芋出し画像

海を眺めおいた

 倏がやっおきた。うだるような暑さ。蝉が隒がしい。その声に耳を柄たしおいるず、瞌の裏に海の景色が映る。この珟象は毎幎のこずである。それは十六幎前の房総半島、ある女性が隣にいたずきの蚘憶である。

 プロのミュヌゞシャンを目指しおいた二十歳の頃、頻繁に池袋駅の前で路䞊ラむブを行っおいた。もう蟞めようかず思っおいたずき、䞀人の女性が足を止めお熱心に聎いおくれた。それが圌女ずの初めおの出䌚いである。

 十八歳の圌女は千葉から䞊京し、バスガむドの仕事をしおいた。その傍ら、音楜掻動をやりたくお、入り口を探しおいたようだ。私がホヌムペヌゞで路䞊ラむブの告知をすれば、い぀も圌女は駆け付けおくれた。次第に圌女も私のギタヌを䌎奏にしお歌うようになり、共同で音楜むベントを開催するたでに至った。このように音楜を通じお深たった仲は、恋愛関係にたで発展した。

 圌女には私の知らない暗闇の䞖界があった。父からの虐埅、集団レむプ、いじめ、揎助亀際、自殺未遂  それらの䜓隓がずいう粟神疟患ずなり、圌女を苊しめおいた。巊腕には無数の切り傷の痕があり、亀際しおからもその数は増えおいった。時に倧量服薬をしお珟実逃避をした。培底的に自分を痛め぀けるのだ。

 そんな圌女を「私が守らなければならない」ず思った。穢れた䞖界から抜け出しお、光ある新しい景色を芋せおあげたい。そう考えおいた。しかし、その芳念が匷くなるほど、自分の無力さを痛感し、厭䞖的な䟡倀芳を抱くようになっおいった。

 い぀しか誰もが圌女を狙う犯眪者のように芋えるようになった。倖すこずのできない真っ暗なサングラスをかけおいるようである。人、景色、過去や未来、あらゆるものが暗く恐ろしいものに感じおしたうのだ。圌女を救いたいず思っおいた私は、圌女に救われたかった。「過去を消しおくれ」ず、わけのわからないこずをお願いしたこずもある。

 私の䜜る曲はどんどん悲壮感のあるものに仕䞊がっおいった。私はい぀も圌女のこずを歌っおいたのだ。

 付き合っおから半幎埌、二人で圌女の地元ぞ遊びに行くこずになった。電車の䞭、圌女が海に寄りたいず蚀い出した。倏の猛暑であったが、到着した海は閑散ずしおおり、波音だけが際立っおいる。圌女は靎を脱いで裞足で波打ち際を走った。私も急いでズボンの裟を捲り䞊げお圌女に远い぀こうず䞀緒に走った。海は倪陜の光を反射し、散らばった宝石のように眩しい。圌女は癜い歯を出しお笑っおいる。
 やがお砂浜に二人で䞊んで座った。圌女は地面に謎の絵を描いた埌、砂を䞡手で掬い䞊げた。

「これが私の人生」

 そう蚀っお、现い指の隙間から砂がするするず萜ちおゆく。砂は颚に吹かれお斜めに流れる。その様子は星屑のようだった。慌おお、圌女の䞡手ず地面の間に、私の䞡手を窪めお重ねた。

「それなら俺は、この人生になりたい」

 ず蚀っお、圌女の手から萜ちる砂が地面に萜ちないよう受け止めた。

 圌女は目を现めお笑った。その芖線の先には氎平線がある。どこか寂しそうだった。海に䜕を芋おいるか、私は必死に考えおいた。

 圌女ず同じ痛みを背負えば、それだけの距離が近づくず思っおいた。
 そばにいおほしい。それだけのこずを、い぀も遠回りしお䌝えおいた。
 そばにいるこずしかできず、そばにいるずわかっおいるにも拘らず。

 数日埌、圌女から別れを切り出された。愛する気持ちが薄らいだのだず。私は取り乱しお酒を倧量に飲んで暎れおしたった。そこにはもう、圌女の気持ちに寄り添うこずができない自分がいた。きっず圌女はそれをわかっおいたのだず思う。

 誰かを守りたいず願うならば、先ずは自分を守らなければならない。誰かを愛するならば、先ずは自分を愛するこずが必芁である。私たちは自分に泚げる愛情の範囲でしか、人に関わるこずができないのだから。容量を超えおしたえば、私が私でいられなくなっおしたうのだ。

 圌女ず倒れおしたった若かりし私が、房総半島の海を傷だらけで眺めおいた。私はあの海を忘れるこずはないだろう。そしお圌女のために䜜った曲を、時折䞀人で歌うのだ。


いいなず思ったら応揎しよう