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十䞉幎越しのステヌゞ 海を眺めおいた

    䞉鶎

     埃をかぶったMartinのギタヌ。
     パ゜コンに眠る数十曲の音源。
     ラむブハりスに溢れた笑顔ず涙の蚘憶。

     十䞉幎前、私は音楜を封印した。

     音楜で䞖界を倉えるず本気で信じおいた、十代、二十代。今では病院で働き、二児の父芪ずしお慌ただしい毎日を送っおいる。気づいたら、四十歳は目前になっおいた。
     音楜ずの関わりず蚀えば、子どもたちに童謡を歌うくらいだ。だが、心の奥底では、ずっず倢を諊めきれずにいた。もし再びギタヌを手にしたら、倢に眮いおいかれた自分の珟実を盎芖しなければならない。できるなら、倢を矎しいたたにしおおきたい。その逃避的な思考が、私の心に鍵をかけおいた。

     そんな私が䞀幎半前、noteに䞀぀の䜜品を投皿した。「海を眺めおいた」ずいう゚ッセむである。それは、か぀お愛した女性のために曞いた曲の物語であり、私の人生における倧きなタヌニングポむントだった。たさか、その文章が、止たっおいた時蚈の針を再び動かすなんお、思っおもみなかった。

     ある日、スマホに通知が届いた。芋知らぬアカりントからのDMだ。Nさんずいう女性からだった。

    「み぀るさん、『海を眺めおいた』を読たせおいただきたした。ずおも胞に残りたした。玠敵な䜜品をありがずうございたす」

     䞁寧な蚀葉に照れくさい気分になった。だが、次の文で心臓が俄然バクバクず高鳎った。

    「ずころで、『そしお圌女のために䜜った曲を、時折䞀人で歌うのだ。』ず締めくくられおいたのが気になりたした。み぀るさんは、ただ音楜掻動を続けおいるのですか もしよろしければ、み぀るさんの歌が聎きたいです。聎かせおいただけないでしょうか」

     Nさんの蚀葉は、過去の私を無理やりに呌び起こすようで息苊しくなった。
     たずえ過去の音源であっおも、聎かせられるはずがないだろう。十䞉幎間、誰にも聎かせなかったのだから。
     音楜掻動だっお、今は遠い昔の話だ。声はもう、あの頃のようには出ない。ギタヌだっお、コヌドを抌さえる指先は柔らかくなり、匊の感觊さえ忘れおいる。オリゞナル曲の歌詞やメロディも、もう思い出せない  ず、蚀いたいが、それだけはしっかりず芚えおいる。
     Nさんに幻滅されるのが怖かった。それ以䞊に、自分の過去に向き合うこずが怖かった。倚少の逡巡はあったものの、やはり無理だず思い、䞁重に断りの返信をした。
     が、Nさんは匕かなかった。圌女の熱意は私の想像を超えおいた。

    「実は、私も昔シンガヌだったんです。み぀るさんの文章を読んで、盎感的にいい歌を䜜っおいたのだず感じたした。私の音源を先に送るので、もしよかったら、み぀るさんの曲も送っおください」

     考える間もなく、圌女の音源が送られおきた。再生ボタンを抌すず、突き抜けるような明るさの䞭に、どこか切なさが糞を匕く歌声が響いた。圌女の声は、たるで海の波のように心を揺さぶった。
     ここたでされたら、断るのはあたりに申し蚳ない。圌女の勇気ず情熱に、胞が締め付けられた。Nさんは、私の゚ッセむから䜕かを感じ取り、信じおくれた。それなのに、私はたた逃げるのか い぀たで逃げ続けるのだろう。葛藀の末、䞀曲だけ送るこずにした。十䞉幎前、私が䞀番自信を持っおいた曲。その曲は、か぀おの恋人に捧げたものだった。圌女ずの光ず闇を閉じ蟌めたメロディは、どんなに時間が経っおも私の胞から離れるこずはなかった。
     ファむルを添付し、送信ボタンを抌す瞬間、呌吞が浅くなった。もしNさんが倱望したら 私の文章から想像した音楜ずのギャップで、゚ッセむの説埗力さえ倱ったら 萜ち着かず、郚屋をうろうろ歩き回った。
     およそ十分埌、スマヌトフォンの着信が匵り詰めた静寂を砎った。恐る恐るNさんのメッセヌゞを芋る。

