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Photo bychocomoblue

短編小説 ひとり桜木町で

    あらすじ

    早期退職した元損害保険会社員の小倉良治は、数十年ぶりに桜木町駅へ降り立つ。
    少年時代に通ったゴールデンセンタービル、埋め立てで消えた杉田の海、全国を転々とした会社人生。再開発で変わり続ける横浜の街中で、小倉は失われた風景と、自らの人生を静かに重ね合わせていく。
    みなとみらいの光の陰に残る「ぴおシティ」の地下飲食街を舞台に描く、人生の午後の短編小説。


    小倉良治は桜木町駅に降りた。
    おそらく二十五年、もしかしたら三十年ぶりかもしれない。

    小倉にとって桜木町駅と言えば東急東横線だった。
    この沿線に生まれ育ち、通学も通勤もこの私鉄を使っていた。

    子供の頃、東に隣接する国鉄の駅、その海側には貨物の線路が幾本も引き込まれていた。横浜駅から続く大きな造船所や関連工場、そして倉庫街が広がる騒音と灰色のイメージしかなかった。

    今では、その灰色の風景など最初から存在しなかったかのように、新都心の街並みが春の陽射しを反射していた。
    その光に吸い寄せられるように、人波が西口とは逆へ流れていく。

    東横線の桜木町駅は、あれだけ大騒ぎしていたミレニアムという言葉が簡単に忘れ去られた頃に廃止され、橋上駅舎もその十年後には取り壊されていた。

    小倉は大学を卒業して損害保険会社に就職した。
    三十二歳の時に二年間だけ本社勤務になった他は、今まで地方都市や首都圏の支社、支店を廻って来た。正しくは廻されて来たと言った方が良いだろう。

    入社十年目に巡って来た本社勤務、会社員としての欲も希望もあった。
    それも不祥事の責任の一端を被らされ、あっけなく消え去った。

    それからはまた地方勤務が続き、早期希望退職制度に応募し先月末で会社を辞めた。
    思い残すことは

    (……ない)

    と言い切れない自分に溜息が出た。

    短い本社勤務の時、江戸川区にマンションを買った。
    家族皆で住んだのは僅か三か月、あとは妻と子供たちを残して、ほとんど単身赴任の生活だった。月に一、二度帰るだけの自宅は、いつしか心休まる場所ではなくなっていた。

    午後二時、JR桜木町駅。
    小倉がここに来た目的は、人の流れとは反対側の西口にあった。

    小学三年の頃だった。
    男子生徒の間で釣りブームが起きていた。
    初めは日曜の朝、二つ池、鶴見川そして多摩川へとクラスの仲間と自転車で向かった。竹竿で釣れたのはほとんどクチボソ、たまに鮒が掛かれば大騒ぎだ。

    そうしている内に、クラスメイトのひとりが釣り好きの父親に連れられて海釣りに行きだした。堤防からキスやイワシを釣ったらしい。友達の間で海釣りへの憧れが膨らんだ。
    皆が親にねだって海釣り用の竿やリールを買い求めた。もちろん、小倉もその中のひとりだった。

    土曜日、午前中で授業が終わると、小倉たち四人は東横線に乗って桜木町に向かった。

    桜木町駅西口。
    国道沿いには桜木町ゴールデンセンタービルが聳え立っていた。
    そこには本格的な大型釣具店が入居していた。近所の癖の強いおやじがやっている釣具屋、確かに様々な知識を授けてくれる有難い場所でもあった。

    だが小倉たちには、このゴールデンセンター、その名前の響きからして釣りの願いをすべて叶えてくれる、そんな場所に思えた。

    翌日の朝五時半。
    小倉たちは、ゴールデンセンターの釣具店で買った道具を持って駅に集合した。もう既に海釣りに行ったことのある友達から情報は仕入れていた。

    横浜駅で京浜急行に乗り換え、降り立ったのは杉田駅だった。
    駅からしばらく歩くと国道が見えて来た。ひとりが言った、

    「あの先だと思うよ」

    皆の脚が少し小走りになるようだった。
    国道を渡る歩道橋を上ると、すぐ先に堤防、そして海が広がっていた。
    全員、駆け出していた。

    堤防には誰が作ったか、端材で作られた歪な木製の梯子が架けられていた。小倉がいちばんに昇っていた。
    初めての海釣り、近所の釣具屋のおやじからの教えが頼りだったが、キス、イワシ、そして小倉はカレイまで釣り上げた。
    ただカレイは深く針を飲み込んでいて、針外しなど持たない子供たちでは外すことができなかった。惜しみながらテグスを途中で切って持ち帰った。

    午後三時、まだ五月の連休が終わったばかりというのに、半袖半ズボンの子供たちの顔、腕、脚は真っ赤に日焼けしていた。

    そんな仲間の釣りブームもしばらくするといっきに下火になった。

    アマチュア無線ブームが到来した。
    電話級免許をこぞって取得した。ふだん学校の勉強でさえ怠り気味なのに、友達の家に集まり励まし合って勉強会まで開いた。

    だが、免許を取っても実際に開局できたのは一人だけだった。
    無線機、アンテナなど開局へのハードルは彼らには高すぎた。
    代わりにやはり釣り道具と同じように親を拝み倒して、届け出制の小出力のCB無線で交信を楽しんだ。電波の届く範囲などたかが知れていたが、それでも無線で交信できる喜びは大きかった。

    何人かの友達は私立中学に進学して付き合いは途絶えた。
    地元の公立中学に進んだ小倉たちは、それぞれ野球部、バレーボール部、卓球部などに入り、小学生の時のような付き合いではなくなった。

