『あと二十年くらいなら待てる気がした』
私は、乾燥機の前で私の洗濯物が何回転するのかを見守っていた。右回り、左回り、螺旋。洗濯物が舞っているのか、温風が遊んで表現しているのか気になっていた。
コインランドリーの中は、外気よりも温かかった。それは、ガスの力で衣類の水分を吹き飛ばしているからだ。ふと気になり、建物の裏へと回った。どうやら、ここのコインランドリーは、プロパンガスだった。
整列されたボンベからは、ガスが流れている音がする。悪くない。
「中華には火力が必要だから、カロリーが高いプロパンの方が都市ガスより熱が早く伝わりやすいんだ」
そう言いながら、いつも杏仁豆腐を作っていた中華屋の友人を思い出していた。
あれから何年も経過している。
私は結局、一度も友人が中華鍋を振るうところを見ていない。
乾燥機の前に戻ると、洗濯物がチャーハンに見えてきた。乾燥機は、どこの中華鍋よりも熱を伝えている。これは、根っからの職人だ。熱を伝えるには、規則の中に不規則を生むことが近道なのかもしれない。
私が、何度目かの人生の螺旋を振り返っていたときに、かなりタイプの女性がコインランドリーにやってきた。
私がコインランドリーに来ると、高確率でかなりタイプの女性と出会うことは知っていた。なぜなら、キレイな衣服を纏う私を見たいはずだからだ。
私は、コインランドリーには、洗う上着を着ていく。洗濯する前の最後にその1枚を入れる。現れるのは、タンクトップの肉体美だ。
この手法を取り入れたのは、私が未成年の頃、最後の1枚を脱ぐ老人のタンクトップ姿を見たからだった。タンクトップと呼ぶには歴史を感じるランニングシャツだった。ランニングシャツの老人は、上着を脱いだあと私を見つけこう言った。
「これも脱いじゃうか」
この瞬間、私は胸を打たれた。人生で一度でも「これも脱いじゃうか」という一言を初対面の人に言う瞬間があるだろうか。自分の人生でこの言葉を使うチャンスが来るだろうか。
私はまだ使えていない。
二十年以上経った今もである。
私は、言葉のバトンを受け取った気がした。
それ以来、まだまだランニングシャツとは言えないキレイなタンクトップを着込み、私はコインランドリーへ来ている。私の頭の中には、かなりタイプの女性が、仕上がった上着を着込む私を見たいのか、「これも脱いじゃうか」という無邪気な私を見たいのか、まだ決め兼ねていた。
乾燥機の洋服たちは、不規則に飛んでいる。
かなりタイプの女性は、洗濯物を乾燥機に入れ始めた。乱暴に入れるタイプではなく、優しく入れるタイプだった。横にいる私は、私も入れて欲しいと思い、左にカラダを少しだけ傾けたのだが、かなりタイプの女性には見えていないみたいだった。
不用意に距離が近くなっている。ここで急に離れるのも少し違う気がした。私は最初から、人生の螺旋を哲学的に考えている人を演じている。
そうなると、かなりタイプの女性は私を見に来ている可能性があった。ただ、横で女性が乾燥機に洗濯物を入れるという仕草は、世の中の誘惑の中の一つに入ってしまう。
何を入れてしまうのか気になる。
真摯な紳士である私が、かなりタイプの女性の洗濯物を覗くのはルール違反だった。
ただ、二度と会えないかもしれない。
私は、考え込むフリをして、自分の顔をよく思い出すことにした。目を瞑り、人生の螺旋が奏でる音に集中し、哲学している雰囲気をさらに演じることにした。
聴覚を鋭くすることで、かなりタイプの女性の洗濯物の量が、あとどれくらいか感じることにした。だんだんと衣類が籠に擦れる音が軽くなってきていた。
終わりは近い。
私は、薄目をソっと不可抗力で開くことにした。せめて、かなりタイプの女性から遠い右目を開けることにした。こういうときに、細い目は何かと便利である。
洗濯物が最後に差し掛かったとき、私は右目を開けた。
ウッスラと紫のナニカが入った瞬間を見れた。私は、紫を感じることができたことに感謝してから、右目を全開にした。
かなりタイプの女性は、一度蓋を閉めてから、何かを思い出したように、もう一度蓋を開いた。
私の右目は、自然とその動きを追っていた。
かなりタイプの女性は、おもむろに上着を脱いで乾燥機に入れた。
タンクトップという名のキャミソールだった。
上着は洗濯していたのか、していなかったのか私にはわからない。
ただ、世界は少しだけ変化した。
私は思った。
「これも脱いじゃうか」
言ってくれと心の底から願った。二十年以上抱えてきた言葉である。できれば、この人に言って欲しかった。しかし、かなりタイプの女性がその言葉を発することはなかった。
かなりタイプの女性は、タンクトップ姿の私を見つめて、私をキャミソール仲間だと認めてくれた。私に向かって、この日一番の笑顔をプレゼントしてくれた。
私の右目は開き、左目は閉じたままだ。
客観的に見ればウインクだった。
主観的にもウインクだった。
だからこそ、最高のウインクを装った。
私は乾燥が終わり、上着をしっかりと着込み、コインランドリーをあとにすることにした。ベンチに座るかなりタイプの女性の横を通り過ぎた。
私はもう一度だけ、きちんとウインクをした。
もちろん伝わっていない。
熱はまだ残っている。
あと二十年くらいなら待てる気がした。
「これも脱いじゃうか」
私はまだあの言葉を待っている。
なんのはなしです夏
かなりタイプの女性の真実です↓
同じ日の別のコインランドリーにて↓
解説しようとしたら別世界に飛んでいってしまったコインランドリーにて↓
今朝コインランドリーに洗濯に行ったのですが、乾燥の終わった洗濯物を取り出している最中にかなりタイプの女性が現れて私の隣の機械に自前の洗濯物を入れ始めたのでウインクをしようと試みたのですが出来ませんでした。その女性が洗濯物をドラムに入れていく度隙になって惹かれていくのに...かなりのレアなケースだったので無念です。このような場合に自然にかなりタイプの女性を振り向かせるウインクの所作を知りたいです。あと、コニシ様は上記の情報だけで創作は可能でしょうか?可能ならご回答は不要ですのでウインクのコツも含めて「コニシ木の子」のエピソードとして創作のネタにして頂けましたら幸いです。
こちらの記事をもちまして
回答とさせていただきます。
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