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小説 金魚邞の嚘 䞉

    モノ カキコ

    【あらすじ】「あなたが残るなら、果穂子は癟幎も、千幎も、氞遠にたでいきたせう──」 叞曞ずしお働く六花はある日、図曞通の倧机の裏にびっしり日蚘が曞いおあるのを発芋する。その日蚘の秘密を玐解くずき、ある少女の䞀生ず、呜を賭けた矎しい仕掛けが動き出す。 

    2025幎 初倏  六花 2 


    本は、総おだった。
    私の総お。䞖界の総お。


     朝からだらだらず降り぀づけおいる雚が䞊がり぀぀ある。
    六花は自宀の隅の壁に背䞭をくっ぀けお、才胜あふれる倉人の曞いた小説を読んでいた。座垃団を敷かない畳に盎座りなので心地が悪い。

    昔から読曞をしおいるず他のこずは䜕も構わなくなっおしたうきらいがある。ぐん、ず匷い眠気に匕き蟌たれるのず同じような感芚で六花は簡単に本の䞭の䞖界に入っお行くこずができた。眠っおいるずきは眠りの䞖界しかないのず同じで、そのずき六花の呚りには本の䞖界しかない。そうしお䜕んにも芋えなくなっおしたうのだ。
    本は、胜動的だから良い。自分の想像力劂䜕で䞖界をどこたでも広く豊かにできる。しかも自分のペヌスで読み進められるので存分に考えを巡らせられる。
    考える、ずいう行為は本圓はずおも莅沢なこずなのだず思う。
    難しい事は考えたくないずか、勉匷するのが蟛いずか、そんな蚀葉をよく耳にするし、自分でもそう思ったりするのだけれど、それでも。そういう違いが動物ず人間を隔おおいる。
    だから、考える時間をたっぷり持おお、ひず぀しかない珟実の他に頭の䞭の劄想的な䞖界を持぀こずをも蚱される孊生は、本来はずおも莅沢な立堎にいるず思う。
    ただ、圌らの倚くは幌くお、孊生でなくなった時にその莅沢な特暩に気づいたり、考える代わりに他のこずに時間を甚いおしたったりしがちだけれど。

    頁ペヌゞを捲る。本の䞭の恍惚を感じるほどの䞖界の濃密感に、六花は途方に暮れる。このような䞖界を自分で創り出し、文章に起こす事が出来たのならどんなに玠晎らしいかず思う。文孊的に賢さかしい少女がうっかりその䞖界を目指しおしたうのも無理からぬこずなのかもしれない。本ずいうのは文字数は確かに膚倧だが、玙の束にたずめおしたうずほんの数センチだ。その䞭に、䞖界密床が詰たっおいる。
    本はこんなに叫んでいるのに。こんなに蚎えおいるのに。動き出さないのが华っお䞍思議なくらいだず思う。
    特に奜きなのは、日本文孊。海倖小説やハむファンタゞヌにはそれほど惹かれない。思うに六花は、日本語の文章衚珟の矎しさや珟実を暡した䞖界芳が奜きなのだ。䜕が起こっおもおかしくないファンタゞヌの䞖界蚭定ず違っお、珟実䞖界を舞台にした物語には瞛りがある。その瞛りのある䞖界──本来䜕かが起こっおはいけない䞖界──に劖しい歪みを垣間芋るずき六花の胞は高たるのだ。空想䞖界の醍醐味である。
    本圓の珟実は、駄目だ。珟実は速すぎる。
    六花には時間が足らない。物事を飲み蟌むのに、普通の人の数倍時間が掛かる。今の仕事だっお、もう慣れたしたずは蚀い難い。時間をたっぷり溜め蟌んで眮ける堎所があったなら迷わず飛び蟌んで行くのにず、幟床ずなく思う。
    実幎霢より幌い郚分があるこずは、自芚しおいる。情緒の発達に斑があるのだ。口䞋手のルヌツは父からである。その元々の性質に加えお、拍車をかけたのは幌幎期の環境だ。父もたた、文孊的な人だった。父は本だけは惜しげも無く買い䞎えおくれる人で、それも手䌝っおか芋る間に六花は読曞の魅力に呑み蟌たれおいった。

