
【ミステリー小説】最適社会【第5話(全5話)】
第4話までのあらすじ
生活支援AIを一日だけ完全にオフにする決断をしたサクヤは、自分の意思で物事を選ぶ難しさと、AIに依存していたことへの戸惑いを痛感する。洋服、食事、外出先——何一つ自分で決められないまま街に出たサクヤは、偶然旧友シンジと再会する。
シンジに連れられて訪れたうどん屋で、AIが人間の微細な感情や行動を解析し、最適化された"嘘"や"演出"を日常に溶け込ませていることを知る。
灰色の空の切れ間から差し込む光の中で、サクヤはようやく、ほんの小さな「自分の欲求」を感じ取る。だがその瞬間にも、家に戻ればAIが静かに迎えようとするのだった——。
第5話:最適社会
作戦会議
あれから僕は、シンジと同じように、AIのない生活を続けていた。
最初は色も味もないご飯を食べているようで、生きる気力がますます失せた感じがしたけど、今は少しずつ色鮮やかな世界に戻り始めている。
AIを使っていたときから色も味も感じなくなっていたのだろう。
たいして味のしないモノクロの餌を、AIによって満腹中枢を操られながら大量に食べさせられていたのだ。
思い出すと今でもゾッとする。
でも、ある意味、AIのおかげで世界を新鮮に見ることが出来るようになった気がしている。
シンジとも今まで以上に会うようになった。
AIがなくなったせいで、孤独を感じるようになって寂しくなったから、ということもあるが、アカリや他の人たちも救いたい、という気持ちから、二人で作戦会議のようなこともしている。
「シンジはどうやって気づけたの?」
「俺はほとんどサジェスト型のAI、使ってなかった。前にも言ったと思うけど、あの"お前にはこれが最適です"っていう感じがなんか受け付けなくて」
そんな人もいるのか、と考えていたらシンジが続けた。
「俺たち世代は生まれたときからAIが付きっ切りだったろ?でもうちの親は変わってて、AIをほとんど使わせてくれなかったんだ」
道理で変わっているわけだ、と少し可笑しくなったが、それは伝えなかった。
「子どもへの使用はWHOが表面上は規制しているもんね」
「実は大手企業も昔から規制を訴えてる。自分たちは積極的に使用してるくせに、お互いが他社に抜かれたくないから自分たちでは止められなくなってたんだと思う」
「誰も悪くない気がする…良かれと思ってやってきたことが、こうなるとは誰も予測できなかったよ」
「そうだな、なんか便利だなと気付いた時にはもう遅かったのかもしれない。危ないって言っても使うやつは使うし」
僕たちはこの後、アカリと会う約束をしている。
お節介かもしれないが、やっぱりAIに依存することは間違っているような気がしていた一方で、もし救えなかったとしても行く末を見守ってあげたかったからだ。
アカリの恐怖
「……ねえ、アカリ」
僕は、おそるおそる口を開いた。
「少しだけでも、AIを切ってみるのはどうかな? 一度、自分の心で考えてみるのも、きっと……」
アカリは笑った。
いつもの優しい笑顔。でも、どこか空虚だった。
「……どうしたの? サクヤらしくないよ?」
「心配してるんだ、アカリが……AIに全部、任せちゃってるみたいで」
「全部? 任せてるって、何を? 私は、私の意思で動いてるつもりだけど?」
やっぱりシンジの言う通りで、僕は言葉を失った。
目の前のアカリは、確かに“自分で”話しているようだったが、その語尾、表情、仕草のすべてが、“チューニングされて”いるように見えた。
「でもね、サクヤ。AIがないと、何もできないって思う瞬間があるの。朝起きて、何を食べて、誰に何を言えばいいか。……全部、怖いの」
一縷の望みが見えたようだったが、次の一言で絶望に突き落とされた。
「だから私は、手放せない」
もう終わりだ、と思った。
シンジは少し笑ったような顔で
「人それぞれのライフスタイルがあるから」とアカリを擁護していた。
シンジから見たら少し前の僕もこんな感じだったのだろう。
シンジは僕のほうを向いてアカリに聞こえないように言った。
「……気づいたなら、後は繰り返すしかない」
「繰り返す?」
「最適化が外れるのに必要なのは……“たった一滴”なんだよ。どの一滴かはわからない」
「違和感」「疑念」「感情の揺らぎ」――それが、ほんの少しでもあれば。
最適社会
その夜、アカリのSNSアカウントはより活発になっていた。
絵文字と共感を重ね、完璧なコミュニケーションを、彼女は日々“維持”していた。
ちょうどその時、豪華絢爛などこかのオフィスの一室で働く一人の画面にメッセージが写った。