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答えじゃない

    私は昔、仕事人間だった。

    管理職として働き、毎日たくさんの判断をしていた。

    だからなのか、私はとても合理的な人間だったと思う。

    部下や友人から相談を受ければ、

    「じゃあ、こうしたら?」

    「それなら○○した方がいいよ。」

    すぐに答えや、答えにつながるアドバイスを返していた。

    それが優しさだと思っていた。

    逆に、自分が相談するときも同じだった。

    欲しいのは共感じゃない。

    答えだった。

    「大変だったね。」

    そんな言葉はいらない。

    ただ解決したかった。

    そう思っていた。

    でも、今の私は少し違う。

    管理職だった頃。

    部下を育てる苦しさを社長に打ち明けた。

    返ってきたのは、

    「それが正解。」

    たったそれだけだった。

    何か具体的な解決策を教えてくれたわけじゃない。

    それでも、その一言で心は軽くなった。

    「あぁ、この苦しさは間違っていないんだ。」

    そう思えたから。

    さらに最近。

    以前の記事『寄り添ってくれるだけで』にも書いたように、私は苦しさの理由を知りたかったわけじゃなかった。

    旦那さんが隣で話を聞いてくれた。

    寄り添ってくれた。

    それだけで、不思議と心は落ち着いた。

    あの時も、答えは何も出ていない。

    問題も解決していない。

    それでも私は救われた。

    最近になって、ようやく気づいた。

    人は、苦しい時ほど答えを探してしまう。

    でも、本当に欲しかったのは、

    答えじゃなかった。

    「そのままでいい。」

    「間違っていないよ。」

    そんなふうに、自分の気持ちを受け止めてもらうことだった。

    昔の私は、

    共感なんて時間の無駄だと思っていた。

    でも今なら分かる。

    答えは、人を前に進ませることがある。

    だけど、

    寄り添うことは、人を立ち上がらせることがある。

    私もこれからは、

    答えを急ぐ人ではなく、

    安心を渡せる人でありたい。

     
     
    毎日の出来事の中にある、小さな気づきを綴っています。 元看護師。「普通」に悩み、うつ病やパニック障害を経験した34年。 だからこそ、しんどい日も、何もない日も、そこにある小さな意味を言葉にしたい。 読み終えたあと、少しだけ世界が優しく見えますように。

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