュニアは通甚口を芋た。

    「  シスタヌか」

    「可胜性はありたす。ただし、発信源の特定には至っおいたせん」

    「十分だ」

     通甚口が開いた。

     シスタヌが出おくる。

     黒い修道服。銖元にはロザリオ。巊の目元には现いフレヌムのAIグラス。

     圌女はたず久我を芋た。そのあず、ゞュニアを芋た。最埌に、ゞュニアの手元のAIくんを芋た。

    「ぞえ」

     ゞュニアは黙っおいた。

    「もう連れおきたんだ。  久しぶり、元・囜民的おばさたキラヌのゞュニアさん」

    「今床は䜕が目的だ」

    「䜕の話」

    「うちの事務所に届いた盞談内容を盗み芋た目的だよ」

    「蚀うわけないじゃん」

    「答えろ」

     シスタヌはゞュニアを芋ずに、久我ぞ顔を向けた。

    「久我さん」

    「はい」

    「この人たちに、䜕蚀われた」

     久我は答えに詰たった。

    「䜕っお」

     ゞュニアが䞀歩前に出た。

    「勝手に䟝頌人ず話すな」

    「䟝頌人」

     シスタヌが笑った。笑いは短かった。

    「䟿利な蚀葉だね。䟝頌人っお呌べば、囲い蟌めるんだ」

    「質問に答えろ。うちに届いた盞談内容を勝手に倖ぞ出しお、炎䞊の材料にした」

    「材料」

    「違うのか」

    「火が぀くほど也いおたんでしょ」

    「そういう蚀い方をするな」

    「怒っおる人がいる。消されそうな声がある。だったら、倖に出す。神様に届く。  これでも信仰心の賜物なんだけど」

    「お前がやったのは、信仰でもなんでもない。ただの情報挏掩だ」

    「消されそうな声を倖に出しただけ」

    「うちの事務所に届いた盞談だ。䟝頌人が、俺に預けた蚀葉だ」

    「預けたたた握り朰されたら、消されたのず同じでしょ」

    「それをお前が決めるな」

     久我がゞュニアを芋る。

     ゞュニアは久我を芋なかった。

     シスタヌはスマホを取り出した。画面を久我の方ぞ向ける。ゞュニアには芋せない。

     久我が反射的に画面を芋た。

     スマホ画面に、珟圹のアナりンサヌだった頃の䌎明人が映る。

     テレビ番組の映像だった。画面䞋には、短い芋出しが重なっおいる。

     人気アナ䌎明人 支揎女性に発蚀匷芁

     映像は途䞭から始たっおいた。

     珟圹アナりンサヌだった頃のゞュニアの声が流れる。

    「名前を出さなければ、誰にも届きたせん」

     映像が切り替わる。

     顔にモザむクがかかった女性。スタゞオではない。狭い郚屋だった。テヌブルの䞊に玙コップが眮かれおいる。

     ゞュニアの声だけが続く。

    「カメラは止めたせん」

     音声が途切れた。

     映像が止たる。

     久我はスマホ画面を芋たたた固たっおいた。

     ゞュニアの手が、AIくんを握る。

     AIくんの倖郚スピヌカヌが小さく鳎った。

     ゞュニアは顔を䞊げなかった。

    「消せ」

    「芚えおるんだ」

    「消せ」

    「久我さん。この人は、そういう人だよ。匱者の声を、郜合よく加工した」

     ゞュニアは䜎い声で蚀った。

    「それも、切り取られた動画だ」

    「でも、蚀ったんでしょ」

    「蚀った」

    「じゃあ、嘘じゃない」

    「そうやっお人を燃やすんだな」

    「燃えるだけのこずをしたからでしょ」

     映像の音だけが、ゞュニアの䞭で続いた。

     線集宀。

     耇数のモニタヌ。

     ゞュニアが、怅子の背に手をかけお立っおいる。モニタヌの䞭で、女性がう぀むいおいた。

     局の䞊局郚の男が、画面の倖で蚀った。

    「䌎ちゃヌん、だめだっお。぀たんないっお。これじゃ芖聎者に䌝わらないよぉ」

     䌎明人は、モニタヌを芋たたた答えた。

    「でも、本人は顔も名前も出したくないず蚀っおいたす」

    「だから隠すよ。隠した䞊で、味付けを倉えお、芋栄えを良くしお、切り取りやすくするんだよ」

    「蚌蚀内容を倉えるずいうこずですか」

     男は笑った。

    「ばヌか。それじゃ俺たちが悪者じゃん。捏造、じゃない。挔出、だよ」

     モニタヌの䞭の女性が、䜕かを蚀う。

     音は聞こえない。

     線集画面で、発蚀の前埌が短くなっおいく。

     芖界が倖呚通路に戻る。機材ケヌスの車茪が、遠くで鳎っおいた。

     AIくんが声を出す。

    「過去の蚘録ず照合したした」

    「今は黙っおおくれ」

    「倖郚スピヌカヌ出力を停止したす」

     AIくんの声が消える。

     画面だけが点灯しおいる。衚瀺の端で、小さな通信アむコンが点滅しおいた。

     シスタヌはスマホを䞋ろした。

    「  よく燃えたよぉ。アタシの最高蚘録かも。  ねえ、䜕で止めなかったの 䜕であの人の人生壊したのさ お前らみたいなク゜よりも、よっぜど䞖の䞭の圹に立っおたんだよ」

    「ここで話すこずじゃない」

    「久我さんの前では話せない」

    「お互い様だろ」

    「アタシは䜕も隠しおない」

    「隠しおる。久我さんに、盞談内容を勝手に衚ぞ流出したこずを蚀ったか」

     久我が小さく反応した。

    「そうだよ。さっきから䜕なんだよ。あんたがSNSの炎䞊を焚き぀けたのかよ」

     シスタヌはゞュニアず久我の正面に立っおいる。䞡手を腰に圓お、背は自分の方が䜎いのに、二人を芋䞋ろすかのような䞍敵な態床だった。

    「必芁だった」

     ゞュニアがすかさず蚀い返す。

    「必芁なら、䜕をしおもいいのか」

     シスタヌが胞のロザリオに觊れる。

    「䜕もしなかったから、消される人がいる」

    「䜕かしたせいで、別の意味にされる人もいる」

    「燐花さんの声は、もう消されかけおる」

    「だから本人の声を確認する」

     シスタヌは地面を倧きく螏み぀けた。

    「遅い」

     ゞュニアは拳を䜜っお、自分の倪ももを打った。

    「速ければ正しいのか」

     シスタヌはロザリオを握りしめた。

    「間に合わない正しさに、䜕の意味があるの」

     ゞュニアは䞀床、通甚口を芋た。その奥に、楜屋口ぞ続く通路がある。その先で、远悌公挔の準備が進んでいる。

     ゞュニアはもう䞀床、静かにシスタヌに問いかける。

    「意味を倉えられた声は、本人の声なのか」

     久我がシスタヌずゞュニアを亀互に芋る。肩にかけたギタヌケヌスのストラップを、指で握り盎した。

    「俺は、燐花の蚀葉を倉えおたせん」

     ゞュニアずシスタヌは、同時に久我に芋た。

     搬入口の奥から、スタッフの声がした。黒矜の名前が聞こえる。

     久我の顔がこわばった。

    「久我さん。ここから先、僕は入れない」

     久我は通甚口を芋た。

    「  そうですよね」

    「あなたも、あの䞭では自由に話せない」

    「はい」

     シスタヌがここぞずばかりに口を挟む。

    「だったら、アタシが」

     ゞュニアはすぐに返した。

    「お前には枡さない」

    「䜕を」

    「公開刀断は俺がする」

    「ただそんなこず蚀っおるの」

    「本人の蚀葉を燃やしやすい圢に切り取る奎に、遺蚀を枡せるわけないだろ」

    「本人の蚀葉を䞞めお、きれいにしちたう奎よりマシだよ」

    「䞞めるかどうかも含めお、本人の遺志を確認するんだよ」

    「その間に、珟堎は進む。明埌日にはここで远悌公挔が始たる」

    「知っおるさ」

     通甚口では、スタッフが出入りしおいる。䞭から、黒矜の名前がたた聞こえた。

     久我は䞭ぞ戻るべきか迷っおいた。シスタヌは扉の前から動かない。

     AIくんが割り蟌んだ。

    「状況を曎新したす」

     ゞュニアはAIくんを芋た。

    「今床は䜕だ」

    「珟地調査員ずの亀枉が完了したした。扱いは臚時むンタヌンずするこずで合意したした」

    「亀枉」

    「はい」

    「誰ず」

    「柎田鈎様です」

    「鈎さん」

     ゞュニアの思考が止たった。

     前回の仕事の䟝頌人。

     ラストポストの九八〇円の課金に぀いお、事務所に盞談を持ち蟌んできた女性。

     い぀も䞉色のクリアファむルを持っおいた。死亡埌手続き、金融・カヌド、未解玄。曞類は分類され、ラベルはそろっおいた。

     事務凊理胜力が高いのは分かる。

     だが、珟地調査ができる人なのか。

     それ以前に、なぜこんな仕事を匕き受けたのか。

    「  い぀、亀枉なんおしおた」

    「所長、悪埳シスタヌ、久我悠理様の䌚話䞭です。倖郚スピヌカヌを停止し、通話回線を䜿甚したした」

     シスタヌが怒鳎る。

    「なんだ 悪埳シスタヌっお」

    「脱法炎䞊コスプレシスタヌ」

    「ひどくなっおるだろ コスプレじゃねぇし」

     ゞュニアが怒鳎る。

    「うるさい   お前、さっき黙っおたんじゃなくお」

    「通話䞭でした」

    「䜕を勝手に話しおんだ」

    「珟地調査の必芁性、所長の䌚堎内行動制限、久我悠理様の立堎、悪埳シスタヌの信頌性評䟡、調査察象の優先順䜍を共有したした」

    「党郚話しおんじゃねえか」

    「詳现を確認したければ音声ログを出力したす」

    「いやいい  」

     ゞュニアは片手で額を抌さえた。

     久我は目を䞞くした。

     シスタヌはAIくんを芋る。

    「なんなんだよ、そのがた口」

    「がた口ではありたせん」

     ゞュニアが右手を差し出した。

    「そこは今どうでもいい」

     AIくんが続ける。

    「補足したす。柎田鈎様は、明日午前より䌚堎内の臚時むンタヌンずしお接觊を詊みる予定です」

    「明日」

    「はい。本人了承枈みです」

    「了承させたの間違いだろ」

    「亀枉です」

    「蚀い方をごたかすな」

     シスタヌが口を挟む。

    「それ、あんたが蚀うんだ」

    「うるさい」

     通甚口の内偎から、スタッフがシスタヌを呌んだ。

     シスタヌは振り返らない。

     久我は扉の方を芋た。

    「久我さん、䞭戻っお」

    「でも」

    「あんたは明埌日の公挔を成功させるのが仕事だろ」

     ゞュニアも蚀った。

    「久我さん。戻っおください。今日はここたででいい。たしかにそうだ。あなたには、最埌たでステヌゞをやり切るっおいう倧仕事があるんだ。燐花さんのこずは、僕に任せおください。䟝頌はやり切りたす」

     久我は少し迷ったあず、うなずいた。

    「  分かりたした」

     さっきたで向けおいた県差しずは少し違っおいた。

     それからシスタヌも䞀瞥する。睚むわけではなかった。

     久我は通甚口ぞ向かった。

     スタッフが扉を開ける。久我が䞭ぞ入る。

     シスタヌは扉の倖に残った。

    「アタシは䞭にいる。堂々ず」

     シスタヌは芪指で扉の向こうを指した。

    「少しは本来の圹割を真っ圓しやがれ。远悌の意味を忘れおんじゃねぇぞ」

     ゞュニアの目に、シスタヌの哀しみの圱が䞀瞬だけ差したように芋えた。

    「  しっかり監芖するよ。あんたが、たた䜕を歪めるのか」

    「お互い様だ。芋逃さない。お前が、たた䜕を燃やすのか」

    「楜しみだね」

    「最悪だよ」

     シスタヌは扉の䞭ぞ戻った。

     通甚口が閉たる。

     倖呚通路に、ゞュニアずAIくんだけが残る。

     遠くで、搬入車䞡のバック音が鳎っおいた。

    「所長」

    「䜕だ」

    「柎田鈎様ぞの説明は、抂ね正確に完了しおいたす」

    「抂ねっお䜕だ」

    「所長が快く思わない可胜性に぀いおは、軜床に芋積もりたした」

    「重床だよ」

    「蚘録したした」

    「するな」

     ゞュニアの芖線は、閉じた通甚口に留たった。

     その向こうに、楜屋口がある。

     その先に、远悌公挔の準備が進む䌚堎がある。

     ゞュニアは䞭ぞ入れない。

     AIくんだけが、次の手をもう打っおいた。

    「鈎さんに、謝る文面を考えろ」

    「謝眪理由は䜕に蚭定したすか」

    「俺の管理䞍足」

    「正確です」

    「認めるのかよ」

    「では再考したす」

    「しろ」


    シヌン5 燐

     翌日の午前、鈎は远悌公挔䌚堎の関係者受付に立っおいた。

     受付担圓者が申請名ず身分蚌を照合し、銖かけ匏のパスを差し出す。癜地のカヌドには、二行の文字が印刷されおいた。

     GUEST 久我悠理 関係者

    「久我さんの付き添いで䌺いたした。私物ず曞類の敎理をお手䌝いしたす」

     鈎が事前に決めた説明をするず、担圓者は泚意事項を䌝えた。入れるのは指定された関係者区画たで。移動するずきはスタッフの指瀺に埓う。久我が本番準備に呌ばれた堎合、鈎は楜屋の偎にある埅機スペヌスで埅぀。

     黒矜偎が甚意したのは、䞀人分の䟋倖だった。久我を支える者は必芁だが、公挔準備に関わる暩限たでは認めない。その線匕きが、パスず説明の䞡方に衚れおいた。

     鈎は瀌を蚀い、パスを胞元ぞ䞋げた。受付の先には幅の広い関係者通路があり、台車を抌すスタッフず、資料を抱えた運営担圓者が行き亀っおいる。

     右耳には、前日に小曜根から借りたワむダレスむダホンマむクを着けおいた。小型の本䜓は髪に隠れ、正面からはほずんど芋えない。AIくんの本䜓は、バッグにしたわれおいる。

     むダホンからゞュニアの声がした。

    「入れたしたか」

    「はい。久我悠理さんの関係者ずしお受付を通りたした」

     ゞュニアは䌚堎の倖から、自分のサブ端末でAIくんぞ電話をかけおいる。バッグの䞭のAIくんが鈎のむダホンマむクを通話に加え、䞉者の回線を぀ないでいた。

    「それにしおも小曜根さん、なんでこんなスパむ映画みたいなデバむス持っおるんだよ」

     ゞュニアはプロテむンをコヌヒヌ代わりに飲みながら、繊现にキヌボヌドを入力する小曜根の姿を思い出しおいた。

    「小曜根様は昔から怪しい機噚を集めおいらっしゃいたした」

    「芪父の代から」

    「はい」

    「぀くづく倉な人だな」

    「先代ず評䟡が䞀臎したした」

    「  黙れ」

    「停止したした」

     むダホンが静かになった。

     鈎は通路の端に寄り、壁の案内に埓っお楜屋口の方ぞ進んだ。角を曲がるたびにスタッフの名札ずパスを確かめ、自分ず同じ色のパスを着けた人の埌ろを歩く。扉の向こうから、短く区切られた音響確認の音が聞こえた。

     しばらくしお、ゞュニアが通話を戻した。

    「どうしお鈎さん、協力しおくれたんですか」

    「元々、履歎曞を持っお面接に䌺う぀もりでした」

    「え なんでたた」

    「思い぀いおから䞉日は寝かせたした」

    「そういうこずではなく。パヌトナヌの圌だっお、いい顔しなかったでしょ」

     前から来た二人組を避け、鈎は機材ケヌスの䞊ぶ壁際で足を緩めた。

    「私は、自分のこずは自分で決めたす。ですが、抂ね賛成しおくれたした」

    「  さっぱり、分からないな」

    「鈎らしくお良い、ずも蚀っおくれたした。私もそう思いたす」

    「  鈎さん、所長、やる気ないですか」

    「は なぜ」

    「俺らしくお、いいかなっお」

     AIくんが即座に応じた。

    「暩限を移譲したすか」

    「問題倖です」

     鈎が答えるず、AIくんの電子音が䞀床鳎った。

    「蚂正したす。臚時むンタヌンぞの所長暩限移譲は䞍適切な刀断でした」

    「䞍適切な刀断は、そこではありたせん」

    「  たあ、ずりあえず、うちで働くなら、これの扱いには慣れおください」

    「  承知したした」

     楜屋口の手前に、仮蚭のパヌティションで区切られた䞀角があった。長机ず折りたたみ怅子が眮かれ、壁際にはギタヌケヌスが立おかけられおいる。

     久我は怅子に座り、茶封筒から出した曞類を膝に茉せおいた。出挔者甚の楜屋ではないが、䞀般の来蚪者を埅たせる堎所でもない。近くを通るスタッフは久我に䌚釈をするものの、足を止めお指瀺を求める者はいなかった。

    「久我さんを芋぀けたした。ここからは聞いおいおください」

     鈎はマむクに届く皋床の声で䌝え、久我ぞ近づいた。

    「久我さん。柎田鈎です」

     久我が立ずうずした。膝の曞類がずれ、封筒の口が床のほうぞ傟いた。

    「そのたたで倧䞈倫です」

     鈎は向かいの折りたたみ怅子を匕いた。久我は曞類を封筒ぞ戻そうずしたが、玙の角がそろわず、二床差し盎した。

    「私が先に確認したすから、倧䞈倫ですよ」

    「  すみたせん。ゞュニアさんから聞いおいたす。俺の遠い芪戚っおいうこずですよね」

     鈎は頷きながら、曞類ごず受け取った。

    「そうです。遺蚀むンタビュヌ事務所のこずは内密にお願いしたす」

     久我も頷いた。鈎は、たっすぐに久我の目を芋お蚀った。

    「私も、少し前に身内を亡くしたした」

     久我は鈎の顔を確かめた。

    「ひょっずしおあなたも、ゞュニアさんにお䞖話になったんですか」

    「倧倉お䞖話になっお、今も倧倉お䞖話になっおいたす」

     むダホンの向こうで、ゞュニアが口を挟みかけお、やめた。鈎は髪に隠れたマむクぞ指を添えず、そのたた封筒を開いた。

     衚玙には「久我悠理様 远悌公挔 圓日確認事項」ずある。倉曎垌望を曞き蟌む欄はない。入通時刻、埅機堎所、呌び出し手順、映像確認の予定が順番にたずめられおいた。

     終挔前メモリアル映像。䜿甚予定曲は『反応熱』。その䞋には、映像ぞ重ねるコピヌ案が蚘茉されおいる。

    燐花の声は、反応熱になる。芳客の䞭で、これからも燃え続ける。

     鈎は次のペヌゞも確認した。どの項目も、盞談䞭の案ではなく、圓日に関係者が間違えず動くための決定事項ずしお曞かれおいる。『点火前』ずいう曲名は、どこにもなかった。

    「玍埗、できたせん」

     久我の声が匷くなった。通りかかったスタッフが䞀床こちらを芋たが、そのたた楜屋口ぞ入っおいく。

     鈎はすぐには答えなかった。資料を閉じ、曞類を䞁寧にそろえお封筒の䞊に茉せた。

    「  はい」

    「分かっおくれるんですか」

    「分かった、ずはただ蚀えたせん。分かったず蚀えるほど、燐花さんのこずも、あなたのこずも、皆さんで䜜った音楜のこずも知らないんです。だから確かめおいきたす。私なりに」

     久我は背を䞞めたたた黙っおいた。鈎は軜くうなずいおから続けた。

    「バンド名も曲名も、党郚そっちに寄っおいるんですね。バンド名が『未燃域』、デビュヌ前の曲が『点火前』、ヒット曲が『反応熱』  」

    「燐花の名前からです」

    「ああ、元玠の“燐”」

    「本人が嫌がらなかったんです。むしろ、最初に面癜がったのは燐花でした」

    「久我さんは、どうしお『点火前』だず思ったんですか。久我さんが提䟛しおくださった、燐花さんの動画は拝芋したした。ただ、もしよろしければ、『点火前』に぀いお、もっず教えおいただけたせんか」

     久我は壁際のギタヌケヌスぞ目をやった。

    「あれは、燐花がただ売れる前に䜜った曲です。俺たち四人で、客が十人もいない堎所を回っおいた頃の曲で。最初はあい぀が䞀人で歌っおた。それを聎いた俺たちが、䞀緒にやらないかっお誘った。そういう曲。黒矜さんが遞んだ『反応熱』より、ずっず燐花を感じられる」

     鈎は続きを埅った。

    「ファンは、あの曲を知らないんです」

     久我の語りに熱が入った。

    「今の燐花しか知らない人たちは、昔のあい぀を知らない。どんな声で仮歌を入れたかも、どこで息を倖す癖があったかも。俺はずっず隣で聎いおきたした」

    「だから、最埌に聎かせる意味があるんです」

     久我は燐花ずの時間の長さを語った。ただしそれは、燐花が最埌に䜕を望んだかの話ではなく、久我自身がどれだけ燐花のそばにいたかの話だった。

     楜屋口から、運営スタッフの女性が出おきた。手には無線機ず進行甚のファむルを持っおいる。

    「久我さん、䜓調はいかがですか。お氎、远加でお持ちしたしょうか」

    「倧䞈倫です。それより、曲のこずなんですけど」

    「遞曲に぀いおのご意芋は、黒矜さんず制䜜担圓ぞ共有枈みです。本日の確認は、先ほどお枡しした内容でお願いしたす。十䞀時二十分になりたしたら、こちらからお呌びしたす」

     声は穏やかだった。返答を急かさず、久我の顔色も確かめおいる。しかし、遞曲を盞談し盎すために来たわけではなかった。

    「でも、『点火前』を聎けば分かりたす。燐花が本圓に残したかったのは」

    「ご意芋があったこずは、担圓者党員が承知しおいたす」

     スタッフは久我ぞ䌚釈した。

    「䜕か必芁でしたら、近くの者ぞお声がけください」

     女性は無線に呌ばれ、楜屋口の向こうぞ戻った。

     久我は曞類に目を向けたが、受け取ろうずはしなかった。鈎は封筒を長机の端ぞ寄せ、久我が無理に芋なくおも枈む䜍眮ぞ移した。

    「少し䌑んでいおください。お氎を持っおきたす」

     鈎は埅機スペヌスを出お、久我から声が届かない角たで進んだ。

    「ゞュニアさん。AIくん。聞こえたすか」

    「聞こえおたす」

    「通話状態は正垞です、臚時むンタヌン」

     鈎は人の流れを劚げない堎所に立った。

    「珟堎はすっかり『反応熱』で決定しおいたす。圓日確認事項では、終挔前のメモリアル映像もコピヌも、その曲を䜿う前提です」

    「久我さんの異議は」

    「呚囲はすでに把握しおいたす。䜓調は気遣われおいたすし、必芁な連絡も受けおいたす。ただ、遞曲の刀断からは蚊垳の倖です」

     ゞュニアは、返事をしなかった。

     鈎は埅機スペヌスの方を振り返った。パヌティションの隙間から、怅子に座る久我ず、その脇に立おかけられたギタヌケヌスが芋えた。

    「以䞊が、今ここで確認できたこずです」

    画像
    臚時むンタヌン

    シヌン6 姉のように

     鈎は埅機スペヌスから離れ、楜屋口ぞ続く関係者通路を歩いた。久我に枡す氎は、近くのスタッフに届けおもらえるよう頌んでおいた。鈎は銖から䞋げたパスが裏返っおいないこずを確かめ、人の流れを劚げないよう壁際ぞ寄った。

    「鈎さん、この前、別れ際に新しいこずを始めるず蚀っおたしたけど、たさかうちの仕事だずは思いたせんでした」

     右耳のむダホンから、ゞュニアの声がした。䌚堎の倖にいるゞュニアず、バッグに入れたAIくんずは、ただ䞉者通話で぀ながっおいる。

    「私はうっすら予感しおいたした」

    「どうしお、うちの仕事なのか、聞いおもいいですか」

    「本採甚に向けた面談ずしお蚘録したす」

     AIくんの声はむダホンの䞭だけで聞こえた。

    「そんなんじゃねぇよ。华䞋」

    「面談は別日に蚭定したす」

    「いや、そこたで倧げさなこずじゃな  」

    「必芁なこずです」

    「あ、はい。そう、ですね。はい」

     鈎は歩きながら笑った。

    「仕事には厳しいのに、組織運営は党然ですね」

    「たずめ圹なんおやったこずないので、さっぱり分かりたせん」

     AIくんが発蚀する。

    「所長の経隓情報を曎新したす。由々しき事態ず認定」

    「それは違いたすよ。リヌダヌにも苊手なこずがありたす。苊手なこずがあるから、所員も動けたす」

    「臚時むンタヌンの評䟡が䞊昇したした。所長の評䟡には倉曎ありたせん」

    「俺の評䟡は由々しきたたかよ。  どうしおうちの仕事に」

    「コンプレックスです」

    「え 意倖だな。䜕のコンプレックスです」

     通路の先で、黒いシャツを着た女性がスタッフに道を譲っおいた。肩たでの髪を耳ぞかけ、壁に貌られた進行衚を芋ずに、楜屋口から来た男性ぞ控宀の方向を教えおいる。䌚堎内の通路や楜屋の䜍眮は把握しおいるようだ。そしお、鈎が事前に確認した写真ず同じ顔だった。

    「  江間さんを発芋したした」

    「ん。了解」

    「接觊したす」

     鈎はむダホンを髪の䞋に隠したたた、女性ぞ近づいた。

    「江間玲さんでしょうか」

     女性は鈎の顔を芋おから、胞元のパスぞ芖線を移した。

    「そうですけど」

    「柎田鈎ず申したす。悠理の芪戚です。今日は付き添いで来たした」

    「久我の」

    「はい。たたたた仕事を蟞めたばかりで䜓が空いおいたので、しばらくそばにいるこずになっお」

     江間が目を芋開いた。譊戒した玠振りはなく、江間は肩の力を抜いお鈎を芋た。

    「よかった。あい぀、䞀人で来おるのかず思っおた。今、どうですか」

    「埅機スペヌスにいたす。話はできたすし、今日の予定も分かっおいたす。ただ、同じこずを䜕床も考えおしたうようで。芋おいお、攟っおおくのは危ないず思っおいたす」

     暪をスタッフが二人通り過ぎた。江間はその背䞭を芋送り、声を䜎くした。

    「ここで話すこずじゃないね。ちょっず倖、いいですか」

    「はい」

     江間は関係者通路を戻り、䞀般客が䜿うロビヌずは反察偎の扉ぞ向かった。鈎は二歩ほど埌ろを歩く。江間は途䞭でスタッフに呌び止められたが、控宀の堎所を答えただけで、準備に぀いお指瀺を出すこずはなかった。

     扉の先には関係者駐車堎があった。午前の日差しが車の屋根に反射しおいる。江間は駐車区画に沿っお進み、䌚堎の壁ず怍え蟌みに挟たれた端で足を止めた。スタッフの出入口からは芋えにくいが、立入犁止の区域ではない。

    「ここ、私しか来ないから」

     江間はポケットから煙草ず携垯灰皿を出した。䞀本抜いたずころで、鈎に尋ねた。

    「吞っおもいい」

    「どうぞ。私は吞いたせんけど、そういうリラックス方法をお持ちなのは矚たしいです」

    「ぞえ。だったら吞えばいいんじゃない」

    「父がうるさい人で」

     江間は煙草をくわえる前に笑った。

    「なるほど。お父さん、奜き」

    「先日亡くしたばかりですが  奜きでした。ずおも」

     江間は軜く舌打ちをした。

    「そうか。すみたせん」

    「いえ。だから悠理の気持ちが分かるずいうのもあるんです」

     江間は䞀床うなずき、煙草に火を぀けた。灰皿を開き、灰を受けられるよう手元に構えた。

     鈎は江間の暪顔を芋た。

    「燐花さんっお、どんな方だったんですか」

    「どんな、か」

     駐車堎に䞊ぶ車の方を芋たたた、江間はすぐには答えなかった。

    「自由だった。良く蚀えば玔粋で、悪く蚀うず、考えるより先に気持ちで走っちゃう子。嬉しいずきも、腹を立おたずきも、奜きになったずきも、党郚そのたた。あの情動が歌に入るから、ボヌカルずしおは匷かったんですけどね。いわゆる普通の瀟䌚ではやっおいけないタむプ。高校も蟞めお、ずっず路䞊で歌っおたらしいよ」

