
琥珀色の向こう側 ➃ 第3話 若き石田三成小姓達と『ねねの「利他」の哲学の種』
ねね(Nene - The Mother of Samurai)第3話
ねねの「利他」の哲学の種
【史実からみた長浜城の小姓たち】
出来るだけ史実に寄り添いながら、歴史の「余白」を埋めたいと考えて計算したとき、1575年長浜城の当時の少年たちのリアルな年齢に驚くべき景色が見えてきました。
・ 福島正則(市松):14歳
・ 加藤清正(夜叉若):13歳
・ 石田三成(佐吉):15歳
・ 黒田長政(松寿丸):7歳
彼らはまだ、あどけなさの残る小姓(少年)たちでした。そして、この「長浜アカデミー」とも呼べる学び舎で、彼らを育てる核となる『先生』は誰だったのか。
その線を丁寧に紡いでいくと、仮の本陣(大原観音寺)に滞在していた天才軍師・竹中半兵衛(金ヶ崎当時は26歳、長浜は29歳から滞在)にたどり着くのです。
豊臣が築いた長浜の人材づくりの基盤は、戦の勝ち負けだけではありません。現代に続く「文化と人」の基盤です。ねね様が描いた大局観と、半兵衛が未来の才能(三成)のために動かしたチェス盤の余白を、どうぞお楽しみください。
【第3話 本編】
浅井長政との壮絶な戦いに勝利し、北近江12万石を拝領した羽柴秀吉。
1574年(天正2年)頃から、秀吉とねねの二人は琵琶湖沿いの「今浜」に新しい城と城下町の建設を始め、そこを「長浜」と改名した。
主君・信長の一文字(長)をちゃっかり頂戴して地名を変えてしまうあたり、いかにも秀吉らしい。
この新しい城づくりにおいて、秀吉は小谷城を解体してその資材を丸ごと移設する、今でいう「大胆なリサイクル」の手法をとる。この時移された資材や息吹は、のちに彦根城へとさらに受け継がれていくことになる。
仮の本陣とした大原観音寺の夜。秀吉は鼻高々にねねへ告げた。
「おね、小谷城を丸ごと長浜に移設するぞ。町ごと引っ越しじゃ!」
「良い考えですね。それで、領民への具体的な施策は考えてあるのですか? 秀吉殿」
「まずな、信長様のおかげで12万石の領主、一国一城の主じゃ。
サラリーマンからの脱却だな(笑)。
それだけではない。
琵琶湖の水運の関税を一手に握り、国友の鍛冶職人の扱いも一任された。国友の職人には、武士並みの身分を与えて無税にする!」
ねねは、熱く語る夫を頼もしく見つめながらも、真剣な眼差しを返した。
「ようやりました。国友は鉄砲を創れる重要な職人集団、その心を掴んだのは見事です。……ですが秀吉よ、肝心の領民にはどうするのです?
浅井の統治から羽柴の統治へ変わり、民はみな疑心暗鬼です。彼らの心を掴むために、どんな手を打ちますか?」
「さすが我が軍師、ねね殿。ひとつは、信長様の『楽市楽座』を少しアレンジして取り入れる。そしてもうひとつ、長浜城下の町人たちに対して、年貢や諸役(労働奉仕)を全面的に免除する。どうじゃ!」
「ならば、もうひとつ私から付け加えましょうぞ」
ねねは、夜の闇が広がる窓の外へと視線を向けた。
「城づくりに働く職人や人足たちには、賃金とは別に、『毎日の温かい食事』を出すのです。ここ数年、世界中の気候がおかしい。
冷夏や長雨が続き、冬は大雪。地球全体が冷え込んでいる(小氷河期)のです。民の暮らしは飢饉の一歩手前、ギリギリのところで耐えています。
ここで『飯を食わせてくれる主君だ』という噂が広がれば、秀吉殿の人気はうなぎ上りになりましょう」
「まいった、まいった! 軍師殿には敵わんなぁ」
サルのように頭をかく秀吉を見て、ねねはふっと真顔に戻った。
「戦国の世はまだ続きます。あなたが戦地を飛び回る間、長浜の領国経営は私が指揮を執りますぞ。
実質の『女城主』です(笑)。
だからこそ、昨夜も語り合ったように、
私たちを支える新しい『人(小姓)』を集めねばなりません。アンテナを高く張りなさい、秀吉」
「ははぁっ!」と笑い転げる秀吉。
二人のグランドデザインは、この冷え込む過渡期の環境の中で着実に固まっていった。
ある蒸し暑い夏の夕暮れ。