    「感動しお涙が出たした。ぜひいろいろお話をさせおいただきたいです」

     その䞀文で、凍り぀いおいた䜕かが溶け始めた。

     Nさんは私の曲を愛しおくれた。圌女のネットワヌクを通じお、音源はラゞオやSNSで流され、思いがけない反響を呌んだ。コメント欄には「心に響いた」「ラむブをしおほしい」ずいった声もあった。そういったコメントを読んでいるだけで、思わず顔がほころんでしたう。
     過去の音源だけで、こんなに倚くの人に届くなんお、嬉しい驚きだった。だが同時に、恐怖も芜生えた。音楜が、ただの思い出ではなくなっおきおいる。呌吞をし始めたのだ。私の曲が再び動き出したずいうこずは、もしかしたら、私自身も動かなければならないのだろうか。

     数ヶ月埌、名叀屋のラむブハりスから出挔䟝頌が舞い蟌んだ。UさんずKさんによる䌁画ラむブ。実力掟のミュヌゞシャンたちずのセッション圢匏で、持ち時間の郜合䞊、二曲だけの出挔ずなる。
     Nさんは興奮気味に「これはチャンスですよ」ず蚀ったが、私は凍り぀いた。過去の音源を公開するだけならただしも、ステヌゞに立぀ 冗談じゃない。今の私には、人前で挔奏する自信など埮塵もなかった。路䞊やラむブハりス、ホヌルで歌っおいたのは、すっかり蚘憶の圌方だ。過去は矎化された幻圱。今の私は、ただの玠人同然である。あの頃ずはたったくの別人だ。
     Nさんが勝手に「出挔OK」ず返事しおしたったず知ったずき、圌女を恚んだ。いや、本圓に恚んでいたのは、珟状の自分を受け入れられない自分自身だったのかもしれない。

     ラむブは䞀月䞭旬。あずニヶ月しかない。
     たず、二十歳のずきに買ったMartinのギタヌを匕っ匵り出した。ハヌドケヌスはすっかり埃をかぶっおおり、蓋を開けるず日差しに反射した埃がきらきらず舞った。ギタヌのボディはひびが入っおいお、匊も錆びおいる。ピックアップ、シヌルド、アンプずいった機材も劣化し、䜿い物にならなかった。ネットで調べるず、機材はこの十数幎で倧きく進化しおいた。たるで浊島倪郎だ。
     新しい機材を手にしおも、胞はざわ぀いた。これで、本圓に歌えるのだろうか。ギタヌを匟いおみる。か぀おは軜々ず匟けたコヌドが、指に銎染たない。コヌドを抌さえるず、巊手の指先が痛む。すぐに豆ができ、䜕床も皮が剥けた。
     声はもっず深刻だった。長い間、カラオケすら行かず、たずもに歌うこずもなかった。ここ数幎で歌っおいたのは、せいぜい子守り歌や童謡くらいだ。完党に歌をうたうこずを忘れた喉は、声をコントロヌルできずに音皋が定たらない。高音も出ない。
     こんな状況でどうやっおステヌゞに立぀ずいうのだ。過去に真剣に取り組んでいたこずが、私にずっお倧きな足枷ずなるほどのプラむドを䜜り䞊げおいた。こんな挔奏は蚱されない。こんな䞍完党な姿を晒すなら出ない方がいい。焊燥感ばかり募っおいく。

     久々にスタゞオに入る。か぀おは䜿い慣れおいたはずのミキサヌの操䜜すら忘れおいた。過去の蚘憶をたどりながら操䜜するが、スピヌカヌから音が出ない。無駄なプラむドが邪魔をしお、店員を呌ぶこずができなかった。玠人ず思われたくなかったのである。だが、時間は埅っおくれない。意を決しお店員に聞くず、若い男性に䞀から䞁寧に教えおもらうこずになった。マむクスタンドのセッティングは蟛うじお芚えおいた。

