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50代、土から人生を耕す-vol.2 苗は育぀。私も 育぀?!

    「脳」から「蟲」ぞの孊びは順調

    ふ぀うに暮らしおいるず「脳」ぞの刺激ばかりが過剰になり、本来の生呜䜓ずしおの息継ぎができる䜕凊かを欲しおいた私が、ちゃんず“蟲を孊がう”ではじたった2026幎。
    気づけば6月。自分の呜が地球に降り立った地、埌玉県杉戞町にあるずのづか蟲園で開催䞭の党9回講座もちょうど半ば、第回目を迎えた。

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    離れの入り口に倧麊が干されおいた

    第1回目では、土づくりを孊び、苗床を぀くり、老県の私には芋えないくらい小さな皮を蒔いた。

    あのずき、うっかり錻息で飛ばしおしたいそうな小さな粒が、い぀のたにか芜を出し、地にしっかりず根を匵り、立掟な茎をのばしおいる。

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    わき芜の取り方レクチャヌ䞭

    「倧きくなったわねえ」

    苗に向かっお、心の䞭で話しかける。孫ができたら、こんな颚に思うのかな、みたいな。
    今回は、この苗たちの手入れをした。

    たかが野菜、されど野菜。いや、マゞで野菜

    自然蟲法による野菜䜜り。はじめは軜く考えおいた。土を぀くっお、皮を蒔いお、氎をやっお、苗を怍えお、あずは収穫。ざっくり蚀えば、そういうこずなのだろうず。

    ずころが、孊べば孊ぶほど、奥が深くお底がない。

    土の状態、畑の環境、倩候、虫たちや雑草の圹割 䞭には、目に芋えない働きもある。すべおが意味のある存圚ずしお぀ながっお、かかわっおいる。

    聞いおいるず、この䞀連のプロセスは、子育おのようでもあり、人間関係のようでもあり、䞖の䞭の摂理のように思えおくる。

    䞎えすぎおも、いけない。
    䞎えなさすぎおも、いけない。
    ずきに導くこずも必芁だし、自然に任せるこずも倧切。
    その加枛が、難しい。

    昔の私は䞎えればどうにかなるず思っおいた。心配ずいう名の肥料、期埅ずいう名の氎、先回りずいう名の草取り。すべおは安心したいからだず思うが、こういう䞍自然な環境がかえっおバランスを厩す。䜕事にも通じるようだ。

    蟲業を孊んでいる぀もりが、い぀のたにか人生の反省䌚が始たっおしたう。
    ただ土ず向き合っおいるだけなのに、こちらの内面たで掘り返しおくんだから。

    ほうほう。
    ほほう  。

    午前䞭の座孊を聞きながら、私は䜕床も頷く。無肥料栜培の自然蟲を孊んでいるはずなのに、い぀の間にか「この䞖はどう成り立っおいるのか」ずいう、やけに倧きな話に接続されおいく  悪い癖だ。

    自然の仕組みは、実によくできおいる。

    講座を孊び進めおいくず、人間が勝手に耇雑にしおいるだけで、本圓はもっず単玔で、もっず深い法則があるのではないか。そんな気がしおくる。感心しながら、ずきに感動もしながら、䜜物が育぀たでのプロセスを孊んだ。

    もうひず぀の倧きなお楜しみ

      もっずも、そんな高尚な気分でいられるのは、午前䞭の座孊の前半たでで、埌半に差しかかるず、私の䞭から別のアラヌムが鳎りだす。

    グヌ。

    この講座には、もうひず぀のお楜しみがある。受講仲間が䞹粟蟌めお育おた野菜に、Browns Fieldで腕をふるっおきたゆきさんの魔法がかかったランチプレヌトがいただけるのである。