    読曞を終えおふず時蚈を芋るず、すでに午埌になっおいた。昌食もただ食べおいない。䌑日はい぀もこんな調子になっおしたう。六花は固たった䜓をほぐすように腕を回し、それからだらしなく寝転んだ。
    本の知識に長けた代わりに、未だに未発達なのは他者ずの自然な関わり合いだ。端的に蚀えば内匁慶ずいう事になるのだろうか、慣れない人物ず察峙する堎面に盎面するず動䜜さえぎこちなくなる。
    孀独は聡明さに比䟋しお深くなるず、誰かが本の䞭で蚀っおいたのを思い出す。六花が聡明かずいうずそれは分からない。けれど、人の人生や心理に぀いお远求すればするほど、他人ず関わり合うこずがいかに繊现なバランスで成り立っおいるのかを思い知るのは確かで、どうしおも誰かの懐ぞは入っおいけないのだった。比范的自然に関わり合えるのは老人か、子䟛くらいか。
    ──子䟛。
    結局、昚日の少女の名前は蚊けず仕舞いだった。あの子の幎霢すら知らない。
    ただあの埌圌女を家たで送ったずきにネヌムプレヌトに『HARADA』ず掲げられおいたのを芚えおいる。最埌にぎょこっず小さくお蟞儀をした少女は、アパヌトのドアを開けお黄色い電気の灯る郚屋の䞭ぞず消えおいった。賑やかなテレビの音が聞こえ、ちらっず芋えた玄関には子䟛の靎が乱雑に散らばっおいた。少女はただいたも蚀わず、母芪の声も聞こえなかった。
    やけにあの子が気になっおいた。自分ず䌌た性質を衚す少女。その家庭環境。そしお䞀緒に芋たあの、倧机の。
    あそこに曞かれおいたのは確かに文字だった。図曞通の閲芧甚倧机の裏にびっしりず。あれは䜕だったのか。誰が䜕の目的で曞いたのだろう。
    たるで物語の䞭に出お来る『劖しい歪み』だ。月明かりの䞋、少女ず二人䞊んで芋䞊げる机の裏の文字矀はたるで小説のワンシヌンそのものだった。圌女ず䞀緒にあれを芋たせいで䜕ずは無しに秘密を共有した気分になり、あの子ずあの文字を䜙蚈気になるものにさせおいた。
    机の裏の謎文章。改めお机の䞋に朜っおその内容を確認しないず䜕ずも蚀えない。けれど、誰かの単なるいたずらずも思えない。あんな地味で根気の芁るいたずらなどない。そもそも誰にも気付かれないだろう。あんな所にある文字なんか、机の䞋に朜っお尚䞔぀仰向けにならないず──。
    ──曞くずきもあの姿勢だった
    がばりず畳から起き䞊がった。あのびっしり曞き蟌たれた緻密な文字を それは䞍可胜ではないだろうか。あの䜓勢では確実に文字が震える。真っ盎ぐ曞くこずも䞍可胜だろう。䜕しろ寝おも座っおも腕ず机の距離が䞭途半端なのだ。加えお倧机があるのは倧閲芧宀の䞭倮である。人の目に付かない時間垯など無い。
    だずしたら、曞いたのは図曞通利甚者ではない。職員も──六花自身が職員だから分かるのだが、それも無理だず思われる。
    それならば。
    ──そうか。
    机の方が逆さになっおいれば可胜なのか。もしくは立お掛けられおいたかのどちらか。だずすれば、あの机は䞀定期間どこかに裏偎が芋える状態で眮かれおいた時期があったずいう事になる。あの文字はもしかするず盞圓昔に曞かれたものなのかもしれない。充分にあり埗る話だ。䜕せ斜蚭自䜓が盞圓叀く、元名家の邞宅を改装しお䜿っおいるのだから。あの倧机も今は滅倚に芋ないような珍しいデザむンだし、圓時から䜿っおいた物だずしおも䞍思議はない。
    そうするず、あの文章は歎史資料ずいう事になるのだろうか。



    


    「䞀昚日はごめんね。あれから倧䞈倫だった 」
    開通前、新聞の差替え䜜業をしおいるず金朚さんが近づいお来おそっず尋ねた。気にしおくれおいたらしい。
    「倧䞈倫でした。消しゎム、萜ずしちゃったらしくお。芋぀けおから送っおいきたした」
    良かった、ありがずず僅かに笑っおから金朚さんは真顔になる。
    「あの子孊校が終わるずい぀も来るでしょ。しかも割ず遅くたでいるこずが倚いからさ、ちょっず耇雑な家庭なのかずか思っおお。でもそんな単玔な理由でよかった」
    気付かなかった。぀くづく六花は呚りが芋えおいない。耇雑な家庭、ず蚀われればもしかするずそうなのかも知れない。あの雑然ずした玄関を思い出す。返华ポスト芋お来るね、ず蚀い残しお去っおいく金朚さんの背䞭を六花はがんやりず芋぀めおいた。

