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本能寺の変1582 【 重史 005 】 250507 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    【 重史 005 】 「続群書類従」   250507

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    →【シリーズ】
     信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5 
    →その一因 目次大 概説大 目次中 →
     1時代の風潮 2光秀という男 3光秀と光慶 
     4光秀の苦悩 5志向の相違  +信長の油断 →
     3 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
    →見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
    →【人物】 
    *◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
     そ=その一因 テ=テーマ別 
    *加筆修正 250507 

    【 重史 005 】◎第55話               250507

    ①明智光秀張行百韻 天正十年五月廿七日

    ②時 は今、あめか下なる五月かな、 光秀

    ③国々は、猶、長閑なる時、    光慶

                          「続群書類従」


     天正十年1582、五月二十七日。            158200527

     明智光秀張行百韻 天正十年五月廿七日

      時は今、あめか下なる五月かな、        光秀
      (中略)
      国々は、猶、長閑なる時、           光慶
                             (「続群書類従」)

     ここで、注目!!
     「続群書類従」には、「あめか下なる」とある。 

      ⇄【比較参照】
       『信長公記』「あめが下知る」           【 重史 031】
       「惟任退治記」「あめかしたしる」         【 重史 032 】

     【参照】
      『信長公記』について。    →◎第4話
      「惟任退治記」について。   →【 重史 032 】

     これらの、真偽について。    →そ第78話⑬

     【引用】◎第55話 ◎第75話



     ⇒ 次へつづく!

     
     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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