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本能寺の変1582 まとめ 時代の風潮 第8話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    まとめ 時代の風潮 第8話 

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    *◎=重要ヶ所 P=重要Point ✓=チェック済 
    *加筆修正 240227 

    まとめ 時代の風潮

     【関連記事】◎第1話 ◎第2話 ◎第3話 ◎第4話 ◎第8話 ◎第9話 
           ◎第10話① ◎第11話 ◎第14話

    まとめ 時代の風潮 第8話

     世界は、大航海時代であった。
     当時、イエズス会は、中国(明)へ布教活動を拡大しようとしていた。
     背景には、ポルトガルの野望があった。

     信長の目は、海外を見ていた。
     信長は、フロイスから、大きな刺激を受けた。
     信長の思いは、東シナ海の向こう側にあった。

     信長の「さらなる夢」。
     拡大政策は、止まず。
     そのことが、フロイスの『日本史』に、ハッキリと書かれている。 

      毛利を平定し、日本六十六ヵ国の絶対君主になった暁には、
      一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し、
      諸国を自らの子息たちに分ち与える考えであった。

     これが信長の志向。 

     光秀は、信長の志向=「さらなる夢」を知っていた。

     そして、こちらが光秀の志向。
     愛宕神社での、結句である。

     国々は、猶、長閑(のどか)なる時。

     その違いが、明らかである。
     すなわち、二人の志向に相違が生じていた。
     そして、それは、次第に、拡大していく。

     この事が、光秀を、「謀叛」へと駆り立てる一因となった。



     ⇒ 次へつづく


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     これで、全体像がよくわかる!!
     毎日更新!!
     原因・動機の究明は、この一歩から!!

    重要 ◎目次 が更新されました。

     「本能寺の変」
     原因・動機は、この中にあり!!
     ご注目下さい!!

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     視点を変えれば、見える景色も違ってくる!!

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     これで、さらに、一歩、近づいた!!
     ご期待ください!!



     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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