
22.472点
こんにちは。
BAD期抜けたかと思いましたが、全然ダメですね。
仕事してる時の方が案外マシかも。
昨日は、夫の知人が暮らしている施設に行きました。
夫が書類を渡しに行っただけで、私は駐車場で待っていたけど。
すごい急な坂の上、山の中腹にあって、車で行くとアトラクションみたいで怖かった……。
グループホームかと思ったら、大きい病院みたいな施設でした。
50代、60代くらい?まだ若い人で、話してて変な感じもしなかったので、施設に住んでると聞いてびっくり。
人それぞれ事情があるのですね。
前回の記事はこちら↓
今日は中学校の勉強事情についてです。
進研ゼミのDM
小6から中1になるころ、というか高学年〜中2くらいまで、進研ゼミの勧誘DMが家によく届きました。
多くの子どもがそうであるように、私もマンガだけ読んで捨てていました。
その中によくあったのが、
小学校ではテストも100点ばかりだったのに、中学校に入って勉強につまづいた
→進研ゼミに入る
→テスト中に「あ!進研ゼミで見た問題だ!」現象が起き、勉強も部活も恋愛もうまくいく
というストーリーだった。
ベネッセのプロパガンダでしかない。
でも、小学校のテストでほぼ満点だった私は、
このマンガみたいに、
中学で勉強についていけなくなったらどうしよう、という恐怖に襲われた。
運動も見た目も性格も別に良くなく、
唯一、集団の中で、自分が出来ることが勉強だった、というのもある。
定期テスト
そして、中学に入学し、1学期の期末テストを迎えた。
提出した計画通りに、みっちり勉強して迎えたテストの結果は……
472点だか4点だか6点だか、忘れたけどとにかくそのぐらいだった。
500点満点なので、平均95点くらい?である。
田舎の中学校でトップ層に入るには、充分な点数だった。
私の通った中学では、順位は発表されないが、成績表に50点ごとに切った人数と、分布図のようなものが描かれており、
おおよそ自分がどの位置にいるか、わかるようになっていた。
同じくらいのレベルの友達に合計点を聞けば、ほぼ、順位も特定できた。
たしか最初のテストは、学年2位だったと思う。
当時好きだった男の子も、大体同じくらいの成績で、クラスは別になってしまったけど、廊下で会うと、「英語何点だった?」「数学何点だった?」とお互いに報告しあえるのが、うれしかった。
この結果を受けて私は、「1回ぐらいは100点と、学年1位取りたいな」と思った。
田舎の公立で、学年60人ちょっとしかいないので、そんなに難しいことでもなく、2学期のテストで、1位を取れたように思う。
100点も、どこかで取った気がする。
貯金崩し
しかし、この成績を維持するためには、テスト前は、夜中1時半くらいまで起きて勉強しなければならなかった。
部活もあるし、とにかく大変だった。
ので、1年の2学期以降、やる気も落ちて、徐々に勉強しなくなり、順位も下がっていった。
入学当初は、なぜか国公立医学部に入って、産婦人科か精神科の医師になるという夢を持っていたが、
途中から、あるバンドの音楽にハマって、高校行ったらバンドやりたいなぁと思い、そんなことはどうでもよくなっていた。
それでも、1年生の時に勉強した貯金を少しずつ切り崩すような感じで、劇的に成績が落ちるわけでもなく、
10位〜20位以内くらいを、ウロウロするようになった。
理科や数学なんかは、元々そんなに得意でもなかった+勉強しなかったので、受験する頃には、もうさっぱりわからなくなっていた。
3日間の受験勉強
私が住んでいた地域では、高校の選択肢が少なく、私立はたった1校、女子校があるだけだった。
高校受験も、名目上はあったが、おおよそ10人〜20人くらいずつ、成績順で各学校に振り分けられ、落ちる人はほとんどいなかった。
地域でトップと言われる自称進学校も、中学で10番前後であれば、余裕で普通科に受かる成績だった。
理数科という特進コースはちょっと別格で、最初はそこを目指していたので、勉強を頑張ってったのですが。
中3の部活を引退してからは、朝学習という、謎の行事があったが、私はほぼ毎日朝学習には遅刻していて、先生から睨まれていた。
高校受験の3日前くらいから、さすがに勉強するかぁと思って、教科書や問題集を見返したりした。
受験を舐めすぎている。
そして、普通に地域の自称進学校()の普通科を受験した。
合格発表も見に行かないくらい興味もなかったが、クラスの子が、LINEで、私達の中学校は、全員受かったことを教えてくれた。
全体では数人、落ちた人もいたらしいので、とりあえず受かって良かった。
そんなにギリギリの成績でも無かったけど。
中学で勉強の習慣を身につけなかったことや、
高校受験で苦労する道を選ばなかったことで、
高校入学後や大学受験の時は、結構大変な思いをすることになります。