
冥界の宴(JTCの理・妖怪編 第八話②)
「眩暈と現実」
評価会議が始まった。
手元には、自分のチームの実績と評価コメントをまとめたシート。
これを作るだけで、深夜までかかった。
形式上は、本人と納得いく目標設定と振り返りの上で評価がついていることになっているからだ。
だれも、自分が頑張っていないとは思っていない。
ただ──
理が理解できている人、
理が理解できていない人、
合わせられる人、
合わせる気がない人。
現場にいるのは、その四種類だけだ。
だが、それは“理に合わせられる側”からは見えない。
彼らには、そこにいる妖怪の大部分が見えていない。
一人、不器用だがよく頑張っている部下を推してみた。
こんなトラブルを、こんなふうに処理して、
こんなに会社に貢献している──
一生懸命に推敲した推薦文だ。
一通りアピールが終わったあと、部門長が言った。
「え、S君の評価はAじゃないの?
彼、よく飲みに行くけど気が利いて、できるやつだよな」
続けて、あっさりと。
「で、君が押してるK君はさ……いつもどこにいるの?
リモートばかりで出社数が少ないんじゃないかな」
「それからP君は?
社長報告のときに感じが良くて、ちょっと気に入られてるんだよね」
……。
これは何の会議だったのか。
目標設定とは何だったのか。
ジョブディスクリプションとは何のためにあるのか。
妖怪の世界で書かれた推薦書は、
冥界ではただの手拭き紙なのだろうか。
前日、あの人事部の若手エリートが目を輝かせて語っていた“新しい物語”は、
いったい何だったのだろう。
私が一週間かけて面談し、
深夜までかけてまとめた業績報告は、
何の意味があったのだろう。
ああ、目眩がする。
耳鳴りがする。
もう、遠くのほうで誰かがご機嫌に話していることしかわからない。
そうだ。
私は知っていた。
長い間、これを繰り返してきたじゃないか。
何度も制度変更がアナウンスされ、
素敵な新しい“聖書”を読み直させられてきたが、
妖怪の世界は変わらない。
冥界とは、分かり合えないのだ。
ふっと、憑き物が体の奥に隠れた瞬間、意識が戻った。
会議は終わりに近づいていた。
冥界の使者たちの、ご機嫌な声が聞こえる。
「ああ、評価決まったからさ、
適当に業績とか点数、直しておいてよ」
そう。
これが理だ。
いまさら何を言おうが変わらない。
少しだけ、また影が濃くなって揺れた気がした。
この人の物語の始まり 第一話はこちら
この人の前のお話 第七話はこちら
二つのパラレルワールド
🏮 JTCの理 ― 憑き物落とし篇 組織の澱みを「怪異」として解剖する、京極夏彦的作品へのリスペクトを込めた物語。
🕶️ JTCの理 ― マトリックス篇 システムのバグを「アノマリー」として捉え直す、SF映画的世界観の物語