メインコンテンツへスキップ
見出し画像

珈琲を好きになったのはいつだったっけ?

    八月も最終日。
    苛烈な日差しは遠慮というものを知らないらしい。今年の夏も長くなりそうだ…

    今回は、好きなものについて書いてみようと思います。

    珈琲について。

    浅煎りも深煎りも好きですが、今日みたい暑い日でもホットで楽しむことが多いです。
    けれど最近は、炭酸コーヒーやアイリッシュコーヒーのようなアイスドリンク、アレンジにも時々挑戦しています。

    珈琲がないと朝が始まらないし、夜を迎えられない!

    今でこそそんな偏愛具合ですが、数年前までは珈琲が苦手だったんですよね。理由は勿論「苦くて美味しくないから」

    ただ…克服しようとした記憶はないんですよね。
    気がついたら飲めるようになって、日常に欠かせないものになっていた。

    …珈琲を「好きなもの」に数えるようになったのは、いつからだったっけ?

    今日はそんなお話です。


    珈琲が嫌いだった頃の話


    学生の頃、私は珈琲が飲めませんでした。

    最初に飲んでみようと思ったのは、たしかファミレスのドリンクバー。
    高校生くらいのときだったか、「珈琲が飲める大人になれたらかっこいいよなぁ」という憧れはありつつ、喫茶店やカフェに行って注文するのは敷居が高い ーー そもそも飲めないのに行っていいのか? という不安があった。
    何かの機会で友人とファミレスに行ったついでに、ドリンクバーのコーナーで「ブレンド」のボタンを押しました。

    にっっっが…!

    香りはすごく美味しそうだったのに、一口飲んでギブアップ。
    なんか刺してくる感じがする。後味がとにかく変。ゴーヤとは違う苦さ。
    …なんだこの飲み物!

    この苦さは正解なのか? これが美味しいから珈琲を飲むのか? 苦いのが美味しいっていうこと? だとしたら ーー たぶん、私は珈琲を好きになることない気がする。
    めくるめく思考に振り回されつつ、そっとカップを置きました。一発KO。

    その後、ファミレスに行ってもドリンクバーでコーヒーマシンの前に立つことはなく、大学生になってカフェに寄っても紅茶やジュースを飲んでいました。
    何事もこちらから迎えに行かなければ、意外と接点は少ないもので、あの衝撃的な苦みを思い出すこともなく日々が過ぎていく。

    珈琲の方から、うちにやってくるまでは。


    珈琲が家にやってきた


    大学三年生の誕生日に、友人から贈り物をもらいました。
    コーヒードリッパーと、コーヒー粉。
    ドリッパーは組み立て式でプラスチック製の簡易的なもので、粉はパッケージにイチョウや紅葉が印刷されていたから、おそらく季節限定のブレンド。

    その頃、相変わらず私は珈琲が飲めませんでした。
    というより、あれ以来飲んだことがなかったので、苦手なまま止まっていた。

    …なぜ飲めない相手に、コーヒーセット?

    飲めないと知らなかったのかもしれないけれど、「珈琲が好き!」という相手以外に贈るにはむしろ勇気がいるライナップじゃない?

    これはどうしたらいいんだろうと戸惑いつつ、もらってしまったし、せっかく贈ってくれたから使ってみるしかないと思って、ハンドドリップのやり方を動画で調べてみることにしました。

    あとで聞いた話ですが、プレゼントしてくれた友人は、私が珈琲が苦手だったとは知らなかったし、普段遊んでいたときも気にしていなかったようで。
    「なんか飲んでいそうなイメージだったから」贈ったそうです。
    なんなら友人も珈琲は苦手で、詳しくもなかったらしい。

    なるほど。
    だからコーヒーフィルターはセットに入れてくれなかったんだな。


    そんなわけで、抽出方法を調べたあと最初にやったことはコーヒーフィルターを買うことでした。サイズがあることを知らなくて一度間違えたので、買い直してようやく準備完了。
    コーヒーケトルは、その場で投資するにはちょっと高かったので買う気にはならず、しばらくは急須で代用していました。

    贈ってもらった粉は200g だったので10回以上練習ができました。

    10回淹れて、10回とも苦かった。
    …なんだこの飲み物!