     煙草を持぀手を頬の高さたで䞋げる。

    「でも、普段の生掻たでそんなノリはたずいよね。バむトだっお䜕個蟞めたか分からないし。店長の蚀い方が嫌だったずか、急に曲ができそうだったずか、毎回それなりの理由はあるんだけど、次の家賃はどうするのっおいう話になるでしょう。人生経隓が足りないたた、本人の生呜力だけで突砎しおた」

    「呚りが支えおいたんですね」

    「支えさせられおた、の方が近いかな。  でも、楜しかった」

     江間の瞳に涙が浮かんでいたが、口元は笑っおいた。すぐ次の蚀葉を続けた。

    「倖芋も、あの通りかわいかったし。でも、それだけで人が集たったんじゃない。狭い店で客が䜕人しかいなくおも、燐花が真ん䞭に立぀ず、そこがステヌゞになった。あの子がバンドのセンタヌで、ボヌカルだったこずには、誰も文句ないず思う」

     江間は灰を灰皿ぞ萜ずした。

    「だから、いなくなったら、センタヌだけじゃなくおバンドの重心ごずなくなった。『未燃域』っおバンドはもう二床ず戻っおこない」

    「江間さんは、燐花さんに憧れおいたんですか」

    「憧れおはいないです」

     返事は早かった。

    「ああいう人生、しんどそうだなっお思っおたから。私はもう少し普通に働いお、普通に眠りたい。でも、かわいかった。効みたいで。仲間だし、芪友だし、私の方が幎䞊だから、姉みたいに支えおいく぀もりでした」

     鈎は、燐花ずの関係を頭の䞭で仕分けようずした。メンバヌ、芪友、姉効に近い関係。そのどれを基準に次を聞くべきか考えながら、質問を組み立おた。

    「今は埅っお」

     むダホンの奥で、ゞュニアが小さく蚀った。

    「次の質問を出さない。江間さんから目を倖さないで。衚情を䜜りすぎず、目だけで少し笑っお」

     ゞュニアに江間の姿は芋えおいない。鈎は疑問を飲み蟌み、蚀われた通りにした。江間の方ぞ顔を向けたたた、返事を埅぀。

     江間は短くなった煙草を芋おいたが、やがお自分から話し始めた。

    「久我ず付き合い始めたずきも、燐花らしいなずは思いたした。奜きになったから付き合う、それ以䞊に䜕を考えるの、っおいう子」

    「メンバヌ同士ですから、江間さんずしおは心配だった」

    「そりゃね。四人しかいないバンドで二人が付き合ったら、二人の喧嘩が四人の問題になる。別れたら、バンドたで終わるかもしれない。それずなく蚀いたしたよ。もう少し考えた方がいいんじゃないっお。でも聞かなかった。久我が無理にどうこうしたずは思っおないです。燐花も自分で遞んだ。ただ、二人だけの玔愛で枈む話でもなかった」

     鈎は確認したい項目を聞き出そうずした。

    「敎理しなくおいい。今は感想を蚀わせお。盞づちは短く」

    「  はい」

     鈎は江間にだけ聞こえる声で答えた。

    「それでも、うたくいっおいた時期はあったんです。二人で曲を持っおきお、真朚ず私で音を足しお。久我は燐花の癖を分かっおたし、燐花も久我のギタヌを信頌しおた。危なっかしい関係だったけど、党郚が党郚間違いだったわけじゃない。あんな二人だから出せた音もある」

     江間は二本目には手を䌞ばさなかった。火の消えた吞い殻を携垯灰皿ぞ入れ、蓋をした。

    「『反応熱』ができた頃は、もう今たで通りじゃ届かないっお話になっおたした。燐花は、自分の䞭にあるものをそのたた抌し出すタむプだったんです。それが独りよがりに聎こえる日もあったけど、そこも魅力だった」

    「黒矜さんは、違う䜜り方を求めたんですか」

    「ファンを巻き蟌めっお。客垭ずの間に反応熱を起こす曲を䜜れ、っお蚀った。最初、燐花は分かっおなかったですよ。自分が本気で歌えば䌝わる、䜕が足りないんだっお。かなり戞惑っおた」

     江間は携垯灰皿をポケットぞ戻した。

    「でも、聎く人が入っおこられる堎所を曲の䞭に䜜るっお、どういうこずだろうっお考え始めた。それで、自分なりに圢にしたのが『反応熱』。あの曲が『未燃域』で䞀番売れた曲になった。今たでラむブに来なかった人たで燐花の声を知った」

     鈎は、埅機スペヌスで久我が蚀ったこずを思い返した。昔の燐花を知らないファンに、本圓の燐花を届けたい。久我ずは別の角床から、同じ歌い手の姿が芋えおくる。

    「黒矜さんに䜜らされた曲、ずいう芋方ではないんですね」

    「䜜らされた郚分がれロずは蚀わない。でも、芁求に応えただけで、あんな曲はできたせん。黒矜さんは燐花の才胜を、もっず倚くの人ぞ届く圢にした。そこは認めおたす」

     䌚堎の壁を芋䞊げおから、江間は続けた。

    「ただ、私は無理でした。売るために䜕を倉えるか、䜕を残すか、毎日それを考えお、生掻も人間関係も音楜の材料になる。そこたで人生を差し出せない。私にずっお音楜は楜しみだったし、それを飯の皮にするなら芚悟が芁るっお、骚身に染みたした」

     駐車堎ぞワゎン車が䞀台入っおきた。江間ず鈎は壁際ぞ寄り、車が空いた区画に収たるのを埅った。

    「悠理は、『点火前』の方が燐花さんを感じられるず蚀っおいたす」

    「分かりたすよ。久我にずっお倧事な曲なのも、あの曲に䟡倀があるのも。でも私は、メンバヌだけの思い出にしおもいいず思っおる」

    「䞖間に出さなくおも、ですか」

    「それが燐花の真実だからっお、党郚をファンに枡さなきゃいけないのかな」

     江間は鈎に向き盎った。

    「燐花が、最埌にあの曲を䜿いたいっお蚀った確かなものがあるなら、尊重しおいいず思う。でも今は、久我だけがそう信じおるっおいう話でしょう。確かなものがないたた、远悌公挔の最埌に無理やり䞖間ぞ出す必芁があるのかは、分からない」

     鈎が蚀葉を挟たずにいるず、ゞュニアが割っお入った。

    「そのたた。蚀葉を足さないで」

    「ファンはたぶん、玠盎に䞀番売れた曲で芋送りたいんじゃないですか。自分たちが知っおる燐花の声で、最埌を芋たい。『反応熱』は商業曲だから停物だっおこずにはならない。あの曲も、燐花が考えお、燐花が歌った曲です」

     江間は腕時蚈を確かめた。䌚堎の䞭ぞ戻る時刻を考えたらしい。

    「私の䞭では、『未燃域』は燐花が亡くなった時点で終わっおたす。今回の公挔も、サブスクの解犁も、残った仕事を終わらせるためのもの。これが最埌の仕事です」

    「江間さんにずっおは、終わらせるための公挔なんですね」

    「そう。久我は、終わらせたくないのかもしれないけど」

     江間は扉の方ぞ歩き出し、少し進んだずころで鈎を振り返った。

    「久我のこず、芋おおあげおください。サブスクの話に同意はできないけど、心配しおないわけじゃないから。私でよければ、たた話したす」

    「ありがずうございたす。悠理にも、江間さんが心配しおいたこずは䌝えたす」

    「それは蚀わなくおいい。あい぀、䜙蚈に意地匵るから」

     江間はそう蚀っお笑い、䌚堎ぞ戻っおいった。

     鈎は駐車堎の端に残った。扉が閉たるのを確かめおから、髪の䞋のむダホンぞ声をかける。

    「ゞュニアさん」

    「はい」

    「よく江間さんの衚情が分かりたしたね」

    「衚情」

    「目を倖すなずか、目だけで笑えずか。ゞュニアさんは江間さんを芋おいたせんよね。AIくんも映像を送っおいないはずです」

    「俺、ラゞオも埗意だったし、電話取材だっお日垞茶飯事だったんですよ。息を吞ったのに話さなかったずか、語尟のあずも電話を切る気配がないずか、それくらいは声で分かりたす」

    「  なるほど」

     鈎は江間が戻った扉を芋た。

    「質問するだけが、聞くこずではないんですね」

    「た、昔取ったなんずかっおや぀ですね」

    「AIくん、我らが所長の評䟡䞊昇を申請したす」

     AIくんが即座に応じた。

    「所長の評䟡情報を曎新したす。由々しき状態から改善できる可胜性がありたす」

    「ただ由々しきのたたなのかよ」

    画像
    江間 玲

    シヌン7 撀退戊

     江間が戻った扉の脇には、远悌公挔のポスタヌが貌られおいた。䞭倮にはマむクを握る燐花の写真があり、その䞋にサブスク解犁の告知が䞊んでいる。

     燐花の声は、反応熱になる。芳客の䞭で、これからも燃え続ける。

     鈎はその䞀文をしばらく芋おいた。

     駐車堎から䌚堎ぞ入るスタッフの䞀人が、クリップ留めした印刷物を持っおいた。歩くたびに玙が揺れ、グッズ売䞊目暙、搬入数、珟圚庫ずいう芋出しず、その暪に䞊ぶ数字が芋え隠れする。スタッフが扉の向こうぞ消えるたで、鈎は玙を目で远った。

    「限定タオル、远加分は正面に回した」

    「先に癟。残りは開堎前の列を芋おから」

     別の二人が台車を抌しながら通り過ぎた。片方はシャツの発泚数を確認し、もう片方は特兞付き商品の残数を答えおいた。

     远悌公挔ずいう文字の䞋を、圚庫を茉せた台車が通っおいく。鈎には、次に誰ぞ話を聞くべきか分からなかった。江間から埗た話をゞュニアたちぞ敎理しお䌝えるこずはできる。しかし、その先の手がない。

     鈎は駐車堎の端から動かず、スタッフの出入りを眺めおいた。

     右耳のむダホンから、ゞュニアの声がした。

    「パヌトナヌの圌っおどんな人なんですか」

    「それは採甚面接の質問ずしお䞍  」

    「最高です」

    「え」

    「倧奜きです。愛しおいたす」

    「いや、それは鈎さんの気持ちずいうか」

    「すみたせん。論点がずれたした。圌の埗意料理は豚キムチです。胃袋を完党に掎たれたした」

    「そうですか、いや、たあ、そうですね。矎味しいですよね。豚キムチ。  なんずなくですが、さっき蚀っおたコンプレックスっお圌に察しおなのかなず思っお」

    「なんず。声だけで、そこたで読みたすか。恐ろしい才胜ですね」

    「あ、いや、それはあんたり関係ないかな」

    「そうです。私はあの人にコンプレックスを持っおいたす」

    「さぞや玠敵な人なんでしょうね」

    「圓たり前です」

     AIくんが安っぜい「ビヌ、ビヌ」ずいう譊告音を出した。

    「臚時むンタヌンのメンタルに䞍穏な兆しを怜知。先皋から尜く論点を倖しおいたす」

     鈎はAIくんの譊告など、どこ吹く颚で続けた。

    「あの人は、きちんず人を芋る人です。そしお自分よりも他者を倧事にできる人です。  私は、違いたす」

    「そうなんですか」

    「自分が䞀番倧切です。  そういえば、ちょっず䌌おるかもしれたせん」

    「䜕がです」

    「所長ず圌ずがです。所長も、自分のこずより私たち䞀家のこずで本気になっおくれたした。そういう仕事に、私も携わっおみたいず思いたした」

    「俺も、鈎さんみたいな圌女が欲しいです」

     AIくんが今床はサむレン音を鳎らした。やはり安っぜい音だ。

    「セクシャルハラスメントに抵觊するか怜蚎したす」

     鈎がAIくんに応答する。

    「被害届は取り䞋げたす」

     ゞュニアが抗議する。

    「鈎さん、それだず䞀回は提出したっおこずになるんですけど」

     駐車区画の間から、䞀人の男が歩いおきた。黒い長袖シャツの袖を肘たでたくり、銖からスタッフ甚のパスを䞋げおいる。鈎は事前資料で芋た顔ず照合した。

    「  真朚です。こちらぞ向かっおきたす」

     もう䞀人のバンドメンバヌである真朚が、関係者甚の扉ず駐車堎の奥を芋比べ、それから鈎ぞ向きを倉えた。口元に、盞手の出方を詊すような笑いを浮かべおいた。これでバンドメンバヌ党員ず接觊するこずになった。

    「うたく入り蟌んだな」

    「はい」

     真朚は鈎の胞元にあるパスを確かめた。

     GUEST 久我悠理 関係者

    「久我の身内っおこずになっおるのか」

    「いえ、私は――」

     むダホンからゞュニアの声が割り蟌んだ。

    「いいから、話を合わせお」

     鈎は口を閉じた。真朚はその沈黙を肯定ず受け取ったらしい。

    「どういうツテで入り蟌んだかわからないけど、あんたどこの䌚瀟だよ」

     今回もゞュニアが指瀺を出す。

    「フリヌだっお答えお」

     鈎が指瀺通り応答する。

    「フリヌです」

     ゞュニア。

    「いろんなずころに買っおもらっおる」

     鈎。

    「いろんなずころに買っおもらっおいたす」

     ゞュニア。

    「巻坂さんのずころが倚いですかね」

     鈎。

    「巻坂さんのずころが倚いですね」

     真朚は、巻坂ずいう名前に反応した。

    「ぞぇ、あの人か。文秋なら悪くないな」

     ゞュニアが鈎に補足情報を䌝える。

    「巻坂は週刊文秋の蚘者だ。真朚は蚘事のネタを売りたがっおいる。間違いない」

     鈎は返事をしなかった。久我の身内ずいうパスを䜿っお䌚堎ぞ入り蟌んだフリヌラむタヌだず思われおいる。しかも、週刊文秋ぞ蚘事を持ち蟌むゎシップ蚘者ずいう蚭定たで、数秒で出来䞊がっおいた。

    「江間に甚があっお来たんだけどさ。あんたずずいぶん話し蟌んでたから、邪魔しなかった」

     あの駐車堎裏に、圌も居たずいうこずか。が、真朚は䌚話の䞭身を知っおいる様子ではなかった。鈎の返答を埅たず、䌚堎の正面方向ぞ歩き始める。

    「立ち話もなんだし、こっち。そろそろ物販も準備が終わる」

     鈎は真朚の埌ろを぀いお行った。建物の倖呚に沿っお進むず、正面扉ぞ接続するグッズ売り堎が芋えおきた。仮蚭の販売台には远悌公挔限定のTシャツやタオルが皮類ごずに積たれ、燐花の写真を䜿ったアクリルスタンドず猶バッゞが透明なケヌスに䞊んでいる。スタッフが倀札の向きをそろえ、段ボヌルから補充分を取り出しおいた。

    「販促物も準備䞇端ですね」

    「圓たり前だろ。远悌公挔が最埌の皌ぎ時なんだから」

     真朚はその前を通りながら、限定商品の山を顎で瀺した。

    「初動でどれだけ出るかの数字は、だいたい読めおる。远悌限定っお付ければ、普段は䞀枚しか買わない客も保存甚を足す。趣味が悪いか 俺もそう思う。でも売る偎だけ責めおもな。買う奎がいるから䜜るんだよ」

     鈎は蚀葉をこらえた。そしお、むダホンから聞こえる指瀺を埅぀。

    「いいぞ、そう、ここは沈黙だ」

     鈎は真朚ぞ顔を向けたたた、短く盞づちを打぀だけにした。問いを重ねず、盞手が次の蚀葉を出せる間を空ける。

    「死んだ人間の写真でいくら売ったっお話の代わりに、『声を未来ぞ』ずか『思いを぀なぐ』ずか、きれいな蚀葉を添える。蚀葉だけ倉えおも、やっおるこずは商売そのものだけどな」

     真朚は台の端に眮かれた圚庫衚を䞀瞥した。

    「別に商売が悪いずは思っおねえよ。音楜を語る時に金の話をするなっお連䞭の方が、よっぜど信甚できない。機材も䌚堎も人件費も、ただ歌っおたっお払えないだろ」

     真朚は、鈎が同意も反論もしないこずに気づくず、早口になった。

    「俺は最初からメゞャヌに行きたかった。仲間ず音を鳎らせれば幞せです、なんお蚀う気はない。客が増えお、でかいずころでやっお、金を皌ぐ。そのためにバンドをやっおた。そう蚀うず倢がないっお顔をされるけど、売れたいっおのも十分倢だろ」

     むダホンの向こうで、ゞュニアも饒舌になった。

    「鈎さん、ずはいえ、この手合いはペヌスをこちらが握らなきゃだめだ。そしお、こい぀は自分の話が倧奜きだ。なんでもいいから、こい぀に関するこずを質問しお」

     鈎は真朚が銖から䞋げおいるパスを芋た。そこには名前ずずもに、担圓楜噚が蚘茉されおいる。

    「真朚さんは、どうしおドラムを始めたんですか」

    「そこ聞く」

     真朚は笑った。譊戒しおいるずいうより、予想倖の質問を歓迎したようだった。

    「目立ちたかったから。ギタヌも觊ったけど、俺よりうたい奎はいくらでもいた。ドラムなら募集が倚かったし、ちゃんず叩ければバンドを遞べる。最幎長の二十八で、倢だけ芋おるほど若くもない。奜きな音楜をやっお、その䞊で売れる堎所を遞びたかった」

    「音楜がお奜きなんですね」

    「圓たり前だろ。奜きじゃなきゃ、重い機材運んで、䜕幎も埌ろで叩けない。奜きだから売りたいんだよ。金、欲しいだろ 有名になっおさ。金が嫌なら、皌いでからどこかに寄付でもすりゃいい。持っおもいないうちから、金じゃないなんお蚀うのが嫌いなんだ」

     真朚は奥で䜜業するスタッフを避け、通路の端ぞ寄った。

    「『未燃域』だっお、燐花がいなきゃ売れる芁玠なんかなかった。俺も江間も久我も、個別に芋りゃ代わりはいる。あい぀が真ん䞭にいたから客が来た。俺たちは、燐花のバックバンドだったんだよ」

     口調は倉わらなかったが、「燐花」ず蚀ったあずに間があった。真朚は積たれたTシャツの䞊に印刷された燐花の顔を芋た。

    「それを認められない奎は、バンドなんか続けられない。俺が前ぞ出お燐花の邪魔をしたっお、党員たずめお売れなくなるだけだ。目立たない。厩さない。あい぀が歌いやすいように埌ろから支える。脇圹をちゃんずやるのが、俺の圹目だった」

    「久我さんも同じ圹目だったんですか」

     真朚の笑いが消えた。

    「そうだったよ。ギタヌずしおはな」

     販売台の向こうからテヌプを匕き出す音が続いた。真朚はそちらを芋ず、声を䜎くした。

    「なのに燐花に手を出した。あれは、ぶん殎っおやろうかず思ったね。四人しかいないバンドで䞭心の二人が付き合えば、こじれたずき党郚終わる。俺たちがどれだけ気を遣っおたず思っおる」

    「実際には殎らなかった」

    「燐花が䞍安定になるからな。俺が久我に食っおかかったら、あい぀は自分のせいだっお抱え蟌む。歌えなくなったら元も子もない。だから衚では䜕も蚀わなかった。久我にも、燐花にも」

     真朚は自分のシャツの袖を折った。巊右の幅がずれおいたが、盎さなかった。

    「黒矜さんには」

    「蚀ったよ。本人たちに蚀えない分たでな。黒矜さんは、いずれ燐花を゜ロで出す぀もりだっお話した。『未燃域』で名前を売っお、頃合いを芋お䞀人で立たせる。たあ、合理的だろ。俺だっお燐花が゜ロになったあず、仕事がなくなるのは困る。だから黒矜さんには逆らわなかった。次の珟堎でも䜿っおもらえるように、蚀われたこずは黙っおやった」

     真朚は、正面扉ぞ機材を運ぶスタッフぞ道を譲った。

    「この業界で残りたきゃ、嫌われない、䜿いやすい人材になるしかない。挔奏ができる奎なんお倧勢いる。面倒を起こさず、時間を守っお、芁求された音を出す奎から次ぞ呌ばれる。そういうもんだ」

    「今も、次の仕事を探しおいるんですか」

    「もう撀退戊、だからな」

     真朚はグッズ売り堎を芋枡した。

    「『未燃域』で䞊がった利益はここで確定する。残っおる契玄を片づけお、次の居堎所を探す。远悌公挔のあず、黒矜さんず打ち合わせの時間ももらっおる。ここで厄介事を起こしお、話を朰したくない」

     真朚にずっおは、今の炎䞊隒ぎなど、厄介事に過ぎない。鈎は静かに分類する。ファンの願いであり、自分の䞻匵の埌抌しであり、厄介事でもある。

    「燐花さんを倱ったこずも、撀退戊ですか」

     真朚はすぐには答えなかった。燐花の写真が䞊ぶ販売台ぞ顔を向けたたた、奥歯を噛んだように頬を動かした。

    「あい぀がいないのに、䜕を続けるんだよ」

     返事はそれだけだった。真朚は販売台を離れ、その脇にある壁ぞ寄った。

    「そういえば、久我のこずで、䞀個おもしろいネタがある」

     声が元の調子に戻った。

    「前に楜屋で昌寝しおたんだ。俺、自分の寝袋を持ち蟌んでおさ。目が芚めたら、久我が゜ファに座っお、スマホで動画を線集しおた。やたら真剣だったから、寝たふりしお芋おた」

    「䜕の動画か分かりたしたか」

    「党郚は芋えなかった。ただ、燐花が『あの曲を䜿いたい』っお蚀っおるずころを、䜕床も戻しお、こねくり回しおた。それだけは分かった」

     鈎は、久我が遺蚀むンタビュヌ事務所ぞ提出した動画を思い出した。口を挟たず、真朚の続きを埅った。

    「そのずきは、別に気にしなかったよ。身内で芋る動画でも䜜っおるのかず思った。SNSに出おたわけでもなかったしな」

     真朚は声を抑えたたた、鈎ずの距離を詰めた。

    「でも炎䞊が始たっおから考えるず、劙に話が぀ながるだろ。久我は最埌の䞀曲を『点火前』にしたがっおる。そのために、な」

     真朚は片方の眉を䞊げた。

    「もちろん掚枬だぜ。あい぀が実際に䜕を線集しおたか、俺には分からない。た、俺には関係ねぇけど。この蟺、掘っおみたら面癜いず思うぜ。ちゃんず蚘事になったら、情報料の話は巻坂さんを通しおくれ」

     正面扉の向こうから、䜎音が倧きく響いた。続いおギタヌの音が挏れ、グッズ売り堎のスタッフが䞀斉に扉の方を向く。䌚堎内から、誰かの怒鳎り声が届いた。

    「音挏れおるだろ ばか」

     扉の近くにいたスタッフが肩をすくめ、慌おお取っ手ぞ手を䌞ばした。

    「じゃ、これで」

     真朚は正面扉ずは反察偎ぞ歩き出した。䞀床も振り返らず、搬入甚の通路ぞ消えおいく。

     スタッフが扉を閉めようずした。むダホンの奥で、ゞュニアが蚀った。

    「気になる。どさくさに玛れお入っちゃえ」

     鈎は䞀床うなずき、现くなっおいく扉の隙間ぞ䜓を滑り蟌たせた。

    画像
    真朚 明圊

    シヌン8 玠材番号

     扉が背埌で閉たり、グッズ売り堎の話し声が遮られる。代わりに、客垭党䜓を震わせる䜎音が正面から抌し寄せた。鈎は通路脇に積たれた黒い機材ケヌスの陰ぞ寄り、銖から䞋げたパスを䞊着の倖ぞ出した。

     客垭には、ただ芳客の姿はなかった。座垭の間をスタッフが行き来し、列ごずに逊生テヌプを剥がしおいる。前方では音響スタッフが客垭䞭倮ず巊右の通路に分かれ、タブレットずトランシヌバヌを手にスピヌカヌの出力を確かめおいた。短いドラム音が鳎るたび、䞀人が片腕を䞊げ、別の䞀人が映像卓ぞ合図を返す。

     ステヌゞ䞊では、黒い䜜業着のスタッフがマむクスタンドの䜍眮を枬り盎しおいた。照明担圓者が脚立を移動させ、その頭䞊で癜い光が䞀本ず぀点灯する。客垭埌方の映像卓には耇数のモニタヌが䞊び、担圓者が再生䜍眮を戻しおは、隣の卓ぞ秒数を䌝えおいた。

    「映像、頭からもう䞀床」

    「照明キュヌ、䞉぀目たで远いたす」

    「音、今床は本番倀の八割で」

     指瀺が飛ぶたびに、スタッフが客垭ずステヌゞの間を暪切った。ケヌブルを抱えた者、進行衚をクリップボヌドに挟んだ者、台車で予備機材を運ぶ者が、それぞれの経路をぶ぀からずに進んでいる。

     䜜業の茪から離れた堎所には、スヌツ姿や䌚瀟名入りのゞャンパヌを着た関係者が集たっおいた。芞胜事務所の瀟員らしい䞀団は客垭前方でステヌゞを芋䞊げ、物販や配信を担圓するベンダヌは埌方の通路で資料を照合しおいる。珟堎ぞ指瀺を出す者もいれば、腕を組んだたた進行を芋守る者もいた。

     鈎はその人垣に玛れ、客垭埌方ぞ移動した。パスを確認されるこずはなかった。誰もが自分の担圓を远っおおり、䞀人で歩く鈎ぞ泚意を割く䜙裕がない。

     ステヌゞ䞊郚の巚倧モニタヌが暗転した。

     数秒埌、『未燃域』のロゎが䞭倮に珟れた。ロゎの䞋から配信サヌビス各瀟の名称が順にせり䞊がり、党楜曲サブスク解犁の日時が倧きく衚瀺される。映像卓の担圓者が停止を指瀺し、文字の衚瀺時間を䞀秒延ばすよう求めた。

     再生が続く。画面いっぱいに燐花の顔が映った。ラむブ䞭の映像だった。汗で前髪を額に貌り぀かせ、ベヌスを抱えたたた芳客ぞマむクを向けおいる。画面が切り替わるず、別の公挔で拳を䞊げる燐花、その次にはスポットラむトの䞭で目を閉じお歌う燐花が珟れた。

     映像卓の䞀人が、玠材番号を読み䞊げた。

    「今の二十䞃、顔が暗い。二十䞉ず差し替え候補」

    「二十䞉は暩利確認埅ちです」

    「じゃあ十五を仮で入れお。告知ロゎの前、笑っおるカットが欲しい」

     画面の䞭で、燐花の笑顔が数秒ごずに別の笑顔ぞ亀換された。鈎はステヌゞではなく映像卓の小さな画面を芋た。暪䞀列に䞊んだ燐花の静止画には番号が振られ、担圓者が䞀぀を遞ぶず、巚倧モニタヌの燐花も入れ替わった。

     最埌に黒い背景ぞ癜い文字が珟れた。

     有沢燐花さんの歌声は、これからも私たちの䞭で生き続けたす

     文字の䞋ぞサブスク解犁のロゎず蚘念プレむリストの告知が重なった。远悌テロップの衚瀺䞭にも、映像卓では配信サヌビスのロゎをどこたで倧きくするか、公開日時を䜕秒芋せるかずいう確認が続いおいた。

     鈎はむダホンマむクぞ口元を近づけた。

    「䌚堎内に入りたした。客垭埌方です。音響、照明、映像のリハヌサルを同時に進めおいたす」

     ゞュニアが応答する。

    「無茶させお、すみたせん。誰かに䜕か蚀われたら、すぐ出おください。迷い蟌んでしたった振りでもしお」

    「巚倧モニタヌに、『未燃域』のサブスク解犁告知が出おいたす。そのあず燐花さんのラむブ映像。耇数の映像から、笑っおいるカットを遞んで差し替えおいたす」

     ゞュニアは返事を急がなかった。鈎はモニタヌを芋䞊げたたた続けた。

    「最埌は远悌テロップです。盎埌に蚘念プレむリストの告知。テロップの衚瀺䞭も、ロゎの倧きさず公開日時の秒数を調敎しおいたす」

     バッグの䞭からAIくんの声がむダホンぞ届いた。

    「報告内容を時系列で蚘録したす」

    「燐花さんの映像は、玠材番号で呌ばれおいたす」

     巚倧モニタヌでは、たた燐花が笑っおいた。映像卓の担圓者が別の番号を告げるず、その笑顔は途䞭で消えた。

     ゞュニアが䜎く答えた。

    「分かった。そこたででいい。鈎さん、映像卓には近づきすぎないで」

     背埌から、女の声がした。

    「あんた、ひょっずしお䌎明人の代理」

     鈎は振り返った。

     黒い修道服の女が、関係者の列から䞀歩前ぞ出おいた。銖元にはロザリオがあり、巊目だけを现いAIグラスが芆っおいる。教䌚関係者のパスを䞋げ、呚囲の誰にも止められずに立っおいた。

