
生きているならそれで
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人間には、なれなかったのかもしれない。
宇宙人なのかもしれない。
そう思うことにした話。ちょっぴり長い。
高校までは、それなりに、人間だった。
幼少期は常にワクワク生きていた。
目に映る全てが新しくて、世界がキラキラしていた気がする。これから起こる楽しいことを思うと、それだけでいつでも胸が高鳴っていた。時間はすぐに過ぎていった。
中学、いつも起きられなかった。
部活の朝練には間に合ったことがないほど、朝が起きられなかった。でも母が起こしてくれたから、なんとか通えていた。
ここら辺で、人間関係に敏感になり始めた。独りになるのが怖くて、必死に友達を、親友を探していた。たぶん自分がそこに居る価値が欲しかったんだと、今は思う。
高校、なんだか周りと違う気がした。軽いノリに乗れず、冷めた心を隠すように仮面を被るようになった。優しい人でいようと心がけた。
ある時「人からの視線」という存在に、気づいてしまった。外見とか、話し方とか、表情とかを過剰に意識するようになった。
どうしてこんなに周りに可愛い子がいるのだろう、皆みたいに顔が小さければいいのに、肌がもっと強かったら、なんて劣等感を抱くようになった。
大学で上京した。
起きられなくなった。
気づいたら一限はとっくに過ぎている時間で、起こしてくれる人もいないから、単位の危機だった。
東京の数え切れない視線に心がすり減ってしまって、帰る頃には豆粒くらいになっていた。何故だか毎日悲しくて、生きる意味を見失っていたのかもしれない。
人を信じることの難しさを知った。自分を愛せないことが苦しかった。
それでもご飯は美味しかった。
ずっと一人だった。
誰かと一緒にいても、やっぱり孤独だった。
でも誰もが結局はどこか寂しくて、いつも温もりを求めているから、会って話して、ご飯を食べて笑い合うのかもしれないって今は考えてる。
あと猫がいたら微笑む。
…
大学の終わり、暇な時間がただ過ぎて行く中で、考えて考えて考え尽くした。自分のこと、人生のこと、将来のこと、人間関係のこと。
なんかもう疲れた。
考え疲れたら、前より世界が明るく見えた。
優しくあろうとしてきた分、人にも期待をしてしまっていたし、優しくない人と出会うと悲しくなっていた。でも、優しさの定義なんて、人それぞれ違う。たくさんの空の色があるように、そこに優劣は付けられない。
そんな風に自分の完璧を求める思考と、到底完璧にはたどり着けない不完全さと不器用さを受け入れられたら、と思うようになった。
別にそれでいいと思えるようになった。
だって私がこんなにも自分のことで四六時中悩んで、自分中心に生きているのだから、この世界の住人みんなそうなんじゃないか。それでいいじゃないか。
不器用でも繊細でも人見知りでも泣き虫でも完璧じゃなくても、この世界を生きる一人の住人で、その人生の主人公だ。
周りと違くても、人間社会に馴染めなくても、もしかしたら宇宙人かもしれないって感じても、宇宙人でもいいと思う。
…
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