
小説|『そっと手をさしのべて』 後編
教室に入ってきた歩のギャル仲間が、特ダネでもつかんだようなしたり顔で話しだした。
「ねぇねぇアユミ、聞いて。サキは高校へ行かないで就職するらしいよ」
「えっ、就職する? どういうこと?」
「職員室でジミケンが教頭に報告してるの聞いちゃったんだ」
歩はスーパーの前で演奏会を食い入るように見ていた咲の姿を思い出した。それに、陸が『サキはピアノを諦めた』と言っていたことも気にかかっていた。
陸からは詳しい話が聞けなかったが、ピアノと就職になにか関連があるような気がする。
見まわした教室に咲の姿はない。陸も見当たらない。2人に話を聞けないのなら、三者面談をした宮沢先生が理由を知っているかもしれない。
思うや否や、歩は教室を飛び出して職員室へ向かった。
高校のパンフレットをファイリングしていた宮沢先生を見つけて、歩が息を切らしながら声をかける。
「サキが高校に行かないって本当?」
「なんだ藪から棒に。誰から聞いたか知らないが、まだ決定したわけではないよ。もう一度よく話し合うように言ってある」
「なんでそんなことになってるの? ここ最近、サキの様子がおかしいけど、就職しようとしていることに関係があるんじゃない?」
「就職するか進学するかは本人が決めることだ。家庭の事情もあって大変みたいだけど、先生としてはきちんと将来を考えて高校へ進学して欲しいと思ってるよ」
「家庭の事情ってなに? 知ってるなら教えてよ。サキは小学生の時からずっとピアノを習い続けたいと言ってたんだ。それが急に高校も行かずに就職するなんておかしいだろ。理由があるなら教えてくれよ」
宮沢先生は歩の気迫に押されて作業の手を止めた。話さなければいつまでも問い詰めてきそうだ。
「うーん、なんていうか……。サキはお父さんを亡くしてから、ずっとひとり親家庭だ。そのうえ、最近はおじいさんも介護が必要になって、サキも色々と家の手伝いをしていると聞いた。なにかと大変なんじゃないのかな」
「え、介護……?」
「お母さんが働いているから、家のことは全てサキがしなければならないんだろう。弟の面倒も見なければならないしな。進学しないで働くと言ったのは、経済的な負担を気にしているのかもしれない」
「サキが……、家のことをひとりで全部やってるって?」
「ああ、そうらしい。誰にも言うなよ、他人の家庭事情なんだぞ」
そこまで話した宮沢先生は、余計なことまで喋ってしまったと思ったのか、心配そうに教頭や学年主任がいないことを確認する。
「さあ、この話は終わりだ。教室に戻れ」と顔をしかめた。
歩はまだ話を終える気はなく、宮沢先生の肩に手をかけ、「学校でなんとかしてやれないのかよ」と食い下がる。
「なんとかと言っても、進路を決めるのは先生や学校じゃないんだぞ。どういう事情があれ、個々の家庭のことにまで首を突っ込むことはできないんだから。公的な支援機関にでも頼めば、相談くらいは乗ってくれるかもしれないが」
「その支援機関ってのに頼めば、サキは高校に行けるのか?」
「それはどうかわからないけど……。支援といっても、福祉の担当者が学校や自治体と連携して問題解決に向けて働きかけてくれるだけで、助けられるのは一部のことだけだ。家事なんかは今まで通りやらなければならないだろう。金銭面の補助もあると思うが、それでサキが進学する気になるとは限らないだろう?」
歩が手を固く握りしめる。咲がそんな大変なことになっていたなんて思いもしなかった。愚痴のひとつでも言ってくれたなら気付いてやれたのに、と悔しさが湧き上がった。
「あいつとは小学校からの友達なんだ。全部が解決しなくてもいいからサキを助けたい。学校から支援機関に頼んでくれよ」
「いやぁ、先生もいろいろ忙しくてなぁ……」
咲の状況も助ける手立ても知っているのに、学校や教師がなにも対処しないことに歩は腹が立った。いつだって自分たちの保身と安定しか頭になく、生徒のことは後回しだ。
「じゃあ、あたしが連絡するよ。どうすればいいのか教えてくれ。頼むよジミケン」
「そんな簡単なことじゃないんだ。申請手続きとか手間もかかるし、だいたい当事者でもないお前みたいな子共になにができる?」
