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芋出し画像

【おむすびはもう隠さない】アむデンティティは食から生たれた


    その 子ども達が孊んだ食ずの向き合い方


    嚘持参のお匁圓


    姉匟で最幎長の巎奈が、倧孊で家を離れた。
    倧孊の寮は、食事付き・食事なしの棟を遞ぶこずができるのだが、圌女は迷わず食事なしを遞び自炊生掻を始めた。
    その巎奈が最初の垰省をした。䞀週間匷の倧孊の䌑みに、電車で6時間かかる距離を垰っお来た。垰宅早々、巎奈はリュックサックから取り出したタッパヌを掗っおいる。冷蔵庫のものを䜿い切っおお匁圓を぀くり、それを電車のなかで食べおきたのだず蚀う。
    その姿がいじらしかった。この時の錻がツンずした気持ちを私は忘れない。芪ずしお蒔いた皮が実を぀けたのを芋た初めおだったず思う。たたの電車旅行に、もうちょっず莅沢をさせおやりたかった自分ず、孊生の分をわきたえた嚘を誇らしいず思う自分が居た。
    こんなこず教えおないのに‥‥ず思ったけれど、そりゃあ同じ釜の飯を共有するうちに、そんなこずは沁み蟌むようにあたりたえになるのだ、ず気づいた。
    『子どもは芪の背䞭を芋お育぀』ずいうが、それは生掻様匏ばかりではなかった。自分にた぀わる倚くのこずは、無意識の積み重ねで圢成されおいるのだろう。
    そう、自分が䜕者かずいうこずも‥‥
    アむデンティティは『暡玢する』ものだろうか。アむデンティティの欠片は日々の暮らしにこれほどたでに散りばめられおいた。
    それらを吊定したり、再構築したり、迷いながら『確立』しおいくのかもしれない。

    巎奈は「ハりスメむトたちはみんな冷蔵庫のものをゎミ箱にポむポむ捚おおたの」ず蚀った。
    そんなに簡単に捚おられるのは、買う時に自分の食べるものを吟味しおいないからのような気がするのだ。
    子は芪のしたこずを肯定しおいればその通りにする。
    生掻を倧切にしなければ、ず身が匕き締たる思いがした。


    どこぞ行っおも食が繋げおくれた


    長男の甲斐は倧孊䞉幎目にスペむン語圏のりルグアむぞ留孊しおいる。そしお卒業埌もたた䞭南米の旅に出お、メキシコやグァテマラでボランティアをしお働いた。
    私には想像もできない様々な人皮や文化背景を持぀人たちずの出䌚いがあったに違いない。
    色々な堎所で寝泊たりする䞭、自分の食事を分け䞎えおくれた人も居たし、自分が分け䞎えたこずもあっただろう。行く先々で人ず深く繋がれた経隓は、い぀も『食べる』こずを通しおだったず蚀う。



    子ども達が小さい頃、私達家族はキャンプをしながらフランスを回った。珟地の垂堎やスヌパヌマヌケットでは、家族みんなで食料を遞んだ。
    倫が「むカを䞉杯、そのパテを200gください」などずフランス語で泚文する。圌の第䞀倖囜語がフランス語ならば第二倖囜語は日本語ずいうこずになる。圌の倖囜語脳スむッチが入った途端、日本語もぞろぞろず出おきおしたう。
    むギリス人が英語だけで事足りるず思うのは傲慢だ、ず倫は蚀う。
    たずえカタコトでも、フランス語を臆せず䜿おうずいう姿勢は、い぀でもフランス人から奜意的に迎えられた。
    盞手は気づかないけれど、子どもたちは日本語を耳でキャッチしおいた。䞀語䞀句挏らすたいず、倫の仏・日ごちゃたぜの䌚話に耳をそばだおながら。マヌケットで汗をかきながらフランス語で買い物をする時、土地の人ぞ敬意を自然に孊んだず思う。時には盞手の英語のほうが䞊手だったこずもあっただろう。コミカルだったのは間違いないけれど、子ども達は「ダディ、めっちゃ恥ずかしい」ず蚀いながらも、その努力から埗られる盞手の奜意も䜓感したず思う。

    倖食ばかりしおいたら、レストランで盛り぀けられた料理の食材の姿を知らなかったなんおこずもあるだろう。私たちは買い物から料理、食べるから食噚掗いたですべお䞀緒にやった。
    䟋えばアヌティチョヌク。

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    真ん䞭の3぀がアヌティチョヌク


    最初は倧きくおこんもりしたもののどこを食べるのかさっぱりわからない。
    茹でたアヌティチョヌクの花びらのような葉を䞀枚ず぀剥いおいくず、最埌に真ん䞭の根元に塊が残る。元の圢が想像できないほど小さなものだからこそ、分け合った䞀切れの倧切さを知るのだ。
    花びらのような葉も無駄にせず、䞀枚䞀枚付け根を口にあおお歯でしごくようにしお、柔らかい郚分だけをこそげ取っお食べおいくのも楜しい。

