
ものがなければ"ことば"であそべばいいじゃんいいじゃん、じゃんけんぽんっ!
——ものがなければ"ことば"であそべばいいじゃんいいじゃん、じゃんけんぽんっ!
未来の持続可能な社会を想像するとき、私たちはつい、ドローンが飛び交い、ブロックチェーンが電力や自然を管理するような最先端のテクノロジーを思い浮かべる。確かにそれも正解の一つだ。
——しかし、私たちがもう一つ見直すべきは技術ではなく「心のあり方」だ。そのヒントが、かつて世界で最も洗練された循環社会だった『江戸の街』にある。
江戸時代は鎖国で資源が限定的だった分、モノが徹底的に大切にされた。着物は仕立て直され、最後は雑巾になり、燃えた灰まで肥料や染料にリサイクルされた。
——では、モノが少なかった江戸の人々は退屈だったのか? 答えは真逆だ。お金もハイテクも使わずに熱狂したエンターテインメントが、
「地口(じぐち)」、当時は無駄口とも呼ばれた言葉遊びである。
地口とは、有名なことわざや日常の挨拶に、音が似ている別の言葉を強引にハメ込む高度なダジャレだ。江戸の人々が「ありがたい」を「ありがた山の寒がらす」と言い、「かたじけなすび」と言ってゲラゲラ笑う。
昭和・平成の子供たちが「おはよーぐると」や「そんなバナナ」という言葉の響きだけで大騒ぎし、軟弱内気な主人公が「逃げちゃダメ逃げちゃダメ、動いてよ~!」と叫んでいたあのセリフの源流は、すべて江戸の地口にある。
日本語の母音を利用して、”あやとり”のように言葉のロープを編んでいく。そこには消費もゴミもない。人間の脳と口先だけで無限に生み出せる究極のエコ資源、それが「言葉」だ。——現代の私たちは、退屈を埋めるためにすぐ新しいモノを買い、エネルギーを使い捨てている。だけど——
モノがなければ言葉で遊べばいいじゃんいいじゃん、ジャンケンポンッ!
お互いの揚げ足を取り合い、ブーメランになるのを承知で笑い飛ばす。
「精神の循環」の中にこそ、未来の本当の豊かさがある。
——ハイテクに生きる未来も、言葉で笑い合う未来も、平和で公平ならどちらだっていい。足りないものをモノで埋める時代は終わりにしよう。
江戸の知恵に倣い、今ある言葉のスパイスで日常を極上のエンタメに変える。これこそが、私たちが始める最も愉快で持続可能な一歩なのだ。
——今夜、あなたの口からどんな地口無駄口ダジャレをリサイクルしますか?
※本作は「文藝春秋SDGsエッセイ大賞2026#未来のためにできること」応募作品です。
▼同時応募作品はこちらの2作です!