突き放すような言葉に、歩の怒りは我慢の限界を超えた。抑え切れない感情のまま宮沢先生の胸ぐらをつかむ。
「てめぇ、ふざけんな! それでも担任か?」
突然の大声に職員室は騒めいた。歩の後を追って廊下から様子を覗いていたギャル仲間は、歩の豹変に慌てて職員室へなだれ込んだ。周りの教師たちも一緒に歩を止めに入る。
「落ち着きなさい!」
宮沢先生につかみかかった歩はすぐに離されたが、歩の怒りは収まらない。廊下にまで響く大声で、思いの丈をぶつけた。
「なんで知ってたのに、助けてやらなかったんだ! 知らんぷりしておいて、なにが“生徒の将来を考えた進路相談”だ! サキの本心も知らないくせに!」
歩の行動が暴力行為とみなされ、即日から出席停止措置を言い渡された。校内で起こした処罰対象だけに、進学に重要な内申書にも影響するだろう。
歩が出席停止となったことは、担任の宮沢先生ではなく、学年主任がクラスに伝えに来た。ただ、理由については明確に話してはくれない。
放課後になり、不安を募らせた咲と陸はあらためて職員室へ出向いた。そこにいた学年主任に歩が処分に至った経緯を尋ねてみる。学年主任は校長と相談して、ようやく職員室で起きた騒動について話してくれた。
「私、アユミの家に行ってくる」
騒動の発端は自分が関係することだ。そのせいで歩が出席停止処分を受けたと知った咲は、どうしても歩に会って謝りたかった。
「僕もついて行っていいかな?」
陸も心配していた。歩だけでなく、心を痛めている咲のことも心配で、ひとりで行かせるのが忍びなかった。
「でも、リクは塾があるんじゃないの?」
「サキこそ、家のことやらないといけないんだろう?」
「そうだけど、いまアユミに会うこと以上に大事なことってある?」
「……そうだよな」
いても立ってもいられない。2人は学校を出ると、歩の家へ急いだ。
ふて腐れているかと思ったら、意外なことに歩はあっけらかんとした様子で、「よお!」と2人を迎えた。
「リクもいるならちょうどよかった。反省文を書けって言われているんだが、どう書きゃいいんだ? 知恵を貸してくれよ」
「ごめんねアユミ。私のせいでこんなことになって……」
「なんだよなんだよ。サキが謝る必要ないだろ。悪いのはジミケンと学校なんだ。サキが苦しんでいるのを知っておきながらなにもしなかったんだからな。謝らなければいけないのは、なにも行動しなかったダメな大人たちだ。そうだろ?」
「僕は事情を知っていたのに、なにもできなかった。……ごめんサキ」
「ううん、リクにもいろいろ助けられているよ。いつもありがとう。それに大変な思いをしているのは私だけじゃないよ。他にも似たような家庭はあるのに、私だけが助けてもらうわけにいかないから」
部屋のドアがノックされ、歩のお母さんが飲み物やお菓子を持ってきた。
「2人とも、わざわざ来てくれてありがとうね。それからサキちゃん。さっき教頭先生から連絡があってね、明日からまた学校に来ていいって言われたの。だからアユミのことは心配しなくていいのよ」
「そうなんですか? よかった……」
ホッと胸をなでおろす咲に、歩はお菓子を口に放り込みながら言った。
「ああ、学校の対応に落ち度があったって認めたらしいぞ。代わりにジミケンが自宅謹慎になったけどな」
「宮沢先生が謹慎? それで今日は学校にいなかったんだ」
歩のお母さんの話によれば、歩に出席停止を命じた直後に職員会議が開かれて、近くにいた先生たちの証言から、学校の対応や宮沢先生の発言にも問題があったと判断されたようだ。反省すべきは学校の方だったと、教頭先生から謝罪があったらしい。
「そうは言っても、ついカッとなってジミケンの胸ぐらつかんだのは事実だからな。反省文を出せば、内申書には書かないってさ」
「アユミ、リクも。私のために本当にありがとう」
「だから僕はなにもしていないって」
歩は頭を下げた咲を見て、以前から考えていたことを伝えてみた。
「なぁサキ、周りに迷惑をかけないように生きるなんて無理なんだよ。ひとりで抱え込んだって解決しないんだから、これからは相談したり頼ってくれよ」