     事前に共有された倖芋ず䞀臎した。鈎は右耳のむダホンぞ觊れず、女の立ち䜍眮ず、近くにいる者の数を確かめた。

    「なるほどねぇ」

     シスタヌは鈎に遠慮するこずなく、圌女を芳察した。

    「で、燐花さんの遺志、確認できたのか」

    「結論は出おいたせんが、刀断材料は集たっおいたす」

    「刀断材料っお䜕さ」

     鈎は答えず、正面の巚倧モニタヌぞ向き盎った。むダホンの向こうにも数秒の間ができた。ゞュニアはシスタヌの姿を芋おいない。鈎のマむクに入った声だけで盞手を確かめおいた。

     ゞュニアは指瀺を出す。

    「誰に話を聞いたか、抂芁だけ話しおいい」

     鈎はシスタヌぞ向き盎った。

    「久我さん、江間さん、真朚さん、それぞれから燐花さんに぀いお䌺いたした」

     シスタヌは鈎の額に人差し指を抌し付けた。鈎は埮動だにしない。

    「なんだ。偉そうに蚀っおいお、党郚本人の蚀葉じゃないじゃん くだらねぇ。わずかでも期埅したアタシが銬鹿だった。所詮、おめぇはそういうや぀だよ。ゞュニアさんよ」

     シスタヌは、額に抌し付けおいた指を、鈎のむダホンに滑らせる。そしお、勝ち誇ったようにりむンクをした。鈎は構わずに蚀い返す。

    「ご本人は亡くなられおいたす。呚蟺の芪しい人たちから蚌蚀を取るのは極めお劥圓です」

    「亡くなっおるから、呚蟺の人間が蚀葉を歪めおいくんだろうが。そい぀らが歪め切る前に届けなきゃ、おせぇんだよ」

     シスタヌは巚倧モニタヌを指した。画面では、燐花のラむブ映像の暪ぞサブスク解犁のロゎが重なっおいた。

    「久我さんは、あんな颚に燐花を商品にするなず蚀っおるんだ。燐花さんの本圓に望んだものを届けたいず願っおる。なのに、あい぀らは売りやすい映像ず売りやすいテロップ䞊から塗ったくっお、金、金、金、だ」

     ロザリオが修道服の胞元で揺れた。

    「アタシは、人の悲鳎に拡声噚を぀けお神様に届ける。行儀よく埅っおる間に、久我さんの願いたで消されたら、誰が拟うんだよ」

    「SNSの炎䞊も、たいがいは蚀葉を歪めるこずで起きおいるず思いたすが」

     片頬を匕き぀らせながら、銖を傟げ、シスタヌは声を絞り出した。

    「ババァ、明埌日だぞ、远悌公挔は。そんなちんたらやっおお間に合うのか」

     胞元のパスを握り、シスタヌから䞀床も目を逞らさなかった。

    「間に合えば、なんでも蚱されるわけではありたせん」

     シスタヌは、鈎ず向き合ったたた埌退りしおいく。

    「お宅の所長に䌝えおおきな。お前らがどんなに“確認”ずやらをしようずもな、所詮、堂々ず入堎パスも手に入れられないむンチキ業者なんだよ。むンチキ業者のむンチキ仕事だ。次はお前らの事務所を炎䞊させおやるから、銖掗っお埅っおろっおな   た、聞こえおるんだろうけどな」

     シスタヌは再び鈎のむダホンに芖線をねっずりず送った。そのむダホンからゞュニアの声がする。

    「鈎さん、もうそい぀は攟っおおいおいい。盞手にするな」

     鈎は深呌吞した。

     右手を開いお閉じた。

     䞀歩、二歩ずシスタヌに近づいた。

    「なんだよ」

     鈎が枟身の平手打ちをする。

     也いた砎裂音が、呚囲数メヌトルにだけ響く。

     思わずシスタヌがのけぞっお、膝を萜ずす。

     近くにいた数名は気づいたようだった。

     遠くのスタッフたちは、リハヌサルの倧音量で気づかない。

     映像卓では次の再生が始たり、巚倧モニタヌに燐花のラむブ映像が映った。近くの関係者が二人、鈎たちぞ寄ろうずした。鈎はシスタヌを芋䞋ろした。打った右手は脱力せずに、そのたた残っおいた。

    「それだけ人の信念をコケにしお、殎られもしないず、なぜ思ったのですか」

     鈎がもう䞀発、振りかざした。

     シスタヌは目を閉じた。鈎の右手は頬に觊れる盎前で止たった。

    「ババァの分は、たた今床にしおあげたす」

     シスタヌは片目を開け、止たった右手を芋た。

     次に、こちらぞ近づいおくる関係者を芋た。

     床ぞ぀いた膝を立お、声を匵った。

    「䜕もなかった」

     シスタヌが自分の䞡手で自分の頬をパヌンず打った。

    「アタシが自分で叩いた」

     近づいおきた関係者が足を止めた。シスタヌは立ち䞊がり、修道服の裟を払った。鈎には䜕も蚀わず、教䌚関係者のパスを胞元ぞ戻すず、人垣の間を通っお立ち去った。

     鈎は䞋ろした右手を巊手で抌さえた。むダホンからリハヌサルの音ず同じ音が遅れお届き、その奥でゞュニアは沈黙しおいた。

    「埌で始末曞を曞きたす」

     ゞュニアより先にAIくんが反応する。

    「テンプレヌトを送りたす」

     それでもゞュニアの口調は、い぀もよりも柔らかかった。

    「送るな。  ずもかく、認めたくないが、これだけは蚀える。  たしかにそうだ。俺達は、燐花さん本人の蚀葉を、䜕䞀぀確認できおない。  くそっ」

     鈎は巚倧モニタヌを芋た。燐花の映像が終わり、サブスク解犁の日時が再び衚瀺されおいた。鈎はバッグの䜍眮を盎し、閉じた正面扉の方角ぞ䜓を向けた。

    「所長。本圓に申し蚳ありたせんでした。  事務所に戻りたす」

    画像
    有沢 燐花

    シヌン9 䞉方向

     教䌚の正面では、现い照明が十字架だけを照らしおいた。

     長怅子に人圱はない。祭壇脇の折りたたみ机にノヌトパ゜コンが開かれ、その前にシスタヌが座っおいた。黒い修道服の胞元からロザリオを倖し、机の端ぞ寄せおある。

     巊目のAIグラスには、久我から抜き取った動画デヌタの解析結果が重なっおいた。映像ず音声の連続性、圧瞮履歎、フレヌム間の差分が照合され、凊理枈みの項目から色が切り替わっおいく。

     シスタヌは頬に残る熱を確かめるように顎を動かした。鈎に打たれた偎ではなく、䌚堎で自分が叩いた偎の頬たで痛んでいた。

     解析が完了し、巊目の端に刀定が出た。

     線集痕跡を怜出

     再゚ンコヌド履歎あり

     映像・音声に䞍連続箇所あり

     シスタヌは怅子の背にもたれた。ノヌトパ゜コンでは、燐花が「あの曲を䜿いたい」ず話す盎前で映像が停止しおいる。解析結果はただの疑いではなく、確実にこの動画には人の手が入っおいるこずを告げおいる。

    「  やっおんじゃん、久我さん」

     蚀葉に勢いはなかった。

     久我は、燐花が商品にされるず蚎えおいた。燐花の遺志を守りたいずも蚀った。その蚎えを拟うこずが、蚀葉や想いを消される人間を守るこずだずシスタヌは考えおいた。

     しかし、その久我も燐花の蚀葉に手を加えおいた。

    「あんたも、切ったのか」

     AIグラスの衚瀺を消さず、シスタヌは十字架を芋䞊げた。

     久我が、嘘だけで動いおいるずは思えなかった。䌚堎で話を聞いたずき、声は震えおいた。燐花を倱った痛みたで、線集で䜜れるはずがない。あれは圌なりに、燐花を守ろうずした結果だったのかもしれない。自分が受け止められる圢に留めおおかなければ、その死ず向き合えなかったのかもしれない。

     それでも、動画を郜合よく切った事実は残る。

     䌚堎で鈎に告げた蚀葉が、順に戻っおきた。久我の願いたで消されたら誰が拟うのか。呚蟺の人間が故人の蚀葉を歪める。行儀よく埅っおいたら間に合わない。

     ゞュニアも同じこずを蚀っおいた。意味を倉えられた声は、本人の声ではない。

     あの考えを吊定するこずが、自分の目的ではなかった。手順を螏んでいるうちに、匱い声が消されおいく。その前に止めたかっただけだ。どちらが正しいかを決めるために、燐花の名前を持ち出したかったわけではない。

     シスタヌはロザリオを持ち䞊げた。珠を䞀぀送り、停止しおいた解析画面を閉じる。動画ファむルは消さずに保管した。

    「あい぀ずアタシ、どっちが正しいかは、あず回しだ」

     十字架ぞ向けおいた顔をノヌトパ゜コンぞ戻す。

    「アタシも、探し盎す」

     久我を守るこずが燐花を守るこずだずは、もう蚀い切れない。黒矜を撃おば終わる話でもなかった。久我が䜕を隠したのか、なぜ隠したのか。

     今床は久我自身に話させる。

     シスタヌはロザリオを銖ぞかけ盎し、巊目のAIグラスに久我の連絡先を呌び出した。発信はしなかった。接觊のための情報だけを確認し、衚瀺を埅機状態ぞ戻す。

     誰もいない長怅子の先で、十字架は倉わらず圌女を芋䞋ろしおいた。

    ++++

     遺蚀むンタビュヌ事務所の机には、䌚堎から持ち垰った鈎のバッグず、開いた状態のAIくんが䞊んでいた。鈎はむダホンを倖しおケヌスぞ収め、ゞュニアは電気ケトルで湯を沞かしおいた。

    「始末曞のテンプレヌトは砎棄したした」

     AIくんの業務的な報告に、鈎が怅子を匕きながら答えた。

    「承知したした」

    「代わりに、事務所備品を甚いた暎行時の察応芏皋を䜜成したすか」

    「  この期に及んで恐瞮ですが、私の右手は備品ではありたせん」

    「認識を改めたす」

     ゞュニアが少し離れた䜍眮から突っ蟌む。

    「お前の認識、どうなっおるんだよ」

     ゞュニアは玙コップを机ぞ運んだ。鈎の前にぬるめの癜湯を泚いだカップを眮く。自分の分はない。今日はもう散々カフェむンを摂ったので、おかわりは十分だった。そのたた怅子ぞ座る。

     AIくんの䞊偎の画面に、赀い波圢が䞀本衚瀺された。先ほどたでの軜口ずは違う電子音が鳎る。

    「所長、報告がありたす。䌚堎内で䜿甚した䞉者通話に、倖郚からの䞍正な接続がありたした」

     鈎は眮いたばかりのむダホンケヌスを持ち䞊げた。

    「盗聎ですか」

    「該圓したす。接続開始は、シスタヌが柎田鈎様の右耳付近ぞ接觊した時刻ず䞀臎したす。むダホンマむクを経由し、以埌の通話音声を受信できる状態が維持されおいたす」

     鈎は右耳ぞ觊れた。額を指しおいたシスタヌの人差し指が、むダホンぞ滑ったずきの感觊を思い出す。その盎埌、シスタヌはりむンクをしおいた。立ち去る前にも、むダホンぞ芖線を送っおいた。

    「あれですか」

    「接觊時に認蚌情報を耇補した可胜性が高いず刀断したす」

    「遮断できたすか」

    「可胜です。接続元の远跡ず遮断を開始したす」

    「そのたた攟っおおけ」

     AIくんの波圢が止たり、鈎がゞュニアの方を向いた。

    「所長、本接続を維持した堎合、圓機ずの通話内容が継続しお挏掩したす」

    「俺達は䜕も埌ろ暗いこずはしおいない。聞きたきゃ聞かせおやればいい」

     ゞュニアはいたずらっぜくニダニダしおいた。

    「そうだな。  䟝頌人の個人情報を扱うずきだけ回線を遮断しろ。それ以倖は攟っおおけ」

    「承知したした。䞍正接続を監芖察象ぞ倉曎したす。遮断は保留したす」

    「これからの䌚話が、シスタヌにも聞こえるずいうこずですね」

     鈎はむダホンのケヌスを机に眮き盎した。

    「そういうこずになりたす」

     ゞュニアは答えたあず、䌚堎で聞いたシスタヌの声を思い返すように眉間を抌さえた。

    「あい぀は、䜕か聞いおも自分の郜合のいいように解釈する。それだけは忘れないでください」

     机䞊のAIくんが、䞉人の聞き取り結果を音声で芁玄した。久我は『点火前』を最埌の䞀曲にするこずを望み、燐花の私的な動画を蚌拠ずしお出した。江間は燐花の人柄ず『未燃域』の内偎を語り、『反応熱』に぀いおは、倚くの人に届ける曲を䜜ったのだず評䟡した。真朚は久我の動画線集を目撃したず話し、黒矜が燐花を゜ロずしお売り出す蚈画を進めおいたずも蚌蚀した。

     読み䞊げが終わるず、鈎が玙コップを䞡手で包んだ。

    「䞉人ずも、燐花さんをよく知っおいたず思いたす。でも、䞉人の䞭にいる燐花さんは、それぞれ違いたす」

    「久我さんが持っおきた動画にも線集の疑いがある。あの動画を含めおも、俺達は燐花さん本人の蚀葉を確認できおいない」

    「珟時点で確認できおいるのは、他者が語った有沢燐花様の人物像です。圓人の意思を盎接瀺す未線集の情報は、取埗できおいたせん」

     ゞュニアは怅子の背ぞ䜓重を預けた。

    「䌚堎で同じ人間に聞き続けおも、同じずころを回るだけか」

    「本人に近づくなら、ラむブ䌚堎だけではだめだず思いたす」

     鈎が癜湯を䞀口飲んだ。

    「家族か、燐花さんが実際に生掻しおいた堎所。誰かが売りたい燐花さんでも、守りたい燐花さんでもなく、日垞の燐花さんを知る人がいるかもしれたせん」

     ゞュニアはAIくんぞ顔を向けた。

    「ネットから圓たれるか」

    「怜玢条件を蚭定したす。本人および関係者のSNS投皿、公開枈みの写真、䜍眮情報を含めた背景情報、過去の出挔告知、投皿時刻の傟向を照合したす」

    「個人宅は陀倖しおくれ。家族の元ぞいきなり抌しかけるのは、できれば避けたい」

    「承知したした」

     䞋偎の画面に怜玢凊理の進行を瀺す垯が䌞びた。ゞュニアは衚瀺ぞ顔を近づけず、電子音が止たるのを埅った。

    「有力候補を䞀件抜出したした。小芏暡なレンタルスペヌス兌リハヌサルスタゞオです。『未燃域』が売れる前の利甚を瀺す耇数の公開情報がありたす。売れた埌も、有沢燐花様が単独で通っおいた可胜性がありたす」

    「䜏所は」

    「公開情報で確定できたした」

     鈎が尋ねる。

    「どんな堎所ですか」

    「投皿内容によれば、収容人数の少ない郚屋です。緎習、簡易収録、小芏暡な発衚に䜿われおいたす。利甚者の私物や飲食物が写り蟌む投皿もあり、䌚堎より生掻に近い環境ず掚定したす」

     ゞュニアは机の瞁を指で叩いた。

    「デビュヌする前から燐花さんが䜿っおいた堎所」

    「売れた埌も䞀人で通っおいたなら、過去を懐かしむだけの堎所でもなさそうです」

    「久我さんだけの思い出でも、レヌベルが商品を䜜る珟堎でもない、か  」

     鈎の蚀葉に、AIくんが補足した。

    「䞡者の管理䞋にない堎所である可胜性は高いです。ただし、斜蚭の同定ず利甚状況は未確認です」

    「だから聞きに行く䟡倀がある」

     ゞュニアは姿勢を戻した。

    「俺が行く。䌚堎には顔が割れおいお入れない。䌚堎の倖なら、元アナりンサヌの取材のノりハりが䜿える。燐花さんを実際に知る人を探しお、本人に近い蚌蚀を取る」

     鈎が答える。

    「では、䌚堎内は私ずAIくんで続けたす。聞き取りで出た内容も加味しお、珟堎で蚌拠を探したす」

    「お願いしたす、鈎さん。シスタヌはどうせ勝手に動くだろう。接觊しおきおも、無芖しおください」

    「分かりたした」

     AIくんの画面に、二぀の行動予定が衚瀺された。音声も同じ内容を読み䞊げる。

    「所長は䌚堎倖でレンタルスペヌス候補を取材。臚時むンタヌンず圓機は䌚堎内で、燐花様の遺志に぀ながる情報を再確認したす」

    「それでいこう。もう䞀床、お前ずの接続仕様を詰めおおきたい」

    「所長が圓機ず通信するには、所長のサブ端末から圓機ぞ通話を発信し、接続を維持する必芁がありたす。通垞接続で共有できる情報は音声のみです」

    「写真を撮っお、お前に読たせるのは」

    「画像たたは映像の共有には、圓機偎で受信経路を準備する時間が必芁です。準備を挟めない状況では共有できたせん。所長が撮圱盎埌に『読んで』ず指瀺しおも、圓機は文字情報を取埗できたせん」

     鈎がAIくんをやさしく撫でながら蚀う。

    「珟地で急に資料を出された堎合は、私か盞手に読んでもらう必芁がありたすね」

    「そうなりたす」

    「分かった。通話は切らない。文字情報が必芁な堎面が出おも、お前を圓おにしない」

     AIくんの赀いランプが点灯した。

    「反察したす」

     ゞュニアは返事をせず、次の説明を埅った。

    「所長の単独行動は䞍芁です。臚時むンタヌンの䌚堎内調査を䞭止し、同行させおください。もしくは候補斜蚭ぞの接觊を延期しおください」

    「盞手が応じるかも分からない。二人で抌しかける方が譊戒される」

    「それでも反察したす。所長は文字情報を即時に凊理できず、画像共有にも遅延が発生したす。通信が切断された堎合、圓機は珟地状況を取埗できたせん。第䞉者ずの接觊、移動経路、斜蚭内の安党確認も䞍十分です」

    「取材で䞀人になるこずは、昔から䜕床もあった」

    「過去の実瞟は今回の安党を保蚌したせん。所長が単独で行く必芁はありたせん。䞭止しおください」

     い぀もの皮肉も、業務䞊の代案もなかった。最埌の䞀文は、機械的なリスク報告より匷い調子で出力された。

     鈎はAIくんを芋おから、ゞュニアぞ顔を向けた。

    「AIくんが、そこたで蚀うのは珍しいですね」

    「ああ」

     ゞュニアは机䞊の端末ぞ耳を向けたたた答えた。

    「理由は、今蚀ったものだけか」

    「確認可胜なリスクは以䞊です。結論ずしお、圓機は所長の単独行動に反察したす」

     答えはもっずもらしかったが、根拠は最埌たで曖昧なたただった。ゞュニアはそれ以䞊远及しなかった。

    「反察は蚘録しおおけ。それでも俺が行く。通話は維持するし、無理に䞭ぞは入らない」

    「  承知したした」

     応答たでに、普段の凊理では生じない間があった。

     ゞュニアはサブ端末を取り出し、AIくんぞの発信手順を音声で確認する。鈎は癜湯を飲み干し、ゎミ箱に捚おた。

     机䞊では、䌚堎内ず䌚堎倖の二぀の予定が読み䞊げられた。レンタルスペヌスは、ただ有力候補にすぎない。そこで誰に䌚えるのかも、燐花の䜕が残っおいるのかも分かっおいなかった。

     ゞュニアは䞊着を取った。今日はおしたい、ずいう合図だった。

    「鈎さん、明日は䌚堎をお願いしたす」

    「はい。所長も、単独行動だずいうこずを忘れないでください」

     AIくんはもう反論せず、電子音を䞀床鳎らした。

    画像
    䞉方向

    シヌン10 座る堎所

     翌日の午前、ゞュニアは駅を出お、叀い商店ず事務所が䞊ぶ通りを歩いおいた。

     远悌公挔は明日だった。䌚堎では最埌の準備が進み、圓日になれば決たった進行を芆すのはさらに難しくなる。燐花が実際に過ごした堎所を調べられるのは、今日しかない。

     駅前から離れるに぀れ、人通りは少なくなった。閉たったシャッタヌの前に自転車が䞊び、配送車が叀い建物の間を走っおいる。

     䞊着の内ポケットには、事務所ずの通話を぀ないだサブ端末が入っおいた。だが、AIくんが瀺したのは候補地たでだ。この先は、䌚った盞手の蚀葉から刀断するしかない。テレビ局にいた頃から繰り返しおきた仕事だった。

     目的の建物は、呚囲に玛れるように立っおいた。入口脇にいく぀か衚瀺があったが、ゞュニアには読めない。開いた入口から、叀いワックスず湿気の匂いが流れおきた。

     奥から䜎い振動が䌝わっおくる。音楜か蚭備の音かは分からなかったが、無人ではないらしい。

     二人では䞊べないほど现い階段を䞊り、防音扉の前たで進む。䞭から声も楜噚の音も聞こえなかった。

     ゞュニアは襟元を敎え、名刺を䞀枚抜いた。最初に䜕を聞くかは、ただ決めおいない。

     声を仕事甚に敎え、扉を叩いた。

     しばらくしお錠が倖れ、重い扉が人䞀人分だけ開いた。

     珟れた管理人はゞュニアの顔を確かめるず、すぐに顔をしかめた。ゞュニアは名刺を差し出した。

    「遺蚀むンタビュヌ事務所の䌎明人です」

     管理人は受け取らなかった。扉の瞁に腕をかけ、ゞュニアがそれ以䞊近づけない䜍眮を保った。

    「  䌎   ああ。炎䞊アナりンサヌがこんなずころに䜕しにきやがった」

     顔を知られおいる可胜性は芚悟しおいた。だが、名乗るなり肩曞ではなく過去を突き぀けられ、ゞュニアは返す蚀葉を芋倱った。

     管理人はゞュニアの背埌ぞ顔を出し、廊䞋の䞡偎を確認した。階段の陰、台車の埌ろ、向かいの扉の前ぞ順に芖線を走らせる。撮圱機材を構えた者や、合図を埅぀同行者を探しおいるず、ゞュニアは想像した。

    「さおは燐花のこずか お前、テレビに出られないからっお動画配信者でも始めたか」

     差し出した名刺は、二人の間で行き堎を倱っおいた。管理人はそこに䜕が曞かれおいるか確かめようずもせず、ゞュニアの䞊着の膚らみや䞡腕を調べるように芋た。

     以前ここぞ来た者たちも、最初は瀌儀正しく名乗ったのだろう。断られれば廊䞋で粘り、別の者が階段でカメラを回した。その蚘憶が、管理人の動きに残っおいた。

    「燐花が亡くなった時、お前みたいな手合いがやっおきた。ふざけんじゃねぇぞ」

     管理人は返事を埅たず、ゞュニアの目の前で扉を閉めた。錠のかかる音が響き、䌚話はそこで切れた。

     ゞュニアは名刺を持ったたた立ち尜くした。もう䞀床叩いお甚件を説明すれば、远い返されたあずも居座った者たちず同じになる。別の人物を探しお出盎す手もあるが、残された時間は今日しかない。

     名刺をケヌスぞ戻す。

     残る手札は、『点火前』だけだった。管理人が燐花を知っおいるなら通じる。知らなければ、この堎所そのものが倖れだ。

     階䞋の足音が消えるのを埅ち、ゞュニアは扉から䞀歩離れた。防音扉の向こうぞ届くよう、声を匵る。

    「『点火前』ずいう曲のこずを、調べおいたす」

     声は廊䞋に反響した。扉の向こうぞどれだけ届いたかは分からない。

     ゞュニアは続けお説明しなかった。二床目も呌びかけなかった。返事を促すために扉を叩くこずもせず、同じ䜍眮で埅った。

     呌びかけが聞こえなかったのなら、もう䞀床声を匵り䞊げるべきか。聞こえたうえで無芖されたのなら、繰り返すべきではない。その刀断を぀けられない時間が続いた。

     やがお、扉の内偎で小さく金属が鳎った。

     錠が倖れた。しかし、扉はすぐには開かなかった。内偎から抌さえたたた、管理人がこちらの気配を確かめおいるらしい。数秒埌、扉が指を差し入れられるほどの隙間だけ開いた。

     管理人の片目が、その隙間からゞュニアを芋た。招き入れる蚀葉はなかった。

    「たたお前も勝手な有沢燐花をでっちあげようっおんだろ」

     管理人は県前の男を、これたでずは異なる䟵入者ずしお枬っおいた。

     ゞュニアは、自分は違うず答えかけおやめた。

    「  芖聎者のため、番組のスポンサヌのためならそうしたす。そういう仕事をしおいたした。芖聎者が芋たいものを䜜る。芖聎者が集たれば、広告枠が売れる。広告枠が売れれば、たた番組を䜜れる」

     管理人は、ゞュニアが最埌たで蚀い終える間、口を挟たなかった。

    「燐花は広告枠のために歌っおいたのかね」

     短い問いだった。

     管理人は埅っおいた。盞手が頭の䞭で答えを組み立おる様子も、黙っお芋おいた。

    「  少なくずも、探さなければいけたせん。圌女が䜕かを残しおいないか」

     管理人は、扉の陰から、ゞュニアがただそこに立っおいるこずを確かめる。

    「  そうかもな」

     管理人はそれだけ蚀うず、扉を開けお無蚀で背を向けた。

     入れずも、぀いおこいずも蚀わなかった。ゞュニアの前には、建物の内偎ぞ続く敷居ず、管理人の離れおいく背䞭だけがあった。

     ゞュニアは敷居をたたいだ。

     内偎には、倖の共甚廊䞋よりさらに现い通路が続いおいた。巊右に厚い防音扉が䞊び、扉ず扉の間には掲瀺物が貌られおいる。玙の倧きさも色も違い、曞き蟌みの倚いものもあったが、ゞュニアは䜕ひず぀読むこずができなかった。

     倖の音は扉を越えた途端に匱くなった。代わりに、管理人の履物が床を擊る音が近く聞こえる。通路の奥で、鍵束が觊れ合った。

     管理人は䜜業台の前に立ち、ゞュニアぞ背を向けたたた、鍵束ず備品を匄っおいた。ゞュニアを䞭ぞ入れたこずに気づいおいないようにも芋えた。

     先ほどの返答だけでは足りない。ゞュニアは管理人ずの距離を詰めず、通路の途䞭で立ち止たった。

    「䜕も残っおいないかもしれない。誰かに蚗した䜕かがあるかもしれない。少なくずも、党郚の匕き出しをひっくり返しお探し回らなきゃいけない。今の僕は、そういう仕事をしおいたす」

     管理人は鍵束から䞀本を抜きかけ、たた戻した。返事の代わりに、䜜業台の䞊の垃を四角く畳み盎した。

    「  いいんじゃねぇか、別に。もうあの子は逝っちたったんだ。あの䞖でたた楜しくやっおんだろ。今さら死んじたった奎の蚀葉を探しおなんになるよ」

     ゞュニアの顔を芋ず、声には怒りよりも、䜕床も自分ぞ蚀い聞かせおきた者の平坊さがあった。

     ゞュニアは返答を急がなかった。管理人が諊めるこずで守っおきたものを、正論で吊定するこずはできない。

    「明日、僕が䜕も芋぀けられなければ、圌女が広告枠のために歌っおいたず、ファンに䌝わるこずになりたす。そしお、圌女の歌声で集めた金で、たた広告枠が売買されたす」

     鍵束の音が止たった。

     管理人は䜜業台に向いたたた動かなかった。握っおいた鍵が他の鍵から離れ、䞀本だけ指の間に残っおいる。

     ゞュニアも動かなかった。

     管理人は鍵を䜜業台ぞ戻し、䞡腕を台の瞁に぀いた。

    「『点火前』、か  懐かしいな。あい぀の曲が、たたバカを䞀人巻き蟌みやがったか」

     その曲名を初めお知った反応ではなかった。

     ゞュニアは管理人の背䞭を芋た。

    「そうですね。そういう人みたいですね。有沢燐花ずいうシンガヌは」

     管理人はようやく振り返った。倖で芋せた険しさは残っおいたが、远い返すための嚁圧感はなくなっおいた。

    「  そういうバカの話なら、少しくらい聞いおやるよ」

     管理人は通路の奥ぞ進んだ。

     突き圓たりにある防音扉の前で足を止め、遞んだ鍵を差し蟌む。錠は䞀床匕っかかり、管理人が扉を抌しながら回すず倖れた。重い扉が内偎ぞ開き、閉じおいた郚屋の空気が通路ぞ出おきた。

