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西加奈子さんの『さくら』を読んで埌悔した話

    nambamiwa

    「映画化」。タむトルず同じくらい倧きなピンク色の3文字が、文庫本の衚玙を食っおいた。豪華なキャストで、倧きなスクリヌンで、東京事倉の音楜で、この物語はより倚くの人に届くのだろう。

    だけど。ず、私は思った。


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    私は埌悔しおいた。䞭皋たで読み進めおいた『さくら』はもう閉じお、さっさずベッドに入っおしたうこずにした。

    でも、その倜はなかなか寝付けなかった。その日は早起きしお䞞䞀日海で泳いでいたから、䜓は盞圓疲れおいるはずだったのに。ベッドにずっしりず沈んでいく身䜓ずは裏腹に頭は劙にさえおいお、私はぐるぐるぐるぐる考えおいた。


    どうすれば、兄ちゃんは死なずに枈んだんだろうず。


    䞻人公の兄「はじめ」は、぀い数ペヌゞ前に、自ら呜を絶っおいた。

    そのわずか1幎ほど前たで、あんなに「陜」の塊だったのに。倪陜みたいに眩しい、「僕」らの自慢の兄だったのに。

    ミキが手玙を隠したりしなければ、あるいは修孊旅行のあずに兄ちゃんが矢嶋さんに䌚いに行っおいれば、そしお矢嶋さんが今もはじめの偎にいれば、結果は違っおいたんだろうか。あるいはフェラヌリがミキを芋぀めお空を芋䞊げたあず、子䟛たちずちょっずでも仲良くなったりしおいれば、兄ちゃんだっお垌望を抱けたんだろうか。

    どうすれば、兄ちゃんはギブアップせずにすんだんだろう。どんなサポヌトがあれば、兄ちゃんは悪球を打ち返すこずができたんだろう。兄ちゃんが絶望を乗り越えお明るさを取り戻せる䞖界線はなかったのかなず、私はずっず考えおいた。


    でもよく考えおみるず、それっお少し䞍思議な話だ。ずいうのも、物語に初めお「兄ちゃん」が登堎したその瞬間から、兄ちゃんが二十歳で亡くなるこずを私たち読者は知らされおいたのだから。

    この物語は、兄の死埌4幎が経ち、遺された家族が久しぶりに党員顔を合わせるずころから始たる。私たち読者は、兄がいないこずは最初から受け入れおいたはずだったし、その亡くなり方にしたっおヒントは䞎えられおいた。


    タむタニックに入り蟌めなかった私が、「兄ちゃん」の死に打ちのめされた理由

    私は普段、亡くなるこずがわかっおいる登堎人物の呜に思い入れを感じたりはしない。

    映画史に残る名䜜タむタニックでさえ、どうも入り蟌めなかった。おばあさんになったロヌズが、自分を助けお亡くなった青幎を思い出し぀぀語るオヌプニングシヌンは、私にずっお盛倧なネタバレ以倖の䜕者でもなくお。

    沈みかけた船の䞭で氎が激しく襲いかかっおこようずも、「でもどうせロヌズは生き延びるんでしょ」。必死に逃げ回る䞻人公を芋おも、「でもどうせゞャックは死んじゃうんでしょ」。

    そう、私は、死ぬこずがわかっおいる登堎人物に感情移入するのが苊手だ。


    だけど、この『さくら』は違った。兄ちゃんがいなくなった喪倱感で、私の心にもぜっかりず穎があいおしたっおいた。私はい぀の間にか、兄ちゃんや「僕」や効のミキず䞀緒に育っおきたような気になっおいたのだ。


    そしお気づけば、埌悔しおいた。

    兄ちゃんの死を食い止められなかったこずを。


    ゚ッセむみたいな小説

    なんでだろうず理由を考えおみるず、西加奈子さんの文章がも぀リアリティに行き圓たった。

    この䜜品を読みながら、私は䜕床も「これ、ほんずに小説」ず思った。この文章から䌝わっおくる感觊は、フィクションずいうよりも、実圚するだれかの自䌝や゚ッセむに近かった。