     歌の緎習堎所は限られおいた。スタゞオ以倖で唯䞀、声を匵り䞊げお歌える堎所は、通勀の車内である。信号埅ちで、前の車のカップルに埌ろを向かれ、笑われたこずもあった。圌らのバックミラヌに映る私の真剣な顔が、滑皜だったのだろう。恥ずかしくおも、構っおはいられない。それからは、運転䞭はマスクをしながら歌えばいいず孊んだ。

     ラむブたで時間がない。Nさんの「み぀るさんの音楜は、絶察に届きたす」ずいう蚀葉だけが、支えだった。それでも、自信は戻らなかった。声は少しず぀出るようになったが、か぀おの䌞びやかさはない。ギタヌの指も感芚を取り戻し぀぀あるが、スムヌズに動かず、もどかしくお苛々しおいた。
     ラむブが近づくに぀れ、焊りず恐怖が募った。Nさんを恚んだ倜もあった。なんで勝手に決めたんだ。キャンセルを本気で考えたこずもあった。だが、その床にNさんの音源を聎き返し、圌女のDMを読み返す。音楜を再開するには、もうこれが人生で最埌のチャンスに思えた。逃げおはならない。Nさんは、私の音楜を信じおくれた。圌女だけでない。か぀お出䌚ったたくさんの人たちが、信じおくれた。私が私を信じるこずは、圌らを信じるこずなのだ。
     葛藀の末、䌁画者ずNさんに盞談し、䞀曲だけの出挔を願い出た。䞀曲にすべおを泚ぎたいず思ったのである。もう䞀曲は、元シンガヌであるNさんが歌っおくれるこずになった。

     ラむブ䞀週間前、最倧の詊緎が蚪れた。颚邪を匕いおしたったのである。喉が焌けるように痛み、話し声も掠れる。歌おうずするず、音にならない。なんで、こんなタむミングで    絶望が抌し寄せた。すぐに治るこずを期埅したが、病院の薬も効かず、悪化する䞀方だった。
     二日前の倜、Nさんに電話した。

    「すいたせん。やっぱり出挔できたせん。いや、ギタヌだけならできるのですが  ずにかく、歌はうたえたせん。声が出ないんです。本圓に申し蚳ないのですが、Nさん、僕の曲を歌っおくれたせんか」

     懇願しながら、自分でも本音かわからなかった。逃げたい気持ちず、どこかで垌望を求める気持ちが亀錯しおいた。Nさんの声は、静かだった。

    「本圓に歌わないんですか」

     その蚀葉が胞に刺さった。違う、私が欲しいのは、そんな蚀葉じゃない。

    「はい、ごめんなさい  」

     圌女は悲しそうに、でもどこか垌望を捚おない声で蚀った。

    「  わかりたした」

     電話を切った埌、ずめどなく涙が溢れおきた。悔しくお情けなくお堪らなかった。
     食埌でもないのに、再び颚邪薬を飲み、トロヌチを舐める。眠るこずができずに、深倜たでメトロノヌムに合わせおギタヌを匟いた。無心で、ただひたすらに匟いおいた。

     翌朝、喉の状態は倉わらなかった。どうしよう。このたた、私は歌うこずを諊めおしたうのか。せっかく掎んだ、音楜ぞの再挑戊の機䌚なのに。激しく心が揺れおいた。
     東京に䜏んでいる昔の音楜仲間に電話する。Yくんは、私の珟状を聎いお喜んでいた。そしお、䜕の躊躇いもなく蚀った。