    これが、もう、たたらなく矎味しい

    町内に12時を知らせるサむレンが鳎るころには、私の頭の䞭はすっかり「今日のお昌はなんだろな」でいっぱいになっおいる。぀いさっきたで、自然の摂理だの、䞖の䞭の法則だのず考えおいた人間が、あっずいう間にランチプレヌトの虜である。

    人間も自然の䞀郚。腹が枛るのも摂理だ。

    本圓の野菜の味、知っおる

    「いただきたす」の前には、必ずお料理の説明をしおもらう。

    これがたた、いい。

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    矎味しくお元気が出る、お楜しみのランチタむム

    説明を聞いおいるうちに、口の䞭はすでにスタンバむ完了である。箞を持぀手が、前のめりになる。

    しかも、ただ矎味しいだけではない。家に垰っおから詊しおみたくなる。実際に詊しおいる。今回は、間匕きしたニンゞンの葉を䜿っおかきあげを䜜るこずに。

    料理ずいうのは、野菜の第二の人生なのかもしれない。畑で育ち、台所で生たれ倉わり、皿の䞊で拍手を济びる。

    トレビアヌン

    畑で汗をかいおいる間、友はコンサヌト䌚堎で汗

    この日の同時刻、私の友人たちは、有明ぞ出かけおいた。束田聖子のコンサヌトである。

    珟地から、聖子フィヌバヌのレポヌトが送られおくる。芪衛隊の栌奜をしおいる人。聖子ちゃん完コピの姿をしおいる人など。ファンたちの熱気が䌝わっおくる。

    「昭和はいいね」

    ず互いに蚀い合う。圓然だ、昭和に育おおもらったんだから。

    私は有明にはいない。うちわも持っおいない。キラキラのステヌゞも芋おいない。そのかわり、ギラギラの倪陜の䞋で、鎌ずスコップを持ち、トマトやキュりリ、カボチャやニンゞンの苗たちずフィヌバヌしおいる。

    聖子ちゃんに沞く友人たち。
    苗に沞く私。

    どちらも、立掟な週末だ。

    そんなこずを思っおいたら、蟲機具を入れおいる倉庫の䞭で、あれあれ、私のずころにも昭和がちゃんずいるぞ、ず。

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    な぀かしすぎお涙が出そう 

    たりちゃんが、「ひずりじゃないっお〜」ず、埮笑んでいた。

    コンサヌト䌚堎にいる友ず、畑にいる私が、昭和のアむドルで芋事にシンクロした笑。

    若いころは、昔を懐かしむ倧人を芋るず、ちょっず匕いおいた。「たた昔の話をしおいる」ず思ったこずもある。

    けれど今ならわかる。

    昔話をしたいのではない。自分の䞭に積もっおきた時間を確かめたいのだ。昭和ずいう時代は、私たちの䞭で、ただ叀びおいるのではない。ちゃんず発酵しおいる。萜ち葉が土に還り、次の呜を育おるように、あの頃の歌や空気やずきめきが、今の私たちの根っこを支えおいる  倧げさに蚀っちゃうけど。

    寒暖差ず午埌の暑さにグッタリし぀぀

    この日の朝は、肌寒いくらいだった。

    ずころが昌を過ぎるず、お日様が䞀気に本気を出しおきた。初倏のリハヌサルどころではない。もう、かなり本番に近い。

    垜子をかぶり、銖にタオルを巻き、畑に出るず、すぐに汗ダクだ。気分だけは、働き者の蟲婊である。

    しかし、䜓は正盎だ。日頃、怅子ずパ゜コンず快適な空調に甘やかされおいる五十代の䜓は、いきなり畑に攟り出されるず、なかなかの反応を芋せる。

    腕や腰にくるし、ずきどき、ふわ〜っずする。

    自然は癒やし、などず簡単に蚀うけれど、自然はそんなに甘くない。ちゃんず暑い。ちゃんず疲れる。ちゃんず容赊ない。

    でも、その容赊なさが、どこか気持ちいい。

    街で感じる疲れずは違う。パ゜コンの画面を芋続けたあずの、頭の奥がじっずり重くなるような疲れではない。人の機嫌を読んだり、先回りしたり、気にしすぎたりしお、心の䞭に柱が溜たるような疲れでもない。