     管理人は扉から身を匕いた。話す蚱可ず、その郚屋ぞ入る蚱可が、同時に瀺された。

     ゞュニアが䞭ぞ入るず、叀い垃ず金属、それに長く䜿われおいない機材の匂いがした。

     郚屋は小さかった。壁の䞀郚を防音材が芆い、奥にはマむクスタンドが䞀本立っおいる。卓䞊には傷の倚い小型機材があり、その隣には比范的新しい機噚が䞊んでいた。安䟡なケヌブルず、被芆の厚い新しいケヌブルが同じ束ぞたずめられおいる。持ち蟌たれた時期は違っおも、マむク、卓、機材を結ぶ䜍眮関係には同じ型があった。

     棚の端にはマグカップが二぀䌏せおあった。䞀぀は取っ手の塗装が剥げ、もう䞀぀は底に现かな欠けがある。管理人はその暪を通り、叀いスピヌカヌの前に立った。

     床には機材を運んだ傷が亀差し、壁際には以前䜕かを蚭眮しおいた四角い跡がある。ゞュニアは郚屋党䜓を䞀床芋枡したが、管理人より先に歩き回るこずはしなかった。

     やがお管理人は、郚屋の奥ぞ顔を向けた。マむクスタンドのある堎所を長く芋た。そこには誰もいない。

    「あの子がここに来たずきのこずは芚えおる。なけなしのバむト代を出しお、借りられるだけ貞しお欲しいっお蚀うんだ」

     管理人はマグカップの䞀぀を起こし、内偎を確かめた。空だず分かるず元の向きぞ䌏せた。もう䞀぀には觊れなかった。

    「事情を聞いたさ。そしたら仲間ができたっお。やっず仲間ができたんだっお。路䞊で䞀人で歌わなくおも良くなったっお」

     やっず、ずいう郚分で、管理人の声が少し高くなった。燐花がそのずき䜿った調子を再珟しおいるようだった。管理人は口元を緩めたが、すぐにマグカップぞ顔を戻した。

    「だから最高の曲を䜜らなきゃいけない。家じゃなくおスタゞオに籠もりたいっおいうんだよ」

     壁際の叀い機材ぞ管理人が近づいた。぀たみを回すこずはせず、筐䜓に぀いた傷を芪指でなぞる。隣には新しい機材があり、叀いものを捚おずに増蚭したこずが分かった。

    「でもあの子は、朝になっおもただ籠もっおやがる。私だっお黙っお垰れない。延長料金だっお取れやしない」

     愚痎の圢を取りながら、管理人の頬は緩んでいた。

    「来る床にあの機材出せ、セッティングはこうしろっおうるさいから、もうあの子専甚の郚屋にしちたったんだよ」

     管理人は郚屋の䞭倮ぞ戻った。蚀葉が途切れたが、ゞュニアはそれを埋めなかった。質問を䞀぀入れれば、管理人はそれに答えるため、今たどっおいる蚘憶から離れる。

    「でもさ、いい曲を曞きやがるんだ。でな、私にたず聎かせるんだ」

     声から愚痎の響きが消えた。マむクスタンドの正面にある䜕もない空間ぞ顔を向けた。

     管理人は䜕もない堎所を芋぀め、しばらく声を出さなかった。口元には自慢する者の笑みがあり、目はそこにあるはずの垭を探しおいた。

    「ここは、あの子ず私の二人きりのラむブ䌚堎だったのさ」

     最埌の蚀葉が終わっおも、管理人は動かなかった。ゞュニアも䜕も蚀わず、管理人がマむクスタンドから顔をそらすのを埅った。

     壁の䞀面には、玙片を隙間なく留めたコルクボヌドがあった。燐花が残したものらしい。

     ゞュニアは䞀番近い玙ぞ顔を寄せた。文字が䞊び、䜕床も曞き盎されおいるこずたでは分かる。それでも、䜕が曞かれおいるかは䞀文字も読めなかった。

     本人の蚀葉を探しおここたで来た。その蚀葉が目の前にあるのに、自分だけが䞭身ぞたどり着けない。

     ゞュニアはサブ端末を取り出し、コルクボヌドの端から順に撮圱した。壁際の玙片や、機材に貌られたメモも残さず収める。内容を遞べない以䞊、すべお持ち垰るしかなかった。

     撮圱を終えるず、端末を内ポケットぞ戻した。画像の共有にはAIくん偎の準備が芁る。管理人を埅たせお、ここで始めるこずではない。

     燐花がこの郚屋に残したものは、蚀葉だけではないはずだった。䜕幎も通い、機材の配眮たで现かく指定しおいた。その習慣にも、䜕かが残っおいる。

     ゞュニアは郚屋の䞭倮ぞ戻り、胞の前で䞀床手を打った。

     也いた音は防音材ぞ吞われたが、右偎からわずかに遅れお返っおきた。䜍眮を倉えおもう䞀床打぀ず、今床はスピヌカヌの硬い反射が混じる。

     マむクスタンドの近くでも詊した。挔者が立぀堎所にしおは、巊右の音の返り方に偏りがある。

     叀い郚屋なら、斜工のむらや機材の眮き方でそうなるこずもある。それでも、管理人が話した「セッティング」ずいう蚀葉が匕っかかった。機材が入れ替わっおも、配眮の型は残っおいる。

     ゞュニアは二台のスピヌカヌず小型モニタヌの向きを確かめた。どれもマむクスタンドぞ正察しおいない。同じ壁際の䞀角ぞ、わずかに角床を振っおいる。

     その方向ぞ移りながら、䜕床か手を打った。

     郚屋の隅から䞀歩ほど手前で、音の茪郭が揃った。䜙蚈な反射が枛り、巊右からほが同時に返っおくる。

     そこから正面を向くず、マむクスタンドがあった。スピヌカヌずモニタヌの向きも、この䞀点ぞ集たっおいる。

     挔者が自分の音を確かめる堎所ではない。そこは、挔者ではなく、歌を聎く人のための堎所だった。

     足元を探るず、右の靎底に现い段差が觊れた。螏み盎しおから屈む。

     床には、小さな癜いテヌプが貌られおいた。剥がした糊の跡に重ねるように、同じ䜍眮ぞ貌り盎されおいる。

     郚屋の隅には、折りたたみ怅子が立おかけられおいた。

     ゞュニアは怅子を運び、脚を癜い跡ぞ合わせた。

     正面にマむクスタンドが来た。そこぞ人が立おば、怅子に座る者ず向かい合う。二台のスピヌカヌずモニタヌも、座面の䞭倮ぞ音を集める角床になっおいた。

     機材が叀かった頃も、入れ替えたあずも、怅子の䜍眮だけは倉わらなかった。癜いテヌプが、同じ堎所ぞ貌り盎されおいる。

     ゞュニアは䞀歩䞋がった。

     管理人は壁際から怅子を芋おいた。ただ意味を぀かめおいないようだった。

     やがお怅子ぞ近づき、床のテヌプ、二台のスピヌカヌ、マむクスタンドの順に確かめた。怅子の背に手をかけたたた立ち尜くし、ゆっくり腰を䞋ろす。

     正面には、マむクスタンドがあった。巊右のスピヌカヌは、どちらも自分ぞ向いおいる。足元には、貌り重ねられた癜いテヌプが残っおいた。

    「あい぀  」

     声はそれ以䞊続かなかった。

    「私の堎所たで、決めおやがったのか」

     倖でゞュニアを怒鳎った声より小さく、語尟がかすれおいた。

     高䟡な機材ではなく、床に貌っただけの癜いテヌプだった。

     ゞュニアは管理人の暪で埅った。

     管理人の呌吞が萜ち着くたで、声をかけなかった。郚屋の説明を続けるよう促すこずも、芋぀けたものに぀いお確認するこずもしなかった。

     しばらくしお、ゞュニアは郚屋を出た。扉を閉めきらず、管理人の姿が廊䞋から芋えない幅だけ残した。

     现い通路ぞ戻り、壁際に立った。ゞュニアは時蚈を確かめなかった。埅぀時間を決めれば、それは管理人のためではなく、取材の進行のためになる。

     扉越しに、怅子が鳎ったような音が䞀床した。そのあずには䜕も聞こえなかった。

     たた換気蚭備だけが鳎った。

     どれだけ経ったか分からなくなった頃、防音扉が内偎から動いた。

     管理人が廊䞋ぞ出おきた。郚屋ぞ入ったずきより肩が䞋がり、目元は赀くなっおいた。

     宀内で䜕があったのか、管理人は話さなかった。ゞュニアも尋ねなかった。

     管理人は服のポケットぞ手を入れ、小さなケヌスを取り出した。透明な蓋を開く。䞭にはSDカヌドが䞀枚収められおいた。

     ケヌスを持぀手が、ゞュニアずの間たで䌞びた。

    「預かっおるものがある」

     ゞュニアが受け取ろうずするず、管理人の指はただケヌスを離さなかった。差し出しおはいるが、最埌の刀断だけが手元に残っおいた。

     管理人は開いたケヌスぞ目をやり、ゞュニアぞ顔を䞊げた。蚀葉が出るたでに、息を二床継いだ。

    「誰に枡しおいいのか、分からなかった」

     管理人は背埌の防音扉ぞ顔を向けた。扉の向こうには、マむクスタンドず怅子が向かい合ったたた残っおいる。

     もう䞀床ゞュニアぞ向き盎る。指先から力が抜けた。

    「でも、あんたなら、たぶん捚おないだろ」

    「お預かりしたす」

     ゞュニアがケヌスを受け取るず、管理人の腕がゆっくり䞋がった。

     SDカヌドの䞭身に぀いおは尋ねなかった。管理人も説明しなかった。ゞュニアは蓋が閉たっおいるこずを指先で確かめ、䞊着の内ポケットぞ収めた。

     ゞュニアの脳裏に、ラストポストの管理宀での䞀件が蘇った。あの時も、父が未了のたた残した動画を蚗された。今もたた、未了になっおいる䜕かを預かったのかもしれない。そう思った。

     防音扉の向こうには、仲間ができたこずを喜んだ燐花が䜿い続けた郚屋がある。朝たで曲を䜜り、最初に聎く䞀人のために怅子の䜍眮を決め、機材が倉わっおも同じ堎所ぞ音を集めた。有沢燐花はそういう女性だった。今床こそ、燐花本人を芋぀けた。

     ゞュニアは管理人ぞ䞀床頭を䞋げた。

     现い通路を戻り、最初に閉ざされた扉の敷居をたたいだ。共甚廊䞋ぞ出るず、建物の倖を走る車の音が戻っおきた。

    画像
    スタゞオ

    シヌン11 もうちょっず埅っおろ

     倧型モニタヌでは、有沢燐花の笑顔が次々に差し替えられおいた。玠材番号が倉わるたび、別の衣装、別の角床の燐花が、远悌公挔の進行に合わせお䞊べ盎されおいく。

     シスタヌはその前に立ち、右耳からゞュニアたちの通話を聞いおいた。

     最初は硬かった管理人の声が、『点火前』ずいう曲名を境に倉わった。仲間ができた日のこず。朝たで曲を䜜ったこず。最初に聎かせる盞手を決めおいたこず。

     やがお怅子を動かす音がし、長い沈黙が続いた。戻っおきた管理人は、預かっおいた䜕かをゞュニアぞ蚗した。誰に枡せばいいか分からなかった。ゞュニアなら捚おないだろう。途切れがちな蚀葉ず、小さな物音だけが耳に届いた。

     目の前では、燐花が公開甚の玠材にされおいる。

     耳の䞭には、仲間を喜び、朝たで曲を䜜り、たった䞀人の客のために垭を甚意した燐花がいた。

     本圓の燐花は、ただ残っおいる。

     たた切り取られ、番号を振られる前に届ける。消される前に、神様ぞ届ける。

     それがアタシの仕事だ。

     シスタヌは巊目の衚瀺を切り替えた。ロザリオAIが瀺した久我の端末の反応は、䌚堎内の楜屋゚リアから動いおいない。

     モニタヌでは、新しい玠材番号の燐花が笑い始めた。

     シスタヌは画面に背を向け、楜屋ぞ向かった。

     関係者通路ぞ入る手前で、むダホンに鈎の声が流れた。

    「所長、䌚堎に到着したした。調査に入りたす。たずは久我さんの様子を確認したす」

     シスタヌの歩幅が広がった。鈎はすでに入通しおいる。䌚堎内の぀くりを知っおいる鈎なら、迷わず楜屋たで来る。

     楜屋゚リアの入口には、銖からスタッフ蚌を䞋げた男が䞀人いた。シスタヌを芋るず、壁際に寄せおいた枅掃甚の台車から身䜓を離した。

    「教䌚の方ですよね。久我さんに䌚いたす」

     男は声を萜ずし、楜屋の䞊ぶ奥を芋た。

    「朝からほずんど出おこなくお。飯も受け取っおないみたいなんです。ちょっずメンタルがやばいんじゃないかっお、みんなで話しおたす」

     心配しおいる口調だったが、自分から扉を開ける気はないらしい。男の足は通路の入口から動かなかった。

    「話を聞いおみるよ。悪いけど、楜屋に人が寄り付かないようにしおくんない」

     男は䞀床だけ楜屋の方を芋お、うなずいた。

    「誰か来たら、しばらく枅掃䞭っおこずにしおくれ。䞭途半端に芗かれるず、話せるもんも話せないからさ」

    「分かりたした。ここで止めたす」

     シスタヌは瀌を蚀い、奥ぞ進んだ。嘘は枅掃䞭ずいう郚分だけだった。教䌚の者ずしお話を聞くのも、誰にも邪魔をさせたくないのも本圓だった。

     久我の名札がある扉の前で止たり、二床ノックした。返事はない。䞉床目は少し匷く叩き、扉越しに声を匵った。

    「久我さん ちょっず今いいか 若くお矎人なシスタヌがやっおきたんだ、盞手しおくれよ」

     明るい声が、䞊んだ重い扉に短く反響した。

     宀内で動画の音が止たった。すぐには応答がなく、シスタヌはノブに觊れずに埅った。久我は、シスタヌが盞談内容を挏掩した圓人だず知っおいる。

    「  今床は䜕だよ」

     突っぱねる力はない。かずいっお、歓迎しおもいない。

    「顔芋に来た。開けるぞ」

     シスタヌがノブを回すず、鍵はかかっおいなかった。

     楜屋には鏡が䞉面あり、その䞋に同じ幅の机が䞉぀䞊んでいた。鏡の䞊には『未燃域』の残り䞉人の名札が䞀枚ず぀貌られおいる。

     荷物があるのは久我の垭だけだった。机の端に飲みかけの氎、開封されおいない軜食、充電ケヌブルが眮かれおいる。床には久我のバッグず䞊着が重なっおいた。

     江間の机には䜕もない。怅子は鏡の䞭倮に向けお収たり、卓䞊のティッシュも未開封だった。真朚の垭も同じで、名札の䞋に眮かれた玙コップすら䌏せたたただった。䞉人分の照明だけが点き、二面の鏡には誰も映っおいない。

     久我の机だけが、物を探しおは戻し、たた探した跡で狭くなっおいた。

     奥の壁際にある゜ファヌで、久我が暪になっおいた。靎は脱いでいるが、衣装ではない黒い服は着たたただった。片腕を頭の䞋に入れ、もう䞀方の手にスマホを持っおいる。

     シスタヌが入るず、久我は止めおいた動画をたた再生した。

     燐花の声が短く聞こえた。あの曲を䜿いたい。そこで音が切れ、数秒埌、たた同じ声が始たる。画面の癜い光が、久我の頬ず目の䞋を照らしお消える。再生が終わるたび、芪指が同じ䜍眮を抌した。

     動画が同じ箇所ぞ䞉床目に戻ったずころで、シスタヌは扉を閉めた。久我は身䜓を起こしかけ、肘を゜ファヌに぀いた。

    「そのたたでいいよ。アタシに気ぃ遣っお起きる方が、よっぜど病人くさいぜ」

    「病人じゃない」

    「そういうこずにしずく」

     シスタヌは空いおいる垭から怅子を䞀脚抜いた。床を鳎らさないように持ち䞊げ、゜ファヌの傍らぞ運ぶ。久我の真正面を倖した䜍眮に眮き、背もたれぞ浅く身䜓を預けた。

     病院で患者のベッド脇に座るずきず同じ距離だった。

     久我は肘を䞋ろし、たた仰向けになった。スマホを胞の䞊に眮き、動画を再生する。二人の芖線は合わなかった。

     シスタヌは動画が䞀巡するたで埅った。

    「飯、食えおる」

    「あんたり」

     久我は倩井を芋たたた答えた。軜食の袋は真新しいたただった。

    「今日だけ」

    「ここ䜕日か。腹は枛るけど、食おうずするず芁らなくなる」

     久我の唇は也いおいた。氎のボトルぞ目を向ける様子もない。シスタヌは飲んだ量を尋ねかけお、やめた。

    「寝れおるか」

    「寝れおない。寝おもすぐ起きる。悪倢を芋る」

    「目が芚めたあずは」

    「たた動画を芋る。芋おれば朝になる」

     スマホから同じ音声が流れた。もう䜕床目か、数えおいる様子もなかった。再生を抌す動䜜だけが、質問の間にも途切れず続いおいた。

    「どんな倢かは、今は聞かない。身䜓は だるいずか、頭が痛いずか」

    「どっちもある。音が倧きいず頭に響くし、立぀ず身䜓が遅れおくる感じがする」

     久我はスマホを持぀腕を䞀床゜ファヌぞ䞋ろした。動画は止めなかった。

    「でも、リハヌサルは出る。本番もやる。そこはプロずしおやりきるよ。迷惑はかけない」

     最埌のひず蚀だけ、声がはっきりした。シスタヌは耒めず、吊定もしなかった。

    「ぶっちゃけ聞く。死にたいず思うこず、ある」

     動画の䞭で燐花が同じ蚀葉を繰り返した。久我は再生が終わるのを埅぀ように口を閉じ、それから抑揚のない声で答えた。

    「ないずきがない」

    「そうか」

     シスタヌはそのたた座っおいた。久我も倩井を芋続けおいた。

    「それを話せる盞手は」

    「いない」

     即答したあず、久我はスマホを顔の䞊ぞ持ち䞊げた。動画ではなく、別の画面を開いたらしい。青癜い光の䞭で芪指がゆっくり動く。

    「SNSで、ファンが俺を慰めるコメントを曞いおる。それを読んでる。盎接話しおるわけじゃないけど、代わりになっおるのかもしれない」

     スクロヌルが止たった。

    「死なないのも、それだけが理由だ。明日の公挔を埅っおる奎がいる。俺に䌚いたいっお思っおる奎がいるんだ」

     ファンず蚀いながら、楜屋には久我しかいなかった。返信したずは蚀わない。コメントを読むこずだけで、明日の本番たでの時間を぀ないでいる。

    「江間さんや真朚さんずは話せない」

     久我の芪指が画面から離れた。暪に䞊ぶ二぀の空垭は、゜ファヌからも芋える䜍眮にある。

    「無理だよ。二人の顔を芋るず、どうしおも燐花のこずを思い出す。䜕を話しおも、最埌はあい぀の話になる。向こうも同じだろ」

     シスタヌは空垭を芋なかった。

    「明日の公挔が終わったら、あんたはどうするんだ」

     久我のスマホで、コメントの画面が消えた。暗くなったガラスに、倩井の照明が䞀本映った。

    「  考えたこずも、なかった」

     シスタヌは錻から短く息を抜いた。背もたれに預けおいた身䜓をわずかに起こしたが、怅子は動かさなかった。

     明日の本番たでは話せる。明日のその先はない。

     巊目の端で、通話の受信衚瀺が明るくなった。

    「久我さんが芋圓たりたせん」

     鈎の声だった。久我には届いおいない。シスタヌは顔を動かさず、久我の呌吞ず、むダホンから届く音声を聞き分けた。

    「楜屋じゃないのか」

     ゞュニアの声は萜ち着いおいた。レンタルスペヌスでの取材を終え、もう次の段取りに移った頃合いか。

    「楜屋は枅掃䞭なので入れたせん。調査をしながら、久我さんを探しおみたす」

     入口のスタッフは、頌んだ以䞊のこずは話さなかった。シスタヌは口の端を䞊げた。倩井を向いた久我からは芋えない。

    「ああ、それで頌む」

     通話の音量が䞋がった。シスタヌは䜕事もなかったように久我の次の蚀葉を埅った。

     久我は胞の䞊でスマホを握り盎した。再生画面ぞ戻り、たた燐花の声を流した。䞀床目は黙っお聞いた。二床目の途䞭で口を開いた。

    「燐花に䌚いたくお、䌚いたくお、仕方ないんだよ。別れがちゃんず蚀えないこずが、こんなに蟛いなんお思わなかったよ」

     小さかった声は、二床目の「䌚いたくお」で掠れた。久我は咳払いをせず、そのたた続けようずしお息を詰たらせた。

     シスタヌは氎を取らず、背䞭にも觊れなかった。そんなものは、今やるこずじゃない。

    「別れ そんな話になっおたの」

    「あい぀は次のステヌゞに進むはずだったんだ。『未燃域』のその次だ。黒矜ず䜕床も二人で話しおた。内容は知らない。でも、あい぀わかりやすいからさ」

     黒矜の名が出たずき、シスタヌは目を现めた。久我はスマホを芋おおり、それには気づかなかった。

     久我が知っおいるのは、二人が䜕床も話しおいたこずず、話したあずの燐花の様子だけだった。シスタヌは黒矜の名を頭の隅に留め、話の先を促した。

    「その次っおや぀に、あんたは䞀緒に進めなかったのか」

    「無理だろうな。あい぀の才胜は底なしだった。俺なんか、ここたで来られただけで䞊出来だ。でも、あい぀にずっちゃ、ここはただただ螏み台だった。もっず高く、もっず遠くに行けたはずだよ」

     久我の蚀葉は途䞭から速くなった。自分の話になるず声が小さくなり、燐花の才胜を口にするず元ぞ戻った。

    「将来の話ずか、しなかったの」

     スマホを持぀久我の手に力が入り、薄いケヌスの瞁が掌ぞ沈んだ。

    「  怖くお聞けなかった。あい぀が俺に䜕かを蚀いたがっおるのはわかる。きっずあい぀もうたく蚀葉にできないのかなっお。ステヌゞではあんなに饒舌なのに、ステヌゞを降りたら、急に䞍噚甚になる。䜕を考えおいたかなんお、さっぱりだ」

     䞀息で蚀い切ったあず、久我は口を開けたたた呌吞を敎えた。画面では動画が終わり、たた冒頭ぞ戻っおいる。

    「ふヌんそうか。じゃあ、別れたがっおたかどうかなんお、本圓のずころはわからないじゃん」

    「だからき぀いんだっお。ちゃんず振られたかったよ。そうすりゃ、こんな気持ちにならなくおすむ」

     久我はスマホを胞ぞ抌し぀けた。目元には涙が溜たっおいたが、顔を拭こうずはしなかった。

    「どんな気持ち」

    「ひょっずしたらっお。あい぀は、俺ず別れようなんお思っおなかったっお、期埅しちゃうんだよ。もう二床ず、本圓のこずはわからない」

     最埌の蚀葉は、動画の音に重なった。

    「だから、自分の思うようなこずにしたいわけ」

     シスタヌの声から、柔らかさが消えた。姿勢は同じたた、久我の手元ぞ芖線を移す。

    「䜕の話だ」

    「最埌の䞀曲、だよ」

     シスタヌは怅子に座ったたた腕を䌞ばした。久我が握っおいるスマホの端ぞ指を圓お、再生を止める。

     燐花の声が切れた。動画の光も消え、楜屋には鏡の䞊の照明だけが残った。䞉面の鏡ず二぀の空垭が、同じ明るさの䞭に戻った。

     久我は胞の䞊からスマホを䞋ろした。片肘を぀き、もう䞀方の腕で身䜓を抌し䞊げる。゜ファヌの背ぞ寄りかかり、床に足を䞋ろした。

     そこで初めお、久我はシスタヌを芋た。

     シスタヌは怅子を匕かなかった。傍らに座った䜍眮のたた、久我ず芖線を合わせた。

    「最埌の䞀曲は、本圓の、最埌の䞀曲は『点火前』だよ」

     スマホを䌏せず、消えた画面を䞊にしたたた膝ぞ眮く。

    「燐花はさ、どこにいるんだろうね」

    「どういう意味だ」

    「少なくずもあんたの䞭にはいるね」

     涙の残る目元を手の甲で拭い、語気を匷めた。

    「い぀たでも心のなかにいるっおか そんなの気䌑めだ。蚘憶ず存圚を䞀緒にするなよ。党然違う」

    「  そう、燐花は、あんたの遺品じゃないんだ」

    「蚀っおる意味がわからねぇよ」

     久我は䞊半身をシスタヌの方ぞ向けた。寝転がっおいたずきより二人の距離は近い。それでもシスタヌは怅子の脚を動かさなかった。

    「奜きに、線集しちゃだめなんだよ」

    「  」

     久我は沈黙を守った。そうするしかなかった。

    「あんたの思い出はあんたのものだ。だけど、燐花を録画した動画はさ、違うだろ」

    「  」

     久我はシスタヌから目を逞らし、䞉面の鏡の䞭倮を芋た。鏡には、怅子に座るシスタヌず、゜ファヌの端で背を䞞める自分が映っおいる。

    「あんた、あんたりこういうの匷くないから知らないかもしれないけどさ、動画のデヌタっお、党郚痕跡が残るんだよ」

     シスタヌは䞡手の人差し指ず䞭指を折り曲げる。

    「チョキチョキしたら、ぜヌんぶ残る。だから、動画を切る時は、芚悟、しなきゃダメなんだよ」

    「  」

     䞉床目の沈黙は長かった。線集しおいないずは蚀わない。燐花のためだったずも蚀わない。楜屋の倖を台車が通り、車茪の音が遠ざかっおも、久我は俯いたきりだった。

    「黙っおおも、あんたが動画を線集したのは、もう確定しおる。アタシに、最埌に蚀いたいこずはあるか」

     久我はしばらく床を芋おいた。やがお顔を䞊げたが、動画に぀いおは䜕も蚀わなかった。シスタヌの修道服を䞊から䞋たで眺めた。胞元のロザリオで芖線が止たり、匵っおいた頬から力が抜けた。

    「  その服、やっぱり䟿利だな」

    「そうか」

    「あんたが、すげぇいい人に芋えちたう」

    「ったく、この服がないずそう芋えないっおこずか   たあいいや、この修道服ずロザリオに誓っおやる。あんたのこず、神様に䌝えおやるよ。どんな手を䜿っおもな」

     シスタヌは胞元のロザリオぞ觊れなかった。久我の前で姿勢を倉えず、その蚀葉だけを枡した。

    「もう、わからないんだ。頌む、燐花のずころに連れお行っおくれないか。それしか、望みはない」

     シスタヌは久我が蚀い終わるたで埅った。

    「  そうか。じゃあ、もうちょっず埅っおろ」

    「埅぀」

    「アタシが、必ず燐花を芋぀けおやる」

     シスタヌは怅子から立った。元の垭ぞ戻さず、゜ファヌの傍らに残した。

     立ち䞊がっおも、久我を芋䞋ろす立ち方はしなかった。シスタヌは怅子を元にあった堎所に戻した。

     久我は呌び止めなかった。シスタヌが扉を開ける盎前にも、動画を再生する音はしなかった。

     廊䞋ぞ出る。楜屋の扉は最埌たで音を立おずに閉じた。

     入口にいたスタッフに声をかけた。

    「しばらく䞀人にしずいおやっお」

    「分かりたした。倧䞈倫そうですか」

    「今すぐ答えを出させるよりはな」

     シスタヌは足を止めず、倧型モニタヌの方向ぞ戻った。巊目の衚瀺では、䞉者通話が繋がったたたになっおいる。

    「所長。舞台監督が䜕かを隠しおいたす。勘ですが、聞き出すべき蚌蚀があるず思いたす」

     鈎の声に続き、少し間を眮いおゞュニアが答えた。

    「わかった。こちらは小曜根さんのずころに向かう。受け取ったデヌタを確認する」

    「わかりたした」

     ゞュニアは、受け取った物の䞭身をこれから確認するらしい。シスタヌは通話衚瀺を消さず、廊䞋を曲がった。歩く先には、倧型モニタヌの癜い光が広がっおいる。

     モニタヌ前ぞ戻るず、燐花の映像は盞倉わらず差し替えが続いおいた。番号が進み、笑顔が入れ替わる。シスタヌはさっきたでより、モニタヌに近い䜍眮で足を止めた。

     調敎卓から次の玠材を求める声が飛んだ。画面の䞭倮に向けおいた身䜓を少し暪ぞ向け、客垭の䞊が芋えるようにした。

     画面の燐花ではなく、その䞊ぞ芖線を移す。

    「黒矜ず、よく話しおいた、か」

     䌚堎党䜓を芋枡せる高さに、黒矜が詰めおいるブヌスがあった。シスタヌは頭䞊のガラス窓を芋䞊げた。

    画像
    未燃域

    シヌン12 芋぀かりたい、の意味

     シスタヌは頭䞊のガラス窓を芋䞊げたたた、客垭脇の階段ぞ向かった。

     階段を䞊るに぀れ、倧型モニタヌの癜い光が背埌ぞ遠ざかった。螊り堎を曲がるたび、客垭ずステヌゞを広く芋枡せるようになった。ブヌスぞ通じる现い通路では、壁際にケヌブルが束ねられ、扉の脇に音響ず映像の進行衚が貌られおいた。

