
キョトン
楽しく会話している時に、例えば政治に対する不満を言うと、相手の人がキョトンとすることがある。「そんなに重い話しようとしたわけじゃないのに」みたいな空気が漂う。この顔、既視感。
そうだ、雑談ではすごく饒舌なのに、いざ自分の考えを求められたらキョトン。上司の悪口めっちゃ言ってるのに、上司の前で私が上司に異論を唱えたらキョトン。私は考えることを止めている人を、このキョトンで見分けている。キョトンとする人たちは、生活が良くならないとかあれが高かったとか、上流階級はいいよね…なんて言いながら政治の話をし出すと急にキョトンとする。
私たちは生きる中で、知らずの間にじわりじわりと人質を取られ弱みを握られる。子どもの頃は誰もが少しは「こうしたい」「こうしてみたらどうだろう」「なぜこうなるんだろう」と考えていたはずだけど、これを言うと成績に響くかも、これを言うと目立って仲間はずれにされるかも、これを言うと仕返しされるかも、就職できないかも…そんな安心出来ない社会の中でどんどん考えていることを口に出せなくなってしまう。そして、口に出せないものを抱えていることのストレスよりも、考えることを止めてしまうことを選んでゆく。
私は、考える人が好きだ。大人になっても考え続けている人は、キョトンとしない。むしろ考え分かち合うことに面白さを感じているかのように、話がどんどんと転がっていく。そして人との対話の中でまた新たな発見をしてホクホクしている。生きていると感じる。
キョトンとされると、なんだか突然目の前の人が自由自在に操られる物体のように見えて怖くなることがあるけれど、そのおかげで私は話したい人の匂いを嗅ぎ分けやすい。考えて、どうにかして人に伝えようとする、そんな人たちがきっと世界を間違いから救ってきたんだと思う。そんな人たちが大好きだ。
今こそ、たくさん考えて話したい。