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本能寺の変1582 目次小 13上総介信長 4道三の援軍 第101~102話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    目次小 13上総介信長 4道三の援軍 第101~102話 

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                      *「・」は、年次マークです。 
                      *「☆」は、要注意マークです。

     第101話
     ・
    天文二十三年1554
      
    今川勢が尾張に侵入した。
      今川勢は、村木に砦を構えた。           『信長公記』
      信長は、水野信元を救援しようとした。       『信長公記』
      那古野城が、清洲織田氏に襲われる恐れがあった。  『信長公記』
      信長は、道三に援軍を頼んだ。           『信長公記』
      道三は、快諾した。                『信長公記』
      道三の援軍が到着した。              『信長公記』
      林秀貞、離脱。                  『信長公記』
      信長は、このことを忘れない。           『信長公記』
      信長は、熱田へ向かった。             『信長公記』
      信長は、荒海を押し渡って、緒川に到着した。    『信長公記』

     第102話
     
    ☆村木砦の合戦。                  『信長公記』
      信長の親衛隊が活躍した。             『信長公記』
     ☆信長は、鉄炮を用いた。              『信長公記』
      信長は、村木砦を落とした。            『信長公記』
      信長は、涙を流した。               『信長公記』
      信長、那古野に帰陣。               『信長公記』
      信長は、安藤守就に道三への御礼の言葉を申し伝えた。『信長公記』
      それに対する、道三の信長評である。        『信長公記』
      道三は、義龍に家督を譲った。



     ⇒ 次へつづく
       目次小 13上総介信長 5清洲乗取り 第103話 


     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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