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グレーの景色、盗まれた五千円。思ってたんと違った旅の始まり

    毎朝のコーヒー習慣について書いたとき、プラハで出会ったコーヒーマシンのことを思い出した。

    確かめるように、昔撮った旅の写真を、データの海から引っ張り出した。

    やっぱり写真って、いいな。一枚一枚の写真、全てに記憶が宿っているわけじゃないけれど、見ていくうちに、忘れかけていた3日間が、ぽつぽつと浮かんでくる。

    たとえば、人生で初めてスリに遭った日のこと。

    意図せず始めた海外一人旅

    これは2009年の話。当時の彼とオープンジョーの航空券で行く自由な旅を計画していた。しかし、いろいろな事情があって彼が参加できなくなってしまう。そうして意図せずに迎えた、初めての海外一人旅になった。

    旅の旅程は、こんな感じ。

    【2009年3月】
    日本 → スウェーデン・ストックホルム(2泊) → デンマーク・コペンハーゲン(1泊) → ドイツ・ハンブルグ(1泊・ほぼ立ち寄り)→ チェコ・プラハ(3泊) → オーストリア・ウィーン(3泊) → モナコ(立ち寄り) → フランス・ニース(1泊) → フランス・パリ(2泊) → 日本

    宿泊日数はうろ覚えだけどね

    このときは、コペンハーゲンからハンブルグへの移動だけ船に乗り、あとは全て電車で移動した。移動すること自体も好きな私は、数時間の乗車も気にならない。窓の外を、知らない景色が駆け抜けていく様子を眺めるのも楽しいものだ。

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    デンマークから移動する電車にて

    滞在中も移動中も、なるべくたくさんの景色を見たくて、一つの街にはあまり長く滞在しない。それでも比較的長めに滞在した街の一つが、プラハだった。

    プラハといえば、街のそこかしこに中世の雰囲気が残り、都市全体が世界遺産になるほど、美しい街並みが有名。御多分に洩れず、その美しさに強い憧れがあった私は、「誕生日(3月9日)は絶対プラハで過ごすんだ」と決めて予定を組んだ。

    ドイツから電車に揺られること数時間。あのとき乗った電車は、プラハ本駅ではなく、たしか少し手前の、ドイツ寄りの駅に到着した。

    思ってたんと違うな

    憧れのプラハにワクワクしながら、電車を降りる。駅を出てすぐに見えたのは、薄曇りの空と、グレーがかった景色。どこかうら淋しい雰囲気で、なぜか怖いなとも感じる。ちょっと愕然とした。

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    電車の窓から見える景色。話しかけてきた二人では、ない



    ちょっと、思ってたんと違うな。

    なんとなく、想像の中にあるヨーロッパとは少し違って感じた。「中世の雰囲気が残る、美しい街」というのは、晴れた青空の下で、オレンジ色の屋根が並ぶ、そんなイメージだった。当時の私にはこの薄暗い雰囲気の正体がよく分からなかったが、今思えば、のちに訪れたポーランドと少し似ている。社会主義時代があったチェコの歴史が、空気に滲み出ていたのかもしれない。

    しかし、ぼんやりしている場合ではない。私の泊まるホテルは、旧市街広場のすぐそば。中心から少し外れた駅に到着することはわかっていたし、何はともあれ、旧市街方面に向かわなくてならない。

    ひとまず電車を乗り継ぐべく、券売機を探す。駅自体はシンプルで、券売機らしきものもすぐに見つかった。しかし、買い方がわからない。たしか当時のチェコは、2004年にEUに加盟し、ユーロ導入が義務付けられていた状況で、私はユーロが使える(何かで調べたはず)と思っていたけれど、使えない。両替もしていない。駅員も話ができない。だめだ、詰んだ……。


    すると、どこからともなく2人の現地人が現れた。今思えば、現地の人かどうかもわからない。ペラペラと英語で話しかけてくる。突然のことに疑わしい気持ちもありつつ、私も必死で、中央駅に向かいたいことを伝える。

    一人が私をぐいぐいと引っ張り出した。怖かった。でも、勢いがすごくて振り解けない。一体どこに行くのか。そう思いながら仕方なく一緒に歩き、辿り着いたのは、色のない景色の中で唯一、眩しいくらい真っ赤なマクドナルドだった。