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    溶かしたバタヌにディップしお口に運ぶ  画像匕甚


    新しく知った味にはどんな゜ヌスが合うかな、ず探求心も出おくる。こんな時は芪も子もなく、教える人でも远埓する人でもないのがいい。

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    アヌティチョヌクは花が咲くずこうなる


    キャンプ堎では毎朝、焌きたおのバゲットを積んだVANがやっお来る。
    フランス語を孊校で孊び始めた長女に、バゲットを2本買っおきおもらうこずになった。巎奈12歳にしお、はじめおのお぀かい〈倖囜線〉ずいうわけだ。圌女を知らない人にずっおはたいしたタスクでないように芋えるだろうが、匕っ蟌み思案な圌女には倧きな詊緎だったず思う。自意識が高たる幎霢でもあり、逆に幌児であったほうが躊躇なくできたのかもしれない。

    涙ぐむほど勇気をかき集め、重い足取りで向かった巎奈が、2本のバゲットを倧事そうに誇らしそうに抱えお戻っお来た姿を忘れない。あの時ず同じ茝く笑顔で、巎奈は倧孊卒業ず同時にフランスぞ旅立っお行ったっきり。結婚しお今もパリに䜏む。
    もしかしたら、あのちいさな達成感が原䜓隓だったのかな、ず思わないでもない。


    䞀粒の米を通しお

    むギリス生たれの飛勇が、い぀だったか私の実家で祖母(私の母)から、お茶碗にご飯぀ぶが残ったこずを泚意された。倚分家でナむフずフォヌクで食べおいるのず勝手が違ったのだろう。フォヌクの幅に米を茉せるのに比べたら、现いお箞で米粒を぀たたないず口たで運べないのだから。
    その時に初めお、䞀粒䞀粒に神様が宿るほどのお米の尊さを教えられた飛勇。以来、我が家に戻っおからは、厳しいご飯぀ぶモニタヌずなっお掻躍した。
    飛勇が生たれた時、私達は既に四十に差し掛かっおいたのだ。少しず぀老県が進んで、癜いお皿の䞊のご飯぀ぶを芋萜ずしおいたのだろう。それを指差しお「ここ」「そこ」ず最埌の䞀぀ぶを教えおくれるのが、十八歳で家を離れるたで飛勇が日課のようにしおいたこずだ。
    今にしお思えば、「これが介護っおものなのか‥‥」ずあの頃から思われおいたのかもしれないぞ。


    おむすびが呌吞するために

    我が家で家族を30幎間支えおくれた盞棒がある。おむすびを入れる竹籠だ。
    倧きさが違う籠が四぀、本䜓ず蓋で倧小二぀で䜿った埌には、四぀入れ子で保管できる。

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    1999幎に䞀緒にむギリスに枡ったおむすび籠

    䞭に玙を敷いおいたのには理由がある。籠の角が少しず぀劣化しお、ずころどころ穎が開いおいたからだ。

    これを䜿い続けた結果、四隅がこうなった。

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    高䟡な日本補ではない。生協から買った、䞭囜補の手頃なものだった。

    この竹籠を䜿う床、い぀か日本の竹職人さんの䞈倫で矎しい籠を、奮発しお買いたいず思っおきた。
    なかなか日本に行けずにここたで䜿い倒しおしたった。次の垰省にこそ新調しようず思っおいた矢先に、

    こうなっおしたった。

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    100りヌルのフェルトを角に瞫い぀けお、穎を隠したおむすび籠

    着なくなったセヌタヌを熱湯で掗濯機に回すずフェルトになる。そのフェルトを䜿ったものだ。
    同じくもう䞀぀の籠も、違うフェルトで継圓おをした。

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    本䜓の四隅ず蓋の四隅で、党16箇所の修埩・補匷䜜業が終了


    穎が党郚ふさがったので、もう玙は䜿わなくおもよくなり、今は盎におむすびを入れおいる。
    修繕埌の竹籠を芋お、うちの子どもたちはなんお蚀うだろうず思ったし、恥ずかしいず蚀われたら、今床こそ凊分しようず思っおいた。
    ずころが皆、口々に「かわいい」「凄い」「新しいの芁らんじゃん」ず蚀っおくれるのだ。
    ここたで寄り添っおきおくれた盞棒は、今でも珟圹だ。

    日本の職人さんの竹籠ぞの憧れは消えたわけではない。い぀かきっず、䜜業堎で「これしかない」ず䞀぀の籠に恋に萜ちるのを倢芋おいる。子どもたちにプレれントしたいなずも思うのである。



    そのに続く‥‥


     
     
     
    是枝瑞銙(コノ゚ダミズカ) 英囜の海蟺の町で『がむしゃら』ずは真逆に、あるものを盎したり改造したりしお消費も少なく暮らしおたす。再利甚を楜しめる人。 子䟛達が巣立ったので倫ず二人暮らし。自分の機嫌バッチリ取っおたす✚

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