    二年生、冬の日曜の朝だった。
    小倉はふいに杉田の海釣りを思い出した。
    押し入れの奥にしまってあった釣り道具を出してみる。リールなど、ところどころに青い錆が浮いていた。雑巾でこすってみるとカリカリと音を立ててリールは動いた。

    「ちょっと釣りに行ってくる」

    「どうしたの、急に。勉強は?」

    あの日と同じように横浜駅で京浜急行に乗り換えた。
    杉田駅に着いた。記憶を辿って海へと歩く。国道の先からしてもう変わっていた。国鉄の新杉田駅が開業し、周りには新しい街が出来かけていた。
    歩道橋は薄いクリーム色に塗り替えられていたが、変わらずにあった。
    ゆっくり上ってみた。

    小学生の頃に見た堤防も海もそこにはなかった。
    遥か先、沖合だったところまで荒涼とした埋立地が続いている。
    その突端に小さく堤防が見えた。

    (たった数年で……)

    小倉はもう子供ではない、でもまだ大人とも言えない。
    そんな彼の胸に、なんとも言い難い虚しさのようなものが込み上げてくる。

    傍まで近づくと有刺鉄線が張られ、『立ち入り禁止』の大きな看板があちらこちらに立っていた。大袈裟にしている割に、ところどころ鉄線は切れて垂れ下がっている。

    小倉は遠い先にできた新しい堤防、そしてその向こうの海を見てみたいと思った。訳はなかった。躊躇いもなく破れた鉄線をくぐった。

    泥で埋め立てたのかもしれない。でも地面は冬の陽射しでカラカラに乾いて、硬い大きな凹凸だけが果てしなく続くように思えた。

    三十分も歩いただろう。少しずつ近づくその堤防、終いに直下で見上げると校舎の三階くらいの高さで聳えていた。
    小倉は軽い眩暈を覚えてしゃがみ込んだ。

    遠くからエンジン音が聞こえる。
    気だるげに振り返ると、車体を揺らしながらジープが向かって来ていた。

    「中学生? 立ち入り禁止って書いてあっただろう」

    言葉の割にその眼は優しかった。
    ジープの助手席に乗って有刺鉄線のところまで戻る。

    「釣りに来たのかい」

    頷いてみせる小倉。

    「俺も子供の頃、ここでよく釣ったっけな」

    大学に進学して、学園祭で知り合った彼女が出来た。
    信州出身の彼女は

    「横浜に連れてって」

    そう言った。

    お決まりのコースをふたりで歩いた。
    ユーミンの『海を見ていた午後』のドルフィンは行列が出来ていて、入れなかった。

    三渓園を散策して、ベンチでキスを交わした。
    目を瞑っている彼女を薄目で見ながら

    (幼稚園の頃、ここの崖下で潮干狩りをしたな)

    そう思い出す自分が可笑しくて、唇を離した。
    少し顔を赤らめた彼女が、怪訝な顔をしていた。

    崖の縁まで足を伸ばすと、傍には高い塀の入管施設が出来ていた。
    絶壁の下は大きな市民プール、今はまだ営業していなかった。

    目の前の本牧海岸には日石のプラントが立ち並び、南に目を遣れば杉田の海は石川島播磨重工業や東芝の大工場で埋め尽くされていた。

    ゴールデンセンターは、ぴおシティとその名を変えて久しい。
    あれほど輝いていた大きなビルも、周りからみればもう古びた建物に過ぎない。

    かつてオーナーだった三菱地所でさえ建て替えを断念して、元の地権者グループに買い戻されたという話もあった。
    早期退職に応募するか迷っていた時、小倉はその話を聞いて、なぜか心に安らぎを感じて首を傾げた。

    (人も街もそれぞれの道だな)

    分かったような、分からないような、都合の良い言い草だった。

    地下に広がる飲食店街を彷徨うように歩いた。平日の午後だというのに結構な人出だ。

    (昼間からヒマな人もいるもんだな)

    自分もそのひとりだとは、気づかない。

    競馬新聞を見ながらちびちび焼酎をやる男、牛タンを焼く煙にまかれながらひとつも動じず団扇を煽る店主。端が黒ずんだ蛍光灯の下で様々な匂いが交錯している。

    年季の入った丸い木の椅子を、通路に少しはみ出して置いた焼き鳥屋。
    店先に暖簾は掛かってないのに、つい手で手繰る癖が出そうになって苦笑いで誤魔化した。
    レバーを入れて五本ほど見繕ってもらい、冷酒を頼んだ。
    ポケットから、今では日に五本ほどしか吸わない煙草を取り出す。

    (うん?)

    小倉は辺りを見渡した。店の主人が

    「大丈夫だよ」

    当たり前のように言った。

    壁に貼られた品書きは脂と煙に煤けて、読み取れないものもある。

    (こんな日があって悪くない)

    小倉はそう思いながら、

    (まだ上がりにするには早いだろう)

    少し緩んでいた瞳に光が戻るようだった。

    「おやじさん、お土産三人分包んどいてください」

    残りのコップをいっきに空け、

    (もう一杯だけ……飲むか)

    胸の中で呟いた。

    了


    #創作大賞2026 #お仕事小説部門

     
     
    43年間の会社員生活を経て、定年を機に学生時代からの夢だった「書くこと」を再開しました。 昭和から平成へ、時代のうねりを生きた男女を描く長編小説『蒼き火影』を毎週火曜日の朝に連載中。 不定期で日々の暮らしの中で感じた自由律俳句、短編や掌編小説などを投稿しています。

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