
とらべるとらぶるず③グアテマラでサバイバル国境越え - 2
バックパックを背負ってグアテマラから国境を越えてメキシコへ向かおうとした日。バス運転手のストライキにより、道中の何もないところでいきなり放り出され、更に周辺では地元住民によるブロッケアール(Bloquear)と呼ばれる、政治的な抗議活動のひとつとしての道路封鎖が併発。言葉もよく分からない中で、完全に立ち往生してしまいます。
時刻は午後3時を回っていました。進もうにも興奮した何人かの人々が道路に立ちふさがっており、前に進むことが憚られます。私の他にも何人かローカルの人たちが立ち止まり、困ったように顔を見合わせていました。
その間にも右手の崖は石を切り出すためなのか、単に抗議活動の一環なのか、次々に燃やされ、道路には続々と大きな石が落とされていきます。
異様な緊張が続く状況に呼吸が浅くなっていることに気づいて、何とか気持ちを立て直そうとしていました。
と、突然「ブー‼」っと長いクラクションの音が聞こえました。
振り返ると、私の後方には相当数の乗用車が連なっています。そもそも車を見かけることもほとんどない道路でしたし、ずっと振り返らずに足元だけを見て歩いていたので気づかなかったのですが、肩越しに見遣れば道路封鎖をされて同じように身動きが取れない車が何台もありました。
一度誰かがクラクションを鳴らすと、他の車もそれに倣って鳴らし始めます。山間部に「ブー」っという音がこだまします。
やがて車から次々に運転手がおりてきて、なにやらこの封鎖を仕掛けた人たちと話を始めました。怒鳴りあう声。思わず肩をすくませます。ピストルとか出して撃ち合ったりしないよね、、と頭の片隅を良からぬ思いがよぎりました。
幸いなことに、そんな映画のような展開にはならず。やがて怒号は収まり、運転手たちが自分たちの車へと戻っていきました。
そのまま黙って見ていると、今度は先ほどまで石を落としていた人たちが、大きな石だけ道の片側に寄せ始めました。とそれを待ち構えていたように、先頭の車が動き出します。
車がゆっくりと流れ始めたのを見て、私の頭の中に普段なら絶対に思いつかないような考えが突如現れました。
乗せてもらおう!
知らない誰かの車に乗ることだって怖いです。でもこのままこの何もない場所に、まだ興奮状態の地元住民と共に残され夜が来る方がもっと怖い。乗せてくれるか全く分からないけれど、非常事態だし、これだけ何台もいれば一台くらい手を差し伸べてくれるはず。
そう思ったらもう迷うことはありませんでした。恥ずかしい気持ちを押し殺して列を成す車に近づいていき、運転席に向かって「フロンテーラ(国境行き)?」と覚えたてのスペイン語で聞きます。
最初はノー、次もノー、次も、次も。
そんなにうまくは行かないか、、、いや、でももうこの方法しかないし、、。落胆する自分をもう一人の自分が励ましている時、目の前に大きなコカ・コーラのトラックが来ました。ふと、助手席に乗っていた人と目が合った気がします。すると彼がドアを開け、高い座席からするっと降りてくるではないですか。
「フロンテーラ?」とおずおずと言い出す私に、彼は非常に拙い英語で答えてくれました。「そこまで行かない。でも近くまで乗せられる」
そういうと彼は私の乗車を手伝った後、自分はコカ・コーラの瓶が山積みになった荷台にさっと移り、彼が移ったのを確認すると運転手はゆっくりと車を動かし始めました。
ああ、助かった。ありがたい。もう大丈夫ー。
安堵で胸がいっぱいになって、本当にありがとうと何度も拝むように御礼をしました。車内には陽気なラテン音楽が小さなボリュームでかかっています。あまりに安心して、助手席で何度かうとうとと浅い眠りに落ちました。
通常なら車で1時間もかからないような距離も、あちこちで道路封鎖とそれに伴う地元住民とのやりとり、それに渋滞が続きなかなか目的地には到着しません。
それでも徒歩よりは早く、あたりが少し薄暗くなり始めた午後6時近くにトラックは小さな村に到着しました。交通量の多いところでトラックが止まると、荷台に移った男性が身振り手振りも踏まえて私に伝えようとしてくれます。
「フロンテーラ、オチョ・キロメトロ(国境までここから8km)」

再び何度も御礼を伝えた後、彼らとはそこで別れ、私はまた一人になりました。考えます。8kmをこのバッグを持って歩いたら約2時間。その間に絶対に暗くなってしまう。陽が落ちてから一人で出歩かない、この旅に出てから不文律にしていること。道路の舗装もあやしいような森の中で一人で夜を迎えてしまうことは避けたい、と強く思いました。
もう迷うことはなく、私は再び誰かに乗せてもらう方法を取ることに決めました。冷静になれば車に乗せてくれる人がいい人かどうかは分からないので、暗くなった村に取り残されるのとリスクは五分五分のはずです。でもその時はとにかく国境を越えてグアテマラを出ることが先決、と頑なに思っていたのかも知れません。
一台のピックアップトラックの運転手が、ちょうど車から出てきたところでした。国境まで行きたいのだけれど、と拙いスペイン語で話しかけると、あっさりといいよ、と。指さされた先はトラックの荷台。
そこには、豚と羊とガチョウがひしめき合って、みっちりと積まれていました。。。
失礼します、と声をかけながら荷台の隅の方に乗り込みます。運転手の男性が2羽の大きなガチョウの首をつかんで、差し出してきました。逃げないように持っていろ、ということでしょうか。
おずおずガチョウの首をつかむと、彼は満足したように運転席に戻り車を発進させます。
そこからの山道の30分間は、暴れるガチョウ2羽との格闘でした。後にも先にもあんなに長く鳥類の首をつかんだことは人生でありません。ようやく国境の建物が見えた頃には、手のひらに何とも言えないぐにゃりとした感触がしっかり残っていました。
国境に到着すると後はスムーズでした。ピックアップトラックのドライバーにガチョウの首をお返しして、丁寧に御礼を言います。車を降り、イミグレーションを通過し、足で国境を越えた後、メキシコ側では乗り合いバスが乗客を乗せるために待っていました。普通のこととして。
ああ、普通ってこんなにありがたい。
コミタンに到着した時は既に暗く、私は下車したバス停から見える一番近いホテルにチェックインしました。こうして長く過酷で予想外のことばかりが起こった国境越えの日が終わりました。
この翌日、緊張と疲れとストレスで40度近い高熱に倒れてしまったのはまた別のお話。
優しい人たちの善意で何とか前に進めたことを今でも忘れていません。
だから私は、今でもペプシは飲みません。生涯コカ・コーラに忠誠を誓っています。
