
その背後で脳もまた、成長していた|♯13なぞり、なぞられる②
「わたし」の背後で、
脳もまた、成長していた。
脳は、およそ二十五年という年月をかけて、
三つの回路を順に育てていく。
はじめに働きだすのは、
外界の刺激や、
身体の変化を受け取る回路。
温かさや不安の気配。
身体に残る、ぼんやりとした輪郭。
次に育ちはじめるのが、
「意味」や「物語」を組み立てる回路。
木の上のどんぐりと、足元のどんぐり。
わたしは。
思春期に入ると、
この回路は過剰に働く。
意味を追い求め、
頭の中を反芻する。
ただし、
そこで生まれた問いは、長くは留まらない。
やがて、最後の回路が発達しはじめる。
その回路は、
浮かび上がる反応を抑え、行動へと向かわせる。
そして、意味を求める揺らぎは
次第に静まっていく。
なぜ、三つの回路は、
同時に発達しないのだろう。
脳は、
すでに働いている回路の上に
新しい機能を積み重ねてきた。
古い回路が先に整わなければ、
新しい回路を働かせることはできない。
だから、脳は古い順につくられる。
すると、
子供の成長は、
35億年という途方もない進化を辿ってゆくような、
ひとつの旅にみえてくる。
もう一度、「わたし」をなぞる。
胎児。
反射と本能が中心の、魚類のような時期。
赤子は、ただ、波にゆだねるように存在し、
母の温もりだけを、確かな世界として生きている。
反射という、
頼りない糸とともに、命を繋ぐ。
乳児。
世界と繋がる、情動の時期。
夜の森に生きた、
小さな哺乳類は、
光よりも、匂いと音を感じながら、
仲間の温もりを求め生き延びていた。
乳児も、ぼんやりとした視界の中で、
泣く。
笑う。
そうした表情を見せながら温もりを求め、
周りの大人に助けられながら生きていく。
幼児。
社会と仲間を理解し始めた、霊長類。
やがて一人歩きを始めると、
世界は急に立体になる。
転んでは泣き、立ち上がり、また歩く。
周囲の表情を読み、
危険を避け、
小さな群れの中で役割を学ぶ。
手探りで、世界を集めていく。
やがて、言葉を話す頃。
世界は、自分中心に回り出す。
いやだ。
じぶんでやる。
泣き、怒り、ひっくり返っては大人を困らせる。
それは、ただの反抗ではない。
自己の誕生の瞬間。
「わたしと、あなたは違う。」
自我という小さな火が灯った人類は、
少しずつ自分を外側から眺めはじめる。
子どものいやいや期は、
人類史の革命の縮図にみえてくる。
思春期。
人類が、巨大な社会を築き始めた頃。
他者の心を推し量り、
未来を想像し、
葛藤の中で、意味を探し求める。
文明は、
思春期の痛みの中で生まれた。
わたしたちは、いま、こう言えるかもしれない。
成長とは、
進化をもう一度、生きることである。
──これからのわたしたちは。
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