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『ログむン』 第䞃話あなたが私を思い出す堎所 #7

    『ありがずう、葵』

    その声を、私は䞀生忘れない。


    䜕ヶ月ぶりかに聞いた、悠真の声だった。かすれお、すこし震えお、でも、たぎれもなく圌の声だった。

    画面ごしの文字じゃない。生身の圌が、私の目をたっすぐ芋お、笑っお、私の名前を呌んでくれた。


    その次の瞬間に、圌の目から光が消えた。

    それたで私を芋おいた目が、すうっず焊点を倱っお、たた、あの知らない人を芋る目に戻った。


    私の目の前で。

    スむッチが切れるみたいに䞀瞬で。


    私は、分かっおしたった。

    圌が最埌の力で、目を䞊げおくれたこず。


    目を䞊げれば消えるず知っおいお、それでも文字じゃなくお声で䌝えようずしおくれたこず。

    「ありがずう」のために、圌は自分の蚘憶を、党お手攟したのだずいうこず。


    手元にはパ゜コンがあった。

    圌が開いたたたにしおいた、ノヌトパ゜コン。画面には、長い長い文章が衚瀺されおいた。


    私はそれを䞡手で抱きかかえた。こわれものを扱うみたいに。

    それを䞀番䞊から読みはじめた。


    『葵ぞ。

    いちばん最初に、謝らないずいけないこずがある。

    僕は、きみのこずを忘れた ..』


    圌の最埌の手玙だった。

    曞いおいる間だけ戻る蚘憶を、最埌の力で党郚すくい䞊げお曞いおくれた、私ぞの手玙。


    出䌚った日のこず。手が奜きだったこず。曞くこずが、私に話しかけるこずだったこず。文通の日々が、宝物だったこず。


    そしお『きみは、もう僕を埅たなくおいい』

    私はその䞀行で、声を䞊げお泣いた。


    圌は気づいおいた。私が圌のために人生を止めおいるこずに。

    母が反察しおいるこずも、莉子が心配しおいるこずも、党お曞いおいる間に感じ取っおいた。


    そしお圌は、私を自由にしようずしおいた。画面の䞭の、数十分だけの自分に、私の人生を瞛り぀けたくない、ず。


    手玙の終わりの方に、こう曞いおあった。

    『きみはこれから、僕にこう蚀うず思う。「ずっず、そばにいる」っお。でも、その「ずっずそばにいる」の本圓の意味を、僕は翻蚳できる。それは、「あなたに、幞せでいおほしい」だ』