    捨てるわけにも行かず、牛乳を足しながら毎回飲み切っていました。粉も贈り物だったし…

    ただファミレスで飲んだあのブレンドよりはなんらかの風味が感じられたのと、自分で淹れた一杯ということで、「上手に淹れられたら美味しくなるのでは?」という希望が芽生えた10回でもありました。
    珈琲が美味しくないのは不慣れな自分が淹れたから、という言い訳が継続の理由になった瞬間。

    そもそもハンドドリップは慣れるまで難しく、「雑味」「えぐみ」と呼ばれるものがあって美味しさを損なう原因になる ーー 自分の失敗にすでに一般的な名前がついていたことも、「改善の余地が残っている」というある種の救いになっていたかもしれません。

    なにより、その時点でハンドドリップが好きになっていた。

    動画でやり方を調べたとき、ケトルの口から細く落ちるお湯や、バリスタの手の動きに合わせてバルーンのように膨らむ粉の呼吸が不思議だった。

    ーー 豆を砕いた粉にお湯を注いだら膨らむんだ!

    …本当に珈琲に関する知識がゼロだったので、見たままを再現しようと躍起になっていました。
    ※ドーム状に膨らむかどうかは豆の状態によるので「膨らまない、イコール美味しく淹れられない」ということではないようです。

    そうこうしているうちにもらった粉が足りなくなって、自分で買いに行くことになりました。


    珈琲の味を好きになったきっかけ


    誕生日から三か月くらいが経った頃、はじめて自分で珈琲豆を買いに行きました。
    …普段行くようなカフェではなく ーー 焙煎所や「〇〇珈琲」のような喫茶店で買うといい、という情報を得たのですが、敷居が高い!
    入口から中の様子を覗いてみても、店員と常連と思しき方が話していて、どのタイミングで入ればよいか分からなかった。

    そもそも、珈琲豆には種類があるらしい。

    友人からもらったものは複数の豆を合わせた「ブレンド」だったけれど、遠目に見えた札には「イルガチェフェ」「マンデリン」「グアテマラ」といった耳慣れない単語ばかり。…注文するとき、舌が回らなそう。

    何がどういう豆なのかを入口付近で調べている間に、先程の常連さんが出てきた。避けるときに振り返って、ガラス越しに店員の方と目が合って…「いらっしゃいませ」と言われたので、そのまま入ってしまった。


    そのお店は、焙煎所だった。テイクアウトは代金を払って自分でマシンを操作する方式。豆を買うときは店員さんに声をかける。

    スマートフォン片手に入口で固まってしまった私を見兼ねて、店員さんが「テイクアウトと豆、どちらをお探しですか?」と声をかけてくれた。

    そこではじめて、豆を買いに来たことや「ブレンド」しか飲んだことがないのでどれを買えばいいか分からないこと、ミルを持っていないので粉の状態にしてほしいことを伝えられた。

    店員さんは、実は店長さんだった。おしゃべりがお好きなようで、色々なことを教えてくれた。
    初心者ということで、好みの味や焙煎度が分からないなら、マシンに入っている浅煎りと深煎りをまずは飲んでみることを勧められました。

    コロナ禍で店内の椅子は下げられていたけれど、他のお客さんがいない時間だったので、その場で飲んでからゆっくり選ぶよう言ってくれました。

    マシンにはブレンドやアイスコーヒーの他に店長が選んだ「浅煎り」「深煎り」のおすすめが並ぶラインナップ。比較的リーズナブルな価格設定で、2杯分の勉強代は学生のお財布にも負担がなかった。

    深煎りの豆は、やっぱりちょっと苦かった。
    淹れたてでもマシンで淹れたものは撹拌が甘かったり、調整が難しかったりで日によって「重たい」かもしれない…といったようなことを話してくれたけれど、当時の私にはよくわかりませんでした。

    ただ浅煎りの方 ーー エチオピアのイルガチェフェは珈琲の味がしなかった。
    ファミレスのブレンドや先程の深煎りとは違って、後味は引き摺らない、スッキリとした飲み物だった。どちらかと言えば紅茶に近い。

    そこではじめて「苦くない珈琲がある」ことを知って、その日はイルガチェフェを買って帰りました。


    弘法、筆を選ばず。初心者は筆を選べ。


    見本となる一杯を飲んだことで「その味に近づけよう」という目標ができた。
    「珈琲には種類がある」ということが分かると、種類ごとに淹れ方や味の比喩があるらしいという情報に行き当たりました。

