
答えじゃない
私は昔、仕事人間だった。
管理職として働き、毎日たくさんの判断をしていた。
だからなのか、私はとても合理的な人間だったと思う。
部下や友人から相談を受ければ、
「じゃあ、こうしたら?」
「それなら○○した方がいいよ。」
すぐに答えや、答えにつながるアドバイスを返していた。
それが優しさだと思っていた。
逆に、自分が相談するときも同じだった。
欲しいのは共感じゃない。
答えだった。
「大変だったね。」
そんな言葉はいらない。
ただ解決したかった。
そう思っていた。
でも、今の私は少し違う。
管理職だった頃。
部下を育てる苦しさを社長に打ち明けた。
返ってきたのは、
「それが正解。」
たったそれだけだった。
何か具体的な解決策を教えてくれたわけじゃない。
それでも、その一言で心は軽くなった。
「あぁ、この苦しさは間違っていないんだ。」
そう思えたから。
さらに最近。
以前の記事『寄り添ってくれるだけで』にも書いたように、私は苦しさの理由を知りたかったわけじゃなかった。
旦那さんが隣で話を聞いてくれた。
寄り添ってくれた。
それだけで、不思議と心は落ち着いた。
あの時も、答えは何も出ていない。
問題も解決していない。
それでも私は救われた。
最近になって、ようやく気づいた。
人は、苦しい時ほど答えを探してしまう。
でも、本当に欲しかったのは、
答えじゃなかった。
「そのままでいい。」
「間違っていないよ。」
そんなふうに、自分の気持ちを受け止めてもらうことだった。
昔の私は、
共感なんて時間の無駄だと思っていた。
でも今なら分かる。
答えは、人を前に進ませることがある。
だけど、
寄り添うことは、人を立ち上がらせることがある。
私もこれからは、
答えを急ぐ人ではなく、
安心を渡せる人でありたい。