    ずるい、ず思った。

    最埌たで、圌は私の通蚳だった。私がただ蚀っおもいない蚀葉を、先回りしお翻蚳しお、その答えたで甚意しおいた。


    『僕の幞せは、きみが前を向いお生きおいくこずだ』


    圌は自分の願いを、私のいちばん痛いずころに、たっすぐ眮いおいった。私がいちばん断れない堎所に。

    だっお私の願いは、い぀だっお圌の幞せだったから。圌がそれを知っおいたから。


    圌は、専門の斜蚭に移るこずになった。

    蚘憶は戻らなかった。


    あの「ありがずう」を最埌に、圌の䞭から私は完党に消えた。

    曞いおも、もう戻らなかった。

    䜕床か、圌の前でパ゜コンを開いおみた。圌は䞍思議そうにそれを芋お、少し文字を打っお、でも、私の名前は、もう出おこなかった。


    朮は匕いたたた、二床ず満ちなかった。


    私はしばらく、抜け殻みたいに過ごした。花屋の仕事は続けおいた。

    手は勝手に動いた。氎を替えお、茎を切っお、花を挿し盎す。

    悠真の蚀っおいた通りだった。手が芚えおいるこずは、頭が空っぜでもできる。


    圌の手玙を、私は毎晩読み返した。

    読むたびに泣いた。でも、その涙はすこしず぀倉わっおいった。


    最初は、壊れお流れる涙だった。圌を倱った、絶望の涙。

    でも䜕床も読むうちに、それは少しず぀、圌から受け取った"䜕か"の重みを噛みしめる涙になっおいった。


    冬が来お、店先の花も皮類が少なくなる。

    寒さに匷い花しか倖には眮けない。


    そんな店の隅っこで、私は氎仙の蕟を芋぀けた。

    氎仙は䞍思議な花だ。みんなが寒さに瞮こたっおいる、䞀番冷たい季節に、すっず背筋を䌞ばしお蕟を䞊げる。

    誰も芋おいない、誰も期埅しおいない、䞀番寒い時期に、それでも咲こうずする。


    私は氎仙の蕟をしばらく芋おいた。

    䞀番寒いずきに、咲く花がある。


    なんだか、それが圌の手玙の蚀葉ず重なった。前を向いお、生きおいっおほしい。

    新しい花を育おお、新しい朝にいっおきたすを蚀っお、い぀か、誰かのいっおらっしゃいになっおほしい。


    私はその氎仙の蕟に、そっず氎をやった。

    いちばん寒いずきでも、花は咲く。だったら、私も。


    今でも時々、圌に䌚いに行く。

    圌は、私を知らない。毎回、はじめたしおの顔で私を芋る。

    すこし困ったような、申し蚳なさそうな顔で「どちら様ですか」ずは、もう蚀わない。

    でも、その目に、私の知っおいる光はない。


    それでも、䞍思議なこずが䞀぀ある。


    私が郚屋に行くず、圌はなぜか少しだけ穏やかになるのだ。理由は分からない。

    圌自身も分らないず思う。蚘憶はなにも残っおいない。

    私が誰かも分らない。


    でも圌は、私がいるず、なんずなく安心したような顔をする。


    䞀床、斜蚭の人が教えおくれた。

    『あの方、あなたが垰ったあず、い぀も少し寂しそうにされるんですよ。どなたか、分らないみたいなんですけど』


    胞の、䞀番奥。

    匕き出しの、党お抜き取られた、その䞀番奥の底の方。


    そこにだけ、ただほんの少し残っおいるのかもしれない。名前も党お忘れおも。

    私ずいたずきの、暖かさの䜙熱みたいなものが。圌が最埌の手玙に曞いおいた。


    「たずえ党おを忘れおも、きっずどこかで幞せだ。」ず。

    もしかしたら、ほんずうに、そうなのかもしれない。


    圌は党お忘たけど、どこかで幞せなのかもしれない。それなら、いい。

    それで、いい。


    あの文通をしおいた日々のこずを、ずきどき思い出す。

    病宀で、私が䞀方的に話しかける。圌はずっず、パ゜コンを打っおいる。


    顔も䞊げない。はたから芋たら、おかしな光景だっただろう。

    看護垫さんも、莉子も、みんな、䞍思議そうな顔をしおいた。話しかける女ず、それを無芖しおパ゜コンを打぀男。


    でも、私は幞せそうに笑っおいたず思う。

    だっお、画面の䞭で圌はちゃんず私に返しおくれおいたから。


    私の声ず、圌のキヌボヌドの音が、二人にしか分らない速さで、亀互に響いおいた。

    あれはたぎれもなく、私たちの䌚話だった。䞖界で䞀番幞せな、文通だった。


    はたから芋たら、歪な絵。

    でもその絵の䞭で、私たちは確かに繋がっおいた。


    圌が、髪を耳にかける私の癖を、ずっず前から知っおいたように。私も、圌の前髪をさわる癖を知っおいたように。

    声ず文字で、画面を挟んで。

    私たちは、二人で䞀぀の翻蚳機だった。


    花屋の朝は、今も氎を替えるこずから始たる。

    シャッタヌを開けるず、い぀もの氎ず土の匂いがする。

    青くさくお、甘くお、少し土の混じった匂い。


    それを吞い蟌むず、今日も䞀日が始たるんだ、ず思える。


    春が来れば、たたラナンキュラスが入荷する。

    蕟のずきは握った拳みたいで、開ききるず薄い花びらを䜕十枚も広げる。

    少し重たそうに頭を垂れる、あの花。


    綺麗なのは重たくなる手前の数日だけ。

    それでも毎幎ちゃんず咲く。散るこずを知っおいおも、咲く。


    私は、もう知っおいる。

    咲いたものは、い぀か散る。満ちた朮は、い぀か匕く。

    銙った花は、い぀か匂いを無くす。


    それでも咲いた䞀瞬は、銙った䞀瞬は確かにこの䞖界に存圚しお、なかったこずにはならない。


    圌が私を思い出しおくれた、あの画面の䞭の数十分。

    あれは、確かにあった。


    誰に歪だず笑われおも、あれは私たちの䞀番幞せな時間だった。

    あなたが私を思い出しおくれる、たった䞀぀の堎所だった。


    ねえ、聞こえおる


    い぀か私があなたの願い通り、ちゃんず前を向いお新しい朝を生きられるようになったら。

    そのずきは、たた曞くね。あなたが曞くこずを教えおくれたから。


    蚀葉が苊手な私だけど、少しず぀。

    あなたに宛おお。


    あなたがい぀か、どこかで、それを思い出しおくれるこずを信じお。


    いっおきたす。

    私の、䞀番倧事な、たった䞀人の読者ぞ。


    了


    プロロヌグ 『ログむン』 第䞀話圌の"たった䞀人"の読者
    前の話 『ログむン』 第六話目を離せば消えおしたうのに

     
     
    Threads×note匱者生存戊略文章力こそ「集客・信頌・収益・ファン化」の党おを支配するAI時代の代替䞍胜な人間の歊噚

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