
跡形もなく消えることと、存在しなかったことは、同じだろうか。|#19流れの中で
一滴の色水が、
水の中を落ちていく。
その軌跡は、複雑で美しい。
意志を持っているかのように流れ、
水と溶け合い境界を失っていく。
その理を知ろうとする探求は、
「科学」と呼ばれるようになった。
色水が描く軌跡は、
偶然ではない。
水温。
粘度。
重力。
空気の振動。
無数の要因が、
その一滴の軌道を決めている。
わたしたちも、同じだろうか。
*
色水の中では、
無数の原子が動き続けている。
世界でもまた、
膨大な原子が動き続けている。
何かがつくられたかと思えば、
やがて壊れ、
粘土のように、姿を変えていく。
「わたし」を構成する原子もまた、
最期には散り散りになって、離れていく。
それは、
もう二度と「わたし」に戻ることはない。
けれど、
その原子は、再び地球を巡り続ける。
空を渡り、
土に還り、
海に眠る。
いつか誰かの息となり、
草の根を支え、
どこかで再び鼓動を打つ。
それは、姿を変えながら循環している。
そこに区切りはあるだろうか。
個という小さな枠もまた、
わたしたちの錯覚にみえてくる。
はじめからずっと
ひとつの大きな流れだったのかもしれない。
*
身体が消えるその一方で、残るものがある。
一万年前の人類が発見した星の周期を、
わたしたちは知っている。
それは、
はじめは歌によって、
儀式によって、
身体から身体へと受け渡された。
やがて石に刻まれ、
紙の上で文字となり、
いまでは電子盤に保存されている。
星の周期。
神話。
進化論。
量子論。
脳科学。
その根底にあるものは、
知識でも、
知能でも、
知恵でもない。
自らの存在を知ろうとする営み。
続きを、受け取る。
受け渡す。
時が来て、
消える。
*
水の中で、
いくつもの色が混ざっていく。
流され、
混ざり、
形をつくり、
形を失う。
跡形もなく消えることと、
存在しなかったことは、
同じだろうか。
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