
【連作短編】石畳の坂の上で⑯|エピローグ
こんにちは、小森満葉です。
連載短編小説『石畳の坂の上で』をお届けします。
遠い日の異国の街で出会った人々と、忘れられない小さな出来事を、
一話ずつ短い物語にしました。す
今回はエピローグ。
懐かしいあの街の日々のアルバムを閉じた「私」が、現在抱く思い――旅の記憶の、そのあとです。
エピローグ
ほう、と息をつきながら、アルバムを置いた。
遠い昔の、あの明るいけれどどこか寂しい空気が、人々が、優しい亡霊のように私を取り巻いている気がした。
あれから私は故郷の街に戻り、ここで落ち着き家庭を持った。 若い頃のような根無し草ではなくなった。
もう今は引っ越しだって、新たな場所で根を張るためだ。私は安定した。
けれど、それと引き換えに、失くしてしまったものもある。
時おりふと、あの頃の吸い込まれるような寂しさが、ひどく恋しくなることがある。
アルバムのそこここには、私自身の姿も写っていた。
若さにあふれた、好奇心に満ちた目をして、石畳の上で、学校のパーティーで、ヒースの丘で、芝生の庭で、屈託なく笑っていた。
その姿からは、ひとり地下の部屋で泣いていたことなど、微塵も窺えなかった。
――本当は、泣いていたのは私だけではなかったのだろうか。
ジャンも、フリオも、ジョナサンも、ファトマも、キミコも、タムジンも、 そしてイーディスも。
私は今だって臆病だ。
でも今ならたぶん、もっと上手く言える。 言葉にできなくても、伝えられる。
昔よりずっと逞しくなった私を見たら、あの頃の私は何と言うだろう……。
写真の中の、自分の笑顔にそっと指を触れてみる。
今の私の目に映る若い私は、彼らのうちの一人だった。
いつかまた、機会があれば、行ってみたいと思う。 飛行機に乗り、バスとタクシーを乗り継ぎ、石畳を踏んで、あの街へ。
彼らに、そして、あの頃の私自身に会うために。
アルバムを静かに閉じて、本棚に戻した。
今度は、すぐに手の届くところに。
〈了〉