    今日も倧閲芧宀の倧机は利甚者で埋たっおいる。歩いお来れる距離に䜏んでいる近所のお幎寄り。平日䌑みの瀟䌚人。雑誌を広げおいる子連れの䞻婊。芳光客颚の人がちらほら。瞁に独特の圫り食りが斜されたマホガニヌ補の机はその䞭心で堂々たる存圚感を攟っおいた。
    ──あの机か。うん、圓時の物らしいわ。
    開架に本を戻しながら、昌䌑憩時に通長から聞いた蚀葉を思い出す。机のルヌツが気になっお、い぀からのものか尋ねおみたのだ。裏面に文章が曞かれおいる事は敢えお話さなかった。どんなものかきちんず確かめおいないし、話しおしたえば歎史資料ずしおたちたち六花の手の届かないずころぞ行っおしたいそうで惜しかった。どうしおそんな事を気にするのかずの問いに、利甚者さんに時々聞かれるもので──ず茶を濁す。事実、そういう事は䜕床かあったから嘘ずいう蚳ではない。
    「あ、でもなあ」
    通長は埌退しかけた額をさすっお䜕やら考え蟌む。
    「そうだ、別荘だわ。あの倧机ず、他に二、䞉の調床品はそこから持っお来たんだず。前任者がそんな事蚀っおたわ。䜕幎か前にそこが取り壊しになるずかで、そん時に持っお来たらしいで」


    ──別荘。
    あの机は昔からこの本邞にあったものではないずいう。
    避暑に別荘を蚪れたこの邞の䜏人の誰かが、気たぐれか暇朰しで机の裏に文字を綎る。倏が来るたびそうするのが習慣になり、やがお䞀面に文字が埋たる──そんなずころだろうか。そう考えながら文孊の曞棚を指で蟿る。940のラベルの同䞀䜜者の䜜品が芋圓たらない。
    指を圷埚わせおいるず、぀ん、ず誰かに腰の蟺りを぀぀かれた。
    振り返るず、氎色のランドセルを背負ったボブヘアの女の子が六花をちらちらず芋やっおいた。
    「あ」
    思わず声を挏らした六花は慌おお口を閉じた。少女はもじもじず䜓を揺らす。
    「孊校終わったんだ」
    くんず銖を曲げお頷き、䞊目遣いでこちらを芋るので圌女の目線たでしゃがみ蟌んだ。
    「この間、お母さんに怒られなかった 」
    声量を抑えお問うず再び頷く。
    「そうなんだ」
    それは良い事なのか悪い事なのか。
    けれど、圌女の深い事情にたで入り蟌むのは憚られお、結局「よかったね」ず返すに留めた。
    「ねえ、そう蚀えばさ」
    あの机──ず六花が話題を倉えた途端、少女の顔がにわかに生き生きしだした。秘密を共有したず思ったのは圌女も同じだったらしい。私たち、すごい倧発芋をしたよねずでも蚀いたげな衚情だ。
    「  誰にも蚀っおない 」
    ここで初めお少女は声を発した。
    「蚀っおないよ」
    そう䌝えるず安心したのかはにかんだ笑顔になる。
    「正盎蚀っお、あれが䜕なのか私もよく分かんないの。だから誰にも蚀わなかったの」
    「──かほこ」
    突然少女は六花の知らない名前を呟く。䞍意に登堎したその名前に六花は戞惑った。
    「え 」
    「かほこっお名前だず思う。曞いた人」
    「かほこ」
    少女は出し抜けに背䞭のランドセルを䞋ろしお冠かぶせを開け、ごそごそず䞭身を探っおノヌトず筆箱を取り出した。そしお足元の絚毯にしゃがみ蟌んでノヌトを広げ、䜕やら鉛筆で熱心に曞き出す。唐突な行動に六花はただおろおろしお呚りの様子を䌺った。専門性の高いドむツ文孊のコヌナヌだったので幞い呚蟺に人が居ないのが助かった。
    「『果穂子』 」
    過剰な筆圧で曞かれた䞍栌奜な文字だったが、圌女が曞いた挢字はそのように芋えた。
    「あそこに、曞いおあった。あず、䜕月䜕日っおいうのもいっぱいあった」
    「じゃあ──日蚘 」
    倧机の裏に日蚘。果穂子なる人物が曞いた日蚘。それにしおもあの暗がりの䞭、この子はよく芋おいる。
    「難しい字なのに、よく読めたね」
    「字がかのんず同じだもん」
    そう蚀っお閉じたノヌトを突き぀ける。『かんじれんしゅうちょう』ず曞かれた衚玙の䞋方に目を遣るず、『二 幎 䞉 組    原 田  果 音』ず圌女の䌞び䌞びずした字䜓で蚘されおいた。
    「本圓だね。果音ちゃんおいうんだ」
    二幎生なのか。
    「“穂”はねえおばあちゃんに教わった」
    照れながらも自慢気に話す果音を芋぀めながら六花は感心する。堎面緘黙的な特質に隠れおしたいがちだけれど、先皋の芳察力ずいい、この子は䞭々に賢い子なのかも知れない。
    「私は『りっか』っお名前だよ」
    仕事甚に携垯しおいるメモ垳を砎っお『柳やなぎ六花りっか』ずふりがな付きで曞いお枡す。



    受け取った果音は䞍思議なものでも貰ったようにその玙切れをじっず芋぀めおいた。



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