【北海道マラソンを終えて、東京に戻ってきた】-日々の暮らしの断片/走る日の断片
北海道マラソンを終え、東京へ戻ってきた。
noteでの皇居ランの記録。
音楽バーの話。
実務の話。
生活の断片。
そのどれとも少し違う場所に、北海道マラソンはある。
生まれ育った街を走るというのは、
ただのレースではなく、
自分の生活の“根っこ”に触れるような感覚がある。
今年は「入りのペース」を変えた
これまで、どうせ後半で落ちるからと、やっちゃダメだとわかりながら、貯金のつもりで序盤でペースを上げてしまうことが多かった。
ゴルフで、ラフから欲張ってはいけないとわかっていても無理なクラブを持ってしまうのと同じである。
今年3月の東京マラソン後、「本番より30秒/kほど抑えて練習する」ことを続けてきた。
その成果を試すレースになった。
35kmまでは、6分/kで走れた
悪名高い直線が続く新川通も難なくクリアした。
ペースが落ちる気配がなく、「今日は最後まで行けるかもしれない」と思った。
しかし35kmで、ひざに痛みが出た。
このまま走ると日常生活に支障が出ると感じ、歩いたり、屈伸したりしながらゴールした。
エネルギー切れの感覚はなかった。
脚づくり、走り込みがあと一歩だったのだと思う。
体重が増えていたことも影響したかもしれない。
それでも、皇居ランで続けてきたLSDの成果は確かにあった。
3年ぶり、8回目の北海道マラソン
北海道マラソンは、毎回“生活の断片”が重なる。
7km地点過ぎの下水道局庁舎前では、すすきのの音楽バー「寄り合い」のマスターが応援してくれる。
30年以上通っている店のマスターと、 毎回同じ場所でハイタッチする。
13km地点では母校の札幌北高校を見て、15km地点の琴似栄町通では実家の母親が応援してくれる。
皇居ランとは違う、 “自分の生活の原点”を走る感覚がある。
北海道マラソンのこれまで
北海道マラソンは8回走ったが、実は2回は関門収容されている。
2014年 マラソン開始し、1年後の北海道マラソンを目指す
2015年 35km関門収容 初・道マラの洗礼
2016年 40km関門収容 なぜこんなところに関門が?と愕然
2017年 5:00:09 初完走 このころは5時間制限だった
2018年 4:45:48
2019年 4:49:14
2022年 4:23:08 自己ベスト
2023年 5:18:42
2026年 4:40:44 ←今回
月50〜80km程度の練習では、フルマラソンの練習として不足で、目に見えた進歩はなかなか出ない。
それでも、皇居ランを続けてきたように、音楽バーに通い続けてきたように、生活のどこかに“続けているもの”があると、フルマラソンの快感は捨てがたい。
生まれた街を走ると、続けてきた時間の重さと、まだ続けたい気持ちが静かに重なる。