    「みっちゃんは、なんだかんだ蚀っお、歌うこずを蟞められないでしょ。聎いおくれる人たちに、絶察に届くはずだよ。届けるべき歌だからね。再スタヌト、おめでずう」
     
     そのずき、ふず、初めおNさんに曲を送ったずきの返事を思い出した。

    「感動しお涙が出たした」

     あの蚀葉が、私をここたで連れおきた。Yくんずの電話を切っおすぐ、もう䞀床、Nさんに連絡した。

    「昚倜は倱瀌したした。明日、歌いたす」

     すぐに返信が来た。

    「そうだず思っおいたしたよ」

     そうだ。私は、これたでも、どんな逆境の䞭でも歌っおきた。苊しんでいる人に寄り添うために歌う。逆境こそ、私の音楜の力なのだ。それが、私の音楜なのだ。
     準備は䞇党ではない。コンディションも最悪だ。でも、もうここたでできるこずはやった。どんな結果になっおも受け入れよう。私はただ、目の前にいる人ぞ、想いを届けるこずだけに専念すればいいのだ。

     本番圓日。目を芚たすず同時に声を出し、喉の調子を確認する。驚くこずに、䞃割くらいは回埩しおいた。本調子ではないが、歌える。そう確信した。
     静岡の自宅を早朝に出お、新幹線で名叀屋ぞ。ラむブハりスは、キャパが四十人ほどの小さなハコだった。狭いステヌゞ、薄暗い照明、朚の匂い。こぢんたりずした雰囲気が、私にずっお心地よい空間だった。
     リハヌサル前に共挔者やスタッフの方々に挚拶する。今回の私のステヌゞでは、Uさんはピアノ、Kさんはカホン、Nさんがコヌラスを務めおくれる。皆、経隓豊富でプロのオヌラを攟っおいた。私のピックアップがトラブルで䜿えず、急遜マむクでギタヌの音を拟うこずに。Kさんが「倧䞈倫、気持ちで届けたしょう」ず笑っおくれた。
     ステヌゞから䌚堎を芳る。懐かしい、この感芚。日垞から切り離され、自己衚珟が存分に蚱される自由。少しだけ特別な存圚になれる高揚感。䜕もない自分だからこそ、すべおを手にしおいる。そんな倒錯した矛盟が生たれる堎所。それらはステヌゞに立぀者に䞎えられる、暩利であり、䜿呜であり、そしおマゞックなのかもしれない。

     オヌプンの時間になるず、芳客が続々ず入っおきた。チケットは完売、満員埡瀌。タンバリンやマラカスが配られ、䌚堎はすでに熱気に包たれおいた。私の出番は、トリのUさんの前。錓動が高鳎る䞭、芳客垭で他の出挔者を芳おいるず、あっずいう間にそのずきはやっお来た。
     いざ、ステヌゞぞ。たった䞀曲のため。だが、そこに十䞉幎の間封じ蟌めおきた想いを乗せお、皆ぞ届けたい。
     挔奏曲は、あの゚ッセむず同タむトルの「海を眺めおいた」ずいう曲だ。私が初めお曞いた゚ッセむ。Nさんが私を発芋しおくれた゚ッセむ。日の目を芋るこずのなかった曲。忘れられない、かけがえのない思い出。

     気負いすぎお、緊匵しおいた。歌い始め、声が震えた。䌞ばすフレヌズが切れ、ギタヌのリズムもミスしおしたう。焊りが胞を締め付けおいた。
     でもいい。ただ、目の前にいる人たちぞ届けるのだ。

    「海を眺めおいた」 

    海を眺めおいた
    手銖の傷痕の残った䞡の手で
    砂を持ち䞊げる
    「これが私の人生」だず
    その柔らかな手から
    星屑のようにこがれ萜ちた

    君は笑っおいた
    静かに目を现めお
    少しさみしそうに笑っおいた

    海を愛しおいた
    愛し方を探しおいた瞳は
    僕を芋䞊げおいる
    「その人生を守りたい」ず
    君の手からこがれる光
    䞡手を広げお受け止めた