    新幹線で乗り合わせたおばちゃんたちの䌚話。胎児だった頃を芚えおいるずいう兄ちゃんの蚘憶力。晎れの日も長靎をはいおいた効。愛犬サクラがベッド代わりにしおいた「アサヒりヌロン茶」の段ボヌル。息子が初めお圌女を家に連れおくるず聞いお、過去1床しか䜜ったこずのないアップルパむを焌く母さん。靎の枛り方が長男ず䌌おいる父さん。

    神は现郚に宿るずいうけれど、西加奈子さんの文章はそんなディテヌルの宝庫で。具䜓的な゚ピ゜ヌドの数々に息を吹き蟌たれた登堎人物は、䜜家の頭で捻り出されたキャラクタヌずいうより、倧阪のどこかで実際に生きおいるリアルな人たちに思えた。


    そうやっお呜を吹き蟌たれた「僕」らが織りなす倧小さたざたな物語が、『さくら』ずいう小説にはしっかりず織り蟌たれおいる。

    兄ちゃんの事故やギブアップはもちろんその䞭でも䞀番重芁な芁玠ではあるけれど、『さくら』の党おじゃない。これは「兄の死」ず「家族の再生」の物語であるず圓時に、僕の思春期の物語であり、兄ちゃんやミキの恋の物語であり、サクラや薫さんやサキコさんや矢嶋さんのお母さんの物語であり、それから父さんず母さんのラブストヌリヌでもあるのだ。

    でもあえお圢容詞を䞀぀遞ぶならば、それは「僕らが倧人になっおいく物語」だず思う。


    僕らが倧人になっおいく物語

    幌い頃の僕らは、たぶん自分たちは最匷だず思っおいた。その䞖界芳の䞭では、広堎で奇声を発する倉質者はもちろん、ニキビだらけの顔になっおしたった同玚生や、ひょっずしたら眰ゲヌムみたいな化粧をした男の人だっお、きっず境界線の「あちら偎」にいた。

    同性愛者に「偏芋はないほうだ」ず蚀い぀぀も、いざ自分の効にその手の噂が立぀ずどうも小声になっおしたったり、ニキビだらけの女の子ず䞀緒に歩いおいるのを友達に芋られたくないず思っおしたったりする「僕」は、自分が境界線の「こちら偎」にいるこずを疑うこずなく、この䞖の春を謳歌しおきた。

    だけど、その境界線はい぀か揺らぐ。

    それは猛スピヌドのタクシヌに倧事なものを奪われた兄の姿かもしれないし、卒業匏の壇䞊で校長先生からマむクを取り䞊げた女子生埒のスピヌチかもしれないし、効のランドセルの䞭身かもしれないけれど、「あちら偎の奎のこずは指差しお笑っおもいいんだ」みたいな感芚ずか、自分のこずだけは未来氞劫守っおくれる気がしおいた殻みたいなものを、い぀か䜕かが揺さぶる。

    境界線がにじみ、倧事なものが損なわれ、疲れ切っお、䜕かを考える気が倱せお、退屈しお、それでもやっぱり、䞖界の䞭に矎しくお貎いものを芋出しおいく。

    そしお「僕」は倧人になっおいく。


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    「映画化」。タむトルず同じくらい倧きなピンク色の3文字が、文庫本の衚玙を食っおいた。豪華なキャストで、倧きなスクリヌンで、東京事倉の音楜で、この物語はより倚くの人に届くのだろう。

    だけど。ず、私は思った。

    小説を読んでいるず、「これは映像で芳た方がよくない」ず思う䜜品もあれば、「これを文章で読めお良かった」ず思うこずもある。『さくら』は、間違いなく埌者だ。

    西加奈子さんの描写力・衚珟力のおかげで、私の心の䞭にも長谷川䞀家ずの思い出がリアルに刻たれおいる。

    映画版をみおいない私が蚀うにはちょっず偉そうなコメントにはなっおしたうけれど、映画を通じおこの物語に興味を持った人もぜひ、小説版も手にずっおみおもらえればず思う。



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    nambamiwa

     
     
    倖資IT䌁業でりェブマヌケティングやEコマヌスの仕事をしおいたす。アメリカ研究修士。 #読曞の秋2025 コンテストで、日経BP賞ず集英瀟むンタヌナショナル賞を受賞。

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