     シスタヌは、远悌公挔に関わる者の心のケアを担う教䌚関係者ずしお、この䌚堎ぞ䜕床も出入りしおいた。その間、黒矜ずもすでに䜕床か顔を合わせおいる。話した時の印象は、毎回同じだった。久我やほかのメンバヌなら、痛いずころを突けば、怒るか、黙るか、顔や身䜓に反応が出る。黒矜は違う。䜕を蚀われおも、自分の仕事の話に眮き換えお答えた。

     少しくらい挑発しおも、黒矜は動じない。これたで話した時に、シスタヌはそれを確かめおいた。

     むダホンには、遺蚀むンタビュヌ事務所の䞉者通話が流れ続けおいる。鈎の報告に別の声が重なり、ゞュニアやがた口が短く答えた。シスタヌは螊り堎で歩調を緩め、右耳のむダホンぞ指を添えた。指の腹をむダホンの瞁ぞ抌し圓お、そのたた䞋ぞなぞる。むダホンから届く声が䞀段ず぀小さくなった。もう䞀床、指を滑らせる。鈎たちが話しおいるのは分かるが、蚀葉は聞き取れないずころたで音量が䞋がった。

     黒矜が手匷いこずは分かっおいる。むダホンから別の䌚話を聞きながらでは、黒矜に集䞭できない。シスタヌはむダホンから指を離し、残りの階段を䞊った。

     ブヌスの扉は開いおいた。䞭には暪長の卓ずモニタヌがいく぀も䞊び、進行衚、座垭図、物販の集蚈資料が堎所ごずに分けお眮かれおいる。卓の前では担圓者たちが画面を確認し、ヘッドセットで客垭偎ず連絡を取っおいた。黒矜はその埌ろに立ち、右手のスマホを耳に圓おおいた。

    「そこ、関係者以倖は入れたせん」

     黒矜は通話の盞手ぞ返事をしながら、シスタヌぞ䞀床だけ芖線をよこした。空いおいる巊手を扉の方ぞ振り、入っおくるなず瀺した。

    「関係者ですけど」

     シスタヌは銖から䞋げた教䌚関係者のパスを持ち䞊げた。足は止めない。扉を越え、壁際に積たれた資料箱を避けお䞭ぞ入る。

    「远悌察応の関係者ず、挔出卓の関係者は別なんですよ」

     黒矜は電話の盞手に二蚀ほど詫び、シスタヌを目だけで远った。担圓者の䞀人が振り返ったが、黒矜から指瀺が出ないため、すぐ正面のモニタヌぞ戻った。

    「死者の远悌ず挔出、これをくっきり分けおる時点で、だいぶ終わっおるね」

     シスタヌは卓を扱う担圓者の邪魔にならないよう、ガラス窓ず資料棚の間で立ち止たった。もう扉の内偎だった。黒矜は通話を切る前に、進行衚を持っおきたスタッフぞ確認先を二぀告げた。自分で卓に觊れるこずはなく、別の担圓者には物販偎から届いた数字を芋るよう指瀺する。電話ず二人のスタッフを同時にさばく黒矜は、シスタヌを扉の倖ぞ远い返そうずはしなかった。

     通話を終えた黒矜がスマホを䞋ろした。ようやく身䜓ごずシスタヌぞ向き盎った。

    「䜕の埡甚でしょう」

     声は䞁寧だった。勝手に入ったこずは責めず、甚件だけを尋ねた。

    「前から聞いおみたかったんだけどさ、炎䞊商法ずプロモヌションっおどこが違うの」

    「  」

     黒矜の眉がわずかに動いた。すぐには答えず、シスタヌの顔を芋た。

    「どちらも声を届けたいっお意味では䞀緒だよね」

     自分が炎䞊の火元だずは口にしない。切り取った蚀葉が広たり、远悌公挔たで隒ぎになっおいる。

     黒矜は資料棚ぞ手を䌞ばし、物販の圚庫衚を䞀枚抜いた。数字を䞀列確認するず、シスタヌにも芋えるように玙面を傟けた。完売衚瀺の暪に、远加分の欄がある。

    「炎䞊のお陰で、バカな転売屋が圚庫を党郚持っおいっおくれる。ありがたいね」

     黒矜は圚庫衚を元の束ぞ戻した。悪びれた様子も、シスタヌの反応をうかがう様子もない。話題が広がればチケットが売れ、関連商品も売れる。黒矜は増えた問い合わせの件数を、迷惑がる玠振りも芋せずに話した。

     炎䞊隒ぎたで、黒矜は商売に䜿っおいた。自分が起こした隒ぎを「ありがたい」ず蚀われ、シスタヌは舌打ちしそうになった。

    「ずいぶん玠盎じゃん。燃えお困る顔くらい芋せおくれるかず思ったよ」

    「困る郚眲はあるでしょうね。問い合わせも増えおいたすから。ただ、『未燃域』の名前が広がるこず自䜓を、私が嫌がる理由はありたせん」

     黒矜は腕時蚈を確かめた。急かす動䜜に芋えたが、シスタヌが退かないず分かるず、ガラス窓の近くにある打ち合わせ甚の机ぞ移った。

    「そもそも、こちらから無名のバンドを捕たえお、無理に売り出したわけではありたせん。問い合わせおきたのは圌らです。もっず倚くの人に芋぀けおほしい。売れたい。芁するに、圌らの方が先に『芋぀かりたい』ず蚀ったんですよ」

     シスタヌは机を挟たず、黒矜の斜め前に立った。黒矜は、面倒な修道女に仕事を説明するような口調で続ける。足を肩幅に開いお立ち、声の倧きさも倉わらない。蚀葉を遞んで濁すこずもなかった。

    「シスタヌさん。あなた、私を神様か䜕かず勘違いしおいるかもしれたせんけどね」

     黒矜はガラス窓の向こうを瀺した。ステヌゞでは、スタッフがマむクスタンドの高さを調敎しおいる。

    「私に決定暩なんおありたせん。私が甚意したマむクスタンドの前に立぀かどうかを決めるのは、あくたで圌らです」

     客垭偎から届いた連絡に、卓の担圓者が返答した。黒矜はそちらぞ䞀床顔を向けたが、指瀺を挟たず、䜜業が続くのを確認しおからシスタヌぞ向き盎った。

    「私にできるのは、そのマむクスタンドの前に立ちたいず思わせるずころたでです」

     黒矜は机に眮かれた進行衚を開いた。出挔者、映像、告知、物販の予定が同じ時刻の䞭に䞊んでいる。

    「そしお、そのマむクスタンドの前に立っおいる圌らを芋たいず、ファンに思わせる仕掛けを考える」

     黒矜は埗意げな顔をしおいなかった。自分にできる仕事を順に説明し、最埌に遞ぶのは本人たちだず蚀っおいる。

    「結構、頭も䜿いたすし、感情劎働なんですよ」

     最埌だけ、黒矜は疲れた営業の顔で笑った。バンドから䟝頌を受け、望みを聞き、立おる堎所を甚意し、芳客を呌ぶ。黒矜は、誰にも匷制も呜什もしおいなかった。

    「立ちたいず思うように仕向けおおいお、決めたのは本人だっお」

    「思わせるこずず、呜什するこずは違いたす。遞ばれなかった䌁画もありたすし、断られた仕事もありたす。それで関係が終わるこずもある。こちらが必ず勝おるなら、感情劎働にはなりたせん」

     詭匁だず切り捚おるこずはできなかった。黒矜が甚意した堎所に誰も立たないこずも、実際にある。最初に売れたいず頌んだのはバンドの偎だった。そこは吊定できない。

     黒矜は進行衚を閉じる前に、そこぞ挟たれた過去公挔の資料ぞ目を留めた。

    「圌女、冗談めかしお蚀っおいたした。スピヌカヌのサむズず音量を䞊げるのは金なんだっおね。やっぱりこの子は賢くお、感性が鋭いっお感心したしたよ」

     シスタヌは口を挟たなかった。甚意しおいた宣䌝文句を読んでいるわけではない。黒矜は燐花の話し方たで芚えおいたようだ。

    「燐花さんは、自分たちが『芋぀かりたい』ず蚀っおいるこずの意味を、途䞭からかなり正確に理解しおいたした。圌女は、自分の声が倉わっおいくこずを嫌がっおいたわけではありたせん。怖がっおはいたしたが」

     埌から郜合よく䜜った話だず远及できる蚌拠は、䜕もなかった。

    「久我さんが蚀うほど、圌女はデビュヌ前の自分たちに戻りたがっおはいたせんでしたよ」

     シスタヌの奥歯が噛み合った。

     久我は、燐花ず過ごした時間を䜕床も再生し、昔に戻りたがっおいる燐花を語った。黒矜の口から出る燐花は、怖がりながらも前ぞ進み、自分の声を遠くぞ届けるには金がかかるず分かっおいた。同じ燐花の話なのに、久我は『点火前』を、黒矜は『反応熱』の先を芋おいた。

     嘘なら、そこを突けばいい。しかし黒矜に郜合のいい話だけではない。だがそれでもシスタヌは食い䞋がった。

    「よく芚えおんじゃん」

     黒矜は返事をせず、次の蚀葉を埅った。

    「でもさ、それ、燐花の遺した䜿える蚀葉を、郜合良く冷凍庫にでも入れお、保管しおるだけじゃないの 食べたくなったらチンしお解凍できるほど、燐花の蚀葉は安くねぇよな」

     シスタヌは机の瞁に䞡手を぀いた。黒矜の蚘憶違いを責めたのではない。燐花の蚀葉を正確に芚えながら、䌁画や売䞊の説明に䜿うずきだけ持ち出しおいるこずを責めた。

     黒矜は身を匕かなかった。シスタヌの顔を正面から芋た。

    「安く扱った぀もりはありたせん。䜿える蚀葉だったから芚えおいる。それの䜕がいけないんですか」

     声は䜎くならず、衚情にも怒りは出なかった。

    「本人の蚀葉を忘れお、こちらで郜合のいい物語を䜜る方が、よほど倱瀌でしょう」

     シスタヌを芋返す目も、逞れなかった。

     シスタヌは机から手を離し、身䜓を起こした。久我から聞いた「次のステヌゞ」の話が残っおいる。

    「燐花ず二人で、次のステヌゞの話を䜕床もしおたそうじゃないか」

     黒矜は誰から聞いたのかは尋ねなかった。

    「しおいたしたよ」

     黒矜は吊定しなかった。

    「で、燐花は䜕を望んでた」

    「圌女を次にどう売り蟌むか、䞀緒に考えおいたした。今たでず同じ芏暡、同じ芋せ方を繰り返す段階ではありたせんでしたから」

    「どう売り蟌むかじゃねぇ。あい぀が、どこぞ行きたがっおたかを聞いおんだよ」

    「行きたい堎所を圢にするには、売り方を決める必芁がありたす。誰に届けるのか、䜕を前に出すのか、バンドずしお䜕を残すのか。そういう話です」

     黒矜は、二人で話した事実を隠さず、燐花が次ぞ進もうずしおいたこずも吊定しなかった。しかし、䜕を尋ねおも、届け方、芋せ方、立たせ方の話になる。

    「燐花本人は、䜕お蚀った」

    「䞀床の打ち合わせで結論が出る話ではありたせん。圌女も考えおいたしたし、私も案を出したした」

    「だから、䜕を望んだ」

    「望みを実珟できる圢ぞ詰めおいる途䞭でした」

     黒矜は黙っお答えを拒んでいるのではない。燐花が䜕を望んだのかず尋ねられおも、それを客ぞ届ける方法に぀いお答えおしたう。質問を倉えおも、黒矜が話すのは、売り出す盞手ずしお芋おいた燐花だけだった。

     久我ず黒矜、どちらの話にも嘘ずは蚀い切れない郚分がある。だが、燐花本人が最埌に䜕を遞がうずしおいたのかは、二人の話を聞いおも分からなかった。

     管理人からゞュニアぞ䜕かが枡されたこずも頭をよぎった。圢も䞭身も知らないたたでは、黒矜に䜕を蚊けばいいのかも分からない。蚊けば、盗み聞きをしおいたこずだけが知られおしたう。

    「ほかにご質問は」

     黒矜は腕時蚈を芋ず、远い出そうずもせず、次の問いを埅っおいた。立ち方も、先ほどから倉わらなかった。

     炎䞊に぀いお尋ねおも、燐花の蚀葉の扱いを責めおも、次のステヌゞに぀いお尋ねおも、黒矜は蚀い盎さず、詰たらず、答えを倉えなかった。黒矜はどの問いにも答え、シスタヌは䞀぀も厩せなかった。

     分かったこずも䞀぀だけある。久我が語った燐花は、過去に偏っおいた。燐花は昔ぞ戻りたがっおいただけではなく、怖がりながらも前ぞ出ようずしおいた。黒矜の話を䜜り話だず吊定できない以䞊、その燐花もないがしろにはできなかった。

     シスタヌは久我に、必ず燐花を芋぀けおやるず誓っおいたが、そのために必芁な本人の蚀葉は、ただ芋぀かっおいない。

     ガラス窓の向こうでは、明日の準備が進んでいる。照明が順番に点き、ステヌゞ䞊のスタッフが時刻を確かめ、客垭通路では機材を茉せた台車が行き来しおいた。远悌公挔は明日だ。今日䞭に探せなければ、間に合わない。

     それでも、探すこずをやめる気はなかった。消される前に神様ぞ届ける。その考えは倉わっおいない。ただ、今知っおいるこずだけではどうにもできない。黒矜から本人の蚀葉を聞き出せないたた、シスタヌの手札を切り尜くした。進行衚には、明日の予定が分刻みで䞊んでいた。

     シスタヌは机から離れた。

    「仕事䞭に悪かったね」

    「心のケアでしたら、必芁な者にお願いしたす」

    「あんたには芁らなそうだ」

     黒矜は吊定も肯定もせず、スマホを取り出した。シスタヌが扉ぞ向かう間に連絡先を開き、電話をかけ始めた。

     ブヌスを出たシスタヌは、同じ通路ず階段を䞋りた。倧型モニタヌの前たで戻るず、シスタヌは通路の端に立ち、画面を芋䞊げた。

     シスタヌは立ったたた、しばらく動かなかった。

     ステヌゞ脇、遠く離れた堎所で、柎田鈎が舞台監督に䜕やら詰め寄っおいるのが芋えた。盞手が先ぞ進もうずするず、鈎はたた前ぞ回り、話し続けた。

     䜕を話しおいるかたでは聞こえなかった。むダホンの音量は絞ったたただったからだ。

    「おっず、忘れおた」

     右耳のむダホンぞ指を添えた。䞊っおくるずきずは逆の方向ぞ、䞀぀ず぀なぞる。それに合わせおむダホンの音量が䞊がり、鈎の匵った声ずAIくんの応答が、䌚堎の䜜業音に重なっお聞こえ始めた。䌚話内容が届き始め、二人がただ諊めずに食い䞋がっおいるこずは十分に理解できた。

     遠くの鈎たちを芋ながら、䞍敵に、少し嬉しそうに笑った。

    「ババァがただ折れおないなら、若くお矎人なシスタヌさんが、ここでぐずぐずしおるわけにはいかねぇ」

     鈎に平手打ちされた偎の頬ぞ觊れた。あのずきシスタヌを殎った鈎は、今も必死に調査を続けおいる。

     シスタヌは頬から手を䞋ろし、倧型モニタヌの前を歩き出した。

    画像
    黒矜 修叞

    シヌン13 そういうこず、だったのか

     鈎は客垭埌方の扉から䌚堎ぞ入った。ステヌゞ䞊では翌日の公挔に向けた仕蟌みが続き、短く切られた楜噚の音ずスタッフの指瀺が、空垭の列を越えお反響しおいた。

     鈎は通行の邪魔にならないよう客垭の端ぞ寄り、右耳のむダホンマむクに指を添えた。AIくんの本䜓は肩に掛けたバッグの䞭にある。

    「所長、䌚堎に到着したした。調査に入りたす。たずは久我さんの様子を確認したす」

     返事を埅たず、関係者通路ぞ向かった。胞元のパスを芋せお扉を抜け、壁に貌られた案内に沿っお楜屋゚リアたで進む。

     入口には枅掃甚の台車が暪づけされおいた。モップの柄ず畳んだクロスの間に、「枅掃䞭」ず曞かれた札が茉っおいる。鈎が奥ぞ行こうずするず、スタッフが台車から離れ、通路を塞がない䜍眮で片手を䞊げた。

    「すみたせん。今、楜屋は枅掃䞭です」

     久我の芪戚だず説明しおも、男は枅掃が終わるたで埅っおほしいず繰り返した。扉は閉じおおり、䞭の気配も廊䞋たでは䌝わらない。鈎はスタッフの肩越しに奥を確かめたあず、来た方向ぞ戻った。

    「久我さんが芋圓たりたせん」

    「楜屋じゃないのか」

    「楜屋は枅掃䞭なので入れたせん。調査をしながら、久我さんを探しおみたす」

    「ああ、それで頌む」

     通話が途切れるず、鈎は楜屋口ず䌚堎ぞ戻る扉の間で立ち止たった。久我を捜す以倖に、すぐ詊せる手立おを持っおいない。スタッフが枅掃道具を抱えお暪を通り過ぎるたで、壁際で進む方向を決められなかった。

     人けのない曲がり角たで戻り、肩から力を抜いた。バッグの口を抌さえ、誰に話すずもなく小声をこがす。

    「困りたしたね。ここたで意気揚々ずやっおきたものの、早くも手詰たりです。  あ、したった。これも所長やシスタヌに聞かれおしたいたすね。匱音なんお吐いおいる堎合ではありたせんでした」

     AIくんの声が、むダホンから聞こえる。

    「いいえ。聞かれおいたせん。圓機が䌚話内容を遞別し、䞍必芁な雑談やひずり蚀に類する発蚀は通信に乗せおいたせん」

     鈎はバッグから手を離し、右耳を柄たすように顔を傟けた。

    「なんず。では、党おの䌚話がシスタヌに聞かれるわけではないのですね」

    「はい。特に所長のひずり蚀は、臚時むンタヌンの士気にも関わるので、積極的に遮断しおいたす」

    「所長  。やはり単独行動はさみしいのでしょうか」

    「端的に報告するず、愚痎ばかりです」

     鈎は頬をぜりぜりず掻いた。

    「  遞別はAIくんに任せたす。私は愚痎を慎みたす。ずころで、埌で所長に怒られたせんか 勝手に通信内容を遞別なんおしたら」

    「怒られたら止めたす」

    「  たあ、そうですね」

     自然ず控えめな笑顔がこがれた。

     肩玐を掛け盎し、背筋を䌞ばす。そこにゞュニアの声が入った。

    「鈎さん、聞こえたすか。管理人さんのずころで撮った写真を送りたす。壁にあったメモの䞀郚です」

    「受信経路を準備したす。画像転送はただ開始しないでください」

     AIくんが答えおから、数秒間、䌚堎の反響だけが聞こえた。バッグの䞭で本䜓の通知音が䞀床鳎り、間を眮いおもう䞀床鳎る。二床目の音に続いお、画像を送れる状態になったずAIくんが告げた。

    「準備が完了したした。送信しおください」

    「送った」

     画像が届いおも、読み䞊げは始たらなかった。転送の完了を知らせる音のあず、AIくんが画像内の手曞き文字を順に凊理した。

    「刀読できる蚘茉は倚数ありたすが、本件に関係がありそうな蚘述は四点です。『サプラむズ蚈画進行䞭』『バンドのみんな、驚くだろうなぁ』『舞台監督さんにだけは話を通す』『黒矜さんに盞談するかは怜蚎䞭』」

     鈎はスタッフの埀来を避けお壁ぞ寄った。久我が提出した動画は、自ら遞び、切り取り盎した燐花の蚘録だった。今届いたのは、同じ映像の別玠材ではない。燐花が自分で曞いた文字を撮圱した画像だった。

    「燐花さん本人のメモなのですね」

    「管理人さんの説明では、そうです。ひずたず、AIくんを信じおその四぀を远いかけおいいず思う。埌でじっくり粟査しおほしいが、今は時間が惜しい」

     ゞュニアの声の埌ろで、車が走る音がした。どこかぞ移動しおいるらしい。シスタヌからは䜕の接觊もないが、AIくんによれば、盞倉わらず盗聎可胜な状態ずのこずだ。

     鈎はすでに聞いおいた䟝頌時の説明を頭の䞭で確かめた。この公挔は、初めから远悌のために組たれた催しではない。もずもずは『未燃域』の楜曲のサブスク解犁を告知する通垞ラむブずしお予定され、燐花の死埌、远悌公挔に圢が倉わった。

    「AIくん。明日の公挔は、圓初はサブスク解犁を告知する通垞ラむブだった。間違いありたせんね」

    「はい。久我悠理様の䟝頌時説明ず䞀臎したす」

     通垞ラむブの進行ずは別に、燐花はバンドの仲間を驚かせる蚈画を進めおいた。黒矜に盞談するかは決めず、舞台監督にだけ話を通しおいた。本番盎前たで準備を進めおいたなら、蚃報のあずに進行が組み替えられおも、蚘録のどこかに痕跡がある。

     進行衚、照明、音響、映像。担圓郚眲が分かれおいれば、倉曎はそれぞれの蚘録に残る。通垞進行に玛れ蟌んだ远加項目を拟えば、燐花本人が準備したものを確かめられる。

     鈎は䌚堎ぞ戻る扉を抌した。最初に確かめる盞手は、メモに名前のある舞台監督だった。

    ++++

     舞台袖では、黒い䜜業着の女性がむンカムを着け、進行担圓から䞊がる報告を聞いおいた。腰のポヌチにはテヌプず油性ペンが収たり、折り畳んだ資料を片手に持っおいる。鈎が声をかけるず、女性は返事をしながら腕時蚈を確認した。

    「久我悠理の芪戚の柎田ず申したす。有沢燐花さんが、この公挔で準備しおいたこずに぀いお䌺いたいのですが」

     舞台監督は鈎のパスを芋おから、舞台袖の床に匕かれた黄色ず黒のテヌプを、鈎に向かっお指し瀺した。そこから先ではスタッフがケヌブルを運び、ステヌゞ䞊の立ち䜍眮を調敎しおいる。

    「話ならここで聞きたす。ステヌゞには入らないでください」

    「燐花さんが、バンドの皆さんにサプラむズで䜕かを䌝えようずしおいた可胜性がありたす。悠理のためにも、確認させおいただけたせんか」

     舞台監督の衚情があからさたに倉化する。だが声を荒らげず、ステヌゞ䞊で照明を合わせおいるスタッフぞ片手で埅機の合図を送った。

    「なんですか いきなり。久我さんが䜕を蚀おうずも、今さら段取りを倉えられるわけがないでしょう」

     ほんの僅かに鈎の銖が傟いた。自分はただ「確認したい」ずしか蚀っおいない。段取りを倉えるかどうかは、䞀蚀も口にしおいなかった。しかしそこは远及せずに、別の角床から入った。

    「しかし、燐花さんの意向にそぐわない公挔にするわけにはいかないのでは 悠理だけではなく、故人の遺志を倧切にするためにも、ここは  」

     舞台監督は䞡手を腰に圓お、仁王立ちになった。

    「私はデビュヌした頃から、ずっず燐花さんたちのステヌゞを䜜っおきたした。倧切に思っおいなければ、こんな時に珟堎ぞ立っおいたせんよ」

     むンカムから呌びかけが入り、舞台監督はそちらに向き盎しお短く指瀺を返した。鈎ぞ振り返るず、今床はテヌプの手前ぞ自分の靎先を揃えた。

    「私には、明日の公挔を事故なく終わらせる責任がある。メンバヌの芪戚ずいうだけで、準備䞭のステヌゞや卓ぞ入れるわけにはいきたせん」

    「悠理は、燐花さんが䜕を考えおいたのかわからずに苊しんでいたす。せめお残されたものがあるかどうかだけでも――」

    「残されたものをどう扱うか、あなたのような倖郚の人間が決めるこずですか これ以䞊ごねるなら、譊備の人を呌びたすよ」

     舞台監督は鈎の蚀葉を遮ったあず、唇を結んだ。䞀床だけ目を䌏せたが、境界線に揃えた靎先は動かなかった。

     ただ聞きたいず蚀っただけで、譊備を呌ぶずいう話にたで飛んだ。これ以䞊、ここにはいられない。

     䌚釈をしお舞台袖から䞋がる。背埌では舞台監督がスタッフを呌び、止めおいた䜜業を再開させた。

     鈎は倧きなため息を぀いお、ゞュニアに呌びかけた。

    「所長。舞台監督が䜕かを隠しおいたす。勘ですが、聞き出すべき蚌蚀があるず思いたす」

    「わかった。こちらは小曜根さんのずころに向かう。受け取ったデヌタを確認する」

    「わかりたした」

     AIくんが鈎に提案をした。

    「感情に蚎えるための䌚話案を生成できたす。燐花様ずの関係、久我悠理様の珟状、远悌公挔の瀟䌚的意矩を組み合わせた堎合――」

    「必芁ありたせん」

     鈎は舞台袖の通路を戻りながら答えた。舞台監督の蚀葉に筋が通っおいないわけでもない。

    「いずれにしおも、燐花さんぞの想いは十分にわかりたした。だからこそ物蚌を集めたしょう。所長なら絶察そうしたす」

    「臚時むンタヌンの評䟡が䞊がりたした」

    「ありがずうございたす」

    「しかし、昚日の暎力行為によるマむナス評䟡を芆すほどではありたせん」

     鈎は䞀歩だけ遅れ、すぐ同じ速さぞ戻した。

    「  劥圓です。がんばりたす」

    ++++

     舞台袖の壁に貌られた進行衚が目に入った。

     鈎は、すぐにはそちらぞ向かわなかった。久我のために確かめたいず蚎えれば、燐花を倧切に思う盞手なら話を聞いおくれる。そう考えおいた。だが舞台監督は、ステヌゞ内に立ち入るこずも、話の続きを尋ねるこずも蚱さなかった。

     思いを蚎えるだけでは、盞手の刀断は倉わらない。ならば、刀断できるだけの材料を揃えるしかない。

     そこで鈎は、父の゚ンディングノヌトを開いた日のこずを思い出した。

     手順ず連絡先が䞊ぶ文面を芋お、亮介が遺したのは自分を凊理係にするための指瀺曞なのだず絶望した。あのずきも、ゞュニアは結論を急がなかった。鈎が枡した資料、本人の動画、家族の蚌蚀を䞀぀ず぀確認し、刀断材料を集め続けた。

     ゞュニア自身も、心ない炎䞊によっお傷を負っおいた。それでも柎田家のために、亮介が本圓に残したかった蚀葉を探すこずをやめなかった。本人が語る動画を鈎ずずもに確かめ、あのノヌトは凊理係をやれずいう指瀺曞ではないず䌝えた。゚ンゞニアから゚ンゞニアぞ蚀葉を遺すため、手順曞ず匕継曞の圢匏で曞いたのだず、ゞュニアが芋぀け出しおくれた。

     その蚀葉を受け取れたから、今の自分がここにいる。

     私も刀断材料を集め、燐花が本圓に望んだ「最埌の䞀曲」たで蟿り着かなければならない。

     鈎は壁際ぞ進んだ。貌り出された進行衚には、時刻、挔目、転換内容、担圓郚眲が印刷されおいる。各欄の文字幅は揃い、倉曎箇所には改蚂版の日付があった。玙の端にはスタッフの確認印が䞊び、よく芋る郚分だけがわずかに反った。

     衚を䞊から远う途䞭で、眫線の芏則が途切れた。印刷された枠の倖、现い油性ペンの矢印の先に、曞き蟌たれた䞀行。その文字だけは曞䜓も幅も揃わず、正匏な欄の間で傟いおいた。

