
んの魔法|長編小説|第1章「んしり亭」へようこそ!(第2話)
これは、言葉と記憶と心をつなぐ、僕の再生の物語。
物語のスタート 序章はこちら → 序章 海辺のバス亭(1話)
本編はここから
その瞬間、風がスーッと走り抜けて、どこからか桜の花びらが舞い散った。
僕の体は柔らかな空間にフワフワ浮かんでいるような感覚になって、辺りには、バス停や食堂も見えなくなって、いつの間にかやさしい光につつまれていた。
「うまく変身できたようじゃな。」
えっー⁈
タヌキがしゃべった?いや、おじいさんがタヌキになったのか?
「お…、おじいさん?!タヌキになったの⁈」
僕の真横に座っていたおじいさんが、いきなり青いタヌキになったのだ。
夢でも見てるんじゃないか?と思って、僕は左手でパチンと頬をはたいてみたけど、まったく目が覚める気配はなかった。
すると、タヌキが言った。
「おじいさんじゃないぞい!わしは「んしり亭」の“ンタンタン”じゃ!」「?ンタンタ…?何だって?」
「ンタンタン!わしの名前じゃ!」
タヌキが言葉をしゃべっていることよりも、今何が起こっているのかが理解できない。
なので、タヌキの説明をすんなり受け入れてしまう。
「えっと…ンタンタン?これ、どうなっちゃったの?」
よくよく見ると、“ンタンタン”という名前の青いタヌキは、キラキラ光るラムネの瓶のような透き通った空色の毛をしていて、長い毛の尻尾には濃い青の縞模様が入っている。
郵便屋さんの制服みたいな丸ボタンのついたグレーのチョッキを着ていて、ちょっと下がり気味のフサフサした白い眉毛は、どことなくおじいさんの雰囲気を残していた。
「よくぞ聞いてくれた!わしらは“終わりの世界”にやって来たのじゃ!」
「“終わりの世界”だって?」
「デデン! “ん”で終わる言葉の世界じゃよ!「んしり亭」へようこそ!」
そう言って、青いタヌキが尻尾をさした方角には、洋風とも和風ともつかない、不思議な六角形の木造の古い建物が現れたのだった。
夕暮れ時なのか、ポツポツと提灯に火がともり始め、その灯りは、まるで「こっちだよ」と言っているみたいに、ゆるやかなカーブを描いて「んしり亭」へと続いていた。
お祭りの神社にあるようなオレンジに光る提灯には、どれも、ひらがなの「ん」という文字が書かれていて、不思議な世界観を漂わせていた。
僕はその文字を見て、「ん?」と声に出して、首を傾げた。
「さあさ、こっちじゃぞ〜」
と、ンタンタンが二足歩行で尻尾をゆらせながら、提灯の道を先に歩いていく。しばらく歩くと、「→こちら」と手書きの看板が見えてきた。
さらに奥へ突き進むと、僕の目の前に広がっていたのは、蔦のからまった柱やサワサワゆれるススキの穂、咲き乱れる野の花。
季節感のない、まるで時間が止まっているような庭園があり、その入り口に門がぽつんと立っている。
門には「んしり亭」と墨で書かれた木の札がゆらりゆらりと揺れている。
ふと上を見上げると、もう目の前には古びた大きなお屋敷があって、屋根の煙突からモコモコと煙が立ち上がり、辺りには何とも言えない甘じょっぱい匂いがふわりと漂っていた。
ンタンタンは得意げに門をくぐり、僕を先導して庭を通り抜けていく。
その傍らの花壇の周りを、小さな蛍がゆらゆらと飛んでいた。
建物の入り口には、クラシックなランプがひとつ。
玄関には、ンタンタンの毛色にそっくりな水色の暖簾がそよいでいた。
よく見ると、そこにも「ん」の字が一つ。
ンタンタンは、慣れた足取りで玄関の前に立つと、「さあ、ついたぞい」と言った。
ドアの横には、小さな木片とそれを叩く細い棒がある。
棒の先はキツツキの形をした彫り物になっていた。
「帰ってきたぞい~!」
コンコン!コンコン!
ンタンタンが派手に棒で木を叩くと、高らかにキツツキが鳴って、カタン……と小さく音を立てて玄関の扉が開いた。
「お師匠~!遅いじゃニャいか~!みゃーは待ちくたびれたにゃあ!」
扉の内側に立っていたのは、僕の身長の半分くらいの猫?のような…?
二足歩行のしゃべる猫、とでも言えばいいのか?
水色のしゃべるタヌキがいる時点で、もう驚かないけど。
猫は、明るいグレーのハチワレで、ふわふわした毛、尻尾が長く先っぽはちょっとだけ白い色で、ゆらゆら左右にゆれている。
首に金色のシュシュをつけた印象的な琥珀色の目をしていた。
「マフや、ごめんよ。ちょっと探し物をしてたら、すっかり暗くなってしまったわい。」
ンタンタンは、よっこいしょと扉を開いて、建物の中へ入っていった。
「探し物~~?」
マフと呼ばれた猫は、ンタンタンの背後で小さくなっている僕を見つけると「あ~~っ‼ お師匠!また変なもの拾ってきて!面倒くさいことになっても知らないニャ。」と、言った。
「まあまあ、そう言わんでくれよ。この子はおなかがすいてるんだよ。ごはんを食べさせてあげようじゃないか。ごはんはまだあるじゃろ?さあ、遠慮しないで入っておいで。」
そう言って、ンタンタンは僕を手招きして、「んしり亭」へ招き入れたのだった。
「んしり亭」の中は、思ったよりかなり広かった。
だだっ広いフロアの中央には、柔らかなランプの炎が静かに燃えていて、その火を囲むように丸いテーブルが三つ。
それぞれのテーブルにはお花が飾られ、二脚の椅子が並べられていた。
右手には小さなカウンターがあり、スツールが四つ、きちんと並んでいる。左手には大きな窓が二つ。
そこからは、夕日が穏やかに差し込んでいて、部屋全体がやさしい光に包まれている。
窓と窓の間には、天井まで届きそうな背の高い本棚が一つ。
棚の中には、本だけではなく、人形や地球儀、ガラスのコップまで、さまざまな物がごちゃごちゃと詰め込まれていた。
けれど、なぜか不思議と落ち着く室内だった。
目の前には奥の部屋に続く敷居があり、扉はない。
遠くに暖炉が見え、炎は揺れていないのに、部屋にはほんのりとしたぬくもりが漂っている。
暑くもなく、寒くもない——不思議な空間だった。

※登場人物「んたんたん」の表記を「ンタンタン」に変更しました。物語の世界観により沿うための調整です。過去話も順次修正しております。
第2章 終わりに「ん」のつく言葉(3話) につづく…
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