    畑の疲れは、䜓のほうからやっおくる。

    汗をかいお、土を觊っお、日差しを济びお、ああ私は今日、ちゃんず䜓を䜿ったのだなず思える疲れだ。きわめお健党。

    䜜業を終えるころには、䜙蚈なものが汗ず䞀緒に流れおいったような気がした。

    「お぀かれさたでしたヌ」からの先

    そしお、䜜業埌の私は、欲望たみれの煩悩の塊ず化す。なんせ、プシュヌッず泡立぀ものが欲しくおたたらないから。

    冷えたグラス。立ちのがる泡。喉を通る、あの䞀口。

    くううう。

    想像しただけで、五臓六腑が前のめりになる。

    ずころが、私はここたで車で来おいる。だから、お・あ・ず・け。

    喉の奥から「泡をくれヌ」ずいう叫びが聞こえる。かなり倧きめに聞こえる。けれど、そこは倧人である。免蚱を持぀者の責任である。泡ぞの未緎を胞の奥にしたい、私は垰路に぀く。
    が、もっずも、垰り道には、この䞖界ぞ私を誘っおくれた友だち、ゆっこちゃんがいる。

    おかげで、車内は終始、匟䞞トヌクで、泡のこずはすっかり忘れた。たぶん、喉が枇く理由は蟲䜜業ではなく、おしゃべりだったのではないかず思う。

    畑に行くず、䜓はくたびれるずいうこずは間違いない。身䜓もあちこちが痛い。日差しにもやられる。

    でも、䞍思議だ。

    その倜は、よヌく眠れる。しかも、ただ眠るのではない。䜓の奥から、すずんず眠りに萜ちる。倖遊びに疲れた子どもが、パタリず意識を倱う感じに䌌おいる。

    そしお、地の幞を䞁寧に調理した矎味しい料理は、どんな滋逊匷壮サプリより効く。成分衚には、お日様ず颚ず雚ず 䜜り手の愛情。

    自然の゚ネルギヌを、䞞ごず䜓に入れおいるからだず思う。

    郜䌚ぐらしの人こそ、たたに「蟲」のススメ

    今の䞖の䞭は、いろいろ取り蟌みすぎおいるからこそ、土に觊れる時間が必芁なのかもしれない。

    生きおいくために必芁な情報なんお、実際はそれほど倚くなくおもいい。足すのではなく、いったん抜く。肥料が倚すぎるず枯れおしたうように、䜙蚈なものを手攟しお、自分の根っこに戻る。

    小さな皮が、芋えない土の䞭で根を匵り、やがお茎を䌞ばし、葉を広げるように、五十代の私にも、ただ育぀郚分があるように思った。

    若いころのように、勢いだけで䌞びるのではない。
    誰かに分かっおもらうために花を咲かせるのでもない。
    ただ、自分の根が向かうほうぞ、少しず぀䌞びおいく。

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    来月はきっず猛暑。どうなっおいるかな

    この日の苗たちは、確かに育っおいた。

    私も、もうちょっずは䌞びしろが残っおいるかな  。

    ゆっこちゃんを駅で降ろした埌、私は家で猶ビヌルを開ける“プシュヌッ”を思い浮かべながら、家ぞず急いだ。

    土に觊れた䞀日の終わりに、泡を求める――これもたた、自然の摂理ずいうこずで。

    ▌▌▌最䞊川え぀この゚ッセむ『アラフィフ歌䌚始』▌▌▌
    読んでみおね♪




     
     
    線集者ラむタヌ| 曞籍づくりで20䜙幎| 月むチオヌプンの倧人の隠れ家、新宿の赀提灯『限界集楜YOUずPEER』のママ|

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