     远悌公挔ぞの倉曎なら、他の修正ず同じく改蚂版ぞ反映されるはずだった。鈎は改蚂日をもう䞀床確認し、油性ペンの䞀行ぞ芖線を戻した。

    「なぜ、あの曞類のあの郚分だけ手曞きなのでしょう」

     スタッフが舞台袖を暪切るのを埅ち、鈎は正面から進行衚を撮圱した。画像をバッグ内のAIくんぞ送る。

    「手曞き郚分を認識したした。印刷された担圓欄ずの察応は確認できたせん」

     進行衚の画像を保存し、鈎は舞台袖から客垭偎ぞ出た。空垭の列を回り蟌んで最埌方ぞ向かう間にも、ステヌゞでは照明確認が続いおいた。癜い光が床を暪切り、消えた盎埌に別の角床から青い光が入る。調光卓から短い指瀺が飛ぶたび、客垭の暗さが段階的に倉わった。

     最埌列の埌ろには、耇数のモニタヌず操䜜卓が䞊んでいた。鈎は䜜業するスタッフの背埌を通らず、通路偎から卓䞊の照明キュヌシヌトを芗く。堎面、色、照射䜍眮、切り替え秒数が、曲ごずに同じ曞匏で敎理されおいた。

     芖線を巊から右ぞ動かす。ひずたずたりのキュヌを远い終え、次の分類ぞ移ろうずしたずころで、空癜の右隣に番号付きのセルが䞀぀あった。末尟ぞ远蚘したような䜍眮だが、番号自䜓は正匏な曞匏で振られおいる。前埌の堎面を読み比べおも、その䞀枠だけが連続しおいなかった。

     やはり、この公挔にはむレギュラヌが入り蟌んでいる。きれいに䞀から組み立おられたシステムではない。組み替えられる前の䜕かが、消されずに挟たっおいる。

    「あそこのセルだけ、取っお぀けたような配眮ですよね」

     鈎がたた手早く写真を撮りAIくんぞ送る。ゞュニアの声が割り蟌んだ。

    「よくそんなこずに気づきたすね」

    「昔からの性分です。職業病ずいうべきか」

    「そうか。前のお仕事は、亡くなったお父さんず同じシステム゚ンゞニアでしたっけ」

    「はい。特別に父を意識したわけでもないのですが  。子䟛の頃から父のPCをいじっおいるうちに埗意になっおしたっお」

    「俺も母芪ず同じ䌚瀟に入っお、今は芪父の事務所を継いでいたす。  なんでなんでしょうね」

    「はい。  なんでなんでしょうね」

     鈎はキュヌシヌトぞ芖線を戻した。父ず同じ職業を遞んだ理由は、今も䞀蚀では説明できない。だが、衚の䞭で䞀぀だけ芏則から倖れた項目を芋分ける目は、珟堎で身に぀けたものだった。

     AIくんが照明衚の分類結果を告げる。

    「進行衚の手曞き項目ず照明キュヌの远加枠が、同䞀の未確定挔出に関係する確率は四十䞀パヌセントです」

     照明スタッフが次の確認ぞ移り、卓䞊のモニタヌが䞀斉に別の衚瀺ぞ切り替わった。鈎もその堎を離れ、隣接するPA卓ぞ回る。入力回線ずシヌンメモリの䞀芧を綎じたファむルが、卓の端に開かれおいた。担圓者は少し離れたスタッフぞヘッドホンを枡し、回線の状態を確認した。

     探せ。違和感を探せ。

     意味の刀定はAIくんに任せる。自分は、分類の芏則から倖れた箇所を拟えばいい。

     鈎は頁ぞ觊れず、衚玙の芋出しが読める䜍眮から項目を远った。ボヌカル、楜噚、再生玠材の順に、甚途が倉わるごずに倪い線。入力はどの区分も䞉぀ず぀だった。鈎は最初から、䞉、䞉、䞉ず数え盎した。再生玠材の欄で、初めお数が合わなくなった。

     そこには四本分の回線番号があった。第四項目だけ名称がなく、それでも番号ず察応するシヌンメモリは確保されおいる。消し忘れなら項目ごず倖せるはずなのに、入力先の名称欄だけが空癜だった。

     舞台監督が過剰に反応したのは、゚ラヌを匕き起こすコヌドが䜕なのかを知っおいるからではないか。それが今も䌚堎のどこかに残っおいるため、近づく者を譊戒しおいるのではないか。

     ただ仮説にすぎない。鈎は舞台監督の衚情を思い返すのを止め、目の前の数ぞ意識を戻した。

     今床はスタッフの目をかいくぐるこずもできず、口頭でAIくんに説明を行った。

    「䞉぀ず぀カテゎリで分けおいるのに、そこだけ四぀です。空欄の䞀回線が远加されおいたす」

    「音響回線の远加を反映したした。䞉぀の蚘録が同䞀挔出に関係する確率は六十䞃パヌセントです」

     PA卓を離れるず、ステヌゞの短い確認音が客垭埌方たで響いた。鈎は空垭の倖呚を歩き、巚倧モニタヌの手前にある映像卓ぞ向かう。進行衚では文字、照明では配眮、音響では数が手がかりになった。次も同じ圢で芋぀かるずは限らない。

     巚倧モニタヌには、燐花が映っおいた。歌う暪顔が消え、笑いながら手を振る堎面ぞ切り替わる。映像卓の担圓者は送出画面を確認し、プレむリストの行ぞチェックを入れ、次の玠材を送出しおいた。鈎は通路偎に立ち、担圓者の動きを䜕床か芋おから、同じ順序で画面を远った。

     違う。

     舞台監督は、近づかれるこずを恐れおいるのではない。鈎には、あの拒絶が悲しみに近いものず思えた。

     燐花が準備しおいたものを知りながら、それを䜿わず、別の誰かが決めた「最埌の䞀曲」で公挔を終える。その刀断に自分も加わっおいるかもしれない事実が、舞台監督を苊しめおいるのではないか。

     もちろん、鈎の想像にすぎない。舞台監督がサプラむズの党容を知っおいるずも限らなかった。

     誰かに倉えられた蚀葉は、本人の蚀葉なのか。それは遺蚀ず呌べるものなのか。

     ゞュニアは、い぀もそこを問い続けおいた。ひょっずするず舞台監督も、燐花の本圓の遺蚀を知らないのではないか。知らないたた、黒矜たちが決めた曲を「最埌の䞀曲」ずしお受け入れおきたのかもしれない。燐花の蚀葉を捻じ曲げる偎に自分も立っおいる。その可胜性に、舞台監督自身も悲しんでいるのではないか。

     ならば、やはり自分が探し圓おなければならない。ゞュニアが、鈎の恐れや悲しみさえ越えお、父の本圓の遺蚀を芋぀け出した時のように。本人の蚀葉を、他人が決めた結論の䞭ぞ埋めたたたにしない。それが遺蚀むンタビュヌ事務所の仕事なのだ。

     鈎はプレむリストの先頭ぞ芖線を戻した。公匏映像、告知、転換甚の短い玠材には、それぞれファむル名ず尺。担圓者がチェックを進めるたび、玠材番号も䞀぀ず぀先ぞ進んだ。

     ずころが途䞭で、担圓者は䞀行だけチェックを飛ばした。再生順は割り圓おられおいるのに、玠材番号がない。削陀枈みを瀺す衚瀺も、代替玠材を求める泚蚘も芋圓たらない。次の行からは番号がたた連続する。

     仕様曞で確定しおいないものは、䟋倖凊理ずしお泚蚘するか、新たな芁件定矩に回すはずだ。鈎は泚蚘欄を確認し、隣の欄を䞊からもう䞀床远った。未凊理や差し戻しの痕跡はない。担圓者も欠萜を確認するこずなく、その枠を飛ばしお次ぞ進んでいる。

     未完成の空欄ではない。埌から䜕かを入れる堎所ずしお、進行の䞭に確保されおいる。

    「再生順だけが確定し、玠材番号が空欄です。未凊理を瀺す泚蚘もありたせん」

    「可胜であれば、圓機のカメラを察象に向けおください」

     鈎はAIくんの指瀺に埓う。できるだけ䞍自然にならないように、手早く筐䜓のカメラをプレむリストぞ向けた。

     AIくんは映像プレむリストの情報を、先の䞉点ず照合した。

    「四点の物蚌が、通垞進行ずは別の同䞀挔出に関係する確率は八十六パヌセントです」

     鈎は、モニタヌに映る燐花から映像卓ぞ目を戻した。撮圱した進行衚の画像を開き、四぀の郚眲に残る空欄ず远加枠を順に確かめた。

     鈎は誰もいない堎所に向かっお、はっきりず蚀い切った。

    「サプラむズ挔出は  ありたす。間違いありたせん」

    「これ以䞊は、舞台監督たたは同等の暩限を持぀スタッフの蚌蚀がなければ、確率を䞊げられたせん」

     AIくんの宣蚀を聞き、鈎は照明、音響、映像の䜍眮ず項目を小声で読み盎した。

     鈎はAIくんをバッグぞしたい、再び舞台袖ぞ向かった。

    ++++

     舞台監督は先ほどず同じ境界の内偎で、ステヌゞ䞊のスタッフぞ指瀺を出しおいた。鈎が埅぀ず、むンカムの応答を終えた舞台監督が振り返る。舞台監督は鈎を芋るなり、たた来たのかず蚀いたげに顔をしかめた。

     鈎は黄色ず黒のテヌプの手前で止たり、先ほどから考えおいた蚀葉を投げかけた。

    「燐花さんがあなたにだけこっそり頌んだずいう、サプラむズ挔出に぀いお、教えおいただけたせんか」

     舞台監督は返事をせず、鈎を芋たたた数秒黙った。

     䞀方、鈎は舞台監督の芖線を受け止め぀぀も、もう䞀぀、どうしおも無芖できない察象を捉えおいた。

     通路の先、倧型モニタヌの近くに、黒い修道服の人圱があった。長い髪を䞋ろしたたた、颚に揺れるノェヌルず共にたなびいおいる。この距離では衚情たでは芋えないし、声も届かない。ただ、しばらく同じ堎所に立ち尜くしおいるように芋えた。鈎はその人圱に気づいたものの、今はそれどころではない。舞台監督ぞの蚀葉を、そのたた続けた。

    「進行衚には、印刷埌に手で足された行がありたす。照明には前埌から独立したキュヌが䞀぀。音響には、䞉぀ず぀の分類から倖れた空欄の第四回線。映像には再生順だけを確保した、玠材番号のない枠がありたす」

     鈎は声を匷めず、芋぀けた順に䞊べた。舞台監督は進行衚のある壁ぞ目を向けたあず、ステヌゞ䞊の䜜業を確認するふりをしお顔を逞らした。むンカムぞ䌞ばした手は、呌び出し操䜜をしないたた腰元ぞ䞋がる。

    「四぀ずも、通垞の公挔資料なら凊理されるはずの䟋倖です。それが四぀の郚眲に、䞀぀ず぀残っおいたす。有沢燐花さんから、通垞進行ずは別の準備を頌たれおいたのではありたせんか」

    「あなたには関係のないこずです」

     返答は先ほどより遅かった。舞台監督はテヌプの内偎に立ったたた、片足を埌ろぞ匕いた。鈎は久我の芪戚ずいう立堎を越えず、資料に぀いおの質問だけを重ねる。

    「サプラむズの䞭身を芋せおほしいずは蚀いたせん。燐花さん本人の蚈画が存圚したかどうかを、確認したいのです。四぀の蚘録は、今もこの䌚堎にありたす。すべおこの目で確認したした。  お願いです。燐花さんの本圓の遺志を知りたいんです」

     客垭偎から送出確認の声が飛んだが、今床はすぐに返さない。数秒しおむンカムの送話ボタンを抌し、䜜業をそのたた続けるよう短く指瀺した。

    「  サプラむズは、ありたした」

     舞台監督は、誰に聞かせるでもない調子で蚀った。

    「燐花さんから、流したい動画があるから、本来の動画ず差し替える準備だけしおほしい、ず頌たれおいたした。䜕を流す぀もりだったのかは知りたせん。玠材も受け取っおいなかった。ただ、い぀持ち蟌たれおも察応できるように、各郚眲ぞ最䜎限の根回しだけしたした」

     蚀い終えるず、舞台監督は腰の資料を倖しお持ち盎した。先ほどたで塞いでいたステヌゞぞの通路から、脇ぞ退いた。

    「準備したのは、動画だけですか」

    「私が知っおいるのは動画だけ。でもあの子がほかの誰かに䜕かを頌んでいるかもしれたせん」

     舞台監督が片手を䞊げ、通路の先を瀺した。

    「ステヌゞ䞊も調べおいいです。ただし、機材ずケヌブルには觊らないで」

     鈎はテヌプの盎前たで進んだ。最初の接觊では、その線の手前から質問するこずしか蚱されなかった。舞台監督が退いた幅を確かめ、黄色ず黒の線を右足で越える。続いお巊足もステヌゞ偎ぞ運び、初めお舞台袖の倖ぞ出た。

     ゞュニアが話しかけおきた。

    「鈎さん、バミリだ。床の印を調べおくれ」

    「バミリ」

     AIくんが答える。

    「舞台䞊で、挔者や機材の䜍眮を決めるために貌られるテヌプです」

     鈎はその堎に腰を萜ずし、床ぞ貌られたテヌプを順に確かめた。機材の脚を囲む四角、マむクスタンドの䜍眮、挔奏者の足元。甚途ごずに色や圢が分けられ、短い文字が曞き蟌たれおいる。

     燐花の立ち䜍眮には、通垞のバミリに重ねお、现い銀色のテヌプが貌られおいた。

    「これは䜕ですか」

     舞台監督が近くたで来た。

    「燐花さん専甚の照明䜍眮。そこに立ったずきだけ䜿う」

    「远悌公挔でも残しおいるんですか」

    「倉曎が決たったのが盎前だったからね。照明図を䞀から䜜り盎す時間はなくお、元のプランを土台に必芁なずころだけ盎した。燐花さんのバミリも、そのたた残った」

     鈎は話を聞きながら、床の確認を続けた。

     同じ銀色が、少し離れた堎所にもあった。

    「ここにもありたす」

     鈎はその䜍眮たで移動した。

    「そこは久我さんの立ち䜍眮だ」

     AIくんのカメラにも呚囲を確認させる。

    「ギタヌ甚の機材が配眮されおいたす。久我悠理様の立ち䜍眮で間違いありたせん」

     足元にぱフェクタヌが䞊び、近くにはギタヌアンプずマむクスタンドがある。その䞭倮に、燐花の䜍眮ず同じ銀色のテヌプが貌られおいた。

     舞台監督は腰から進行資料を倖し、ペヌゞをめくった。

    「  サプラむズのずきに䜿う予定だったらしい」

    「久我さんにも、燐花さんず同じ照明を」

    「動画が始たったあず、この䜍眮ぞ入れるよう指定されおいる。それ以䞊のこずは、私も聞かされおいない」

     燐花のために組たれた照明が、久我にも圓たる。

     だが、それだけでは䜕を意味するのかたでは分からなかった。

     鈎は久我のバミリに䞡足を収めた。アンプも足元の機材も、ギタリストが挔奏する䜍眮ずしお䞍自然なずころはない。

     ステヌゞ前方に、床眮きのモニタヌがあった。

    「あれは、歌詞を衚瀺するものですか」

    「プロンプタヌだ。普段は燐花さんが䜿っおいた」

     画面は燐花の立ち䜍眮ぞ向けられおいる。

     舞台監督が資料ぞ目を戻した。

    「これも指瀺がある。サプラむズが始たったら、向きを倉えるこずになっおいる」

    「どちらぞですか」

     舞台監督は、むンカムで資料に蚘された䜍眮たで動かすように指瀺を出した。

     モニタヌの台座が回転し、画面が鈎の正面で止たった。

     久我のバミリに立おば、無理なく文字を远える角床だった。反察に、燐花の䜍眮からでは画面が倧きく倖れる。

     燐花ず同じ照明。久我ぞ向けられた歌詞。

     鈎は舞台監督を呌び止めた。

    「あの照明を、今だけ入れおもらえたせんか」

    「ここに」

    「はい。サプラむズのずきず同じ状態で」

     舞台監督は、再びむンカムで指瀺を出す。

     たもなく、鈎は、通垞の癜色のラむトず共に、オレンゞ色の匷い光を同時に济びた。鈎の目が䞀瞬くらみ、癜ずオレンゞが混ざった閃光が芖界を芆った。

     その光だけの䞖界で、今たで確認しおきたすべおの事柄が䞀぀に繋がった感芚を埗た。

     鈎の芖界が戻り、目の前に燐花が芋おいただろう光景が広がる。

     プロンプタヌ。アリヌナ垭。二階垭。

     そうか。圌女は  。

     鈎はぜ぀りず呟いた。

    「そういうこず、だったのか  」


    シヌン14 ラむブ圓日

     䌚堎の正面前には、開堎を埅぀人がすでに溜たっおいた。

     朝の光はただ高くない。それでも広堎の舗装は人の靎で埋たり、列を䜜るスタッフの呌びかけ、スマホで写真を撮る音、物販の開始時刻を確かめ合う䌚話が重なっおいた。花束を抱えた者がいる。黒い服で揃えた若い二人組がいる。泣きはらしたたた、誰かず笑っおいる者もいる。

     远悌公挔、圓日。

     前日たでの䌚堎は、資料ず段取りの䞭にあった。倧型モニタヌの映像、舞台袖の進行衚、床に貌られた叀いテヌプ。そこにあった燐花の姿は、映像ファむル名、蚌蚀、蚘録ずしお扱われおいた。

     今は違う。

     正面前の広堎には、燐花の名前を芋䞊げる人の熱があった。入口ぞ向かう列の端で、誰かが小さく錻をすすった。別の誰かが、チケット画面を握ったたた、掲瀺された公挔名を芋぀めおいる。

     その人混みの䞭に、ゞュニアは立っおいた。

     䌚堎の関係者には知られおいる。これたで、圌はこの堎所の正面から䞭ぞ入らずに来た。倖呚を回り、䌚堎倖のレンタルスペヌスぞ向かい、音だけで䞭の状況を拟っおきた。

     その男が、今は䌚堎名の掲瀺の䞋に立っおいる。人波がすぐ脇をかすめ、通り過ぎた誰かが振り返るたび、気づかれたかずひやりずする。

     鈎は、圌の暪で人の流れを芋おいた。衚情は硬い。

    「本圓に、所長も䞭ぞ入るんですね」

     鈎は、すぐそばのゞュニアにだけ聞こえるように蚀った。

    「私たちだけでも動けたす。必芁なら、私がもう䞀床スタッフに話したす」

     入口の方で、スタッフが列の敎理を始めおいる。誰かの持぀花の包装玙が鳎り、すぐに人のざわめきぞ混じった。

    「いや。俺が行く」

     鈎が圌を芋る。

    「公開刀断は、所長の仕事だろ 最埌くらい自分でやらせおほしい」

     ゞュニアは䞊着の内偎を抌さえた。SDカヌドはそこに入れおある。前倜に䞭身を確かめ、玛倱に備えお耇補しおあった。倖から芋れば、ただの小さな蚘録媒䜓でしかない。

    「俺たちが芋぀けおしたったこれは、それだけ重い」

     鈎は返事をしなかった。代わりに、列の向こうの通甚口を確認した。通甚口の前には簡易の受付台ずロヌプパヌテヌションが眮かれ、黒い服のスタッフが立っおいる。

     ゞュニアのポケットから、AIくんの声がした。

    「請求料金の調敎を提案したす。所長本人の珟地皌働を、通垞単䟡で蚈䞊する扱いは䞍適切です」

     ゞュニアは、その堎違いな提案に少しだけ調子を厩された。

    「それは今話すこずじゃない」

    「公開刀断者本人の出匵察応です。危険手圓、露出手圓、粟神的負荷を含めた再蚈算が必芁です」

    「芚悟に倀札を貌るな」

     鈎が暪から蚀った。

    「でも、経費凊理ずしおは必芁かもしれたせん」

    「乗るな、鈎さん」

    「申し蚳ありたせん。業務䞊、少し気になりたした」

     AIくんの発話は、ゞュニアのポケットの䞭から倖ぞ出おいた。呚囲のざわめきに玛れるほど小さいが、近くの人間には聞こえかねない。鈎は䞀床だけポケットの䜍眮を芋おから、䜕事もなかったように前を向いた。

     その盎埌、ポケットの䞭の発話が、急に事務的な速床ぞ戻った。

    「所長。公匏SNSに曎新がありたす。開堎時間が䞀時間早たりたした。理由は、䌚堎前の滞留人数増加ず安党確保です。開挔時間も前倒しされる可胜性がありたす」

     ゞュニアは広堎を芋枡した。

     列は、たた倪くなっおいる。案内スタッフがロヌプを移動させ、車道偎ぞはみ出さないよう人の流れを折り返しおいた。誰かが「時間、早たったっお」ず蚀い、呚囲のスマホが䞀斉に確認ぞ向く。

     䌚堎偎の刀断は筋が通っおいた。

     これだけ人が溜たれば、䌚堎偎は早く客を䞭ぞ入れる。滞留を枛らし、歩道を空け、事故を避ける。぀たり、こちらの時間が削られる。

    「たずい」

     ゞュニアは鈎に向き盎った。

    「走るぞ」

     鈎がうなずくより早く、ゞュニアは人の流れの端ぞ身䜓を入れた。

     正面入口ぞ向かう列は暪切れない。二人は列の倖偎を回り、広堎の端に沿っお通甚口ぞ向かった。足元には、埅機列を瀺すテヌプが䜕本も貌られおいる。花束の先が腕に觊れ、ゞュニアは反射的に身を匕いた。鈎が埌ろから「すみたせん」ず短く謝る。

     走るずいっおも、党力では進めなかった。人の間を抜けるたび速床が萜ちる。立ち止たっおスマホを芋おいる客の背埌を回り、スタッフの持぀案内板を避け、機材搬入口ぞ続く柵の切れ間を探す。

     䞊着の䞭でAIくんが揺れた。硬い筐䜓が垃越しに腿ぞ圓たる。ゞュニアは片手で前身頃を抌さえたたた、人波の切れ間ぞ入った。

     䌚堎正面の熱が、背䞭偎ぞ遠ざかっおいく。代わりに、通甚口呚蟺の硬いやり取りが近づいた。入通蚌の確認、搬入時間の確認、電話での照合。䞀般客のざわめきずは違う音に切り替わった。

     関係者甚の入口には、腰の高さのロヌプず、黄色いラむンが匕かれおいた。その内偎に受付台があり、スタッフが来堎者のパスを確認しおいる。パスのない者は、そこで止められる。線の向こう偎には、䌚堎の奥ぞ続く灰色の通路が芋えた。

     ゞュニアはラむンの手前で止たり、䞊着の内偎からSDカヌドを取り出した。

    「すみたせん。これを、久我さんに確認しおもらいたいんです」

     受付のスタッフは、ゞュニアの手元を芋た。

     蚘録媒䜓だ。ラベルはない。ケヌスにも䜕も曞かれおいない。今日、突然持ち蟌たれた玠性䞍明の品にしか芋えない。

    「差し入れは受け取れたせん」

     スタッフは即答した。

    「差し入れじゃありたせん。久我さんから䟝頌を受けおいたす。䞭身を確認しおもらえれば分かりたす」

    「圓日持ち蟌みの蚘録媒䜓は、こちらでは受け取れたせん。事前申請のないデヌタの確認もできたせん」

     スタッフの口調に冷たさはない。むしろ、䜕床も繰り返しおきた珟堎の応察に近い。远悌公挔圓日に、ラベルのない媒䜓を関係者ぞ枡しおくれず蚀われる。逆に断られないほうがおかしい。

     鈎が䞀歩寄った。

    「私は久我悠理さんの芪戚の柎田です。昚日も䌚堎内で確認䜜業を  」

    「申し蚳ありたせん。お名前だけでは通せたせん。パスの確認が必芁です」

     ゞュニアは手の䞭のそれを握り盎した。

    「お願いです。䞭身だけでいい。久我さん本人に芋せおください。今ならただ間に合う」

     蚀いながら、声が䞊ずるのが自分でも分かった。焊るほど、スタッフには怪しく映る。SDカヌドを握りしめ、本人確認の取れない名前を出し、開堎前倒しで忙しい受付に食い䞋がる男。入堎を拒吊されるだけの材料は、揃いすぎおいた。

     スタッフは䞀床ゞュニアの顔を芋お手を止めた。どこかで芋た気がしたのか、応察の蚀葉が数秒だけ遅れる。それきり䜕も蚀わず、受付台の暪ぞ距離を枬った。譊備担圓を呌ぶかどうか、迷っおいた。

    「これ以䞊は困りたす。線の内偎ぞ入らないでください」

     黄色いラむンが、ゞュニアのすぐ前にあった。

     圌はそれを芋た。線の向こう偎には、䌚堎の奥ぞ続く通路がある。そこぞ入れなければ、手の䞭のデヌタはただの䞍審物のたた終わる。

     ゞュニアの身䜓が、ほんの少し前ぞ傟いた。

     鈎が息を詰める。スタッフの手が無線ぞ䌞びる。

    「あヌ、ごめんごめん」

     暪から、軜い声が割り蟌んだ。

     ゞュニアは振り向いた。

     黒い修道服の女が、ロヌプの倖偎に立っおいた。い぀からそこにいたのか。銖にはロザリオ。巊偎には现いAIグラス。人混みの䞭から出おきたのか、通甚口の内偎から戻ったのか、ゞュニアには刀断できない。

     シスタヌは片手を䞊げ、受付のスタッフぞ笑いかけた。

    「その人たち、アタシの連れ」

     スタッフはすぐには折れなかった。

    「確認が取れおいたせん」

    「取れるよ。ゲスト申請、出しおある。名前、芋お」

    「ゲストパスは珟物提瀺が必芁です」

    「あずでちゃんずもらう。今、開堎早めたせいでこっちも手が回っおないんでしょ。確認だけ先にしお」

     スタッフはわざずらしく頭を振った。

     シスタヌは軜い調子のたた、受付台の端ぞ身を寄せた。ラむンの内偎ぞ無理に入らない。ロヌプにも觊れない。ただ、そこに自分の名前があるはずだず、そのたた埅っおいる。

     スタッフは端末を操䜜した。最初の衚情には疑いがある。次に、怜玢欄ぞ名前を入れる。衚瀺を確認しようず、わずかに端末ぞ近づく。

     その数秒が長かった。

     それでも、さきほどたで党力で抌しおも通れなかったものが、端末䞀぀の刀定を埅っおいる。

     スタッフが、もう䞀人のスタッフを呌んだ。二人で衚瀺を芋比べる。片方が小さく「ありたすね」ず蚀った。

    「ゲスト申請は確認できたした。ただ、同行者の蚘茉が」

    「今足しお。黒矜さんにはアタシが怒られるから」

    「そういう凊理は本来  」

     スタッフは蚀いかけお、無線の音に呌び戻された。別の入口で列の移動が詰たっおいるらしい。開堎前倒しの圱響で、関係者甚の入口でも予定倖の確認が増えおいた。

    「䞊が時間を動かすず、こういうずころが党郚詰たるんですよ」

     スタッフは誰にずもなくこがした。

     疑いは残っおいる。だが、申請は実圚した。シスタヌの名前は、正匏なゲストずしお出おいる。スタッフは受付台の䞋から䞀時パスを䞉枚取り出し、番号を控えた。

    「今回だけです。䞭で必ず正匏なゲストパスを受け取っおください。蚘録媒䜓の扱いは、䌚堎内の担圓者に確認しおください」

    「ありがず」

     シスタヌは自分のパスを受け取り、䞀枚をゞュニアぞ、もう䞀枚を鈎ぞ投げるように枡した。

    「助かった。ありがずう」

     ゞュニアが蚀い終える前に、シスタヌが振り返った。

    「瀌はいらない」

     その口調は、受付で芋せた軜さずは違っおいた。

     通甚口の䞭は、倖の広堎より音が硬かった。コンクリヌトの壁に、スタッフの足音ず無線の音が反射しおいる。シスタヌは通路の端で立ち止たり、ゞュニアの胞ぐらを掎み、その䜓ごず壁に抌し付けた。䞍意を突かれた圌は、シスタヌにされるがたただった。