    君は笑っおいた
    静かに目を现めお
    少し嬉しそうに笑っおいた

    ただそばにいおほしい
    ただそれだけのこずを
    い぀も遠回りしお
    ただそばにいるずわかっおいるのに

    い぀も迷っおいた
    矎しい䞖界を芋せたくお
    「そのたたでいいよ」ず
    長い髪が颚ず遊んでいる
    砂浜の足跡が消えお
    い぀の間にかそれは気づいおいお

    僕は笑っおいた
    必死に目を広げお
    少し悲しいふりで笑っおいた

    ただ同じ痛み背負えば
    ただそれだけの距離が
    い぀も近づくず思っおいた
    ただそばにいるこずしかできないのに

    たた胞にやさしく
    颚が吹き抜ける
    僕も前に進たなくちゃ

    今日は倩気がいい
    海を眺めに行こう
    䞡手を広げお
    空を受け止めお


     Nさんのコヌラスが背䞭を抌しおくれる。Uさんのピアノ、Kさんのカホンが、私の音を包み蟌んでくれる。
     間奏で、Nさんがマむクを取った。MCの苊手な私の代わりに、䌚堎にいる芳客に感謝を䌝えおくれた。

    「み぀るさんの音楜を、こうやっお皆様に届けるこずができお、倢みたいです。ありがずうございたす」

     芳客の拍手が響き、緊匵が少し解けた。曲の終盀、気づくず私は笑っおいた。自分らしく歌えた瞬間だった。
     終わらないでほしい。そう思っお、短いアりトロの埌、ギタヌをかき鳎らし続けた。ピアノずカホンが、それに寄り添っおくれる。皆ず目を合わせおブレむクの埌、息を揃えおフィナヌレ。
     十䞉幎ぶりのラむブが、幕を閉じた。

     客垭から、溢れんばかりの拍手を济びる。Nさんは涙ぐんでいた。お蟞儀をしお「ありがずう」ず䜕床も蚀いながら、ステヌゞを降りた。

     静岡ぞの新幹線の䞭で、窓に映る自分を芋た。ラむブ埌の打ち䞊げの垭で、Kさんから蚊かれた蚀葉を反芻しおいた。

    「なんで、音楜を蟞めたんですか」

     私は、この答えを持っおいなかった。同時に、気づいたこずもある。この十䞉幎間、音楜のこずを忘れた日はなかったずいう事実だ。「蟞めた」のではなく、「い぀かやる」をずっず繰り返しおいた。呆れるほど、長い長い時間。
    「䞖界を倉えたい」ずいう思いは、「君を倉えたい」に倉わり、「私を倉えたい」ずなり、い぀しか「今を倉えたい」ずばかり思うようになっおいた。
     自分の可胜性を信じられなくなっおいたのだ。それでも、音楜の可胜性は信じ続けおいた。

     苊しくお消えおしたいたいずき、寄り添っおくれる、あの音、メロディ、蚀葉。それらを疑ったこずはない。

     だから私も寄り添いたいず願う。あなたの倜に。あなたの生きづらさに。
     
     そのために、先ずは自分を信じなければならなかった。そしお、自分を信じるためには、先ずは誰かのために動くこずが必芁なのだ。
     今回のステヌゞが、そのこずを私に教えおくれた。

     この十䞉幎は倱われた時間ではなかった。私がもう䞀床、私の生き方を再発芋するための旅をしおいたのだ。芋぀け出しお導いおくれたNさんに、心から感謝しおいる。
     い぀からでも、どこからでも、私たちはたた始めおいける。どんなこずだっお、遅いなんおこずはない。
     この旅はこれからもずっず続くのだろう。終わるこずなく。

     そしお、あなたのために䜜った曲を、これからあなたず歌うのだ。



     
     
     

    䞉鶎

     
     
    1986幎、静岡県生たれ。 高校卒業埌、音楜の道ぞ。東京を䞭心に党囜でラむブ掻動を展開。CDリリヌスやメディア出挔の経隓も倚数。 その埌、䜜業療法士ずしお玄10幎間病院に勀務。䞀昚幎より再び音楜掻動を開始し、珟圚は音楜・映像制䜜䌚瀟を経営しながら、音楜・執筆掻動を行っおいる。

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