    それから、急須でドリップするのは無理があるということも。

    注ぎ口のカーブがないからドリッパーの縁に当たってしまって湯がブレるし、シンプルに細く注ぐのが難しい。
    弘法じゃないならせめて筆を選べ。…ということで、コーヒーケトルを買いました。

    ちなみにケトル以外の選択肢だと、こんな便利ツールもあるらしい… 


    件の焙煎所に通って、珈琲豆ごとの味を覚えながら、ハンドドリップの練習をするのが日常的になってきた頃。

    ドリッパーが壊れてしまった。

    一年くらいだった。
    簡易的なドリッパーは軽くてカップの上で揺れるし、途中からそれが「淹れづらいなぁ」とは思っていたものの、最初の相棒とはここでお別れすることになりました。

    …水色のプラスチック。もらったその日は扱いに困ったのに、すっかり愛着が湧いていた。

    同時に「ドリッパーが揺れると淹れづらい」ということが分かる程度には慣れてきていたので、そろそろちゃんとしたドリッパーを選ぼうという気持ちになりました。

    カリタの台形ドリッパー「ロト」
    三つ穴のやつ。

    製品概要に「雑味が出る前に、美味しさだけを抽出する」というフレーズが書いてあったのが決め手だった。
    今でこそ雑味やえぐみも味わいのひとつ、きれいな風味だけだと物足りないときもあるという嗜好が育ちましたが、「美味しく淹れられない=雑味がある」という方程式とは数年連れ添うことに。

    …三つの穴から落ちるとき、楽器のような高い音がする。

    それで一層ハンドドリップの時間が好きになって、ドリッパーごとの特徴を調べたり、その音を聞きたくなって珈琲を淹れるという変化がありました。

    珈琲って、豆だけじゃないんだ。


    淹れて、飲んで、疑問が出てくる。そのたびに発見がある。
    それが楽しかったから続けられて、自分でも美味しく淹れられるようになったからどんどん好きになった。


    珈琲のある日常


    珈琲豆は基本的に、最初に買ったお店で購入していたので、店長さんにもその後しばらくお世話になっていました。

    その店長さんが他のお店に移って、私もまもなく引っ越して通えなくなってしまったのですが、それまでの二年ほどはずっとおすすめの豆や淹れ方を教えてもらったり、季節の豆が出るたびに店長さんの「推しどころ」を聞いたり。
    上手に淹れられなくても、味が苦くても、とにかく楽しかった。


    ーー そうして今は、珈琲がないと一日が始まらないし終わらない気がするくらいには日々に溶け込んでいます。

    外で飲むこともあるけれど、豆を買って、家で挽いて、ドリップする方が好きです。お財布にも比較的やさしい。
    深煎りも、苦味以外に意識が向いてからは美味しく感じるようになりました。朝は浅煎りがいいけれど、夕方は深煎りじゃないとやや物足りない。

    ただ、飲みすぎで眠れなくなったことがあり「コーヒー断ち」を試したのですが…二度とやりたくないので、それ以降は一日2杯程度と決めています。
    カフェインの摂り過ぎにはご注意を。

    私がコーヒーを好むのは、私は目が覚めているという幻想をくれるからだ

    ルイス・ブラック(コメディアン)


    昨今は気候変動の影響を受けてコーヒーの収穫量が減っており ーー とくにアラビカ種は高騰しています。
    値上げの報せを聞くたび「コーヒー2050年問題」の足音が近づいている感じがする。

    この先どれくらい影響があるのか、日常的に飲む珈琲がなくなってしまうのかは気になるところですが……今日できることといえば、やっぱり一杯の珈琲を淹れること、なるべく温暖化に加担しない行動を心がけることだけ。


    今日も今日とて、お好みの一杯を淹れて、ここらで休憩にいたしましょう。
    みなさんの好きな豆やお気に入りのドリッパーがあったら、ぜひ教えてください!


    ▼ 珈琲の魅力についてさらに語ってみました ▼


    この記事が参加している募集

     
     
     
    その選択に、納得感を。"意味的思考" と "問い" をお届け。 正解がない世の中だから、答えを探す力が必要になる。 後悔しない在り方を一緒に探してみませんか? ※Amazonアソシエイト参加中(参考書籍のリンク)

    あなたへのおすすめ