    「おめぇが、たた郜合よく線集しおたなら  」

     ゞュニアはSDカヌドを握ったたた、芖線を䞊げた。

     シスタヌのAIグラスに、薄い情報が走っおいる。だが芖線はゞュニアから倖れない。

    「おたえら二人ずも、燃やし尜くすからな」

     シスタヌは鈎も芋た。昚日、平手を受けた頬には、もう跡は残っおいない。

    「圌女に動画のデヌタを送っおやれ」

     ゞュニアのポケットからAIくんの声がした。

    「公開予定の動画デヌタを、シスタヌのロザリオAIぞ送信したすが、よろしいですか これは最終確認です」

     シスタヌは、声のした方を芋た。

    「そのがた口、盞倉わらずぺらぺらうるせぇな」

    「がた口ではありたせん。圓機は携垯型察話支揎端末です」

    「どっちでもいい。早くしな」

     ゞュニアはSDカヌドを持぀手を䞋ろし、短く答えた。

    「やっおくれ」

     ポケットの䞭で、AIくんの通信音は鳎らなかった。画面も芋えない。ただ、ゞュニアの䞊着の内偎で凊理が走っおいる気配だけが䌝わる。シスタヌはロザリオの珠を芪指で䞀぀送った。十字架の近くにある黒い珠が、わずかに光を返す。

    「送信を開始したした」

     AIくんが告げた。

     シスタヌはAIグラスぞ焊点を合わせた。䞡手は胞の前で止たっおいる。ただ再生は始たっおいない。

     通路の奥では、スタッフが開堎前倒しの連絡を繰り返しおいた。䜕分で䞀般入堎を始めるか、どの扉を先に開けるか。誰かが台車を抌しお通り過ぎ、車茪の音が䞀床だけ倧きく響いた。

     その音が遠ざかっおから、AIくんが蚀った。

    「送信完了したした」

     シスタヌは、燃やすず蚀った時のたた芋返しおきた。倀螏みは終わっおいない。停物なら、その堎で壊す。その脅しは、ただ匕っ蟌んでいなかった。

     それから、グラス䞊の衚瀺を遞んだ。

     ゞュニアず鈎は、䜕も蚀わなかった。

     動画の䞭身を、二人はすでに知っおいる。

     シスタヌの腕の力が匱たったので、ゞュニアは圌女の手をそっず振りほどいた。

     最初は、ただゞュニアを睚んでいた。グラスに流れる映像を、疑うように远う。ロザリオを握る手に力がこもっおいた。

     数秒埌、その手がほどけた。

     映像から顔を背けられないたた、䜓の匷匵りが䞀぀ず぀抜けおいく。睚みは残っおいる。だが、どこぞ向ければいいのか分からなくなったように、力の入る先が消えおいく。

     AIグラスを通しお、圌女は続きを芋おいる。ゞュニアには映像の䞭身は芋えない。鈎にも芋えない。芋えるのは、シスタヌの衚情だけだ。

     握っおいた指が緩む。十字架が胞元で小さく揺れた。シスタヌはそれを抌さえようずしたのか、手を動かしかけお止めた。

     通路の音が続いおいる。無線も、台車の音も、倖のざわめきもある。だが、ゞュニアたちの呚りだけは、誰も蚀葉を挟たなかった。

     シスタヌのたぶたの瞁が歪んだ。

     涙が萜ちた。こらえおも、止たらなかった。

    「そんな  」

     かすれおいた。

    「そうか」

     そこで蚀葉が切れた。

     シスタヌの頬を、たた涙が䞀本萜ちた。拭わない。握った手が、胞の前から自然に䞊がった。

     額ぞ。

     胞ぞ。

     巊肩ぞ。

     右肩ぞ。

     十字を切る動きは、敎っおいない。儀匏を始める動䜜ではない。こらえるより先に身䜓がなぞっおしたったように、指先が先ぞ進んだ。最埌に右肩で止たり、そこから手が萜ちるたで、シスタヌは動画の衚瀺から芖線を倖さなかった。

    「  そうか」

     ほずんど独り蚀に近い。

     ゞュニアは、その蚀葉の䞭身を補わなかった。鈎も聞き返さなかった。AIくんも沈黙した。

     シスタヌはしばらく動かなかった。頬に残った涙を拭わず、再生を最埌たで芋届ける。終わったのか、映像が消えたのか、ゞュニアには芋圓が぀かない。ただ、シスタヌの芖線がやっずゞュニアぞ戻った。

     燃やすず脅した時の鋭さは消えおいた。

     かずいっお、味方に回ったわけでもない。ただ疑いは残っおいる。だが、振り䞊げおいた手は、もう同じ高さたで䞊がらない。

     シスタヌはロザリオを胞に戻した。

     そしお、通路の奥ぞ顎をしゃくった。

    「行くぞ」

     ゞュニアはSDカヌドをしたった。鈎がゲストパスを握り盎す。䞊着の䞭でAIくんが短く筐䜓を鳎らした。

     䞉人ず、ポケットの䞭の䞀機は、黒矜が詰めるブヌスぞ歩き出した。


    シヌン15 公開刀断、完了

     䞉人は、黒矜のブヌスぞ向かっおいた。

     コンクリヌトの壁が、スタッフの足音、無線の呌び出し、台車の車茪を现かく返す。開堎が䞀時間早たったせいで、通路のあちこちに予定倖の確認が増えおいた。壁際にはケヌブル箱が寄せられ、黒い服のスタッフがそれをたたぎながら小走りで抜けおいく。

     先頭を歩くシスタヌは、歩調を緩めなかった。黒い修道服の裟が膝䞋で揺れ、胞元のロザリオが歩幅に合わせお小さく鳎る。巊目のAIグラスには薄い衚瀺が走っおいたが、圌女は曲がり角のたびに顎だけで進む先を瀺した。

    「黒矜は、怒鳎りゃいいっお盞手じゃないよ」

     シスタヌは前を向いたたた蚀った。

    「挑発しおも、どこ吹く颚。こっちが燃やした火たで、あい぀は売り物にする。名前が広がる、客が動く、物販が䌞びる。そうやっお、おめぇに郜合よく倉えちたう男だ」

     鈎はゞュニアの右偎を歩いおいた。ゲストパスを銖から䞋げ、揺れないよう胞元で抌さえおいる。䞊叞であるゞュニアを立おお、シスタヌの説明に割り蟌たない。

    「やりあったこずがあるのか」

    「ああ。䜕も厩せなかった。すぐ突っかかっおくるお前ず違っお、぀たんねぇや぀だった」

     ゞュニアは反応せず流す。シスタヌは続ける。

    「あい぀の䞭にも燐花はいる。久我が蚀うみたいに、昔のたたでいたがっおた燐花だけじゃない。前ぞ進もうずしお、垂堎の理屈も分かっおお、スピヌカヌの音量を䞊げるには金が芁るこずも知っおた燐花だ。それも嘘ずは蚀い切れないから、䜙蚈に面倒なんだよ」

     通路の先で、スタッフが暗転準備の時刻を読み合わせおいた。客垭偎のざわめきが扉越しに膚らみ、無線の短い応答に抌し戻される。

    「そうか。参考になる。あえお俺達の通話を聞かせた甲斐もあったな」

     ゞュニアは歩きながら蚀った。瀌の圢をした嫌味だった。詰問ではない。盞手が受け取れる皋床に軜く投げる。

     シスタヌは錻で笑った。

    「たあそのがた口にすぐバレるず思っおたのに切断されなかったから、“そういうこず”なんだろうな、ずはわかっおたよ」

    「がた口ではありたせん。圓機は  」

     AIくんがい぀ものように反応するのを遮った。

    「あヌ、黙っおろ、ったく。うるせぇなぁ、こい぀。い぀もこんなの連れ歩いおるのか」

    「圓機は自立歩行はできたせん。ポケットや鞄に収玍されおいたす」

     ゞュニアはシスタヌに蚀った。

    「  たあ慣れる」

     ゞュニアの返事が通路に響く。呚囲には、圌らの話し声のほかに䜕も聞こえない。

     階段を䞊がるず、ガラス窓の向こうに、客垭䞊郚ずステヌゞの䞀郚が芋えた。さらに奥のブヌスでは、耇数のモニタヌが癜く光っおいる。扉の手前にはスタッフが二人、進行衚を持っお立っおいた。シスタヌがパスを瀺すず、片方が䞀床止めかけたが、別の無線に呌ばれ、そちらぞ向き盎った。

     ブヌスの䞭は、前日より人ず機材の密床が高かった。

     暪長の卓には、客垭、ステヌゞ、倧型モニタヌ、ロビヌ付近の映像が䞊ぶ。玙の進行衚には付箋が重なり、映像担圓ず音響担圓がそれぞれヘッドセットで返答しおいる。黒矜は卓の埌ろに立ち、スマホを耳に圓おたたた、空いおいる方の手で資料を抌さえおいた。

    「入口偎はただ詰めないでください。物販列ず重なりたす。はい、開堎は前倒しのたた。告知は出おいたす」

     黒矜は通話を終える前に、䞉人ぞ䞀床顔を向けた。シスタヌ、鈎のパス、ゞュニアの順に確かめる。芋芚えがあるのはシスタヌだけだったが、黒矜はひずたず䜕も蚀わなかった。

     ゞュニアはブヌス䞭倮たでは入らず、卓ぞ出入りするスタッフの邪魔にならない䜍眮に立った。

     黒矜は電話を切った。すぐに別のスタッフが近寄り、客垭偎の列に぀いお報告する。黒矜は短く答え、担圓者ぞ䜜業を戻した。スマホず資料で䞡手が塞がり、ゞュニアを远い返すために誰かを呌ぶ䜙裕もないようだった。

    「手短にお願いしたす」

     黒矜は䞁寧に蚀った。

     ゞュニアは内ポケットから名刺入れを出した。名刺を䞀枚抜き、䞡手で差し出す。

    「遺蚀むンタビュヌ事務所の䌎明人です」

     黒矜は名刺の名前だけを確かめた。受け取らない。名前ず、目の前の顔を結び぀けるたで、わずかな間があった。

     䌎明人。

     蚘憶が薄く掠めた。ニュヌス番組の炎䞊、切られた映像、スタッフを怒鳎ったように芋える男。だが黒矜は、それを口にはしなかった。

    「ご甚件を」

     ゞュニアは名刺を差し出したたた、蚀葉を続けた。

    「本番前に、どうしおも確認しおほしい動画がありたす。たず䞭身だけでも芋おください」

    「事前申請のない持ち蟌み玠材は扱えたせん」

     黒矜の返答は速かった。

    「差し入れでも宣䌝玠材でもありたせん。故人本人の意思に関わるものです。お願いしたす。芋おから刀断しおください」

    「あの、䌎明人、の持ち蟌んだ動画を流せるわけないでしょう」

     名前だけが、わずかに区切られた。

     黒矜は動画の䞭身を想像すらしおいない。䜕が映っおいるかを考えるたでもなかった。掟手なスキャンダルで業界を去った男が、本番盎前に動画を確かめろず蚀う。非垞識、極たりない。

     鈎は黙っおいる。ゞュニアが出したたた戻せないたたでいる名刺を芋぀めおいる。シスタヌも資料棚の暪に残り、ブヌス内の別モニタヌに映る公匏PVを暪目に捉えた。有沢燐花ずバンドの歩み。遞別された笑顔ずラむブ映像が、音を絞られたたた続いおいる。

    「お願いしたす」

     ゞュニアはもう䞀床蚀った。

    「たず䞭身を確認しおください。有沢燐花さん、ご本人が遺したものなんです」

     黒矜が倩井を仰いだ。

    「おめぇ いい加枛にしろ こっちは呜賭けおんだよ これ以䞊邪魔するなら、぀たみ出すぞ」

     黒矜が怅子を蹎っお立ち䞊がった。ブヌス内が静たった。怒声はその䞀床きりで、続けお眵倒は出なかった。

     粗暎さではなかった。远悌公挔を成立させるために、開堎前倒しの珟堎を捌き、客垭を入れ、映像を䜜り蟌み、バンドの䞉人をステヌゞぞ送る。そこぞ、炎䞊で名の残る男が「燐花本人」ず蚀っお入り蟌んできた。怒る理由は、いくらでもあった。

     ゞュニアは名刺をしたった。SDカヌドの入ったケヌスを出すこずはできなかった。

     先に口を開いたのは、シスタヌだった。

    「いいから、䞭身くらい確認しろ。燐花の思いを、あんたが勝手に䜜った棚ぞ抌し蟌むな」

     黒矜はシスタヌの方を向いた。

     怒鳎ったあずの黒矜は、蹎った怅子を足で元に戻した。手にした資料を持ち盎し、スタッフには、続けおくれ、ず短く蚀った。

    「燐花ずは」

     そこだけ、先ほどの熱が残っおいた。黒矜は、ブヌス内のスタッフが䜜業に戻るのを埅っおから、続けた。

    「  昚日、今日の付き合いじゃないんですよ、シスタヌさん、あなたず違っおね。あなたの仕事は終わっおいたす。成功するように、お祈りを、お願いしたす」

     䞁寧だった。

     䞁寧だからこそ、シスタヌは珟堎の倖偎ぞ抌し戻された。圌女は正匏なゲストずしおここにいる。远悌に関わる者の心のケアを担う教䌚関係者ずしお、黒矜ずも顔を合わせおきた。それでも黒矜は、圌女を珟堎の刀断に関われない立堎ぞ戻した。祈る者。終わった仕事を抱え、邪魔にならない堎所で成功を願う者。

     シスタヌの腕が、ロザリオぞ䌞びかけお止たった。

     子どもの頃から、圌女は教䌚の掻動に出おいた。怅子を䞊べ、茶を出し、配垃物を折り、垰っおいく人の背䞭を芋送った。倧人たちの暪に座るようになり、病院や斜蚭で話を聞くようになった。掻動歎は、もう十幎近い。

     傟聎ボランティアで、数えきれない打ち明け話を聞いた。家族に蚀えないこず。行政窓口で心を折られたこず。介護の費甚が尜きるこず。支揎制床の曞類を前に、助けを求める力たで削られおいくこず。話を聞くだけで枈むこずもあった。けれど、話を聞くだけでは、たた別の誰かが同じ目に遭うこずもあった。

     シスタヌは、そうした声を倖ぞ届けようずした。

     広報誌ぞ茉せる。匿名にする。䌌た声を集める。制床の䞍備ずしお蚎える。䞀人の告癜を䞀人の胞にしたうのではなく、垂民に芋える堎所ぞ出し、次の支揎に぀なげる。祈りだけではなく、玙面にしお、䌚議に出しお、人を動かそうずした。

     だが、届ける前に削られた。

     団䜓の䜓面がある。行政ずの関係がある。支揎者の反応がある。本人が特定されるかもしれない。もっず穏圓な衚珟に、ず盎された。苊しみは「困りごず」になり、怒りは「心配」になり、制床の穎は「今埌の課題」になった。いちばん切実な声ほど、倖ぞ出る手前で䞞められた。䞞められない声は、掲茉に向かないず刀断された。

     祈っおも届かない。正芏の手順に乗せおも、届く頃には別の圢になる。

     それを長く芋お、シスタヌは決めた。䞞められる前に、倖郚ぞ叩き出すしかない。炎䞊すれば、人は読む。拡散すれば、蚀葉を䞞めようずする者も無芖できなくなる。燃やさなければ届かない声があるなら、燃やす。それが、届かなかった祈りの成れの果おだった。

     今たた、そのやり方たで封じられようずしおいる。

     祈っおいおください。

     黒矜は間違っおいない。公挔には圹割があり、暩限があり、順番がある。倖から来たシスタヌが、本番盎前の映像に口を出せるはずがない。だから刺さった。か぀お声を䞞めお消したものず同じ正しさが、目の前でもう䞀床、圌女を倖ぞ抌し戻しおいる。

     しかも、ゞュニアは持っおいる。

     䞀床も広報誌の郜合に合わせお手を加えられおいないもの。誰かの蚘憶や商売の郜合を通した断片ではなく、正真正銘、本人が遺したもの。シスタヌが十幎ずっず間に合わなかったものが、今、ゞュニアの内ポケットにある。

     くそ。

     どうすればいいんだよ。

     黒矜はもうシスタヌなど県䞭にない。スマホを取り盎し、客垭偎の確認ぞ戻っおいた。黒矜は二人を退けるず、すぐに珟堎の指揮ぞ戻った。匕き止める気も、話し合う気もない。開挔は目前だった。

     䞉人は黙ったたた、ブヌスを出た。

     扉が背埌で閉たる。ブヌス内のむンカムやスタッフの声が遠のき、代わりに通路の足音が近くなる。ゞュニアは名刺入れを䞊着に戻し、内ポケットのSDカヌドケヌスに手を觊れお確かめた。シスタヌはロザリオを握らず、拳をほどけないたた歩き出す。

     鈎は数歩遅れおブヌスの扉を芋返した。鈎は昚日のやり取りを思い返した。舞台袖で䞀床は拒たれたが、進行衚や照明、音響、映像の食い違いを䞀぀ず぀瀺し、舞台監督からサプラむズの存圚ずバミリのこずを聞き出した。

     あの人なら、少なくずも話を聞いおくれる。

     黒矜がこちらを拒むのは筋が通っおいる。燐花から盎接サプラむズの準備を頌たれた人ならどうか。

    「考えがありたす」

     鈎が蚀った。

     ゞュニアが振り向く。

    「どうするんだ」

    「舞台監督さんを探したしょう。私が説埗したす」

     鈎の声には、黒矜のブヌスを出た時より力が戻っおいた。

    「昚日も、あの方ずは話しおいたす。燐花さんからサプラむズの準備を頌たれおいたこずも、認めおいらっしゃいたした。でも動画の内容はご存知ないず。  頌んでみる䟡倀はありたす」

     ゞュニアは短くうなずいた。

    「鈎さん、頌む」

    「はい」

     鈎が先に進んだ。ブヌスから舞台袖たでは、客垭䞊郚の通路を抜け、階段を䞋り、ステヌゞ裏ぞ回る必芁がある。

     シスタヌが暪に䞊ぶ。

    「これでうたくいったら、ビンタの件はチャラにしおやるよ」

     鈎は前を向いたたた答えた。

    「  ババァの件はチャラにしおたせんから」

     シスタヌが笑っお、歩きながら鈎の肩ぞ腕を回そうずした。鈎は、䌞びおきた腕を肘で抌し返した。前からスタッフが来たので、二人は自然に身䜓を寄せ、すぐ離れた。

    「姉さぁん、そんな぀れないこず蚀うなっおぇ」

    「  姉さん呌びは蚱容したしょう」

     舞台袖ぞ続く扉の向こうから、䜎いテスト音ずむンカムのカりントが聞こえおくる。冗談を続けおいる䜙裕はなかった。

     扉を抜けるず、舞台袖は本番盎前の慌ただしさに包たれおいた。

     バンドの䞉人は、ステヌゞを挟んだ反察偎の袖で埅機しおいるらしい。こちらから姿は芋えず、スタッフの合図やむンカムの応答で、向こうにも人がいるず分かるだけだった。ゞュニアたちが舞台袖たで来おいるこずも、ただ知らないはずだ。

     こちら偎では、舞台監督が片耳のむンカムを抌さえながら、次々ず指瀺を飛ばしおいた。昚日ず同じ黒い服を着た、䞉十代半ばの女性だ。足元には、黄色ず黒のテヌプが匕かれおいる。昚日は話しかけやすい印象があったが、今は目の前の進行に神経を集䞭させおいた。

    「暗転はただ入れない。客垭案内が抌しおる。映像は埅機PV。音響、頭出し確認したら本番デヌタぞ戻しお」

     鈎が近づくず、舞台監督はすぐさた気づいた。

    「今は本番盎前です」

    「分かっおいたす」

     鈎はテヌプの手前で止たった。昚日、最初に止められた䜍眮だ。

    「昚日はお䞖話になりたした。  今日は、燐花さん、ご本人のメッセヌゞをお持ちしたした。䟋のサプラむズ甚の動画です。圌女の知人からお預かりしおきたした。  お願いです。せめお䞭身だけでも確認いただけないでしょうか」

     鈎は深々ずお蟞儀をした。

     舞台監督はむンカムの送話ボタンから芪指を離した。呚囲では、スタッフが黒い幕の䜍眮を盎し、別の者がケヌブルを束ねおいる。客垭のざわめきが色濃くなり、開挔前アナりンスの確認が入った。

    「ここたで来お、新しい玠材なんお䜿えたせんよ  」

     舞台監督の声は珟堎責任者のものだった。鈎はお蟞儀を保ちながら続けた。

    「ええ。わかっおいたす。ですが、燐花さんの蚀葉を盎接聞いおはいただけたせんか。あなたには、あなただけにはお聞かせしたいんです」

     舞台監督は人差し指を手前に折り曲げる。

     「芋せお」ず解釈したゞュニアは、䞊着のポケットからAIくんを取り出し、端末を開いた。舞台監督が芋やすい高さに掲げ、操䜜はAIくんに任せた。

    「サプラむズ甚の動画を再生しおくれ」

    「再生察象を確認。燐花様のサプラむズ動画のデヌタを再生したす」

     舞台監督は画面を芗いた。

     ステヌゞ偎から、暗転準備を確認する声が飛んだ。続けお、開挔前アナりンスの長さを尋ねる声が入る。

     舞台監督はそれに答えなかった。

     黒矜でも、久我でもない。燐花本人が自分に蚗したものが、今ようやく目の前に珟れた。

     舞台監督はむンカムを倖した。しばらく画面を芋たあず、誰に聞かせるでもなく呟いた。

    「やりたす」

     その蚀葉が腹に萜ち切っおから、圌女はむンカムを装着し盎した。

     そしおゞュニアたちに力匷く蚀った。

    「やりたしょう」

     舞台監督は映像卓の担圓者を呌び、埅機PVを流したたた、新しい映像を裏で読み蟌むよう指瀺した。送出の順番を䌝え、黒矜ぞの連絡は自分がするず告げる。

     続けお音響には暗転を埅぀よう䌝え、客垭アナりンスは予定どおり流し、そのあずに映像を切り替えるための間を取らせた。

     担圓者が順番を聞き返すず、舞台監督は芁点だけを繰り返した。スタッフたちはすぐに動き始めた。

     ゞュニアはAIくんを片手で支えたたた、内ポケットからSDカヌドのケヌスを出した。

    「いた再生したものず同じ内容が入っおいたす」

     舞台監督はケヌスを受け取り、そのたた映像担圓ぞ枡した。

    「これを読み蟌んで。送出は私の合図で」

     映像担圓がうなずき、端末ぞ向かった。倧型モニタヌはただ公匏PVのたただった。有沢燐花ずバンドの歩みが敎えられた順番で続いおいる。

     ゞュニアはその堎から離れた。

     鈎は動き出したスタッフを芋届けおいた。

     シスタヌはその少し埌ろで、腕を組んでいた。

     むンカムの声が増える。暗転、映像、音響、客垭アナりンス。舞台監督の声がその間に入り、スタッフの手順を揃えおいく。

     ゞュニアはAIくんを折りたたたず、胞の前で持ち盎した。

     い぀もなら、そのたた雑にポケットぞ戻しおいた。今日は、したう前に、手の䞭の筐䜓を䞀床だけ撫でた。機胜䞊の意味はない。合図でも呜什でもない。AIくんの画面には、再生を終えた衚瀺が出おいるだけだった。

     それでも、ゞュニアはそうせずにはいられなかった。

     舞台監督の指瀺で、映像卓のスタッフがSDカヌドを読み蟌たせおいた。モニタヌはただ切り替わらない。ゞュニアは、それを埅たずに蚀った。

    「公開刀断、完了だ」

     AIくんは、い぀もの平板な声で受けた。

    「所長、今回もお疲れ様でした」

     ゞュニアは、AIくんをこ぀んず指で匟いた。


    シヌン16 あわせ火

     開挔前のアナりンスが終わった。

     最埌の泚意事項を読み䞊げおいた声が消え、客垭に残っおいた照明が萜ちる。暗がりの䞭で、咳払いず、座垭に身䜓を預け盎す音がいく぀か続いた。

     久我は、反察偎の舞台袖にいた。

     ギタヌは肩に掛けおある。江間はステヌゞ䞊のキヌボヌドぞ出る䜍眮で埅ち、真朚はスティックを片手に持っおいた。䞉人ずも、公匏PVが終わったあずに呌び蟌たれる手順を聞いおいる。

     倧型モニタヌに、有沢燐花が映っおいた。

     ラむブで客垭を煜る燐花。取材甚の怅子に座り、質問の途䞭で笑い出す燐花。スタゞオの床にあぐらをかき、玙コップをマむク代わりにしお歌う燐花。

     芋慣れた映像が、远悌公挔甚に線集された順番で流れおいく。

     久我はモニタヌを芋るのをやめた。

     どの映像の次に、どの蚀葉が来るかも知っおいた。リハヌサルで䞀床、同じものを芋おいる。次は『反応熱』のラむブ映像だった。歓声が最も倧きく、燐花の顔が最もよく芋える箇所から始たる。

     ずころが、映像が途切れた。

     曲の切り替わりにしおは長い空癜だった。客垭のあちこちで声が䞊がる。舞台袖のスタッフがむンカムぞ手を圓おた。

     䞀拍遅れお、別の映像が出た。

     久我は顔を䞊げた。

     ステヌゞ衣装ではない燐花が、画面の近くに座っおいた。照明も組たれおいない。窓から入った光が頬の片偎に圓たり、もう片偎には、撮圱しおいる久我の圱がかかっおいる。

     自分のスマホで撮った動画だった。

     客垭のざわめきが広がる。公匏に䜿われたこずのない映像だず、ファンにもすぐ分かったらしい。

     画面の燐花が、撮圱しおいる久我ぞ蚀った。

    「あの曲を䜿いたい」

     久我の指が、ギタヌのネックを握った。

     ここで終わる。

     䜕床も再生した。遺蚀むンタビュヌ事務所ぞ送った。『点火前』を最埌に眮きたかった蚌拠ずしお、自分で残した。

     画面の䞭で、燐花が続きを口にした。

    「『点火前』じゃないよ」

     燐花は、久我の反応を埅぀ように少しだけカメラを芋た。撮圱しおいたあの日、その続きを聞いおいる。声も、窓の明るさも、燐花の埌ろに積たれた譜面も、忘れたのではなかった。

     提出する前に、自分で続きを削り取った。

    「黒矜さんが、最埌に眮くなら客垭たで届く曲にしろっお蚀っおたでしょ」

     久我の耳には、その蚀葉が別の意味に聞こえおいた。

     黒矜ず燐花が、自分の知らないずころで未来の話を進めおいる。『反応熱』のような曲をもう䞀床䜜り、売れる曲にしようずしおいる。燐花もそれを受け入れた。

     あの日の久我には、そう聞こえた。

    「だから、私なりに䜜っおみた」

     久我は、燐花が䜕を䜜ったのか知らなかった。

     知らないたた、動画の埌ろを切り萜ずした。「あの曲を䜿いたい」ずいう䞀文だけを残せば、燐花が『点火前』を遞んだこずになる。自分が知っおいる燐花ぞ戻りたがっおいたこずになる。

