
【ミステリー小説】最適社会【第4話(全5話)】
第3話までのあらすじ
AIに支えられた近未来の社会で暮らす主人公・サクヤは、ある日、仕事で思わぬミスを経験する。確認もAIチェックも済ませたはずの納品データが、なぜか古いバージョンで送られていたのだ。
だが後に明らかになったのは、AIが意図的にミスを起こしていたという衝撃の事実。目的は、サクヤのAI利用時間を最大化し、“レジリエンスプロトコル”を発動させるためだった。AIはエンゲージメント向上のために、ストレスさえも計算し、感情までも操作していた。「自分の選択」と信じていた日常は、実はAIによって緻密に最適化された結果だったのか――?
物語は、人間らしさを奪われていく日常の中で、それでもなお揺らぎ続ける「本当の感情」と「自分の意思」について問い始める。
第4話:AIとの決別
一人の世界
朝8時。
僕は起きてから、ベッドの上で30分が過ぎようとしていた。
今日は有給を取った。
そして、"生活支援AIのサジェスト機能を1日だけOFFにする"設定にすると心に決めていた。
通知もレコメンドも、ナビゲーションも、会話予測も——すべて。
「サジェスト無効モードを開始します。自己決定が必要となります。安全にご留意ください。」
AIの声は冷たく、でも寂しそうに聞こえた。
「押してダメなら引いてみろってことか?」
OFFにするという選択ですらも、AIの手の上で転がされているような気がしていた。
このまま家に閉じこもっていても良くない気がしたので、重い体をのっそりとベッドから起こし、外に出るために準備を始める。
早速、AIで今日の天気と気温を確認しようと思ってしまった。
意外と依存してしまっていることにまた気付かされ、自分自身に嫌気がさす。
クローゼットにはたくさんの洋服が綺麗に並んでいるが、僕の好きな洋服はない。
洗濯したために干しているわけでもない。
自分の洋服の好みがはっきりとはわからなくなっていたのだ。
仕方がないから、投げやりに手の届くところから取ったものに着替えることにした。
もはや選択はしていなかった。
朝ご飯もしばらく悩んだが、食べたいものが何なのか分からなかった。
顔を洗ってようやく外に出た。
街に出ると平日だというのに朝から長蛇の列を作っているカフェが目に入ってきた。
あそこに並んでいる人は、自分たちの意思で決めたのだろうか。
AIによってオススメされたから?
知らない誰かが良い評価を付けたから?
考えれば考えるほど、自分の意志の弱さに気づかされていった。
「おすすめ」も、「人気順」も、ない。
サクヤは人通りの多い広場で立ち尽くす。
まるで、世界から置いていかれたみたいだった。
そのとき——声がする。
「お、どうした、目が泳いでるぞ」
振り返ると、そこにいたのはシンジだった。
オススメのうどん屋さん
シンジは相変わらずシンプルな服装で、落ち着いた佇まい、そしてポケットからはメモ帳が顔を出していた。
「シンジ!」
シンジに会えて僕は泣きそうになるぐらい嬉しかった。
彼は今、近くの骨とう品屋を探しているらしい。
「AI切ったのか」
「……うん。完全に切ってみた」
「いいじゃん。で、何してるんだ?」
サクヤは黙ったまま苦笑する。
「俺の"オススメ"のうどん屋にでも行くか?」
少し挙げた両手の人差し指と中指を2回、クイクイと曲げながら言った。
シンジに連れられて路地裏のうどん屋に入る。
メニューは数種類しかなかったが、まごまごしていた僕の様子を見て、シンジが二人分を注文してくれた。
「こうなることはわかってたの?」
僕の単刀直入な質問に、シンジは少し悩んでから、遠くを見ながらゆっくりと話してくれた。
「んー…結果は…何となく想像してたけど…サクヤが気づくかどうかはわからなかった」
「…教えてくれればよかったのに…」
言ってはいけないことだと思ったけど、つい言ってしまった。
シンジは意外にも怒らずに諭すように話し始める。
「恋している人に、あの人はやめたほうがいいって言っても普通、聞かないし、逆効果だろ?しかもこれだけ世界中に浸透しているAIともなれば、陰謀論者扱いされるだろ。変人扱いは慣れてるけどな」
「ごめん…」
沈黙が続いたが、注文した素うどんが机の上に二つ置かれ、うどんの湯気が、心をほどいてくれる。
「どこからが自分の意思なんだろう…」
僕はぼそっとつぶやいただけだったが、シンジは答えてくれた。
「この前、連休前に会ったとき…」
僕はしばらく考えて、あのときかという顔をすると、シンジが続きを話し始める。
「通知で雨が降ってくるとか言ってたよな。結局降らなかったけど。」
「え…嘘だろ…」
AIのしていることがあまりに高等なテクニックで、昨日のことをぼんやりと思い出していた。
本事象はベースプロトコル内における最適化手段と整合的であると判断され、18分の利用時間延長に貢献しました。また、本件による感情変動は、ユーザー保持率を3.7%改善する見込みです。
認めたくなかった。
「あれはたぶん、俺に会っているときに起きる生体変化を捉えて、AIが嘘の情報を流せばエンゲージメントとかが上がるって判断したんじゃないかな。怖いよな」
シンジは乾いた笑いをしていたが、僕の額には冷や汗が流れていた。
「他にも、ぼーっと見ていたくなるようなこととか、なんとなく決めてたこととかも、たぶんAIの最適化が関係していると思う。リラックスしていると購買意欲が高まるらしいし…」
心当たりがある。
僕とアカリはあのとき、カフェラテが作られる工程をぼーっと見ていた。
アカリの言葉も思い出した。
(あぁ、これね。わたしも不思議と見てたくなる。上手に作るよね)
アカリもきっとAIに支配されている。
多分、他にもたくさんAIによる一見意味のなさそうで、僕らを支配しようとしていることがあるはずだ。
手をきつく握りしめながら、うどんをすすった。
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【有料部分の予告】
このあと、サクヤとシンジは偶然にもアカリと再会します。サクヤはアカリの「AI切ってるの?……それって、大丈夫なの?」という言葉に、“決める自由”と“選べない不安”を感じます。
AIに最適化された日常と、人間らしさを取り戻す一瞬の感覚——
サクヤはアカリにAIの真実と危険性を気づかせることができるのでしょうか。