    なんでマクド?と思った。どうやら、ここでならユーロで購入できる、そしてお釣りは、現地通貨のチェコ・コルナでもらえる(両替できる)ということらしい。

    私の許可もなく注文を始める男。そのままあっという間に購入して、何らかのセットとお釣りをもらって、また駅へと戻る。そして、券売機で切符を買う。ちゃんと最後まで、手伝ってくれた。

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    電車のチケット(のはず)

    ああ、これでやっと中心地へ行ける。薄暗い空気の中で不安だった私を、明るく陽気に、ちゃんと助けてくれて、本当にありがとう。訝しげな目を向けてごめんね。

    中央駅に向かう電車の中でそう思いながら、さっきのお釣りをユーロと分けてしまおうとして、財布を開いた。日本円の五千円札だけが、静かに抜き取られていた。


    絶対にバッグは前に持ちなさい

    あの日のマクドナルドの味は、覚えていない。いつ、どのタイミングで食べたのかも、忘れてしまった。記憶にあるのは、お金をさらりと抜き取られていたこと、そのショックで頭がいっぱいだったこと。

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    いつかの路地裏

    初めての海外一人旅で、初めてのスリ。このあと、旅はまだ1週間以上ある。幸い、両替していたユーロは十分残っているし、カードもある。日本円も数万円分は、財布の別の場所にある。お金が足りず、どこにも行けなくなるわけじゃないけれど、「スリに遭った」という事実に心臓はバクバクだ。そして、彼らの舐めるような目線を思い出し、それがぐるぐると私を占拠して、身体が縮こまりそうだった。

    しかし、怖がってばかりもいられない。
    なんとしても、ホテルにチェックインしなければ。まだ今日のミッションが残っている。

    そうこうしていたら、中央駅に着く。今度はおそるおそる周りを見渡す。薄曇りの空は変わらないけれど、明らかに人の往来が増えている。積極的に声をかけてくる(しかも英語で)人は、いない。街に暮らす人の気配と活気を感じて、ホッとした。

    旧市街広場への行き方が分からなかった私は、ふと目に止まった女性に声をかけた。母と同じくらいだろうか、優しそうなおばさんだった。私はチェコ語はもちろん、英語もろくもできないが、拙いながらも英単語を絞り出す。

    彼女は「私、英語はしゃべれないのよ。娘は話せるけど……」と言って、困っていた(と思う)。ちょっと悩んだ末に、手を動かしながら、コミュニケーションをとってくれた。どうやら直接案内してくれるらしい。

    足早に進む彼女を見失わないよう、どでかいバックパックを背負いながら、私も足早に着いていく。すると、ある道に入る直前になってくるりと振り返り、私のカバンを指した。それは背中に背負ったバッグパックとは別の、財布や携帯電話、デジカメなどを入れていたショルダーバッグだ。

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    この道じゃないけれどね

    「この道では絶対、バッグは前に持ちなさい」

    自分のバッグを脇でしっかり押さえて持つ、その仕草を何度もしながら、そんなことを言っている。どうやらこれから歩く道は、スリが多いらしい。私がショルダーバッグの向きも気にせず、腕で隠すこともなくぶら下げている様子に、ヤキモキしていたみたいだった。

    私はさっきスリに遭ったばかりな訳だが、逆にそのせいか、すれ違いざまに盗み取る典型的なスリのことは、頭から抜けていた。彼女の言葉に再び心臓がバクバクし出した気がする。

    「……分かった」なんとか落ち着いて、ボディランゲージで答え、バッグを前に抱えるようにして持った。再び彼女に着いていく。ここまでと同じく、足早に進んでいくが、心なしかさっきよりも離れないように、あちらから私を近くに寄せて歩いてくれる。この人は、信じてもいいかも。優しい誰かがそばにいてくれることに、安堵したのを覚えている。

    少し歩いた先に、広い空間の入り口が見えてきた。旧市街広場だ。もう陽も落ちて、暗くなっていたけれど、観光スポットでもあるこの広場は、明るさを保っていた。さっきは見えなかった、色のある世界だった。

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    ああ、やっとプラハに着いた。そう思った。



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    「好き」で選ぶモノと暮らしの記録。オーディオ/ガジェット/インテリアを中心に、モノへの偏愛と日常・旅のエッセイを書いています。 ✦Writer/Editor|🏠45㎡ワンルーム🐈‍⬛🐈‍⬛|Tokyo ✦Amazonアソシエイト参加中 ✦ご連絡は📩n.mar9th@gmail.com

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