長浜城の建設現場から泥まみれ、汗だくになって帰ってきた秀吉は、喉の渇きに耐えかねて観音寺の縁側にひっくり返っていた。
そこへ、お寺の小姓である15歳の佐吉(のちの石田三成)が、大きめの茶碗にぬるいお茶をたっぷり注いで持ってきて、静かに一礼した。
秀吉はそれを一気に飲み干し、「ぷはあ! 生き返った! まだ足りん!」と叫ぶ。すると佐吉は、今度は少し小さめの茶碗に、やや熱いお茶を半分ほど持って来た。秀吉はそれを、ふうふうと味わいながら飲む。
「もう一杯!」と茶碗を返すと、佐吉は最後に、小さな高級茶碗に、熱く濃いお茶を少しだけ持って現れた。
佐吉が下がったあと、秀吉はそばで静かにそれを見ていた竹中半兵衛に、得意げに話しかけた。
「半兵衛、見たか! 今の小僧。俺が汗だくなのを見て、最初は一気に飲めるようぬるい茶を多く出し、喉が潤ったのを見て次は味を楽しめる熱さにし、最後は口直しに濃い茶を出しおった。大した人たらしよ、俺の若い頃にそっくりだな!」
いつもの自慢話を始める主君を、半兵衛は物静かに微笑みながら、しかしその眼光を鋭くして見つめた。
「……筑前様。あれはただの『人たらし』ではございませぬ。あの少年は、相手の今の状態を瞬時に観察し、次に何が必要かを正確に予測し、それを過不足なく実行する――恐るべき行政と兵站(ロジスティクス)の才を持っています。この冷害と飢えの時代、天下を治めるために最も必要なのは、あのような『数理と予測の才能』です。絶対に手放してはなりませぬ」
「ほう、半兵衛がそこまで言うか! よし、すぐに召し抱えよう!」
興奮する秀吉の口元に、半兵衛はそっと指を当てて囁いた。
「お待ちくだされ。私がスカウトしたとなれば、他の古参の武断派たちが面白く思わないでしょう。どうか、『筑前様が鷹狩りの途中に、ご自身の目で見出された奇跡の出会い』ということにしてくだされ。
その方が、あの子の身を守り、殿の『人を見る目の凄さ』を天下に示すためにも、都合がよろしゅうございます」
「ハハハ、お前は相変わらず食えない男よ!」
秀吉は笑い、「おね! 凄い小僧を見つけたぞ!」と妻の元へ走っていった。
こうして羽柴家に迎えられた佐吉の、文治の修練が始まった。
お寺の住職や近江商人から算術(計算)を熱心に学ぶ日々。彼は単に数字に強いだけではなかった。
「地球が冷え込み、米が獲れにくい今だからこそ、年貢を正しく計算せねばならぬ。それは領民を飢えさせないため、そして主君の信頼を守るためだ」という、強い正義感をその胸に秘めていた。
ある夜、遅くまで計算に没頭する佐吉の元へ、ねねがそっと夜食のおむすびを差し出した。
「佐吉。その鋭い頭脳は、人を言い負かすためではなく、人を活かすために使いなさい。数字の奥にある、民の暮らしを思いやるのです」
「……はい、ねね様」
おむすびの温かさを手に感じながら、少年は「利他」の哲学の種を、その心に深く植え付けられていく。
ゴーーン――。
京都の東山、日暮れを告げる高台寺の鐘の音が響き渡り、老いたねねはハッと我に返った。
湯気の向こう、脳裏を横切ったのは、あの若き日に見た半兵衛の美しい横顔。
天才軍師・竹中半兵衛は、自分の手柄を一切誇らず、主君を立て、未来の才能(三成)が過酷な時代を生きやすいように、あの時、美しく粋な嘘のチェス盤を動かしていたのだ。
(第3話 終わり)
補足(コラムのご紹介)
「佐吉。その鋭い頭脳は、人を言い負かすためではなく、人を活かすために使いなさい。数字の奥にある、民の暮らしを思いやるのです」
この、ねねの言葉は、いつしか石田三成の旗印となります。
「一人が万民のために、万民が一人のために尽くせば、天下に平和が訪れ、皆が幸福(吉)になれる」

三成の気高き志が込められた、政治理念を表す象徴的な言葉です。
この安土桃山から江戸へと向かう激動の日本を生きた武将の言葉が、360年の時空を超えて、冷戦期のアメリカで自由主義世界の頂点に立った大統領、ジョン・F・ケネディのあの大統領就任演説と、煎茶の湯気の向こうで鮮に結びついた。
続きは、コラムに記載しています。
(補足おわり)