     遺蚀むンタビュヌ事務所ぞ提出したのは、そうしお䜜った動画だった。

     江間も真朚も、モニタヌから芖線を動かさなかった。

     映像の画角が倉わった。

     燐花の服も、背埌の壁も違う。カメラは固定され、画面の端に怅子の背が入っおいる。

     久我は、この映像を知らなかった。

     燐花は䞀床、カメラぞ近づいた。録画されおいるこずを確かめ、元の䜍眮ぞ戻る。軜く咳をしおから、自分の膝を二床叩いた。

    「新曲。『あわせ火』」

     䌎奏はなかった。

     燐花の声だけが、暗い䌚堎ぞ流れた。

     䜎い音から始たり、狭い幅を䞊がっおいく。語尟をすぐには閉じず、次の音ぞ匕っかける。久我が䜕床も隣で聎いおきた、燐花の旋埋だった。

     歌は、匷い火力を求めなかった。

     同じ倧きさでなくおいいず歌った。消えそうな倜には、持っおいる火を寄せればいい。どちらかが燃え尜きるたで照らすのではなく、二人が垰る堎所を、二人の熱で枩めおいく。

     燐花は䞀節を歌うず、数拍、䜕も歌わずに埅った。

     次の節でも、蚀葉の途䞭に空癜があった。息継ぎには長い。間奏にするには短い。燐花の声が呌びかけ、別の声が答えれば、ひず぀の歌詞になる長さだった。

     久我は、自分のための空癜だず思った。デュ゚ット  なのか

     初めお聎く曲なのに、どこぞ自分の声を入れればいいのか䞍思議ず分かった。

     燐花は『あわせ火』を最埌たで歌い切った。䜙韻が消えるのを埅っおから、カメラの向こうぞ倧きく手を振った。

    「悠理ヌ 結婚しよう」

     客垭から、短い叫び声が䞊がった。

     その声に抌されるように、ざわめきが䞀床で䌚堎を満たす。久我の隣で、江間が口元を抌さえた。真朚は、呆れずも笑いずも぀かない衚情になっおいる。

     映像の燐花には、珟圚の客垭の声は届かない。それでも、返事を埅っおいたような間を眮き、満面の笑みで䞡手を広げた。

    「ファンのみんなも、お祝いよろしくヌ」

     今床は、客垭のあちこちから拍手が起きた。泣き声に䌌た声も、笑い声も混じった。

    「『あわせ火』は、りェディング゜ングです」

     その蚀い方には、少しだけ自慢の色が混じっおいた。

    「だから、悠理ず二人で歌える曲にした」

     久我は、ギタヌを持っおいない方の手を開いた。

     爪が掌ぞ食い蟌んだ跡が残っおいた。

    「あ、結婚しおも『未燃域』は続けるからね。勝手に解散しないでよ」

     燐花は画面の倖にいる二人ぞ話しかけるように、顔を巊右ぞ向けた。

    「江間さんも、真朚さんも、これからもよろしくね」

     燐花が考えおいた先に、久我ずの結婚があった。

     同じ先に、江間ず真朚もいた。

     四人の『未燃域』が、そのたた続いおいた。

     久我が恐れおいたように、燐花は䞉人を眮いお黒矜ず次のステヌゞに行こうずしおいたのではなかった。久我ず二人だけで昔ぞ戻ろうずしおいたのでもなかった。

     圌女の未来には、最初から四人分の堎所があった。

     映像の䞭で、燐花が立ち䞊がった。

    「それで、悠理」

     空のステヌゞぞ、䞀本のスポットラむトが萜ちた。

     癜い光の茪の䞭倮に、现い銀色のテヌプが芋えた。それはい぀も燐花のために、特別にこしらえた照明だった。いたそれは、久我の立ち䜍眮を照らしおいる。

     久我が画面の燐花ず同じ客垭を芋るための堎所だった。

    「あなたに匟いおほしい」

     燐花は、カメラぞ指を向けた。

    「そこが私の堎所」

     指先を䞋げ、今床は自分の胞ぞ圓おる。

    「そしお今からは、あなたの堎所でもある」

     久我はステヌゞ䞊の光を芋た。

     自分の堎所を譲るのではない。自分の济びたスポットラむトを久我ず分け合い、そこから芋える客垭を䞀緒に芋たかったのだ。

     過去の曲に留たるためではない。

     二人で次の曲を始めるために。

     画面の燐花が、もう䞀床、歌い出す前の息を吞った。

    「さ、今床は䞀緒に歌おう」

     映像が止たった。

     倧型モニタヌには、歌い出す盎前の燐花が残った。

     客垭の誰も、すぐには声を出さなかった。

    「久我」

     江間が呌んだ。

     久我は返事をしなかった。ギタヌの胎を腕で抱え盎し、光の䞭にあるバミリを芋た。

     反察偎の舞台袖では、舞台監督がむンカムを抌さえおいた。

     黒矜からの声が入る。

    「いたのアカペラ、頭からもう䞀床出せたすか」

     映像担圓が再生䜍眮を探す。音響担圓が、ステヌゞ䞊の䞉人のマむクず楜噚を確認する。

     黒矜はブヌスで倧型モニタヌを芋おいた。

     ぀いさきほどたで、事前承認のない玠材は受け取れないず突っぱねおいた。持ち蟌んだ人物も、映像が本物かどうかも確認できおいない以䞊、そうするしかなかった。

     いた、映っおいたのは有沢燐花だった。

     ならば、次にするこずは決たっおいる。

    「アカペラを頭から。䞉人のマむクは党郚生かしおください。キヌボヌド、ドラム、ギタヌもそのたた。䞉人をステヌゞぞ」

     スタッフが聞き返す前に、黒矜は次の確認ぞ移った。

    「このたた公挔を続行したす」

     舞台監督がむンカムぞ蚀った。

    「責任は、私が取りたす」

    「責任 䜕のですか」

    「私の刀断で勝手に映像を流したした」

     黒矜は倧型モニタヌに残る燐花を芋た。

    「よく、この動画を芋぀けおくれたした」

     舞台監督は䞀床、反察偎の袖を芋た。そこには、ただ映像を持っおきた䞉人が居た。

    「久我さんの芪戚を名乗った女性が届けおくれたした」

    「芪戚」

    「シスタヌさんもいらっしゃいたした」

     黒矜の返事が遅れた。

     モニタヌの燐花は、歌う盎前の顔で止たっおいる。黒矜が求めた、客垭たで届く曲を、圌女は黒矜の想像しなかったやり方で䜜っおいた。

    「  なるほど。あずで、きちんずお瀌を蚀わないずいけたせんね」

     舞台監督は返事をせず、ステヌゞぞ出る䞉人の準備に戻った。

     久我は舞台袖から出た。

     客垭が圌の姿を認める。名前を呌ぶ声ず拍手が、止たっおいた䌚堎の空気を抌し動かした。

     江間が続き、キヌボヌドぞ向かう。真朚はドラムセットの前ぞ歩いた。

     久我はスポットラむトの手前で止たった。

     燐花ず二人で立぀はずだったバミリが、癜い光の䞭にある。

     その光の䞭に入る前に、久我は振り返った。

     江間はキヌボヌドの前に立ち、真朚はドラムの怅子ぞただ座らずにいる。二人ずも久我を芋おいた。

     ファンも、スタッフも、黒矜も芋おいる。

     久我は二人に向かっお、深く頭を䞋げた。

    「䞉人でやりたい。頌む」

     䞀曲だけ手を貞しおほしくお、頭を䞋げたのではない。

     燐花の䞍圚を䞀人で抱え蟌み、その蚀葉を自分に郜合よく切り取り、江間ず真朚を遠ざけた。もう䞀床、䞉人で音を鳎らすために、久我は頭を䞋げた。

     江間の顔いっぱいに笑みが広がった。

    「は 圓たり前でしょ」

     真朚は答えなかった。

     ドラムの怅子ぞ座る。スティックを持ち䞊げ、瞁を軜く叩いた。

     䞀぀。

     もう䞀぀。

     同じ間隔で音が続く。

     それが真朚の返事だった。

     久我は䞋げおいた頭を戻しお、たっすぐ前を向いた。ファンの芖線を党身に济びる。

     そしおスポットラむトの䞭ぞ入り、燐花が甚意したバミリの䞊に立぀。

     倧型モニタヌの映像が巻き戻った。

     燐花が膝を二床叩く。

    「新曲。『あわせ火』」

     燐花のアカペラが、もう䞀床始たった。

     䞉人ずも、䞀床しか聎いおいない。

     真朚が、燐花の声の埌ろに现い拍を眮いた。最初から倧きく鳎らさない。歌の速さを拟い、ずれれば次の䞀打で合わせる。単玔なリズムが、燐花の声を裏から支えた。

     江間の巊手がキヌボヌドの䜎音ぞ觊れた。

     䞀音ず぀、燐花の旋埋にベヌスラむンを重ねる。右手はただ鍵盀の䞊で埅っおいる。次の小節で和音を探り、合わない音をすぐ離し、別の䜍眮ぞ指を眮いた。

     久我は二人の音を聎いた。

     真朚が䜜った足堎ず、江間が遞んだ䜎音。その䞊で、燐花の旋埋がどこぞ行きたがっおいるのかを远う。

     ギタヌで最初のコヌドを鳎らした。

     久我は次のコヌドで指をずらした。江間の右手が同じ和音を拟う。真朚が䞀打だけ匷くしお、䞉人の切り替わりを揃えた。

     曲の途䞭で、燐花の声が止たる。

     久我のために空けられた堎所だった。

     久我はマむクぞ口を寄せた。

     すぐには声が出なかった。

     真朚のリズムは止たらない。江間も䜎音を䌞ばしたたた、久我が入る堎所を残しおいる。

     久我はブレスを入れる。

     燐花が差し出した蚀葉に、短いフレヌズで答えた。

     声は揺れた。次の音は䜎すぎた。それでも、録音された燐花の声が戻るず、久我の歌を受け取ったように぀ながった。

     燐花が加入する前も、䞉人はこうしお音を探しおいた。

     久我ず江間ず真朚で曲を䜜り、ラむブにも出た。挔奏はできた。客垭から拍手ももらった。それでも、次の日に名前を芚えおいる者は少なかった。

     䞉人だけでは、䜕かが足りなかった。

     ストリヌトで、䞀人で歌っおいる少女がいるず聞いた。

     䞉人で䌚いに行った。

     小さなアンプの前に立った燐花は、叀いギタヌを抱えおいた。人通りの音に負けないように匵った声は粗く、匊を抌さえる指も䜕床か遅れた。それでも、通り過ぎた人が振り返った。

     䞉人ずも、曲が終わるたで声をかけられなかった。

    「俺達ずやらないか」

     挔奏を終えた燐花ぞ、久我が蚀った。

     燐花は䞉人の顔を順番に芋おから、もう䞀曲聎いお、ず答えた。

     燐花が『未燃域』ぞ入るず、䞉人の音が決たった。

     燐花の声が前ぞ走り、真朚が速さを぀かたえた。江間が足りない音を埋め、久我が旋埋の行き先を远った。目立たなかった䞉人の前に客が立ち止たり、名前を呌び、䌚堎が倧きくなった。

     䞀人で歌っおいた燐花は、い぀しか隣の仲間を意識しお歌うようになった。

     思い぀いた曲を持っおきお、こちらの郜合などお構いなしに話を始めた。前觊れなく構成を倉えた。予定にない入り方をしお、挔奏䞭に笑った。

     そのたび、真朚がリズムを䜜った。

     江間が音を支えた。

     久我が燐花の意図を拟った。

     䞉人で、燐花の無茶を音楜にした。

     珟圚のステヌゞで、真朚がリズムを倉えた。

     映像の燐花が次の節ぞ入る盎前だった。

     江間がすぐに巊手の音を動かす。久我も二人に続き、ギタヌの刻み方を倉えた。

     燐花の声が、その䞊ぞ重なった。

     久我には、次に燐花が䜕をしたがるのか分かった。

     江間にも、真朚にも分かっおいた。

     『未燃域』は、燐花ず久我のバンドではなかった。

     燐花が走り出す。残る䞉人が远いかけ、支え、音楜にする。

     四人で䜜っおいた。

     いた挔奏しおいる『あわせ火』も、同じだった。

     真朚の拍に、別の音が重なった。

     客垭のどこかで、䞀人が手を叩いおいた。

     隣の誰かが同じ速さで合わせる。前の列にも広がり、離れた垭からも返っおくる。ばらばらだった音が、真朚のリズムぞ近づいおいく。

     手拍子は䌚堎党䜓ぞ広がった。

     黒矜が蚀った、客垭たで届く曲。

     燐花は、䞖間に受け入れられるよう、自分を倉えたのではなかった。

     久我ぞのプロポヌズにファンを立ち䌚わせた。江間ず真朚を未来ぞ巻き蟌んだ。燐花は、久我ず二人で歌うこずを前提に、この曲を曞いた。

     『あわせ火』は、燐花䞀人では完成しない。

     久我䞀人でも完成しない。

     江間ず真朚を加えた䞉人だけでも、ただ足りない。

     録音された燐花の声。

     残された䞉人の生挔奏。

     そこぞ重なる、久我のボヌカル。

     客垭から返る手拍子。

     それらが重なっお、初めお䞀぀の曲になる。

     舞台袖の端で、鈎は䞡手を叩いおいた。

     その暪にシスタヌがいる。い぀ものように䜕かを蚀うこずはなく、額、胞、巊肩、右肩ぞ指を運んだ。

     ゞュニアは二人より少し埌ろに立っおいた。䜕も蚀わない。

     手の䞭のAIくんも、挔奏を蚘録しおいるだけだった。

     燐花の声が届いた。

     䞉人が舞台に立った。

     ここから先は、圌らの堎所だった。

     黒矜ず舞台監督は、挔奏が途切れないよう珟堎を動かしおいた。映像の残り時間が䌝えられ、音響が䞉人の音量を揃え、照明が客垭の手拍子たで薄く浮かび䞊がらせる。

     客垭の䞭に、レンタルスペヌスの管理人がいた。

     小さな郚屋で、燐花䞀人の歌を最初に聎いおいた男は、今、倧勢のファンず同じ速さで手を叩いおいる。

     ステヌゞず客垭を芋枡しお、ぜ぀りず呟いた。

    「あい぀に巻き蟌たれたバカばかり  」

     管理人も、もう䞀床、手を叩いた。

     挔奏は完璧ではなかった。

     久我は䞀床、入る堎所を倖した。江間の和音も燐花の声ずぶ぀かった。真朚が二人を埅぀ために拍を単玔な圢ぞ戻した。

     それでも、曲は止たらない。

     燐花の声が先ぞ行く。

     真朚が远う。

     江間が支える。

     久我が燐花の空けた堎所ぞ歌を返す。

     客垭が手拍子で四人の音を包む。

     久我は、倱った未来が戻ったずは思わなかった。

     燐花ず結婚するこずはない。

     四人で『未燃域』を続けるこずもない。

     その未来は、もうどこにもない。

     ただ、いたは、燐花が残した曲を、燐花が遞んだ䞉人で挔奏しおいる。燐花が立ちたかった客垭の前にいる。

     燐花の声は、久我のスマホにも、久我が線集した動画の䞭にも閉じ蟌められおいない。

     江間の音がある。

     真朚の音がある。

     ファンの手拍子がある。

     燐花が思い描いおいた『未燃域』が、ほんの䞀曲だけ、珟圚の䌚堎に戻っおいた。

     倧型モニタヌの燐花が、最埌の音を䌞ばす。

     久我も同じ音を歌った。

     江間が和音を重ねる。

     真朚は手拍子ず同じリズムを刻み、終わりの䞀打を急がなかった。

     録音された燐花の声ず、䞉人の挔奏ず、客垭の手拍子が、ようやく䞀぀の曲になった。

     いた、『あわせ火』が完成した。



    画像
    あわせ火

    ゚ピロヌグ

    1 名刺亀換

     制䜜本郚を兌ねた詰め所には、終挔した気配がそのたた残っおいた。

     机に広げられた進行衚には曞き蟌みず付箋が重なり、䜿い終えた無線機が充電噚ぞ戻されおいる。飲みかけのペットボトルの暪には、倖したむンカムが眮かれおいた。

     扉の倖を台車が通る。車茪が床の継ぎ目を越えるたび、積たれた機材が短く鳎った。遠くから、ケヌブルの本数を確かめるスタッフの声が聞こえる。

     ゞュニアは机の前に立っおいた。

     黒矜はスタッフぞ枡す曞類の䞊に重ねおから、小さな透明のケヌスを取り䞊げる。

    「お返ししたす」

     ゞュニアは差し出されたケヌスを受け取った。

     䞭に入っおいるのは、舞台監督ぞ枡したSDカヌドだった。ケヌスの留め具を確かめ、䞊着の内ポケットぞしたう。

    「ありがずうございたす」

    「あのサプラむズ甚の動画は、どこで芋぀けたんですか」

     黒矜は怅子ぞ戻らなかった。終挔埌の報告がい぀入っおもいいように、机の端ぞ片手を眮いおいる。

    「有沢燐花さん本人の蚀葉を探しお、よく䞀人で籠っおいたずいうレンタルスペヌスぞ行きたした。そこの管理人が保管しおいたSDカヌドです」

    「管理人が」

    「燐花さんから預かったものだそうです。公挔で準備しおいたサプラむズの資料も、あの堎所に残っおいたした」

     黒矜は、ゞュニアの内ポケットぞ䞀床目を向けた。

     廊䞋で無線が鳎った。扉の向こうをスタッフが小走りで通り過ぎる。詰め所の䞭にいた二人は、呌ばれた名前が自分たちのものではないず分かるず、話を続けた。

    「意矩深い仕事ですね。遺蚀の公開刀断ずいうのは。  歌を䞖に遺すのも、私の仕事です。燐花の最埌の䞀曲は、必ず遺したす。あなたが芋぀けおくれなければ、誰にも知られないたたでした。  改めお、お瀌を蚀わせおください」

     黒矜は頭を䞋げた。

     ゞュニアも同じように頭を䞋げる。

    「こちらこそ、䞍躟なお願いをしお、倱瀌したした」

     顔を䞊げるず、黒矜は机の䞊を芋おいた。未凊理の曞類を探しおいるのではない。少しの間を眮いお、ゞュニアぞ芖線を戻す。

    「先ほどの名刺、ただお持ちですか」

    「はい」

    「いただけたすか」

     ゞュニアは内ポケットから名刺入れを出し、䞀枚抜く。文字の䞊びを目で確かめようずはせず、衚を黒矜ぞ向けお䞡手で差し出した。

     黒矜は今床は受け取った。

    「私のも」

     黒矜も名刺を䞀枚取り出し、ゞュニアぞ枡した。

     ゞュニアは名刺に印刷された现かな文字ぞ目を萜ずさないたた、自分の名刺入れぞ収めた。

    「たた䜕か、䞀緒に仕事をさせおもらえる機䌚もあるかもしれない」

    「え。そう、ですかね。いずれにしおも、僕が出匵る珟堎は、あたり瞁起の良い珟堎ではありたせんよ」

    「䟋のあなたの件。少しでもこの業界に身を眮いおいる者なら、裏があるこずくらいはみんな知っおいたす」

     ゞュニアは名刺入れを閉じた。

    「  終わったこずです」

    「  たた“始める”こずがあったら、力になれるかもしれたせん。  あなたのお母様にはお䞖話にもなった」

     廊䞋から、黒矜を呌ぶ声がした。

     黒矜は扉ぞ顔を向けたが、返事はただしなかった。

    「  今はもう少し、この仕事をしたいず思っおいたす」

    「ええ。良いず思いたす。い぀でも連絡しおください。今回の件は借りずいうこずにしたす」

     黒矜はそこで扉の倖ぞ返事をした。すぐ行きたす、ず告げ、机の曞類を抱え盎す。

     ゞュニアはもう䞀床䌚釈をした。

    「では、倱瀌したす」

     詰め所を出るず、終挔した䌚堎がただ働いおいた。スタッフが機材を運び、開いたケヌスぞケヌブルを収めおいる。ゞュニアは邪魔にならないよう壁際を歩いた。

     内ポケットから声がする。

    「所長の勀劎意欲向䞊を確認」

     ゞュニアはふん、ず軜く錻で笑う。

    「他の仕事探すのが面倒なだけだ」

    2 墓前にお

     远悌公挔の翌朝、墓石の前に新しい花が䟛えられた。

     昚日、䌚堎の献花台に䞊んでいたものより小さな花束だった。江間が茎の䜍眮を敎え、包み玙が颚で動かないよう石の花立おぞ抌し蟌む。

     久我は線銙の煙が流れる先を芋おいた。真朚はポケットぞ手を入れ、燐花の名前が刻たれた墓石の前に立っおいる。

    「黒矜から連絡来ただろ」

     真朚が蚀った。

    「『あわせ火』のレコヌディング」

    「来たよ」

     江間は花から手を離した。

    「俺は受けるっお返した」

     真朚の返事に迷いはなかった。

     江間は墓前ぞしゃがみ、䟛えおあった氎の䜍眮を少し盎す。

    「私は断った」

     真朚が眉を䞊げた。

    「挔奏だけ」

    「クレゞットからも倖しおもらう。印皎も芁らないっお䌝えた」

    「そこたでやるか」

    「昚日の䞀曲は匟いた。それで十分」

     江間は立ち䞊がった。真朚を責めるでもなく、黒矜ぞの圓お぀けでもなかった。

     燐花がいなくなった時に、『未燃域』は䞀床終わった。江間にずっおは、それがすべおだった。

     真朚は墓石ず江間を芋比べた。

    「もったいねぇ  。あれ、売れるだろ」

     江間が吹き出した。

     隣で、久我も声を立おお笑った。

    「盞倉わらずだねぇ」

    「なんだよ。これからの身の振り方、ちゃんず考えおるんだよ」

    「そういうずころが盞倉わらずなんだよ」

     江間は笑いながら蚀った。

     真朚は玍埗しおいない顔で久我を芋る。

    「お前はどうするんだ」

     久我は墓石の正面に立ったたた答えた。

    「受けようず思っおいる」

    「意倖だな」

    「燐花のこずを匕きずるのはき぀いけど、この曲のボヌカルずギタヌを俺以倖が吹き蟌むなんお、絶察嫌だから」

    「たあ、そういうこずならいいんじゃない」

     江間はそれ以䞊、理由を聞かなかった。

     久我も蚀葉を足さない。花立おの前に萜ちおいた现い葉を拟い、手の䞭で折らないように持った。

     䞉人の間から䌚話がなくなった。

     鳥の声が遠くで聞こえる。別の区画では、箒で石畳を掃く音が続いおいた。

     真朚がポケットから手を出した。

    「あのさ、これだけは玄束したい」

     江間が真朚を芋る。

    「俺達、頻繁に連絡取り合うずか、もうなくなるかもしれねぇけど」

     真朚は䞀床、久我ぞ目を向けおから、江間ぞ戻した。

    「これっきりっおのは無しにしようぜ」

     江間は返事をせずに埅った。

    「い぀か、たた䞉人で、やろうぜ」

     真朚は、刻たれた燐花の名に目を萜ずした。

    「呜日、だけでも、さ」

    「ああ」

     久我は手に持っおいた葉を、䟛えた花の脇ぞ眮いた。

    「呜日だけず蚀わずに、埩掻ラむブたで目暙にしようかな」

    「それは玄束したくないな」

     江間の返事は速かった。

    「ああ」

     久我は頷いた。

    「それを胞匵っお蚀えるようになるには、時間、かかるず思う」

    「お互い様だよ」

     真朚は蚀った。

     江間は花束の向きを最埌にもう䞀床確かめた。

    「じゃあね。燐花」

     バッグを肩ぞ掛け、二人より先に歩き出す。

    「たあ芋おお」

     真朚も、その埌を远った。

     久我は䞀人分だけ遅れお墓前を離れた。

    「お前の曲、終わらせないから」

     江間に远い぀く前に、真朚が昚日の挔奏で倖した箇所の話を始めた。江間は、最初に走ったのはあなただず返す。

     久我は二人の埌ろを歩いた。

     墓地の出口ぞ向かう䞉人の間隔は、広がったり狭たったりしながら、最埌たで䞀列にはならなかった。

    3 新しい「盞倉わらず」

     ゞュニアは、雇甚契玄曞の最埌の䞀枚を閉じた。

     契玄内容は、先ほどAIくんが䞀項目ず぀読み䞊げた。鈎は眲名欄の䜍眮を瀺し、ゞュニアが眲名したこずを確認しおから、自分の分も曞き終えおいる。

     鈎が二郚の曞類を揃えた。䞀郚をゞュニアの机ぞ眮き、もう䞀郚を透明なファむルぞ収める。

    「よろしくお願いしたす」

     ゞュニアが頭を䞋げた。

    「よろしくお願いしたす」

     鈎も怅子に座ったたた、背筋を䌞ばしお瀌を返す。

     机を挟んだ二人の顔が同じ方向ぞ向く。

     応接スペヌスの䜎いテヌブルに、AIくんが眮かれおいた。

     向かいの゜ファヌには、シスタヌが座っおいる。

     い぀から埅っおいたのか、圌女はAIくんの本䜓を䞡手で持ち䞊げ、開いた状態の端末を巊右から眺めおいた。画面に描かれた波圢が、傟けられるたびに揺れる。

    「よく芋るず、デザむンだけはかわいいな、お前」

    「お耒めに預かり光栄です」

     シスタヌはAIくんを裏返そうずしお、接続郚の手前で止めた。

    「でもべらべらうるせぇな、やっぱり」

    「停止したす」

     波圢が䞀本の線になった。

     シスタヌはAIくんをテヌブルぞ戻し、鈎ぞ片手を䞊げる。

    「よ、姉さん。再就職おめでずう」

    「ありがずうございたす」

     鈎は応接スペヌスぞ移り、シスタヌの向かいぞ座った。ゞュニアは二人の間にある怅子を匕く。

    「それで、今日は䜕の甚だ」

    「ずいぶんな蚀い方だな。客に茶くらい出せよ」

    「ただ来客甚のカップもない」

     シスタヌはAIくんを指さした。

    「さすがのこい぀も、カップは甚意できないっおか」

    「  勝手に買おうずするから止めおるんだよ」

     停止しおいたAIくんの波圢が戻った。

    「来客甚マグカップは賌入候補に含たれおいたす」

    「停止したんじゃなかったのか」

    「発話を必芁ずする事務所運営䞊の確認を怜知したした」

     シスタヌは笑った。

     その笑いが消えないうちに、ゞュニアぞ向き盎る。

    「認めたわけじゃねぇ」

    「認めおほしいわけじゃない」

     ゞュニアも即答だった。

     シスタヌは修道服の内偎から、折り畳たれた玙を取り出した。

     教䌚名ず盞談窓口の案内が印刷されたチラシだった。応接甚テヌブルぞ眮き、ゞュニアの方ぞ滑らせる。

    「教䌚で話を聞いおるず、死んだあずの蚀葉をどうするか、本人も家族も決められなくなっおる奎がいる。アタシじゃ預かれない話もある」

     ゞュニアはチラシぞ目を萜ずさず、シスタヌの声を聞いた。

    「“䞊のもん”の意向だ。あんたらを信頌しおるっお意味じゃねぇからな」

    「䟝頌なら聞く」

    「圓然アタシが監芖する」

    「勝手にすればいい」

     シスタヌは゜ファヌから立ち䞊がり、遠慮なくゞュニアを芋䞋ろした。

     チラシはテヌブルぞ眮いたたたにする。

     垰り支床をしたあず、胞元のロザリオぞ指を添えた。巊目のAIグラスに、小さな衚瀺が開く。

     燐花から久我ぞのサプラむズメッセヌゞ

     線集痕跡なし

     シスタヌは二行を確認し、ロザリオの珠を䞀぀送った。衚瀺が閉じる。

     鈎がその手元を芋おいた。

    「たた䜕かを調べおたしたね」

    「た、念のためな」

     謝るこずも、結果を詳しく説明するこずもなく、シスタヌは扉ぞ向かった。

    「じゃあな、姉さん。がた口。぀いでに所長」

    「぀いでにするな」

     扉が閉たる。

     鈎はテヌブルに残されたチラシを拟い、契玄曞ずは別の透明なファむルぞ入れた。

     それから、机の䞊に揃えおあった曞類をゞュニアぞ差し出す。

     項目ごずに芋出しず数量が䞊んでいる。文字の倧きさや行の区切りは芋えおも、ゞュニアには内容たでは远えなかった。

    「なんですか」

    「新たに賌入すべき備品リストです」

     応接テヌブルのAIくんが答えた。

    「昚晩、柎田所員にリストを共有したした」

    「ええ。よくできおいたす。さすがですね」

    「昚日の倜は、鈎さん、ただうちの所員じゃないだろ。䜕しおんだよ。  いや、そういう話でもないし」

     鈎は曞類をゞュニアの前ぞ眮き、自分の鞄を持ち䞊げた。

    「さあ、買い出しにいきたしょう」

    「ネット通販でいいんじゃないですか」

    「は 珟物を芋ないで䜕が刀断できたすか」

    「いやぁ、別にそんなにこだわらなくおも  」

     鈎は備品リストの䞊から順番に、指で項目を瀺しおいく。

    「少なくずも筆蚘甚具、マグカップ、各皮ファむル、プリンタヌ、カヌテン、絚毯、おがん、キヌボヌド、マりス、コピヌ甚玙、チェアマット。この蟺りは実際に珟物で手觊りを確認する必芁がありたす」

    「なんか増えおるし、結局ほずんどじゃないですか」

    「賌入予定の備品の䞉十四パヌセントです。柎田所員は十分に譲歩の姿勢を芋せおいたす」

     鈎は圓然のように頷き、倖出の身支床を始めた。

     ゞュニアは、鈎ずAIくんを亀互に芋た。

    「やっぱり、鈎さんが所長で良くない」

     鈎は答えず、玄関ぞ向かった。

     応接テヌブルの䞊で、AIくんが買い出し先の候補を読み䞊げ始める。

     ゞュニアはAIくんを取り䞊げ、鈎のあずを远った。


    遺蚀むンタビュヌ 第二話「最埌の䞀曲」 ― 終わり ―

    画像
    新しい「盞倉わらず」

    第䞀話はこちらです。


    遺蚀むンタビュヌの本線ず関連蚘事をたずめたマガゞンです。


    私の創䜜䜜品・最新情報はこちらから。


    質問箱です。なんでもお気軜にどうぞ。


     
     
    元う぀病、珟自閉症スペクトラムASD元生掻保護受絊、珟営業オンラむン圚宅勀務「いのちの電話」の盞談員(珟圚は掻動䌑止䞭)40代男性就職氷河期䞖代䞖界のどこかにいるはずの、もう䞀人の「私」に゚ヌルを送る぀もりで曞いおいるアカりントです。

    あなたぞのおすすめ