「抱え込んでるつもりはなかったんだけど、私がやるしかないから必死だったの」
「あたしらはまだ中学生だ。大人がやるべきことまで負担しなくてもよかったんじゃないか? まぁ、周りの大人なんて年取ってるだけで、頼りにならないのばかりだけどな」
歩がお母さんの前で軽口を叩いてみせるが、逆に「だからって、アユミに相談したら却って問題を大きくするだけでしょう」と言い返される。
「でもね……。このごろは、サキちゃんが話しかけてくれないって寂しがっていたのよ。見た目はこんなだけど、中身は小学生のまま変わってないから、たまには話し相手になってあげてね」
「な! なんだよそれ! よけいなこと言わなくていいよ」
うろたえる歩に、陸が笑いを堪える。
「なんだアユミ、ツンデレだったのか?」
「やめろリク。あたしはツンデレじゃないぞ!」
後日、学校は咲の家庭環境について関係各所へ連絡を取り、学校としてもできる限り支援を行うと約束してくれた。また、判断が遅れたことについても謝りたいとの申し出があった。
咲と母は、謝罪受入れの代わりに、担任の宮沢先生の謹慎を解くよう伝えた。自分たちのせいで、誰かが不利益を被るのは心苦しいからだ。
昼食後の休憩時間に、陸が手招きして咲を呼ぶ。
「どうしたの、リク?」
「ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
教室を出て、陸について廊下を歩いていく。どこからか楽器の音が聞こえてきた。廊下の先にあるのは音楽室。吹奏楽部にしては音程の外れた初心者のような演奏だし、そもそも部活の練習は放課後のはず……。
ドアの窓から中を覗き込むと、楽器を持ったクラスのギャルたちが真剣な眼差しで音符を追っている。その中にはアルトサックスを手にした歩の姿もあった。
「えっ、アユミ? なにやってるの?」
歩は咲に気付くとドアへ駆け寄った。
「ようサキ、待ってたぞ」
「勝手に音楽室を使ったら怒られるよ」
「許可なら取ってるよ。ほら」
歩が指差した先――、ピアノのそばに音楽の先生がいる。吹奏楽部の顧問でもあり、歩たちに楽器の使い方を教えていたようだ。
「教頭にさ、秋の文化祭でサキのピアノが聞きたいって言ったら、特別枠でミニコンサートでもやったらどうかって話になったんだ。学校公認なら参加したいって興味のある奴らが集まってきてさ、あたしも前からやってみたかったサックスを練習してるんだ。ということで、サキはピアノの練習よろしく」
「よろしくって、私はもうピアノは……」
――もう弾かないと決めたのに。
言葉は出なかった。
「ジミケンが頭を下げたんだ。サキに音楽室のピアノを使わせてやって欲しいって」
「宮沢先生が?」
陸が背中を押し、ピアノのそばに咲を誘う。
「ずいぶんと反省したみたいだよ。そのおかげで昼休みと休憩時間なら音楽室を自由に使っていいことになったんだ。学校にいる時間ならピアノの練習ができるだろ。音楽の先生も色々と協力してくれるって」
「吹奏楽部も手伝うと言ってくれてるし、うちらも頑張って練習するからさ。最後の文化祭、一緒に楽しもうぜサキ」
「実は僕も巻き込まれたんだ……」
「え、リクもやるの?」
照れながらドラムスティックを掲げる陸。
咲の周りの環境が大きく変わっていった。けれどそれは、歩や陸が働きかけてくれたからに違いない。そして咲にもう一度ピアノを弾いてもらいたいという、みんなからのサプライズ・メッセージ。
――ピアノ……。また弾けるんだ。
中学最後の文化祭の日がやってきた。
校内の至るところでは、クラスごとの展示発表や演劇、部活動の紹介などが行われ、開催早々から訪れた多くの人たちで賑わっている。生徒の家族も、普段は見ることのできない生徒たちの課外活動を楽しみにしていた。
この日のために編成された咲たちの音楽隊は、幕の下りた体育館のステージ裏手で準備を進めていた。緊張をほぐすため、咲はステージを降りて体育館を歩きまわってみる。観客席として並べられたイスは、すでに観客で埋まり始めていた。
「あっ、お姉ちゃんだ!」
弟の倫が両手を振っている。その横には母と、車イスに乗った祖父の姿もあった。
