
報われない正しさの行方(JTCの理・妖怪編 第一話)
JTCの理 ― 妖怪編
昔、私は妖怪退治が得意だった。
職場のあちこちに潜む、
バグ、無駄な手続き、意味のない会議、曖昧な責任、誰も使わない資料。
それらを見つけ、捕まえ、正体を暴き、手際よく退治する。
それが自分の役割であり、存在意義だった。
妖怪は“問題”という名前で呼ばれていた。
しかし管理職となり階層が一段上がった瞬間、世界の景色は変わった。
階層が上がったから、その階層においては
その問題は見えてはいけない妖怪だった。
以前のように、見つけて、手際よく改善することは、
上位の階層では求められていない。
問題は、解決される対象ではなく、
「触れてはならない存在」へと変わった。
見えないふりをして、
気づかない人たちを、その不利益の中でも、
気づかせないまま、平穏を保つ側になったのだ。
そう、問題は妖怪となった。
存在しているが、だれも捕まえることも直すこともできない。
そして、気づいてしまう自分は――
妖怪を見る人間ではなく、
妖怪を“見てはいけない側”の住人になっていた。
自分は何も変わっていない。
見えるものは、相変わらず見える。
だが、見えた瞬間に理解する。
ここでは、それを捕まえてはいけない。
捕まえれば、組織の均衡が崩れる。
誰かの顔が潰れ、誰かの責任が浮き彫りになり、
波紋が広がる。
上位階層の役割は、退治ではない。
均衡の維持だ。
だから、妖怪は放置される。
いや、放置ではない。
「共存」だ。
正しいことを言う人ほど、評価されなくなる理由はここにある。
正しさは、時に均衡を壊す。
均衡を壊す者は、秩序から見れば“異物”だ。
妖怪は消えない。
ただ、見えない場所に追いやられる。
そして気づいてしまった者は、
退治する側から、見守る側へと静かに配置換えされる。
それがJTCの理である。
二つのパラレルワールド
🏮 JTCの理 ― 憑き物落とし篇 組織の澱みを「怪異」として解剖する、京極夏彦的作品へのリスペクトを込めた物語。
🕶️ JTCの理 ― マトリックス篇 システムのバグを「アノマリー」として捉え直す、SF映画的世界観の物語