
23.幼なじみのMちゃん
こんにちは。
先週末、夫が結婚指輪を失くしました。
ADHDの私の方が絶対に先に失くすと思ってビクビクしていたので、
「気が楽になった」と伝えたら、それは良かったと、笑っていました。
指輪を作ったのは昨年の3月〜5月ごろですが、付けていたのは10月に結婚してからなので、1年経ってません笑
出先で失くしたようなので、おそらく見つかりませんが、笑い合える関係で良かったです。
そもそも夫に買ってもらったものですし……、私に何か言う権利は無いと思います。
前回の記事はこちら↓
初恋の話でも書こうかと思いましたが、その前に、近所に住んでいたMちゃんについて書きたいと思います。
近所の同い年
私の父と母は、私が生まれる1年ほど前に、今の実家がある村に引っ越してきました。
田舎なので、地区を更に細分化した、「組合(くみあい)」という、班のような、町内会のようなものがありました。
村の中では割と人口の多い地区で、うちは「15組合」でした。
今は再編で違う番号になってるみたいです。
Mちゃんは、一番近所に住んでいる同い年の女の子でした。
M家は、道を挟んで隣の組で、Mちゃんの家の本家は、区長さんをやっているような家でした。
本家と別家、という概念があるのも田舎だけですかね……。
行事の際は、隣同士の組合で動くことも多く、Mちゃんの家の車庫は、避難訓練の集合場所や、獅子舞の休憩所として使われていました。
学童裏のトイレ
Mちゃんとは、特別気が合う、というわけでもありませんでしたが、仲は良かったと思います。
小学校低学年の頃は、毎日一緒に登校していたし、一時期、Mちゃんも学童に通っていました。
前にも書いた気がしますが、なぜかMちゃんは、学童の裏のU字溝のようなところでおしっこをしていました。
そして私も、それを止めるでもなく、一緒に見ていました。
学童のトイレも普通にきれいだったのに、謎ですね。
Mちゃんは、ディズニーキャラクターのチップとデールが好きでした。
私が、家にあったチップとデールのシャンプーボトル?か何かを勝手にMちゃんにあげてしまい、母親から怒られたこともあります。
一度、「通学路を走って良いか」「ダメか」で大喧嘩をしました。
私はダメ派でしたが、理由は「廊下を走ってはいけないので、通学も走ってはいけない」という謎理論でした。ごめんなさい。
私が他人のランドセルの鍵をひそかに開けるのにハマっていた時も、一緒に帰ってくれました。
私のランドセルはバレずに鍵を開けにくいタイプだったので、一方的な攻撃になってしまっていたと思います。これもごめんなさい。
それから、養護学校と支援学級を行ったり来たりしている男の子に、皆で「コマネチ」を教え込んだりしてました。
その子は、会うと「コマネチ!」と言いながらコマネチのポーズをとってくれるようになりました。
麦茶の顔パック
高学年に上がり、学童に行かなくなると、
放課後は、Mちゃんや、近くの団地に住んでいたYちゃん、Sちゃんと一緒に、よく遊んでいました。
当時は、DSの「おいでよどうぶつの森」が流行っていましたが、私の家はゲーム禁止だったので、とても羨ましく思っていました。
Mちゃんの家や、他の友達の家、従姉妹の家などに遊びに行くと時々、
どうぶつの森をやらせてもらえて、とてもうれしかったです。
また、隣にある本家でシャインマスカットを食べさせてもらったり、近所の皆で色々な遊びをしました。
中でも衝撃だったのは、Mちゃんと2人で遊んでいた時、Mちゃんが、ティッシュに麦茶を染み込ませて、「顔パック」をしていたこと。
Mちゃんの家は女の子の2人姉妹で、7段くらいある雛人形が飾られていました。
その後ろで、顔パックをしていたことを覚えています。多分、私は見ているだけで、しなかったと思いますが……。
それから、Mちゃんは生理が来るのが早く、4年生の時にはもう始まっていて、M家のトイレで、ナプキンを見せてもらったことも、あったと思います。
謎イベントすぎる……。
私の生理が始まった時にも、家族の次に報告して、おめでとうと言ってくれたのが、Mちゃんでした。
一緒の高校に行こう
変わった部分もありましたが、Mちゃんは、面倒見が良く、近所の後輩達からも、好かれていました。
私は、登校の集合時間にも間に合わず、割と一匹狼のような感じだったので、正反対の性格だったかもしれません。
小学校高学年くらいまでは、「一緒の高校に行こうね」と言っていたと思います。
地元の農業高校か、自称進学校()の、どちらかに行こうね、という口約束でした。
ですが、5・6年生くらいになって、Mちゃんは、特に算数の授業についていけなくなったようで、算数の時間は、別の教室で授業を受けるようになりました。
この頃から、たまに、Mちゃんに勉強を教えるようになりました。
私は、自分は教えるのに向いていないなぁと思ったのと、同じ高校に行くのは無理かもしれないなぁと思い始めました。
初恋のライバル
さて、ここでMちゃんのことを書こうと思ったのは、初恋の思い出を語るにあたり、欠かせない存在だからです。
Mちゃんは、小学校4年生ごろから、同じクラスのMくんを好きだと言っていて、
今日は喋れたとか、今日は喋れなかったとか、恥ずかしそうに話していました。
その頃、私は精神面の成長が遅かったせいか、恋愛にはあまり、興味がありませんでした。
担任の先生に、もっとかまってほしいな、と思ってたぐらい。
しかし、5年生になって、担任の先生が遠くに行った後、私にとって気になる存在になったのが、Mくんでした。
Mくんは、別に顔はそんなにかっこよくもありませんでしたが(失礼すぎる)、運動も勉強もよくできて、クラスでも発言力のある、目立つタイプでした。
私は顔で人を好きになるタイプだと思っていたので、意外でした。
そして、何よりもMちゃんに申し訳なく思いました。
好きになってしまったのはしょうがないと思ってMちゃんに言ったところ、Mちゃんは、お互いライバルだね、頑張ろう、みたいなことを言ってくれました。
私が逆の立場だったら、「私の方が先に好きだったのに!なんで?」と言ってしまったと思います。
Mちゃんはとても優しいのです。
Mちゃんのその後
Mちゃんと私は、その後、数年間、同じ人のことが好きだったと思います。
Mちゃんはバスケ部、私は吹奏楽部で、部活も違ったけれど、たまに一緒に帰ったり、仲良くしていました。
そして、それぞれのタイミングで、好きでいるのをやめて、気づいたらMちゃんは別の男の子と付き合っていました。
その後、Mちゃんは女子校に、私は自称進学校に、それぞれ別の高校に進学して、離れ離れになりました。
といっても、女子校と私の学校は、徒歩で5分の距離でしたが。
農業高校には、2人とも行きませんでした。
それからMちゃんは系列の女子短に進学して、卒業後は、介護の仕事をしていると聞きました。
成人式では、地元に残っている子が受付をしてくれたのですが、受付にいたMちゃんは、私と、たまたま色違いの同じドレス(成人式が夏なので)を着ていて、何だか少し恥ずかしく、でもうれしくなりました。
中学生時代より痩せたのか、2次会の私服姿もとっても可愛くて、私と近くにいた男子で「Mちゃん、めっちゃかわいくなったよね!!」と盛り上がりました。
今も、実家に帰ると、Mちゃんの家の車庫に、Mちゃんのハスラーが止まっているところを目にします。
最近は連絡を取っていませんが、インスタの投稿を見ると、MちゃんもMちゃんの妹(弟と同年)も、元気にやってるんだなぁと思います。
初恋の相手を共有した、思い出でした。