「ママ! よく時間とれたね」
「いつも家のことを頑張ってくれるサキの演奏会だもの。ごめんね。ピアノ、ずっと我慢してきたんでしょう? ジイジも咲がピアノを弾く姿を楽しみにしているから、練習の成果を見せてあげて。みんなで応援しているから。きっとパパも見守ってくれてるよ」
「ありがとう。リクやアユミにもたくさん助けてもらったんだよ」
「そう。あとでお礼言わないとね」
演奏会を知らせる放送が入り、体育館に人が集まり始めた。
「そろそろ行かなくちゃ」
ステージに戻ろうとする咲を、祖父が呼び止めた。
「サキ。これからもたくさん背負っていくものがあるだろうけど、いずれ持ち切れずに降ろさなければならないものも出てくる。時には大切なものを諦めなければならないこともあるだろう。だから今しかできないことは無理をしてでもやりなさい。失敗したり上手くできなくてもいい。あとになって後悔しないように”今”を思い切り楽むんだよ」
「……うん。わかった。楽しんでくるよ、ジイジ」
笑顔を見せた咲に、祖父は目尻に皺を寄せて頷いた。
祖父はリハビリができる施設へ入所が決まった。市営のため入所金はだいぶ安く済む。これまでの四人での生活も、あとわずかしかない。寂しい思いもあるが、自身の世話のために苦労をかけてきたことを考えれば、これで少しは家族の負担が減るのだと安堵した。
吹奏楽部の演奏が終わり、一旦ステージの幕が下りた。
次はいよいよ咲たちの出番だ。音楽の先生がアレンジした、吹奏楽とピアノのコンチェルト(協奏曲)。
放送では、“特別枠のミニコンサート”と紹介され、より緊張感が高まる。
そして再び幕が開く。
最初の曲――『ロトのテーマ』には、先ほどの吹奏楽部の部員たちも応援に加わる。ホルンの音から始まり、一斉に鳴り響く楽器の音に聴衆は惹きつけられた。胸の高鳴る、小気味良いテンポで曲は進んでいく。
何度も猛特訓した甲斐があり、みんなは終始落ち着いて演奏していた。咲も練習の成果を存分に発揮して鍵盤を叩く。マーチングバンドのような元気な曲調は、会場の外にいた人たちの耳にも届いた。徐々に体育館の席は埋まり、気が付けば体育館は人が溢れかえっていた。
1曲目が終わり、応援の吹奏楽部は舞台の袖へ下がった。
歩はアルトサックス。咲はピアノ。陸はドラム。ステージに残った3人が『Take Five』を披露する。「死ぬほど練習した」と言うだけあって、歩のサックスは驚くほど上達していた。会場は大盛り上がりで、再び大きな拍手に包まれた。
鳴りやまない拍手の中、演奏を終えた歩と陸が静かにステージを降りていく。歩は咲に向けて高々と親指を上げた。
スッと照明が落とされたステージ。ひとり残る咲とピアノにスポットライトが照らされる。その一瞬で先ほどまでの盛り上がりが嘘のように、会場は静寂な雰囲気に切り替わった。
紹介された曲は、シューマン作曲の『トロイメライ』。
1拍目から穏やかで夢見心地な音が流れる。2分半ほどしかないこの曲は、4小節単位のメロディーが音の連なりを変えながら8回繰り返される。4分の4拍子という拍節を曖昧にして、いかに夢想的な曲とするかは奏者の技量によるのである。
短い曲ではあるが、咲は最後の一音まで指先に気持ちを込めて弾いた。弦の響きが完全に聞こえなくなるまで、会場はシンと静まり返っていた。
トロイメライとは、ドイツ語の“夢”から派生した言葉。夢想、幻などの意味も含まれるという。その言葉通り、儚い夢として諦めるつもりでいたピアノ。こうしてまた弾いているのも夢なのか。
ふと、子供の頃の情景が思い浮かんできた。初めてピアノに触れた日。難しい指使いを克服した日。楽譜を見ながら最後まで弾くことができた日。さらなる高みを目指した日。嬉しかったことや辛かったこと。いつしか目標を持つまでに成長してきた日々が、アルバムをめくるように思い返される。
演奏は最高の出来栄えであった。これまでの集大成として十分満足できるものといえよう。この演奏がピアノに触れる最後になるかと思えば、鍵盤を押える指を離したくない気持ちにもなる。
