
メロンジュースを飲むための口実
その日、私は朝から機嫌が悪かった。
夫と出かけ、美味しいご飯を食べ、本当はハッピーなはずなのに、なぜかイライラが止まらない。ぶつかっても謝らない人、混んでいるお店、季節外れの暑さ。普段は「まあいっか」と思えることも、その日は見逃せなかった。(と言ってもただ夫に聞こえるくらいの声でぶつくさと小言を言っていただけだが。)
夫の言動に対しても、いつも以上に突っかかり、夫が何か言おうもんなら「あ?なんて?」と無駄に喧嘩をふっかけた。
普通ならそこで言い争いになってもいいレベルだが、私のよくできた夫は怒ることなく、時折笑いながら私をなだめ、さらにはめずらしく「メロンジュースを買っていいから機嫌直せよ」と言った。
いつもは「喉が渇いたからどこかで休もう」と提案しても、コンビニで100円くらいの飲み物を買うのが定番なのに、その日はデパートの中にあるジューススタンドで、そのお店で一番高いメロンジュースを買ってもいいと。
私は夫に「メロンジュースを買っていい」と言わせるほど、機嫌が悪く迷惑をかけていたのだと少し反省した。どんだけ機嫌が悪かったんだよ、私。
さて、そうして手に入れた1杯約1,000円、ポイントを使ったので実質600円くらいのメロンジュースは、メロンの果肉をただミキサーにかけただけのシンプルなもので、それはそれは美味しかった。メロンにストローを指して飲んでいるのかと思うほどメロン。普通に食べるよりメロンを感じる。
メロンジュースってこんなに美味しいんだ!!!
あまりの美味しさに、2口目を飲む頃には、さっきまでイライラしていたことなんてすっかり忘れていた。きっとメロンの果肉が心のトゲ1本1本を優しく包み込むように、私の心の隅々まで沁み渡っていったおかげだろう。
せっかくならその美味しさを分かち合いたいと夫にも勧めたが、相変わらず「いらん」とそっけなく断るので、遠慮なく1人で飲み干すことにした。普段は「ひと口いる?」「いらん」のやり取りを何度か繰り返すが、今回ばかりは早々に切り上げた。少しでも多く飲みたかったから。
そして、1滴たりとも残すまいと端に残ったジュースと果肉をストローでズズーッと吸い、最後の最後までメロンジュースを堪能した。その間、わずか2分。
メロンジュースを飲み干した私はすっかりご機嫌になり、小さく足をバタバタさせながら、ニマニマと満足げな顔を夫に見せた。すると夫は「美味しかった?良かった」と嬉しそうに笑った。その笑顔を見て私も笑った。
夫は、私が嬉しそうにしていると嬉しそうにする。私が笑えば夫も笑う。そんな当たり前のことをずいぶん長いこと忘れていたような気がする。
私は正社員の仕事を辞めてから、夫に対して罪悪感のようなものを抱いていて、時折「私が楽しそうにしていたら夫が怒るかも」と訳の分からない被害妄想に駆られることがある。(冒頭の私の姿からは想像できないかもしれないが、これでも普段は夫に気を遣いながら生きている。)
だが、それは間違いだ。なぜなら、もし逆の立場だったら、私は夫に楽しそうにしていてほしいから。夫の笑顔を見ると私も嬉しくなる。それは夫も同じはずだ。
笑顔は伝染していくもの。私が笑えば夫も笑う。
飲み終えたメロンジュースの容器を捨てながら、夫の笑顔を守るために、これからも笑顔で過ごそうと心に誓った。
とは言え人間だもの、疲れたりイライラしたりするときは今後も頻繁に訪れるだろう。だが私は解決策を知っている。そう、メロンジュースを飲めばいいのだ。しめしめ。夫よ、私にメロンジュースの美味しさを教えてしまうとは実に愚かだったな。
こうして私はメロンジュースを飲んでもいい理由、つまりは口実を手に入れたのであった。
(よければこちらの記事もどうぞ)