気付かぬうちに滴ったひと雫が、氷のように冷え切った手の甲に落ちた。それはとても温かく、咲の心の奥にまで染みるようだ。
満員の会場で拍手が鳴り響く中、舞台の袖から見ていた仲間たちの姿が、ぼんやりと咲の瞳に映っていた。
咲の中学校にスクール・ソーシャルワーカーがやってきたのは、文化祭が終わってすぐのことだった。学校の応接室に入ったきり、ずいぶんと長い時間をかけて先生たちと話をしている。聞き取り調査というものらしい。咲も呼ばれて聞かれたくないことまで答えなければならないのかと身構えていたら、後日、必要事項を聞きに家庭訪問をするのだと伝えられた。
学校と家庭訪問で調査した内容を役所の会議で議論するため、支援が始まるまでには時間がかかりそうだ。それでも咲と倫の学業に必要な援助、祖父の介護福祉施設への入所調整、生活面での相談から補助金申請も検討してもらえるなら、一家の負担も少しは減るのではないだろうか。
秋も深まり、3年生の進路相談は終盤を迎えた。志望校が決まった者は、受験に向けての準備を始めている。
咲は――。
「私、高校に進学することに決めたよ」
歩の前で、宣言する咲。
「そうか。またピアノ続ける決心がついたんだな」
「ううん。ピアノはやらない。文化祭とかで弾く機会があれば別だけど」
「どうして? サキは音楽ができる高校へ行きたかったんだろう?」
「音楽で生活ができる人はほんのひと握りでしょう? 音楽大学に入って、いい先生に習って……そんなの、すごくお金がかかることだから。私にとってピアノは楽しむもの。弾ける時に弾けたらそれでいい。それよりも、私がたくさんの人から支えられてきたように、困っている人たちを助ける福祉の仕事がしたい。だから高校へ行って福祉の勉強をするって決めたの」
「サキは十分頑張ってきたのに、まだ人のためになにかするのかよ」
近くで聞いていた陸が咲に声をかけた。
「僕はそれでいいと思うよ。サキらしい、いい考えだ」
「で、でもさ……」
「リク、アユミも、私のことを気にかけてくれて嬉しかったよ。ありがとね。進学すると決められたのは2人のおかげなんだよ。私にも夢を持てるんだって気付かせてくれたんだから」
「応援するよサキ。なぁアユミ」
「え? ああ、そうだな……。サキが自分の意志で決めたことなら、あたしも応援するよ」
「ありがとう」
「でもよ、この前も言ったけど、困ったり大変な時は相談しろよな。ひとりでなんでもやろうとするなよ。と言っても、あたしなんかじゃ大して役に立たないと思ってるだろうけどさ」
「そんなことないよ。アユミの言葉はとても心強いんだから」
「ほんとは大人がもっとしっかりしてくれりゃいいんだけどな。自分たちのことばかり優先してさ、人の気持ちってのを理解しないんだ」
歩の言葉に陸が苦笑いをする。
「大人たちだって、子供の頃はそう思っていたかもしれない。大人は大人の事情があって、一歩を踏み出せずにいるのかもしれないよ」
「なんだよリク、知ったようなこと言って」
「僕だってサキの事情を知っていたけど、どうすればいいのかわからなくて、なにもしてあげられなかったんだ。だからアユミの行動力には驚かされたよ。いろんな意味で」
「見て見ぬ振りはできないだろ。友達だからな。……ん? いろんな意味って?」
咲はちょっと照れたように俯いてから顔を上げた。その顔は、今まで教室では見られなかった明るい表情だ。
「2人とも、本当にありがとう。諦めていたピアノが弾けて嬉しかった。アユミたちが手をさしのべてくれなかったら、もう触れることもなかったと思う」
「ピアノを弾く機会はいくらでもあるさ。強く願っていればきっと叶うよ」
「おっ、さすがリク。キザなセリフも似合ってるね」
「そういうアユミもサックス続けるんだろ? 知ってるぞ、吹奏楽部に混ざって練習してるの」
「えっ、本当なの?」
「バレてたか……。なんか面白くてさ、高校に行ったら吹奏楽部に入ろうかと目論んでるんだ」
「そうなんだ。応援するよ。頑張ってアユミ」
「いつかまた一緒に演奏できたらいいな。当然リクもな」
「えっ、また巻き込むのか?」
咲が堪え切れず、プッと笑い出す。
それに釣られて歩も陸も笑い出した。
<終>